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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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四十話 心配するなと言っているのに

 衝撃、熱、轟音、風。

 全てが一時に、後方から吹き荒れ襲い来る。

 俺は自分が作り出した破壊の光景に目を焼かれながら、咄嗟に周囲に『障壁』を多重展開した。

 計十層、商隊を覆い切るほどの規模の、ほぼ『結界』とでも言うべき『障壁』だ。


 しかしそれですらも、俺が放った『爆閃』の威力を防ぎ切るには少し足らない。押される。壊される。

 俺は何も見えない中、勘でシオンとキリカを抱き寄せ、衝撃波から庇うように蹲った。


「きゃあぁぁああぁぁぁっ!?」

「セイタさん!! セイタさぁぁぁぁん!!」


 聞こえてる。大丈夫だ。俺が守る。二人とも守るから。俺が……


 ……十数秒は経っただろうか。

 イカれかけた目と耳の感覚が戻ってきて、気付けば、馬車の振動も感じる。


 生きている。それにまだ走っているのだ。

 恐る恐る馬車の外を見る。商隊は、外に曝されてる御者も含めてみな無事だった。

 少し呆然としているが、生きている。手綱は握っている。困惑しながら後ろを振り返っていた。


「……大丈夫か、シオン。キリカ」

「は……はぇ?」

「……え、何……?」


 二人の顔を寄せて目を覗き込む。少し虚ろだ。だが大丈夫そうだ。

 一応返答する意志もある。無事と言えよう。少なくとも『治癒』で何とかなるくらいには。


 俺は二人を座らせ、少々不安を残しつつもまた幌の上に飛び移った。そこから、横に広がりかけている馬車列の中を覗き込んだ。

 みながみな、呆然と俺を、そしてその背後の爆発の跡を眺めている。

 閃光と爆音は人の思考能力を著しく奪うというからな。何も考えられなくなっているのかもしれない。正直、馬の方がまだ走っていることが信じられないくらいだった。


「やり過ぎたか……」


 そう思いつつ、リースのいる馬車を探し、飛び移る。

 再度見せることとなった、『超化』のあからさまに人間離れした身体能力だったが、それを追求することも今のリースにはできないようだった。俺を半分口開けながら見ていた。


「おい、ちょっと、起きろ。起きろってリース」

「あ、おう……今の、お前か? お前がやった……のか?」


 ああそうだよ。でも今はそれはどうでもいいんだ。


「早く号令出してくれよ。みんなぼーっとしてる。あんたが商隊列組み直してくれ。そんでさっさとここを離れるんだよ」

「あ、ああ……」


 大丈夫だろうか。大丈夫だった。ふらふらと立ったリースが声を張ると、すぐ商隊は元の縦隊に戻り、ゆるやかな弧線を描くカーブを連なって曲がり始めた。


「ひとまず、これで安心か……」

「そうか……そうなのか? おい、セイタ、あれは本当にお前が……」

「ゴオォォォオオオォォォォオオオオオアアアアアアアアアァァァァァ!!!」


 俺とリースは揃ってびくりと肩を震わせ、スッ転ぶ勢いで馬車の外に身体を乗り出した。


 そして、見る。

 数百メートル向こうの爆煙の中から、緑の甲殻を張り付けた巨体がぬらりと現われ出でたのを。


「な、死んで、ない……」

「ウッソだろおい」


 力ない笑いが零れそうになった。ひくついた頬の端が痛い痛い。


「オオオォォォォォォォ!!! ガアアァァァアアアァァァアァア!!!」

「めっちゃキレてる」

「くそ、ふざけやがって……! こっちはこれ以上速度出ないっつってるだろ!」


 リースが悲痛な面持ちで叫ぶ。さっきの衝撃波で馬が動揺したのと、馬車にも多少の影響が出ているらしい。ただそれが一層深刻なのはやはり向こうの方で、再び歩み出しつつもその足取りは重かった。

 このまま行けば逃げ切れるだろう──馬車の速度がこのまま半日落ちない、という前提の下でなら。


「アロイスまで、あと半日……か一日、か」


 その距離を休まず走れる馬車などあるか? いや、ない。

 荷物を捨てればその限りではないだろう。しかしその作業をしている間に多頭竜(ハイドラ)に追い付かれる。多頭竜(ハイドラ)のスタミナ次第……でもあるが。


 そもそもそれでは、二十五人からなるこの商隊の全員が逃げることなど不可能だ。馬は全部で六台かけることの二頭で十二頭しかいないのだから。

 誰かが囮になるか、あるいは……多頭竜(ハイドラ)を倒さない限り、この状況はよくはならないだろう。


 それに、気になることもある。


「野郎の目……」


 俺は、鎌首を上げて見下ろしてくる多頭竜(ハイドラ)の長い三つ首を見る。

 そこに備わった、赤い六つの目が、こちらを──いや、俺をじっと見据えているような気がした。

 いくら吼え猛り、鳴き叫んでも、そこだけは冷徹に俺を捉え続けているような……そんな気が。


 ──俺をわかってるのか? 恨んでるのか? それとも……


 竜も、そして多頭竜(ハイドラ)も、知性に乏しいただの冷血動物ではない。彼らを無残に解剖して弄くり回したヴォルゼアはそのことをよく知っていた。


 竜には情緒がある。高度な知性がある。精神性がある。価値観がある。多頭竜(ハイドラ)はそれら全てを攻撃性と飢餓感、そして憎悪に転化させられた生物兵器だ。

 蹂躙する際には無慈悲に暴虐に、戦闘となれば冷徹に合理的に振る舞い、そして退くことを知らない。


 そういう怪物なのだ。そういう怪物が、俺のことを理解できないはずがない。

 俺を脅威だと思い、憎悪を向け、捕食対象として定める──これは、至って当然の帰結であろう。


 で、あるならば──


「……リース、あんた達はこのまま走れ。アロイスまで突っ走れ」

「言われなくたってそうするよ! だがな、このままじゃ……!」

「ああ、だから俺が、降りてあれを引き付ける」

「あぁ!?」


 リースがドスの利いた驚愕と困惑の声を上げる。「お前正気か?」という気持ちに満ち満ちた声だった。


「何言ってやがる!? できるわけねえだろ! あんなの国の魔導部隊か、勇者でもなきゃ手に追えねえ怪物なんだぞ!? お前が一人行って何になる!」

「わかってる。けどどうせこのままじゃ追い付かれるだろ」


 三つ首級の多頭竜(ハイドラ)でも一頭で町を滅ぼせる。それは魔物の脅威を過去のものとして捉えがちなエーレンブラントの人間の間でも常識だ。


 いや、北部に暮らす人間であれば、生活圏を魔王領と接する関係でそういう魔物の危険性は嫌でもわかっていることだろう。

 多頭竜(ハイドラ)は魔王領にもいるのだ。何頭も同盟軍が殺して、しかし何千という兵士が食い殺されている。そういう伝聞が真っ先に伝わってくる場所に暮らしているのだ。


 そんな怪物が一人でどうにかなるわけがない。そんなのは当たり前なことだった。

 しかし……


「足を止めるんだよ。それだけだ。さっきの俺の魔法、見たろ? あれで足一本でもフッ飛ばせば、大分野郎を遅れさせることができる。何発も使えるわけじゃないけどな」


 六割ほど嘘が混じっている言い分。しかし多頭竜(ハイドラ)の足を止めるというのは本心だ。

 確かに現実として今、多頭竜(ハイドラ)の歩みは遅れている。ダメージはあるのだ。

 それを足に集中させれば……という推測を交えて語ると、リースは俺の顔を見、考えていた。


 そして、言う。


「……何故降りる必要がある? 馬車から足を潰せないのか?」

「狙いが付けられない。それにあいつは、多分一発食らわせた俺に狙いを定めてる。このまま追わせるのは分がよくない」

「確証は?」

「ないけど、そういう奴だろ? あの怪物は。この商隊で一番危険なのから狙ってくるはずだ」

「お前を見捨てることになるぞ。いいのか?」

「俺を気遣ってる場合なのか?」


 問い返すと、リースは溜め息を吐いた。

 彼の仕事は、商隊の護衛。商人の命と商品の保護。護衛の命は最悪、矢除けとして使い捨てる。

 そのはずだ。そうであれば、ここで俺を残すことに一切のデメリットはないはずだ。


 そう、多頭竜(ハイドラ)恨み(ヘイト)を買った俺を残すことに。


「……何故そこまでする? こんな仕事に命賭けるのか?」

「仕事はともかく、連れが危険なのは嫌なんでね。さっさとアロイスに連れてってほしいわけよ」

「な」

「グゥゥウアアアアァァアアァァァァァ!!!」


 リースが一瞬呆然とした。それと同時に、後方から多頭竜(ハイドラ)の咆哮。

時間がない。返答は聞かない。勝手にやらせてもらう。

後はリースと……それからキリカに任せることにする。


 俺は馬車の荷台から、また最後尾に戻っていった。


 ◇


「何言ってんの!? 馬鹿言わないでよ!!」


 やっぱりキリカに怒鳴られた。しかし時間がないので肩をバンと叩いて黙らせる。


「キリカ、俺は大丈夫だ。だからシオンを頼む。絶対に離れるな。一緒にアロイスに逃げろ。もし何かあったらシオン連れてアロイスも出ろ。後で合流しよう。それとシオンには奴隷印がある。何か言われたらキリカの奴隷ということにしておけ、あと……」

「だから! あんたは何言ってんのよ!!」


 キリカが叫ぶ。混乱しているようだ。しかし俺にはまともに答えている時間がない。

 多頭竜(ハイドラ)は速度を落としつつも歩み始めている。息吹(ブレス)の射程まですぐ追い付くだろう。

 だからここはわかってもらう。わかってもらうしかない。


「キリカ、頼むから言う通りにしてくれ。何だってするから。 あいつは俺に狙いを定めた。一緒にいるのは危険なんだ。だから……」

「あんた、死ぬ気、なの……?」

「んなわけねーだろ」


 キリカの肩を叩いた。ついでに、縋り付いてくるシオンの頭も撫でる。


「内緒だけどな。俺はお前が考えてるよりすっげー強いんだぞ。見たろさっきの魔法?あれ何発も撃てんだよ。野郎(ハイドラ)をダルマにしてすぐ追い付くからさ。ほら、だからさ……」

「そんなの、信じられるわけ……ないじゃない……」


 力なく言うキリカ。震える唇。泣きそうな顔。らしくない。慣れないな。

 困ったな……こんなキリカ、どうやって扱ったらいいのかわからない。


「まさか、心配してくれてんのかよ?」

「そんなの! ……当たり前じゃない……」

「セイタさん、行か、行かないでください……死んじゃいます……」


 シオンまで。ああもう、頼むよ。

 こういうのは落ち着いた時に、もっとしっとりとした雰囲気の時にしてくれ。後ろで怪物が吼えている時じゃなくてさ。


「どこにも行かない。晩飯時にはまた一緒だって、シオン」

「そんな、そんなこと……」

「信じてくれるんだろ?」


 俺が問うと、シオンはうっと息を詰まらせた。二十日前前に彼女が言った言葉だ。


 二十日前か。考えてみると、まだそれしか経っていないんだな。キリカに至っては知り合ってまだ二週間ぽっちだ。

 そんな二人の肩を抱いて、頭を撫でて。吊り橋効果って奴だろうか。多分違うな。でも役得だ。今考えるべきことじゃないけど。


「俺行くよ。頼むから行かせてくれ。後で何でも二人の言うこと聞くから。だから今だけ……一生のお願いだから」


 なんでここまで懇願しなきゃいけないのか、自分でもちょっとおかしい。

 まあ、普通に考えれば死にに行くようなもんだからな。そうじゃないって証明するには、多頭竜(あいつ)をどうにかするしかないんだろうけど。


 シオンとキリカの手が、俺からするりと離れる。わかってくれたか。

 違うらしい。その目はまだ俺を不安げに見ている。大丈夫だ。俺はすぐ戻ってくる。

 だからそんな顔はやめてくれ。俺は女の子の笑っている顔が好きなんだ。


「……じゃ、後でな」


 少し後ろ髪引かれつつ、俺は荷台の端に足をかける。

 それから多頭竜(ハイドラ)を振り返り──馬車から飛び降りた。

 二人のことは、もう振り返らなかった。

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