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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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四十三話 夜を切り裂いた

「ヤバい……ヤバい……」


 星空の下、俺は街道の端で蹲り、一人喘いでいた。

 しくじった。歩けない。とんでもない伏兵が潜んでいた。失態である。


 まさか、この俺が、この期に及んで……筋肉痛で歩けなくなるとは。


「あんなことしなきゃよかった……」


 心当たりはある。

 あれだ。一度フラッとなった時に、主に両足にかました魔力活性。あれが今になって響いてきているのだ。

 思えばあの時、俺は│魔力解放状態ほんきモードだった。

 あの状態では、ただでさえさほど上手いとは言えない俺の魔力制御の精度が、さらに危うくなる。

 そんな時に魔力を流し込まれた身体が一体どうなるか……答えがこれだ。


 あの芸当は『身体強化』とは似て非なるものだ。『身体強化』ないし『超化』は身体能力を増幅させて同時にその反作用から身体を保護する。

 しかし増幅するにも、ある程度元の運動能力が保持されてなければならない。『超化』はニュートラルな状態の身体を前提にした魔法なのだ。


 一方で魔力を使った活性化は、体内に魔力を浸透させ、それによって筋組織に働きかけ、強制的な活性状態にする。そうして疲労感を一切無視するのだ。

 だが、脳の信号ではなく魔力によって無理に動かされた筋肉には、異常なまでの負荷がかかる。そして一度活性状態が切れると、今の俺みたいなザマになる。


 さらに厄介なことに、この筋肉痛は『治癒』したところで意味がないのだ。

 いや、『治癒』しなければさらに耐え難い痛みが襲うという点で、沈痛程度の意味はあるが、それでもすぐまた歩けるようになどはならない。

 筋骨の断裂や破損は治せても、その奥から滲み出てくる痛みまでは取り去れないということか。あるいはこれは怪我というより疲労の類いなのかもしれない。

 それとも魔法的な後遺症が残っているのかも……だとしたら怖ろしい。


 そういうわけで、俺はもう一歩たりと這うことすらできないまま、ここでばったりしているというわけだ。

 地獄のような痛みを我慢して仰向けになった今、寝返りすら打てる気がしない。

 本当にマズい。明日になっていれば治っているだろうか、という淡い気持ちを抱きたくなる。そんな甘い考えはこの世界では捨てにゃならんのだが。


「はあ……」


 溜め息だって吐きたくなる。相変わらず『思念話』はシオンに届かない。アロイスまで多分、まだ三十から四十キロはある。

 『思念話』の最大通信距離は、実際に試したことはないが、魔王の知識によれば魔導具とか何の補助もない俺でおよそ十キロ前後。となると近くにはウルルもシオンもいない。

 アロイスには無事辿り着いているだろうか。だったらいいのだが。


「久し振りに一人で野宿だ」


 しかも飯もない。明かりもない。毛布もマントすらない。

 全部馬車に置いてきたか、多頭竜(ハイドラ)に焼かれてしまったかだ。本当に酷い素寒貧だ。そういえば金も馬車の荷物の中だっけ……


「ふぁう……」


 欠伸をしながら『結界』を張る。戦闘で結構使ってしまった気がしたけど、魔力はまだ四割から五割くらいは残っていた。何かに襲われても問題はないか。また多頭竜(ハイドラ)が出たら別だけど。


 とにかく、あんなデカブツとやり合わされたんだ。俺も結構疲れていた。

 目を瞑ると、すぐ眠気が襲ってくる。こんな所で大の字はさすがにあかん、とは思っているのだが、睡魔には抗えない。魔王より強い。


 思考もどんよりと速度を落として、俺は、たちまち心身ともにどろどろの闇の中へ……


 ◇


『セイタさんっ!!』

「はいぃっ!?」


 呼ばれて飛び起きて足の痛みに悶え叫んだ。この世のものとは思えない叫びだったと自負している。月を隠す雲さえ切り裂かんばかりの絶叫だった。


『セイタさん!? セイタさん!! 死なないでください!! お願いです、すぐ助けに行きますからぁぁ……!!』

「は、はひ、ひ……シオン? シオンか? 俺なら大丈夫だ」

『えっ……セ、セイタさん?』

「ああ、うん。ちょっとくたびれてぶっ倒れて、で、寝起きでびっくりして声上げただけだから。怪我とかないし、うん。大丈夫」

『セ……ゼイダざぁぁぁあぁぁぁぁぁぁん!!』


 おおぅ、『思念話』越しに号泣が聞こえる。

 本当は『思念話』は声出さなくてもいいんだが、これはシオンの奴、マジで声上げて泣いてるな。

 いかんな。すぐにでも会いたい。会って撫で撫でして泣き止ませないと。

 撫で撫で。撫で撫で撫で撫で。別に役得とか考えてないんだからね。ぷんすか。


 そんなアホみたいなこと考えながら、一時間ほどシオンとの『思念話』を続けた頃、街道の南から数騎からなる騎馬が駆けてきたのだった。


「ハァッ!」


 松明を掲げた騎士が、声を張り上げて馬を制止させる。

 軽装ながら金属鎧を身に付けた、三十代半ばほどの男だ。リースほど強面でムキムキというわけではないが、それでも鍛えられているとわかる。当然俺より背も高い。


「黒髪で、二十歳そこそこ……お前! サンデル・マイスの商隊護衛をしていたセイタという者で間違いないか!?」

「え、あ、はい、そうですけど」


 立ち上がれないので無礼にも両足を投げ出したまま答えてしまう。

 そんな俺の、しかもボケッとした態度が気に食わなかったのか、騎士が少し不機嫌そうに顔を歪めた気がした。遅れて来た数騎が俺の付近に立ち止まる。


多頭竜(ハイドラ)が出たという報告を受けた! どこにいるか知らないか!? 行き先によっては近隣の村々にも避難勧告を出さねばならん!」

「あー、えっと、それなら……この街道を北にずっと行ってくれたらいいと思います」

「その場で動いていないというのか?」

「いや、動いていないっていうか、死んでるっていうか……」

「何?」


 ここで「俺がブッ殺しちゃいました」とか言うべきなのだろうか。

 いや、正直は常に美徳とは限らない。美徳ではあるかもしれないけど得にはならないかも。


 何せ相手は多頭竜(ハイドラ)、町一つ二つ簡単に平らげる怪物である。そんなのを一人で倒したとか、もう勇者とかそういうレベルの話である。

 俺がそんな凄い奴だなんて知られたら、あっという間に噂は広がり、賞賛の嵐が巻き起こり、王都に呼ばれ、お褒めの言葉やら褒賞やらを賜って、名門貴族がこぞって俺を引き入れようと画策し、どこからともなく美女がそこら中から大挙して俺に押し寄せるに違いない。冗談である。


 しかし、変に騒がれるのは絶対確実だ。そしてそれは絶対ヤバい。

 何せ俺は魔王なのだ。妙な注目を集めては正体がバレる可能性がある。

 そして一度バレたらもうおしまいだ。またルウィン達の時の二の舞になってしまう。

 しかも今度バレる相手はヒトである。人類領にいられなくなってしまう。そうなったらもう魔王領に戻るしかない。保身のために魔族を束ねて魔王として君臨することも視野に入れなければ。そしたら│ヴォルゼア《あいつ》の思い通りじゃねえか。ふざけんな。


「まさか、お前が多頭竜(ハイドラ)を食い止めているとかいう報告を聞いたが……一人で倒したとでも言うのか?」

「えっ、いや、俺は、いや、が、頑張ったけど、どうにか足一本潰せただけ? っていうか、そんで殺されそうになったところを、どこからともなく現われた凄腕の魔導師に助けられて、命からがら逃げてきたけどここで力尽きました、みたいな?」


 みたいなって何だよ、みたいなって。

 しかし何一つ考えない口から出まかせの割にはよくできたものだ。少なくとも俺が一人で倒したなんていう話よりは信憑性があるだろう。騎士達は顎に手を当てうんうん唸って悩んでいる。


多頭竜(ハイドラ)を一人で……?」

「誰がそんなことをできるというのだ……」

「待て、勇者殿一行が王都に帰還した後、何人かはその身を眩ませたと聞く」

「なるほど。あるいは偶然この辺りを通りかかられたのかもしれん」


 ほう。勇者のお陰にしてくれるか。それは重畳重畳。

 できればそのまま勘違いしてくれたまえ、諸君。私はここでそれを微笑ましく眺めているから。


「……なるほど、話はわかった」


 最初に俺に話しかけてきた騎士が頷く。その間に俺は、痛みを堪えつつ手で足の形を何とか整えようと苦心していた。


「何をしているのだ?」

「いや、その……必死で逃げてたもんで、足が突っ張って動かなくなっちゃって……お見苦しいところを」

「ふむ。魔導師と聞いていたが……案の定体力がないようだな」


 何か鼻で笑われましたが、ええ、まあ、素の体力は確かに笑っちゃう程度でしかないので、否定も怒りもしませんことよ。

 へらへらと笑いを浮かべて「すんません、すんません」と。誰に謝っているんだか。


「というか、商隊に話を聞いてるんすか? アロイスにはちゃんと着いて?」

「ああ。陽の沈む頃、息せき切って雪崩れ込んできてな。護衛を一人囮にしたと言うものだから、てっきり死んでいるかと思ったぞ。まさか街道のど真ん中で寝ているとはな」

「ハハハ……」


 笑い事ではないのだろうが、変な笑いが出るな。囮か。合ってるが。


「じゃああの、俺の連れ、みたいなのは知りませんか?一緒にいたと思うんですけど」

「ああ。何やらそれらしい娘が二人、報告の後に慌てて馬を借り、我々の後を追っていたような気がするが」

「えっじゃあ」

「いたぁ!! セイタさあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「セイタぁっ!!」


 突如として静謐な夜に響いた、耳をつんざく二人の呼び声。

 聞こえた南に目を向ける。騎士達も釣られて向く。一騎の栗毛馬が俺達の方へ駆けてきていた。

 乗っているのは当然、シオンとキリカ。手綱を握っているキリカの背に、がっしり掴まったシオンが身体を傾けてこちらを見ていた。

 というかキリカ、馬なんて乗れたのか。何かよくわからんが凄いな。


「連れか?」

「そうですね」


 騎士にぽつりと問われ、呆然と答えた。

 そうこうするうちに転げるように二人が馬から降りて、俺に突っ込むように走って……

 ……おい、やめろ! 今はマズい! 身体中が痛いんだ! 体重かけられたりしたら死んじまう!! 


「うあぁぁぁぁぁぁん!! セイタさあぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 心の嘆願はついに届くことなく、シオンのダイナミックタックルを食らった俺の激痛による悲鳴が、これまた月を引き裂かんばかりに夜空に轟いたのだった。


何やら手違いがあったようで前話の投稿時間を間違えてしまいました、申し訳ありません。

残り二話は予定通り明日、分割したので0時と12時にそれぞれ更新します。

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