四十八話 甘ったるい
裏ギルドの「ギルド」は、表のそれと比べてどちらかというと本来の──というか、俺にとっての現実的な意味に近い。
要するにそこは、犯罪やグレーな商売、仕事に関わる人間の╽寄り合い所帯なのだ。聞いた感じあまりいい印象は持てないが、まあそういうところで回る経済もあるということだ。そういうことにしておこう。
それで、盗賊からガメた盗品を処分するために、これからそこに向かうことになるのだが……
「あんた、足大丈夫なの?」
「昨日よりはまだ……でも走るのは怪しいな」
俺の身体の不調が原因で、何日か休むことにした。キリカ曰く、何かあった時に逃げるのに難儀するのは致命的だという。そんな危険なのかよ、裏ギルドって。
最悪、宿に打ち込んだ『楔』に『転移』して逃げることならできる。この町の中にいる限り大体どこでも射程範囲内だ。しかしそれでは俺の魔導師としての能力が露見する可能性があり、変な注目と騒ぎを集めかねない。
なのでそれは最後の手段として、それに土台の話からして俺が万全でないと万一の時に困ると、そういうことらしい。いやだから怖いって。
「あんたのことは多分既に知れ渡ってるわよ。『多頭竜に一撃食らわせて生き延びた魔導師』ってね。そういう噂とかには鼻が利くのよ、あそこは」
「だったらもう、キリカだけで行ったらいいんじゃないかな……」
「セイタが行かなきゃ話にならないでしょ。もし暴力沙汰になったら話纏められそうにないし」
だからそんな脅かすのはやめてくれって言ってるじゃねえかよ。
とまあ、そんなことを話しつつ。
そのあと二日ほど、俺は部屋で寝たきりになった。
精確にはゴロゴロしてた。本当に誇張も何もなく、ただベッドでボケーッとしてた。
食糧はシオンとキリカが買い込んでくれたので、問題はない。二人は俺が出歩けないのを気にしてか、部屋からあまり出なかったが、時折ウルルの様子も見に行ってくれていたらしい。
ついでにキリカはそれとなく町中で色々な情報を集めて来てくれていた。なるほど、盗賊っていっても盗むだけじゃないんだな。といっても今現在は多頭竜事件で持ち切りで、あまり仕事になりそうな話とかそういうのはなかったらしいが。
いや、あったか。その多頭竜の死骸に関する話だ。
何やら、多頭竜の死体の解体、運搬、処分、その他諸々についてギルド側から依頼が出たらしい。どうやら国側の研究機関も噛んでいるらしく、大規模な依頼で相当数の人間、果ては商会までもが動いていたという。何に使うか知らないが、けったいなことだ。やっぱり骨や鱗とかが武具防具になったりするのだろうか?
まあ、動けない俺には関係なかったがな。
そして……シオンのこと、いや、シオンとのことだが、あれ以来何もない。
というか、努めて何もない振りをした。要するに「あの夜のことは忘れましょう、お互い」という奴だ。いや実際全然忘れていなかったが。
ただ話に出ると、あるいはからかわれると俺とシオンがブッ壊れるとキリカも理解してくれたので、何も言わないでいてくれた。その優しさが心に痛くもあったが、粉微塵にされるのよりはいくらかマシだ。そのせいで何日か前のギスギスした空気が時折蘇ったりもしたが……
……でも、全く全然これっぽっち何もしなかったってわけでもない。
キリカがいない隙を見て、俺はシオンとイチャついた。致すことはなかったが、手を握ったり抱き締めたり、撫でたり首に口付けたりした。
……いや、違うんだ。ムラムラしてつい手を出したわけじゃない。でもそんな気持ちが皆無とは言い切れないかもしれない。でもですね、僕はですね、だからその……
そもそも、最初はシオンから迫ってきたんだ。あの夜みたいに。だから俺は無罪だ。そんなわけはないが。そもそも有罪って何だ。
まあ、何というか、暇だったのだ。
暇で、シオンと魔法の練習を一緒にしていると、妙に連帯感が強くなっていくというか、心が通う感じがするのだ。で、ついそういうことをしたくなる。
一度一線を超えたから、我慢ができなくなったのかもしれない。
一歩引けなくなったし、冷静でもいられなくなった。遠慮もできなくなった。何よりシオンが格段に可愛く、そしてとても身近に感じられたのだ。
そんなの、童貞明け数日に耐えられるはずもない。サルのようにヤリまくらなかったことは褒めていただきたい。実際のところは『精神操作』が欲情を抑えてくれていたというだけの話なんだが。
でもまあ、そんな美少女とイチャコラできるなんて夢にも思わなかった俺なので、妙な不安とかがあった。
なので、聞いてしまったこともあった
◇
「シオン、俺のこと嫌じゃないか?」
「嫌じゃないですよ」
「でも、嘘吐いたぞ。シオンに手出さないって言ってたのに」
「言ってましたっけ? むしろ『手を出すかも』って言ってたような気が」
あれ、そうだったっけ。
そうだったか。「手を出さない」ってのは俺の中で決めたことだったな。
うーん。だが、しかし。
「何か卑怯な気がしてさ。記憶のないシオンに取り入ったというか刷り込んだというか、そんな感じがして」
「でも、セイタさんは何も嘘吐いてませんよ。だからそういうのとは違うと思います」
「そんなのわかるのか?」
「わかります。セイタさん、嘘を吐くのが苦手な感じがしますから」
そうなのだろうか。そうかもしれない。
嘘を吐く時はわざとおちゃらけるか、あるいは神妙になるか。どちらにせよ「息をするように」「自然に」「上手く」嘘を吐けるかというと、あまり自身がなかった。
そういうのを、シオンには悟られているのかもしれない。
「私、セイタさんと一緒にいるととても落ち着くんです。だから、嫌なことなんて何もないです。でも……」
「でも?」
「私はセイタさんの邪魔になってないのかなって、いなくなってほしいって思われてるんじゃないのかなって……私の方はそう思ってました」
それこそ、そんなはずない。
だってシオンにも言ったじゃないか。俺はシオンと一緒にいられて楽しいって。寂しくないって。あれは気安めじゃない。本心で言ったんだ。
でも、シオンは言葉だけでは安心できなかったらしい。
俺が嘘を言ったわけではないとはわかっていたらしいが……
「俺はそんなこと思ってない」
「はい。でも、ずっと心配でした」
だから、最初はあんな弱気で遠慮がちだったのか。
いや、そもそもシオンには何一つ記憶がなかったんだ。唯一頼れる俺相手に下手に出る、出なければという気持ちが働くのも当然か。俺の立場でも多分そうする。
……それで、捨てられないために自分から身体を開くことも……
あるかもしれない。確信はないが。
俺は、女ではないから。こういう葛藤を完璧には理解できない。
しかしとにかく、シオンはそう思ったのだ。
だから、あんなことを……
「でも、それだけじゃないですよ」
シオンはそう言い、俺の腕の中でくすりと笑った。
「私……最初はキリカさんのことが嫌でした。身体を使って、セイタさんに取り入ろうとしていると思って。でも、キリカさんと一緒にいて、話してるうちに、私も変わらないって……そう思うようになりました」
「え?」
「セイタさんに、私を貰ってほしいって……私も思ってたんです。ずっと……多分、最初から……」
おい。おいおいおいおい。
そんな、そんなこと言われたって。
そんなの貰いたいに決まってるじゃないか。もう貰ってるけど。事後だけど。
ていうかキリカとそんなこと話してたのかよ。ガールズトーク怖いな。ていうか恥ずかしいな。知らぬ間に話題に挙げられるのは。
あとこれって告白されてるみたいだ。みたいじゃなくてそのものか。あの夜に面と向かって言われたから、初めてってわけじゃないけど。
……うむ、男としてちゃんと言葉で返さねばとは思うのだが、どうにもこうにも恋愛経験ゼロだった俺にそれは厳しい。
なので、抱き締める腕の力をほんの少し強めることで応える。シオンの身体がちょっと震えた気がした。温かくて、柔らかい。
うーん、ますます好きになってしまう……何の問題もないか。
「だから嫌じゃないです。嬉しいです」
「でも俺、別に男前でもないし、だらしないし……」
「セイタさんは素敵ですよ」
「……そうか?」
「はい……好きです、セイタさん」
ああ、もう。
なんで君は、出会ってひと月も経っていない男にそうまで心を開けるのか。笑ってくれるのか。
そして俺は、それを不自然と感じず受け入れてしまうのか。
何かもうどうでもいいや、って思ってしまう。
シオンを抱き締めて、『思念話』で「好き」って言いまくる。好き好きビームだ。猛攻を食らって怯んだシオンが「ふぇっ?」と変な声を上げ、戸惑った。
「んっ……!?」
その隙に後ろから唇を奪う。頭が蕩けてるせいか、妙に甘さを感じた。それをずっと味わいたくて、ずっとシオンに口付けていた。
「んっ……セイタ……さん……」
「シオン、ごめん……あんな、無理矢理に……」
「そんなこと……ないです」
「俺、責任取るから。ずっと一緒にいるから……」
「セイタ……さん……」
そんな甘ったるくてねっとりした桃色の空気の中、最後まで致さなかったのは、途中で帰って来てくれたキリカのお陰だろう。
礼を言うべきか、恨み事を言うべきか……
とにもかくにも、そんな風に三日を過ごしてるうち、俺の身体は全快していた。
多分、気安めで続けていた『治癒』よりもシオンとちゅっちゅしてるのがよかったんだろう。そうだ。間違いない。
スゴいね、人体。




