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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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三十九話 忘れられた怪物

初魔物です。

 多頭竜(ハイドラ)

 それはそのおぞましい外見からもわかる通り、自然の生物ではない。

 しかしその外見的特徴からも類推できる通りに、竜族とまるで一切関係がない、というわけでも当然ない。


 多頭竜(ハイドラ)は魔王が作り上げた魔法的造物──要するに魔物の一種である。

 素体となるのは複数頭の竜種。その内臓、魔力、筋力その他をそっくりそのまま一頭の怪物に合わせ持たせることで、多頭竜(ハイドラ)は完成する。

 単独の竜種をはるかに上回る力と凶暴性を兼ね備えた、生物兵器として。


 しかしその名目上の(カタログ)生物的性能(スペック)に比べ、多頭竜(ハイドラ)は明らかに欠陥が目立つ魔物であった。

 その欠点の最たるものが、竜種が当然持つべき飛行能力を有していない、ということである。


 複数頭分の竜の内臓と筋肉を搭載するにあたって爆増した体重が、多頭竜(ハイドラ)から翼手を失わせ、四足歩行するための骨格構造への変化を余儀なくさせたからだ。


 ただそんな欠陥を鑑みてなお、その凶暴性と攻撃力から、かつて魔王が大陸中に魔物を放った際には多頭竜(ハイドラ)は怖ろしいほどの侵攻力を発揮した。


 低性能の三つ首ですら町一つ二つは容易く滅ぼし、最大の力と巨躯を持つ七つ首ともなれば、小国を更地にしたとすら言われるくらいだ。


 ──そんな多頭竜(ハイドラ)が、何の冗談か俺の目の前にいる。

 いや、冗談だろ。どうなってんだよこれ。


 ◇


「オアアァァァアアアアァァオオオオォォォォォォォォォ!!!」


 胴体幅二十メートル、胴体長三十メートル、緑と黒の刺々しい甲殻に鱗、正気と思えないような六つの赤い瞳。

 そんな多頭竜(ハイドラ)の真ん中の首が天高く伸びて吼える一方、左右の首が何かを咥え、ぐちぐちと噛み千切っていた。


 あれは……人だ? うん、人だな。盗賊だ。

 あと馬。まとめて咀嚼している。血飛沫が口の左右からぶしッと舞っていた。


「おいおいおいおいおいおいおいおい」

「な、に、あれ……」

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!?!」


 三者三様の驚愕、悲鳴。馬車の中はたちまち阿鼻叫喚に包まれた。主にシオンによって。


「な、何だぁ!? 何なんだよあれぇっ!! うあぁぁぁぁぁ!!」


 御者のおっさんが振り返って悲鳴を上げ、無意識に馬をビシビシ叩いていた。おい、やめろ、ちょっと可哀想だぞ。

 いや、無理もないか。後ろ見たら森から飛び出してきた怪物が、短足を必死に振り回してこっちを追いかけて来てるんだものな。普通にパニックだよ。ディザスターなムービーだよ。


 ところがどっこい、これが現実。ハラハラドキドキでは済みません。

 マズいです。非常に、ひじょーに、ひっじょぉぉぉに、マズいです。ハイ。


「落ち着いてる場合じゃねえ!!」


 俺は馬車の外に出て幌を掴み、上に昇る。

 そのまま『超化』を使い、馬車を跳び移って最前列に向かった。


「おわぁっ! 何だよお前!?」

「ちょっと黙ってろ! おいリース! リース!!」


 二台目の馬車の幌に飛び乗り、御者に驚かれつつ、リースを呼ぶ。強面が馬車の中から顔を出した。


「な、セイタ……いや、何があった!? 何の騒ぎだ!!」

「怪物だ! 多頭竜(ハイドラ)が出た! 何か知らんがこっちを追って来てる!!」

「何だと!? なんでこんな所にんな化け物が出るんだよ!?」

「知るか! いいから速度を上げさせろ! みんな食われちまうぞ!!」


 後ろを指差し俺は叫んだ。振り返って見ると多頭竜(ハイドラ)は三つ首から炎をちろちろと零しながら追って来ている。


 距離はまだ百メートルくらいか。しかし多頭竜(ハイドラ)自身の横幅や首を伸ばした高さが二十メートルほどもあるため、さほど離れているように感じられない。

 しかも驚くべきことに、奴の速度はこちらよりやや速いのだ。


 ──ルンツェの森は確かに魔物の領域だ。しかし、だからといって今まで大物が出た報告はない。


 そんな風に言われていた。精々、狂暴化したイノシシやら亜竜のなり損ない、うっかり命を落とした冒険者の屍躯(ゾンビ)が出る程度だろうと。

 そんなものだからまあ安心しろと。そう言われていた。


 ふざけるな。これは一体何の詐欺だ。


 戦慄し、愚痴りたくなるのを堪える俺に、リースは首を振って答える。


「これ以上は無理だ! 馬車の重量がある!」

「何だって……」


 だったら荷物を捨てて速度上げろ、と言ってもそれも遅いか。

 もう一度振り返ると、各馬車から悲鳴が上がっている。

 御者、商人、それから護衛もか。誰一人冷静ではない。馬に鞭打ったり叫んだり恐慌している。


 俺もだ。内心ではビビッている。そりゃそうだ。

 あんなデカい怪物見て冷静でいられる、まして心躍る戦闘狂なんかいるわけがない。いたら馬鹿かキチガイだ。


 何より俺には、多頭竜(あいつら)を造ったヴォルゼアの知識がある。どれだけヤバいのかは俺が一番知っているのだ。


「セイタ! ユークに伝えろ! 何でもいいから奴に矢を放てって!」

「お、おう!」

「お前もだ! 俺達の中に遠距離攻撃できるのはお前達だけだ!」


 そうだな。誰もあんなのに近付きたくはないだろう。矢とか魔法でどうなるとも思えんが。


「……やってみるか」


 やるしかないからな。

 俺は馬車の幌を蹴った。


 ◇


 射かける弓が怪物の頭に飛び、弾かれ、折られて落ちていく。

 地面を踏み砕く足に張った氷が、振り上げる動作のみで砕かれ、散っていく。

 何をも意に介さず、多頭竜(ハイドラ)は進む。狂ったような咆哮に、燐火を混ぜながら。


「駄目だやっぱ」

「なんであんたはそんな落ち着いてるのよっ!!」


 キリカに怒られた。シオンは涙目で俺を見上げている。

 駄目だやっぱ。進むに地獄退くに地獄って奴だ。俺達は今全速力で撤退してるんだが。


「あっ!? 火、火が!」

「下がってろキリカ!」


 俺は多頭竜(ハイドラ)が吐き出した炎の散弾に向けて、『障壁』を展開する。

 人間の魔導師が放つ『火炎』大の炎が、いくつもそれに阻まれて爆裂し、透過した衝撃と爆音が馬車の中の俺達を叩いた。


 距離が離れているため著しく威力は落ちているものの、竜の息吹(ブレス)というのはそれだけで人間の魔法がお遊びに思えるくらい危険極まるものなのだ。今も『障壁』がなければ馬車は半壊していただろう。

 しかもそれを吐き出す頭があの多頭竜(ハイドラ)には三つある。単純計算で火力は三倍である。まったくふざけている。


 そしてふざけているのは、攻撃面だけではない。


「くそったれ……」


 案の定というべきか、多頭竜(ハイドラ)が矢だのちょっとした魔法だので止まるわけがなかった。全身の甲殻は鋼鉄より固く、筋肉は建物の壁より分厚いのだ。

 小火器でなく重火器を、いや戦車を、もとい対地ミサイルを、いっそ弾道弾を持って来いと言わんばかりの馬鹿げた耐久力である。


 では威力過剰気味な炎熱魔法ならどうか、と、制御を考えずに『熱線』を使ってみた。だがこれも駄目だった。

 緑の鱗、白い腹殻は俺の直径三十センチ程度の『熱線』では多少焦げた程度で、わずかに痛痒を与えてもいないようだった。

 距離の減衰か、多頭竜(ハイドラ)の防御力の高さか、そもそもこちらの威力不足か……ちょっと泣きたくなった。


 そんな馬鹿げたタフネス、かつ見るからにデブな体格の割に、こちらが出しているであろう時速五十キロに追い縋る勢い。

 遅いといえば遅いのだろうが、大きさがあるため絶対に危険だ。あんなものを止められる要塞だの城壁があるのなら見てみたい。


 ……しかし、やはり疑問は止まない。

 なんであいつは、こんな所に? そして今現われたのか?


「考えてる余裕はなさそうだけどな」


 俺は舌打ちしつつ、『氷槍』を数十本形成して撃ち放つ。狙いは足だ。当然、貫くことが目的ではない。とにかく着弾させ、『凍結』で足を止めるのが目的だ。

 しかしいくら凍らせても、多頭竜(ハイドラ)の筋量と体格の前では糸で人の足を止めるが如くだ。


 わずかに進撃を遅らせることならできなくもないが、焼け石に水。トータルではやっぱり徐々に距離を詰められている。馬の体力切れもあるのかもしれない。


「氷じゃ駄目か……」


 慣れ親しんだ氷魔法の火力不足に一抹の寂しさを抱かざるを得ない。そもそも氷なのに火力とは奇妙なことだが。


「セ、セイタさぁん……」


 ああ、シオンが泣いてる。震えてる。駄目だ。泣くな。こっちまで悲しくなるだろ。

 シオンが泣くのは絶対駄目だ。シオンが死ぬのはもっと駄目だ。踏ん張らなければそうなる。


 みんな死んで、俺も死んで、キリカも死んで、シオンも死ぬ。

 下らない終わり方だ。肉片になって飲み込まれるか、蟻のように潰れさて死ぬ。魔王なのに。魔王のくせに。


 ──あり得ない。そんなことになってたまるか。

 俺は魔王だぞ。どうして多頭竜(まもの)なんぞに殺されなきゃならないんだ。


「させるかよ」


 右手に魔力を集め、魔法を組む。慣れない法式だ。炎か。ヴォルゼアの得意としていた系統の魔法だ。


 ──いいのか?


 多頭竜(ハイドラ)に向けた右手を押さえ、ついそんなことを思う。

 駄目だ。余計なことは考えるな。今は……


 ……つい忌避していた。炎熱魔法は扱い辛いからと。制御できないからと。

 だから『火球』や『燃焼』しか使わなかった。戦闘には扱いやすい氷魔法を使い続けてきた。


 だが本当は──この強力過ぎる魔法を使うことで、俺が魔王なんじゃないのかと、バレるのが怖かった。

 ……そう、だから俺は、無意識にこいつらを封印していた。


 ……でもな。

 手加減したら酷い目に遭うって知ったんだ。

 何一つ守れないってわかったんだ。

 俺は魔王だ。壊すか、殺すかでしか、何かを守れないんだ。


 ──だったら、使う。

 バレたらそれは、その時だ。


「『爆閃』」


 魔法名だけを詠唱する。イメージを固めるためだけに。慣れない魔法式を組むために。

 右手の前に魔力が渦巻いていく。一掴みほどの魔力の球。その中心に光と熱が集まっていく。高密度な魔力の奔流の、さらにその中に荒れ狂う極小極高温の魔力球。


 ──まるで、米粒大の太陽だ。


「う、ぐぁっ……」

「セ、セイタ!?」


 キリカの悲鳴。聞いている暇がない、ごめん。

 魔力が荒れ狂い、風が巻き荒れる。腕が震える。魔力が暴れる。

 慣れないってのは辛いな。少しくらい、練習しとけばよかった……か? 


 それでも必死に右腕を多頭竜(ハイドラ)に向けて、俺は──爆熱の塊を撃ち放った。


 吹き返される強風、馬車を震わせる振動、そしてその直後──


 ──多頭竜(ハイドラ)のいた位置を、光が包んだ。

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