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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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四十二話 ジャイアントキリング

 魔力に支えられた浮遊感が、青空が視界一杯に広がると同時に消えた。

 そして、重力に引かれた俺の身体は次第に高度を下げていく。

 眼下に草原と小さくなった多頭竜(ハイドラ)の姿を眺める。視界に収めていた俺の姿が消えたからか、三つ首はそれぞれあらぬ方向を向き、俺を探している。


 馬鹿め。俺はここだよ。

 撃ち上げた『氷矢』に『楔』を打ち込んだ。

 それに『転移』して、上を取らせてもらった。

 お陰で多頭竜(おまえ)は隙だらけだ。


「『爆閃』……!」


 ズドン、と下方で煙と炎が膨れて弾ける。爆風が俺にまで噴き上げてくる。落ちながら両手で風を受けて姿勢を立て直した。立て直しながらやっぱり落ちる。


 煙が晴れて多頭竜(ハイドラ)の背が見えた。尖った甲殻。緑の鎧。

 着地まで五秒、いや三秒ほどか。

 駄目押しに両手で『爆轟』を一点に、連続で放つ。十発は着弾したか。

 煙の中に突っ込みながら『超化』を発動。着地態勢を取る。


「ぬあっ!」


 ダン、と四肢で多頭竜(ハイドラ)の背に着地。

 怪我はない。衝撃はあった。多頭竜(こいつ)の咆哮、いや悲鳴が聞こえる。

 苦しいか。そうだろうな。すぐ終わらせてやる。


 ぐわん、と多頭竜(ハイドラ)の背が大きく揺れる。俺が取り付いたことに気が付いたか。だがもう遅い。


「グオォォォアアァッ!!?」


 三つ首の一本がぐるんと無理して俺を向き、大口を開く。

 しかし息吹(ブレス)は打ち止めだ。だろう? なら噛み付いてくるしかないだろうな。


「耐えてくれよ……『氷刀』!」


 右手に『氷刀』を形成し、迫る多頭竜(ハイドラ)の大顎を待ち構える。

 上手くいくかはわからないが……一度はやった技だ。今回だってやってやる。


「オォォアッ!!」

「おおっ!!」


 多頭竜(ハイドラ)に負けじと吼え、『氷刀』で大顎を受け止める。いや、『氷刀』を叩き込む。

 それと同時に、『障壁』もとい『障撃』を発動。多頭竜(ハイドラ)の攻撃の勢いを、そのまま多頭竜(こいつ)自身に返す。十倍程度にして返してやれたか。


「ゴバァ!??」


 俺の『氷刀』に打ち返された顎が砕かれ、牙が弾け飛ぶ。

 同時に、さすがに耐え切れなかったか『氷刀』もまた鍔から先が粉々に砕けてしまった。

 上出来だ。俺の手にはほんのわずかな痺れも残っていない。


 即座に『氷刀』を再形成する。だが、今度の刃渡りは六十センチそこそこなんてものじゃない。

 大盤振る舞いで五メートル。さすがに十三キロとはいかないか。


「どぉぉっ……」


 多頭竜(ハイドラ)の背中を、右首を駆けながら、跳ぶ。そして振る。

 俺の『氷刀』は氷の剣。氷の刃。所詮水の塊。期待できるのはただ一撃。

 その一撃に、渾身の力と魔力を込める。


「……せぇいッ!!」


 身体ごと『氷刀』を縦に振る。多頭竜(ハイドラ)の首目掛けて。

 刃が鱗に弾かれる。魔力が走る。刃が溶ける。水になる。

 その水に、さらに魔力を込めて圧力をかける。高圧水流の刃が鱗に、肉に斬り込んでいく。


 刃が抵抗を失う。もとい刃が失せる。多頭竜(ハイドラ)の右首は──切断されていた。


「ウ、オゥゥゥゥアアァッ!??」


 多頭竜(ハイドラ)の中首が叫びながら、自分の前に躍り出てきた俺を見据え、噛み付きを敢行してくる。

 反応はいい。けどそんな大口開けてたら、弱点が丸出しだ。


「『爆轟』!」


 ドバン、と中首の口内が弾ける。牙が、舌が、顎の肉が飛び散る。

 追撃はない。脳まで衝撃が届いたか、それとも潰れたか。

 とにもかくにも、俺は受け身を取りつつ着地。


「オ、アァァ……」


 最後に残った左首が、ずしゃりと地面に横たえられた中首と右首を見下ろしている。

 俺はそれを見上げていた。ぎらつく赤い目。半開きの口。表情のない顔。

 嘆いているのだろうか。多頭竜(ハイドラ)が? 自分の首を落とされて? 


 馬鹿馬鹿しい。こいつは魔物(かいぶつ)だ。魔王に理性も奪われた、哀れな化け物(ひがいしゃ)……


 ──終わらせてやらないとな。

 魔王(ヴォルゼア)の不始末だ。魔王(おれ)が始末をつけなければ。


 もたげた左首が俺に狙いを定める。息音が怪しい。疲労か。もう首しかまともに動くまい。

 多頭竜(ハイドラ)の視線を真っ向から受けつつ、俺は両手に『爆閃』の魔力を集めた。


 ◇


 土煙が残る平原に、多頭竜(ハイドラ)の巨体が横たわっている。

 その胸と背には縁の焦げた大穴が開き、右前足は根元からない。中首は内部から頭を爆裂させられ、左首は半ばからなくなっている。


 そして残った左首だが、これは半ばから切断されて、俺の目の前で蠢いていた。

 そうだ。こんなになっても、この生首は生きていた。

 『障撃』によって横面は滅茶苦茶に潰れていたが、それでも血をどくどくと流しながら顎を震わせている。


「本当に化け物だな」


 俺は首を見下ろして呟いた。こいつは苦しげに蠢くだけで、もう抵抗できそうにない。背中を向けた瞬間腕を噛み千切ってくるなんてこともないだろう。

 だが、奇妙な点が一つあった。

 多頭竜(ハイドラ)の目だ。こいつの目のぎらつくような赤の色が、鱗と同じ……いや、もっと鮮やかな緑色に変わっていたのである。


 一体何が……と訝しむ俺の目の前で、もっとあり得ないことが起きる。


『……竜を殺すか、それもたった一人で……』

「おわっ!?」


 喋った。何ぞこれ。怖い。

 いや、さっきも喋ってたか。しかしさっきとは口調が違う。ていうか生首死にかけで話すっていうのがそもそもホラーだ。竜ってどれだけ生命力高いんだ。


『口惜しい……飢えておらねば喰い殺してやったものを……』


 と思ったら、何か負け惜しみし始めた。何だよこいつ。


「おい、話せるのか? ていうか死なないのか?」

『ふん、甘く見るな……と言いたいところだが、長くはない、な……』


 受け答えできるのか。やっぱりさっきとは全然違うな。


「悪いとは思うがな。こっちだって殺されるとこだったんだ。往生しろよ」

『異な事を……殺しておいて謝るか……』


 ぬ。確かに変だな。かといって首を踏み付けてドヤ顔するってのもさすがにどうだ。死竜に鞭打つのも何だ。

 そもそも多頭竜(ハイドラ)は魔王の実験と被害者みたいなもんだしな。いくらその後何千って人間を殺そうが、元凶が魔王なのは変わりない。

 それに今、こいつは俺と普通に話せている。特に理由もなく貶めたり消し炭にしたりという気にはならなかった。


「お前に恨みはないから。というか、恨みどころかちょっと引け目あるし」

『わからんな……何を言っているかわからん』

「わからんでいい」


 どうせお前、すぐ死ぬだろうしな。今さら変なこと言うまでもない。


「しっかし、多頭竜(ハイドラ)に自我はないんじゃなかったのか。どうして突然話せるようになったんだ?」

『我は元は竜だ……魔王の呪いが解けたのだろうな……』

「呪い……」


 そんなものなのだろうか。

 確かに生き物を継ぎ接ぎして改造して、なんて新手の呪いと言われても仕方ない。多頭竜(こいつら)の場合、首を斬って繋げて頭の中も弄くって、なんておっとろしいことされてるわけだからな。

 つまり、その呪いは切断してようやく解けるってことか。

 救えない話だな。さすが魔王というべきか。残虐非道の権化だ。


『く、くく……だが貴様には礼を言う、小さく強き者よ……これで、耐え難き飢えの中で眠り続ける日々も終わる……下らぬ生が終わる……ようやく眠れるのだ』

「そうかい」

『ああ……強き魔力の臭いに惹かれ、浅ましくねぐらから這い出た甲斐もあったというものだ……』

「そいつは……よかったな?」


 心底嬉しそうな竜の声。何と答えていいかわからない。月並みで疑問形になる。竜と話したことなんかないからな。

 女の子と話すのは慣れてきたが、人外とはどうも……いや、ウルルがいたか……


 ……そうだ、そろそろ戻らないとな。きっとみんな心配してる。

 まだ多頭竜(ハイドラ)の死体から瘴気が出続けていて、それのせいで遠距離の『思念話』が使えないからな。魔物個体を領域そのものに見せかけるくらいに馬鹿げた規模の瘴気だ。一体どれくらい歩けば話せるようになるか。


 まあいい。勝ったのだからあとは戻るだけだ。


「じゃあ、俺行くから……とどめが欲しいならくれてやるけど?」

『く、く。魔王のような力を持っているくせに、なんと奇特な奴、よ……』


 なんか、本当はバレてるんじゃなかろうな? まあいいけど。


 ◇


 首だけでもいい、跡形もなく消し去ってくれ、とその竜は言った。

 俺はそれに従い、『熱線』で止めを刺した後、首に最大火力の『爆閃』を放った。うっかり巨大なクレーターを造ってしまったが知らん振りで通そう。大丈夫、バレない。多分。


 多頭竜(ハイドラ)の死体の方はさすがにどうしようもなかった。こんなもの処分しようとしたら何日かかるかわからない。

 何せ体積にして、二十五メートルプールの二倍分ほどあるのだ。アロイス辺りから人手を呼ぶしかない。


 この世界では魔物の骨や鱗は何かに利用されるのだろうか? だとしたら凄い金になりそうだ。

 ただやっぱり話した相手を金に換えるというのはどうにも気が引けるので、俺はあまりやる気しないが。


 とにもかくにも、アロイスに向かわなくては。シオンにキリカ、ウルルに無事を報告せにゃあかん。


 ちょっと突っ張る足で街道を南に走り始めながら、俺はふと、今生の別れみたいな感じで離れた二人にどういう顔を向けたらいいものか、と悩んだのだった。

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