三話 喧嘩
一しきり笑い終えた賊達が、ずらりと得物を抜き始める。
血糊の残る剣……ショートソードから半ばで折れたクレイモアまで、長さは様々。切れ味の保証は怪しいが、まあ、人間の腕とか首くらいなら余裕で斬り落とせるだろう。
……改めて考えると、かなり怖ろしい状況だこれ。
「ふざけやがって、何が魔王だァ?」
「頭イカれてんのか、おいィ」
「ちょっとそこで這い蹲って命乞いしてみろよ」
そう言う賊に向けて、俺は虚勢を張り、「ふん」とわざとらしく鼻を鳴らしてみせる。
すると一人が眉を吊り上げ、地面をダンと強く蹴って突っ込んできた。
ああ、早まったか。これはマズい。
賊の踏み込みに迷いはない。剣は鋼鉄製のロングソード。大上段から俺の頭目掛けて振り下ろしてくる。間合い取りもほぼ満点といったところか。恐らくは何人も斬ってきた経験があるのだろう。
このままいけば、あとコンマ三秒後には俺の頭に刃が到達するだろう。その刃のよく当たるであろう部分は、周りが錆び付いているのに対しよく研がれているように見える。ならず者なりに自分の得物に対する愛着とか信頼があるのだろう。頭蓋骨まで容易く斬り込まれるであろう予感があった。
俺ははっきりと、死の予感を感じていた。
……それにしても、随分とゆっくり見えるもんだな。
ザンッ、と剣が地面に突き刺さる。
それを俺は、半身になって体を逸らしつつ横に眺め下ろしていた。
賊が、振り下ろした剣の先から俺に目を移し、ぽかんとした表情を浮かべる。
まあ、斬り込んだと思った瞬間に避けられたのだから、そんな顔にもなるか。
──今さら当然のことながら、魔王である俺が、馬鹿正直に生身で多勢の凶漢に立ち向かうなんてアホな真似をするわけがない。
俺はこのひと月で、万一こういう荒事があった時のためにと、なるだけ目立たず安全に立ち回れる魔法を探し、練習してきた。
そこで白羽の矢が立ったのが、『感覚強化』と『身体強化』である。
この二つを簡単に合わせて説明するならば、魔力を体内に流し全身の感覚と筋肉を活性化させることにより、五感と反射神経と身体能力を向上させる。と同時に、それによって大きくなる負荷を軽減させるため、鎧か防護膜のように身体の外側にも緩衝材として魔力を滞留させる、というものだ。
有り体に言ってしまえば、これで俺は超人になれる。
筋肉モリモリでなくとも岩を殴って砕けるし、崖から落ちても掠り傷で済むし、降り注ぐ雨粒が止まって見える。それだけ馬鹿げた効果があるのだ。
それでいて、周りからは一見大したことがなさそうに見える。これは「俺が魔王である」ということを隠す際にいずれ必要となる要素ではないかと思う。
まあ、魔王が元来持つフザけた魔力量あってのこの効果ではあるんだがね。
この魔法、地味ではあるけど実は魔力の消費量がかなり大きい。普通の人間が今の俺くらいの強化を保とうとしても、まず一秒も持たないだろう。俺にしたって、まだまだ慣れてないこともあって十分持つかどうか……
それと、いくら馬鹿げた力があったところで、俺は戦うことについてはズブの素人。力に俺の方が振り回されないよう気を付けないと。なんかみっともないし。
「は?」
と、賊が間抜けな一声。その声を聞くまでに、俺の体感では欠伸一つし終えるくらいの時間が経ったように思えた。
無論、実際はそんなことはないのだが、俺の感覚はそう感じてしまうほどに引き延ばされた時間の中をひた走っていた。これがさらに極まったら俺の中で時間が止まるのだろうか?
「ほーらっ」
「おバッ!?」
気の抜けた声とともに、斬りかかってきた男の腹をサッカーボールの如く蹴り上げる。と、大して力を入れていないにも関わらず、男は拉げたくの字になって錐揉み回転、木の枝をへし折って森の緑の奥へ消え去ってしまった。
「な、な……」
「なんだコイツ!?」
「やべ、死んだか?」
最後のは俺だ。なんかいざ喧嘩が始まってしまうと、浮付いて変な気分になって緊張する余裕すらない。慣れてないんだよ、こういうの。
とまあ、そう思っているうちにもう一人が突っかかってくる。
「このガキィ!」
「うわぁ」
今度は横に薙いできたので、上に跳んで避けた。曲げた膝の下二十センチを剣が滑っていくのが見えた。ついでなので空中から賊の頭を蹴る。
「ギャァッ!」
横にすっ飛んで転がっていく男。南無。頭蓋骨にひびくらいは入ってるかもしれないけど、許してね。
と、間髪入れず今度は背後に気配。さすがの俺も頭の後ろに目が付いているわけじゃないので、我武者羅というか適当に後ろ回し蹴りを飛ばすに留める。
「ゴブッ」
が、幸か不幸か、それがいいヒットをかましてしまった。
俺の至って普通なサンダル蹴りは、迫る剣を蹴り折り、そのまま賊の顎をも打ち抜いてしまったのだ。大量の歯と血が賊の口から噴き出すのが見えた。見えてしまった。自分でやっといてなんだが嫌な感触……
「ひ、ひイィィ!」
三人片付けたところで、早々に残りの賊達の士気も下がり始めていた。もう俺に向かってくる気概のある奴はいないらしい。だらしないな。
「ホラ、行くぞ行くぞ」
「あ、ひ……」
俺がふらふらと歩み寄るや、もう賊達は構えた剣を下ろして逃走の構え。本当にしょうもないな。
が、五人が踵を返して森に消えたところで、うっかり出遅れてしまった最後の一人が、ここでとんでもない行為に出る。
「く、く、くそァ!」
「キャッ……」
なんとまあ、ほぼ忘れられていたようにうっちゃられていた金髪の少女を羽交い締めにし、俺に向けて盾にしてきたのだった。
「く、来るんじゃねえこのクソガキ! こいつをブッ殺すぞ!」
「え、何言ってんの……」
なんで見ず知らずの赤の他人を人質に取って交渉が進むと思うのだろうか。そこの彼女が何かしら俺にとってのウィークポイントだと思ったのだろうか。俺そんな素振り見せたっけ?
いや、あれはただテンパっているだけだな。そういう顔だ。目が泳いでるし。
「待て、とりあえず落ち着こう。そういうのよくない。みんな不幸なる。いいね?」
「うるせえ! 黙れぇ!!」
賊は少女の首に剣を押し付けて俺を盛大に威嚇。むう、片言は馬鹿にしているように聞こえてしまったか。まあ馬鹿にしているのだが。
とはいえ、浮付いた気分のままふざけるのも大概にしておこう。女の子が普通に怯えている。見ていて痛々しい。
猛省、それから冷静……よし、ちゃっちゃと片付けるか。
俺は、少女を引いたまま後ずさる男、その剣を握る右手に目を向ける。
そして穴が開くほどに凝視。といってもコンマ五秒ほどのことだが、集中し切った今の俺にとってはまさに「穴が開くほど」だ。
そして、これまた馬鹿げた集中力で、馬鹿げた量の魔力を目の前に集める。そのまま間を置かず、瞬きほどの時間で魔法を組み上げた。
それを、解き放つ。
「うあっ!?」
瞬間、白い光が男の右の手を貫き、その手から剣が取り落とされた。
貫いたのは『熱線』の魔法だ。洪水のように膨大な魔力を針の細さに束ねることで貫通力と照射速度を極限まで高めた魔法で、ぶっちゃけレーザーだ。というかそのものだ。
人の身体に穴を開けるほどであるから、焦点温度は俺の世界の軍事用レーザーなど話にもならないほどに高いのだろう。その特性故、発動速度と精度に優れているのが「ウリ」の魔法だが、一発撃つのに相当の集中力を要するのが難点だった。今は咄嗟に撃ったというか撃ってしまった、出てしまったというのが正しい。
だがまあ、結果オーライか。
「オルァ!」
俺は怯む賊に一足飛びで接敵、少女を引き剥がしつつ顎に拳を突き込んで、この乱痴気騒ぎをお終いにすることにした。
◇
「こんな動いたのは久し振りだな……」
俺は『身体強化』と『感覚強化』──面倒だから合わせて『超化』と呼んじまおう──を切りつつ、叩きのめした賊四人を眺めて思った。
息はある……はずだ。手加減できないほどテンパっていたわけでもないし、俺は快楽殺人鬼なわけでもない。
まあ、後遺症くらいは残るかもしれない。それは諦めてほしい。悪いのは先に手を出したあっちなのだから。
……いや、喧嘩を売ったのはこっちの方か? でもどうせ、俺のことも見逃す気はなかっただろうしなあ……助ける義理もないし、ここで獣の餌になってもらうか。なんかちょっと気分悪いけど……
うん、やめよう。というか、悪人の心配なんかより先にすることがある。
「大丈夫か?」
俺は振り返り、地べたに座り込んだままの少女に声をかけた。びくり、とその金髪のかかる小さな肩が震えた。その目も若干泳ぎ気味である。
うむ、怖がらせてしまったようだ。まあ、目の前であんなバイオレンスな光景を見せられればそうもなるな。その原因大筆頭の人間が目の前にいるわけだし。
にしても……この子、相当に可愛い。
今思うべきことではない、不謹慎だとも思うが、それにしたって彼女の容姿は俺の男心が無視できる範囲を余裕で飛び越す美しさだった。
見た目、十四歳か十五歳といったところか。全体的にやや痩せ気味なのか、すっとした目鼻立ちに顎のラインで、身体つきもほっそりとしており、女性らしさというよりむしろ神聖さを感じる。だが、短い袖とスカートから覗く白肌や太股の張りはそれを差し置いても扇情的に映るほど魅力的だ。
髪は細く、透き通るような金色。怯えと同時に強い意志を秘めた瞳は、エメラルドもかくやという高貴な緑。
まるで、厳選した各部のパーツを集めて組んだ人形のように調和の取れた美貌。だが不自然さや無機物っぽさはなく、それらはあくまで前述した神聖さとして捉えられるように思える。
かといって、人間としてはあまりに美し過ぎるようにも思える……のだが、彼女のその耳を──ピンと尖った長い耳を見れば、そんな疑問もなくなる。
「……ルウィン、か」
少女は、俺の呟きのような問いには答えなかった。
◇
色素の薄い金髪、尖った耳、華奢な体躯、整った容姿、人間と比較にならない長寿、人間的文明を忌避し自然との調和を尊ぶ精神性。それらを備えるのがルウィンという種族である。魔王書房より。
地球的な言葉で言ってしまえば、ずばりエルフである。そのものである。もうどこからどう見ても疑いようがないほどエルフである。ただしこの世界ではルウィンと呼ぶそうなのでそれに従おう。郷に入っては郷に従え。日本人の美徳だ。
そんでもって、俺の目の前にそのルウィンの少女がいる。これはつまり、この近くにルウィンの集落があるということだ。彼らは森の中に好んで暮らす種族であるし、加えて彼女は荷物も持たず、遠出するような格好でもなかったからだ。まあ、荷物は落としたのかもしれないが。
とにかく、それがどうして、あんな下半身先行野獣集団に追い回されていたのか。いやむしろ、問題となるのはルウィンが暮らすほどに深い森の中にまで入り込んでいたあの連中の方だろうか。
まあ、いいや。大事なのは少女の方である。
「怖がらなくていい。何もしないから」
とは言ったものの、少女は破けた緑色のチュニックの胸元を押さえて後ずさるのみ。表情は硬く、恐怖が見え隠れする。これでは取り付く島がない。
さあどうしようか。俺はちょっと悩んでから、ふと彼女の足の爪が割れていることに気が付く。若干気が引けるが、これを利用させてもらうこととしよう。
「んんっ……えい」
間抜けな声とともに、俺は目の前に立てた人差し指に集めた魔力を彼女の足爪に差し向けた。と、光がそこで弾け、一瞬にして傷が消え去る。それを目の当たりにした少女の目が驚きで見開かれた。
珍しくも何ともない『治癒』の魔法だ。驚く要素はない。強いて挙げるなら、発動に瞬きほどの時間しかかからなかったことくらいか。それにしても、熟練した魔導師ならこれくらいは普通にやってみせるだろう。俺には少女の驚き方がよく理解できなかった。
「な、え……」
「これで歩けるだろ。気を付けて帰れよ」
折角出逢ったひと月振りの人間──というか、この世界に来てからほぼ初めての人間ではあったが、あんまり怖れられるものだから会話は無理だろうと思った。ここはさっさと俺の方から引き揚げる方がよし、だろう。
若干寂しくはあるが、まあ、この辺りにルウィンが暮らしていることはわかったし。俺の根城からも大して遠くないから、そのうち訪ねてみてもいいだろう。
……ルウィンの排他的な性格が、若干気懸かりではあるが。
「……ん?」
と、なんとなく後ろで変な音がしたので振り返ってみると。
少女が、立ち上がろうとして足をもつれさせ、尻餅をついているところだった。
「……立てないのか?」
「え、あ、う……」
俺に問われ、声をくぐもらせる少女。どことなく泣きそうだ。
……思えば。俺が乱入したタイミングで混乱に乗じて逃げればよかったものを、彼女は逃げなかった。座り込んだまま、賊の人質にされてしまった。
俺はそれが足の爪の怪我のせいだと思ったが、違うのかもしれない。
「……腰、抜かしたのか」
少女は、警戒する余裕もなくなったのか、恥じらいを隠すように顔を背けた。
まあ、それで大体察してしまったわけだが。
◇
「この辺りに家あるなら送るけど。どうする?」
そう尋ねた俺に、少女は少しの間訝しげな表情を向けていたものの、何故か不意に警戒心を緩めて「お願いする」と小さく答えた。
それが信頼を勝ち得た証、と早合点するほど俺は頭お花畑ではない。ただ自分から言い出したからには粛々と彼女を送り届けるのみである。
しかし、『探知』の範囲にはルウィンの集落は存在しないようだった。少女を背負って歩くというのもできなくはないが、面倒だし転びそうだ。
なので、俺はウルルを呼び寄せることにした。俺とウルルの間には魔力の絆が存在するので、『思念話』という魔法で遠隔での意思の疎通が可能だ。
「ちょっとこっち来てくれ。できるだけ速やかに、でも静かに」
「御意」
そんな感じである。狼だからなのか、ウルルの思考は若干武人肌だ。そこが渋くもあり、可愛くもある。
とまあ、一分もせずにウルルは俺達の元に現われた。その姿を見た少女が悲鳴を上げたものの、ウルルが俺の言うことを聞いて大人しくしているとわかると、怯えを引っ込めて疑問の目を向けてくるのだった。
「……極天狼がどうしてヒトの言うことなんか……?」
少女はそんなことを言っていた。何やら小声で厳かかつ物騒な単語が聞こえてきた気がするが、ウルルはやっぱり普通の狼と違うのか?俺にはわからないが。
俺は少女をウルルの背に乗せ、しっかり捕まるように言った。ウルルにも速度を抑えるように頼む。そうして、少女が指し示す方向へと俺達は向かった。
方角にして、西だろうか。それほど離れてはいないらしい。
トコトコと森を歩くウルルの背に少女を乗せ、その傍らで俺が小走りで追従する。微弱な『身体強化』をかけて体力を補っているので、それで遅れることはない。二十分ほど走ったものの、息切れの気配すら感じなかった。
そんな風にして俺達は沈黙を守っていた。のだが、少女が不意に話しかけてきた。
「あなた、何者なの? ただの人間には見えないけど」
「え」
どう答えたものか。俺が逡巡していると、少女は目を細めて答えを待たず続けた。
「魔王……って、言ってたけど」
「あー、あれは、その……そう、冗談! ただの冗談……」
そう言って笑う俺の顔が若干強張ったのは、少女の不機嫌そうな表情を見てしまったからである。
そういえば、魔王書房によるとルウィンという種族は大層純粋な性分だそうで、虚言の類いを相当嫌っているそうだ。それに加え、元来併せ持つ魔力の感知能力によって、他者の嘘をある程度なら看破できてしまうらしい。
となると、俺は下手なことは言えない。嘘を言えば不信がられるし、本当のことを言うのもなんだ。この大陸において魔王っていうのは誰からもどこからも等しく脅威と見なされているのだから。
そうなると、懸命なのは沈黙を保つことだろうか。少女の目を見るにもう手遅れな感は否めないが。
「……まあ、いいけど。ヒトなんて嘘吐きなものだし」
あ、納得していただけた。でも評価が悲しい。冷たい視線が痛い。俺は蔑まれて喜ぶマゾヒストではないので、普通に心が苦しい。
「……でも、助けてくれたことには礼を言う」
あ、なんか許された。俺は異性への免疫がないので、これだけでグラリときてしまいそうだ。男っていうのは単純な生き物なんです。情緒がないんで。
「私の名前は、セーレ・アルナリエ。あなたの名前は?」
「え、ええと、大成、征太……」
「オーナル・セイタン?」
「いや、オーナリ・セイタ。名前はセイタの方で……」
というやり取りをしつつ、俺は、少女──セーレが名乗ったことに若干の驚きを覚えていた。
ルウィンという種族は排他的であり、その性格から種族としてはヒトとあまり相性が良くなく、信頼関係を築きにくい。そして信頼がない相手には、名乗ったりなどはしないものなのだ。
もっとも個人レベルではその限りではないので、セーレのこの行動が不自然かというとそういうわけでもない。
わけでもないが、それにしたってさっきの今で、不自然なくらいの強さで賊をブチのめした俺に対してこんな自然に振る舞われると、こっちの方が面食らうというものだ。
まあ、感受性が強いと同時に適応力の高い種族なのだろう。そう思うことにする。
なお、ルウィンの情報はやはり魔王書房から引用した。
「……つまり、魔王とセイタを言い間違えたってこと?まあ、それならわからなくも……」
あれ、なんか勝手に納得された。
どうやらこの世界の主要言語、エルデ語では、魔王を「セイタン」と言うらしい。それが俺の名前「征太」と響きが似てしまって、だから俺が「魔王」と名乗ったように聞こえてしまったと……
セーレの中では、そのような結論になったらしい。まあ、違うのだが。
というか、偶然にもほどがある。あのヴォルゼアって野郎、名前の響きだけで俺を選んだんじゃないだろうな?
俺の記憶と知識はそんな疑問に対し「否」を唱えているが、どうだか。
「あ、そこ、そこを右に……そう、そしたら川が見えるから、上流へ……」
と、セーレが行く先を示す。俺がそれを聞いて、ウルルに雰囲気で指示。タイムラグはほとんどないから、まるでセーレがウルルに指示を出しているようだ。まあ、ウルル自身もなんとなくセーレのことを憎からず思っている節があるので、そのままセーレから指示を受けても大人しく従うだろう。
このウルル、セーレは極天狼と呼んだが、実に頭がいい。そして大人しい。最初に出逢った時に俺が流し込んだ魔力が多過ぎた──高濃度、多量の魔力は生物の精神構造に善かれ悪しかれ大きな変化をもたらすことがある──からかもしれないが、野性動物とは思えない振る舞いもする。
当然、狩りの腕前も凄まじく、最初は俺が世話をしようと意気込んでいたものの最近は俺がお世話されている節がある。さすがにこのままでは駄目になると思い、魔法の練習がてら自分でも狩りに出てはいるのだが……
まあ、それはいい。
大事なのは、ウルルが素晴らしくカッコよく逞しく大人しくカワイイということだ。
……どうも、前の世界では俺は狼が好きだったらしい。
とまあ、そうこうするうちに、俺達は小川を横に眺めながらずんずんと森の奥へと進んでいく。
そうしてさらに十分ほど経った辺りだろうか。俺は、段々と空気が変わっていくことに気が付いた。
においとか、湿っぽさとか、そういうのではないが……とにかく、何か雰囲気のようなものが変わっているように感じたのだ。俺がその感じに辺りを見回していると、セーレが細めた目で俺を見てくる。
「わかるの?」
「え、何が?」
「森の空気の違い」
「ああ、いや……なんとなく、さっきとは変わったかなってことは」
そう俺が言うと、セーレは前を向きながら答える。
「やっぱり、あなた普通じゃない。ヒトにこの違いがわかるなんて」
「そうなのか? っていうか、変わったら何だってんだ?」
「すぐわかる」
セーレは前方を指差す。密集する木々の向こう側を見通すことはできないが、その先を見ていると、これまたなんとなく自分が森の「深く」へと進んでいることを感じるのだった。
それから……数分と経たず、俺達はルウィンの集落、フォーレスへと辿り着いた。