四十五話 おままごとは終わり
また操作ミスで早期投稿してしまったみたいです、申し訳ありません。
なんかもう……いいや(諦め)。
なんでこうなった。なんでこうなった。なんでこうなった。
すぐ隣にシオンがいるぞ。同じベッドに寝ているぞ。同じ毛布を被ってるぞ。
僕、これ何て言うのか知ってるよ。同衾ってやつだ。添い寝って奴だ。
だ、大丈夫。健全だ。何も問題ない。何もしてないぞ。一緒にいるだけだ。
そう。俺は何も問題ない。俺は。
……うん。俺は問題ないのですよ。
ですが、シオンが俺の腕を掴んでます。
ていうか抱えてます。抱き付いてます。問題はそれです。
シオンの膨らみかけの双丘が結構力一杯押し付けられてます。冷静でいられるわけがありませんわありませんことよってばさね。
いかん頭がもう駄目だ。
なんでこうなった。シオンは何を考えてる。聞きたいけど聞きたくない。
なのでここは眠るために尽力いたします。羊が一匹羊が十匹羊が十一匹……
『セイタさん、起きてますよね』
「はひっ!?」
眠ろうとしているのにどうしてこの子ってば邪魔をするのかな!?
それも『思念話』で! 聞かれたくないのかな!? その気持ちはわかるけど!
ていうかシオン、俺に何か恨みでもあるのかな!? 一応謝ったでしょ!? まだ許してもらえてないのかなこれは!?
『セイタさん……こっち見てくれませんか?』
『え……それはちょっと……』
『お願いします……』
そんな震えて小さな声で頼まれたって、俺は! 俺はねぇ!!
はい。断れません。さっきのシオンの泣き顔を思い出したらどうにもね、無理ですよ。
ギギギと油の差してない機械みたいに首を回す。暗い部屋でもはっきりと見えるほどの距離に、精確に言うならば頭一つ分の距離に、ぱっちりと目を開いたシオンの顔があった。
何この子。寝る気ないの。
『見、見たぞ。もういいか? 夜も遅いし、早く寝ようぜ』
『……』
『あと、ちょっと離れてほしいんだけど……その、落ち付かなくて……とりあえず、腕をその、放してほしいっていいますか、は、はは……』
『セイタさん』
一層強く腕を抱かれた。おいィ、やめてくれって言ってるのにその反対のことするっておかしいでしょ。
何よりシオンってそういうことするキャラじゃないっていうか、俺の言うことは一応聞いてくれてたじゃない今まで。
そんな俺の心の悲鳴はガン無視で、シオンはぎゅっぎゅと腕を抱いてくる。どころか全身を寄せてくる。近いです近い近い。
『……もう、一人でどこにも行かないって約束してくれたら、放します』
『えっ』
『約束してください』
突然そんなこと言われたって。いや、何のこと言ってるのかはわかるが。
しかし、しかしだ。
あんな、多頭竜みたいな化け物が現われて、そんな状況でシオンを傍に置いておくって、俺にはそっちの方がおかしいと思う。
シオンを連れて逃げるっていうのが、多分一番いい選択肢なのだろう。間違いなく。
けどもし、相手が俺を狙っていて、とても逃げられないような状況で、それができないような、そんな今回みたいなことが起きたら──
──それは、シオンを逃がすべきだろう。
保護者として、男として、それは当たり前なことだ。
危険は引き受けて、ブッ壊して、それから迎えに行く。そうするのが絶対的に正しい。一番合理的だ。
……だから、シオンの言葉に「約束」することは、俺にはできない。
『……無理だよ。今回みたいなことあったら、俺は多分またシオンを逃がす』
『……どうしてもですか』
『どうしてもだ。危ないからな』
俺が言うと、シオンは何を思ったか、突然ばっと身体を起こして俺を上から見下ろした。
その目が、浴室で見せたあの冷たさに満ちているのを見て、俺は動けなくなった。
蛇に睨まれた蛙だ。ぞくりと首筋が冷たくなった。女の子に威圧されるというのは何とも情けないことだが、今のシオンにはそれだけの何かがあった。
それに、怖いだけじゃない。
目は冷たいが、シオンの表情は薄い笑みを浮かべていた。
少女の笑みじゃない。もっと怖ろしく、もっと美しい、何か別種の笑みだ。
それを向けられて、俺は完全に心を掌握されていたのだった。
『シ、シオンさん……?』
『セイタさん。私、セイタさんがいなくなったら生きていけません』
『それは……わかってる、けど』
『違います。セイタさんが考えている理由だけじゃありません』
俺の心を見透かすように、シオンが言った。
俺が考えること……つまり、金銭面とか、生活的な意味での「生きていけない」ということか。それ「だけ」じゃないということは、一体……?
『セイタさんが死んじゃったら、私も生きていけない、耐えられない。そんな気がするんです。わかったんです。あの時、セイタさんと別れた時に』
『どういうことだよ?』
『わかりません。でも、そう思ったんです。キリカさんが止めてくれなかったら、私、いつ死んでたかわかりません』
キリカが怖ろしいことを言う。俺はぎょっとなって彼女を見上げた。
『セイタさんが死んじゃうと思ったら、自分の中で何かが壊れていくような気がしたんです。全部壊れていって、それが怖くて、そうなる前に死にたいって思ったんです。死にたい死ななきゃって思ったんです。キリカさんが大丈夫、大丈夫って言ってくれなかったら、きっと私死んでました。耐えられませんでした』
『怖いこと言うなよ』
『でも、本当なんです。心配っていうか……多分、もっと自分勝手な理由で、絶対セイタさんに死んでほしくないって思ってたんです。それで、セイタさんが死んだら私も死のうって』
いやいや怖い怖い怖い。どうしちゃったのシオンさん。今度はヤンデレにでも目覚めちゃったの。
……でも、シオンの言うことも少しだけわかる気がする。
というのも、シオンが俺に思うようなことを、俺もシオンに思っているかもしれないからだ。
シオンが傷付いたら、死んだら、いなくなったら……俺はどうなる? ただ悲しいとか自分が許せないとか、そんなので済むのか?
多分、違うと思う。
俺はシオンに『反魂』を使った。自分の魂を分けて生き返らせた。
その時、何か自分の中で大事なものがすっぽり抜け落ちた気がした。心に穴が開いたような気がしたのだ。
知らないうちに俺の中でその喪失感は失せていった。理由ははっきりとしていないが、多分、シオンと一緒にいて、話すようになっていったからだろう。
シオンは、俺の穴を埋めるように一緒にいてくれたのだ。
今考えると、シオンといる時の安心感はそれが理由なのかもしれない。
『反魂』で魂を分け合った、そのせいで、俺とシオンは二人で一人分の魂を共有するようになってしまった。
だから離れれば不安定で壊れやすくなってしまうのだ。
大本である俺はともかく、分けられた方のシオンは。
……しかし、そうだとしても、やっぱり俺は……
『……駄目だ。やっぱりシオンは危ない目に遭わせられない』
『セイタさん』
『こればっかりは譲れませんよ、シオンさん』
ま、一緒に逃げるのを最優先にすれば、それで大体問題ないとは思うけどね。
と、俺がそう言う前に。
『……じゃあ、今夜だけでも放しません』
「え」
つい声が出た。しかし、それもすぐ出せなくなる。
ばさり、と俺に覆い被さったシオンの唇が、俺の唇を塞いでいたからだ。
◇
「──ッ!??」
突然のキス。俺の思考はあえなく死んだ。
薄く濡れた唇が俺のガサガサの唇を這う。撫でる。滑る。挟む。
俺は全身痺れたように、それにされるがまま右手をプルプルと震わせていた。なお左手はシオンに拘束されている。
「ん、んっ……ふ、んんっ……」
シオンが俺の唇を、歯を、舌を貪る音。息音。水音。体温。感触。
全てがエロい。何もかもわからなくなる。頭の中が真っ白になる。
まるで、あの夢だ──思い出したくないながらも、ついそんなことを思ってしまう。
シオンは夢ほどキスが上手いわけではない。夢ほど蕩けているわけではない。
それでも、引け腰の俺にぐいぐい迫って、必死に、犯すように唇を押し付けてくるその姿は、夢のシオンそのままだ。
ていうか、何だこれ。どうなってるんだ。
シオンは、どうして俺にキスなんかしてるんだ? 何を考えて? 俺をどう思って……
そうだ。いくら何でもこんなことされて、理解できない方がおかしい。
シオンは何を思って……俺のことを、そう、俺のことが……?
「んっ……好きです、セイタさん……一緒にいさせてください……どこにも行かないでください……ずっと、私を傍に置いてください……んんっ……!」
そう言って、再び俺に口付けるシオン。
──好き。好きと言ったか。シオンが。
そんな、そんなはずは。あり得ない。おかしい。
だって、俺はシオンの保護者で、ただの知り合いで、仲間で、よくて友達で。
まだひと月も一緒にいないんだ。お互いに何も知らないんだ。
俺は何も言わないし、シオンは自分のことを何も覚えてないから。
──でも、魂を分けた。
俺達は、同じものを分け合って抱えている。同じものが中にある。
まだ何も知り合えてなくても、俺とシオンはその根っこのところで、限りなく近い存在なのかもしれない。無意識で理解し合っているのかもしれない。
そして──惹かれ合っているのかもしれない。
そうだ、俺は、俺も──
「シオ……ン!」
「ひゃっ……!」
なおも続くキスを押し退け、俺は、シオンと体を入れ替える。
つまりは、俺が押し倒す形に。
「……セイタさん」
俺の下にシオンがいる。潤んだ瞳で俺の名を呼んでいる。
心臓が跳ねている。でも狂ってはいない。あの夢の時とは何かが違う。
シオンが可愛いのは既にわかり切っている。そのことに、確かにやましい想いを抱いたりもした。
けど、今の俺は、そういうのとは違う。
今はとにかく、何が何でも、シオンが欲しかった。
責任を取るとか、どうにかしてやるとかじゃなくて、ただシオンのことが欲しくてたまらない。放したくない。
そんな、どうしようもなく利己的な気持ちしかない。
でも、狂ってはいない。
壊したいんじゃない。犯したいんじゃない。
俺の中にあるのは、シオンのことを全部欲しいという気持ちだ。向けられた感情に、言葉に、俺の全てでもって応えたいという想いだ。
恥ずかしさとか、道徳感とか、恐怖とか、リスクとか、そんなものは全部どうでもよくなっていて。
今の俺には、シオンしか見えなくなっていて。
だから、俺は──
「んっ……」
シオンに覆い被さり、今度は自分から抱き締める。口付ける。
現実の俺は、夢の中の俺とは違って、どうしようもなくぎこちなく、硬くて、下手糞。
それでも構わず、俺はシオンを脱がせ、抱き──割り入っていく。
「あっ、あぁっ……!」
「くぁっ、はっ、うくっ……!」
痛みと喘ぎと熱さと怖さに、俺とシオンは一緒に泣いた。
泣きながら口付ける。貪り合う。そうすると少しだけ、楽になれた。
そしてついに、快感の交換は終わりを迎える。
頭の天辺にまで昇り詰めて来る、絶頂と喪失感。
身体と心が溶けて、混ざっていくような、不気味で生温く、しかし蕩けて心地よい感覚──
そんな中で、俺とシオンは繋がり合いながら、この上ない暖かさと幸せに包まれていく気がした──
◇
……………………
◇
………………
◇
…………
◇
……ところで行為の最中、俺達が隣のベッドのことを忘れていたのは言うまでもない……
初体験です(下種)。
文字数的な意味でパンパンなので、一応ここで第二章部分を終わらせていただきたいと思います。
見ての通りまだまだまだまだ序盤なので、これからものんびりお楽しみいただけると幸いです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。また少しお暇をいただくと思いますが、これからもよろしくお願いします。