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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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三十八話 衝突、撃退、そして

「何だ?」


 俺は馬車から顔を出し、森の方を見た。ウルルが駆け足で寄ってきて、馬車の後ろについたところだった。

 馬が怯えるからやらないよう注意しておいたのだ。それなのにしたということは、何かあったとしか思えない。


「どうした?」

『何かいるぞ。森の中から臭いがした』


 魔物か、と思ったら、ウルルから「ヒトの臭いだ」と返されちょっと拍子抜けした。

 しかしそれでも非常事態なのは確かだ。試しに思い出したように『探知』を使ってみたら、なるほど十ばかりの反応が結構な速度でこちらに近付いてくる。もう数百メートルの距離まで迫っている。


 この速度は知っている。馬だな。


「おいおいおい。どうするよこれ」


 ちょっと困りつつも、俺は困惑するシオンとキリカを置いて馬車を降り、商隊の先頭へと走る。一番前の馬車から、中のリースに声をかけた。


「何だ今のは? お前の狼か? 馬が怯えるからやめろと……」

「森から何か来る。十人くらいの、多分盗賊だ。馬に乗ってる」


 遮って言う。リースの顔が変わった。話が早い。


「本当か?」

「ウルルが嗅ぎつけた。何か来てるのは確かだ。逃げるか」

「馬に乗っているなら、多分逃げ切れん」


 こちらは身重の馬車だ。しかも一列縦隊、前の馬車を壊されるなり馬を殺されるなりしたら一気に全体が止まり、そのまま食い散らかされかねない。


 リースが森の方をちらりと見た。俺も釣られて見ると、木々の間に何か動くものが認められた。もう確定だな。リースの目が細められた。


「迎え撃つしかないな。よく知らせてくれた」

「まだ何もない可能性が少しはあるけど」

「祈るのは馬鹿のすることだ」


 ごもっとも。リースは馬車を降り、商隊全体に発破をかけた。


「森から盗賊の襲撃だ!! 注意しろぉ!!」


 護衛達が転がり出るように馬車から出てくる。前からユーク、サイクス、ダリオ、スタインの順番だ。

 御者や商人達も一斉に表情を固くし、森の方を見ていた。それを横目に俺は走って元の馬車まで戻る。


「ちょっと、本当なの?」


 キリカから問われる。緊急時なので俺もその顔を普通に見られた。


「ウルルが森の方から何か嗅ぎ取った。多分十人くらいの盗賊だ」

「まさか魔物の森から人が出てくるなんてね」

「ああ、ふざけてんな」


 魔物の仕業にしようとでも思っていたのだろうか。だったらちょっと面白い。


「キリカ、シオンと一緒に馬車の中にいろ」

「あたしも多少戦えなくはないわよ?」

「馬鹿言うな。それとシオンは、何かあったら『障壁』を使え。広げ方は教えたな? それで矢の一本二本くらいは防げる。ただ無駄遣いはするなよ、いいな?」

「は、はい」

「よし、いい子だ」


 俺は伝えるだけ伝えると、馬車から飛び降りようとする。

 と、その直前、キリカに意味深な笑みを向けられて思わず止まった。


「何だよ?」

「いや、別に。よくわかんないけど、調子戻ったのかなって」

「まあ、そうかもな」


 緊急時にしか戻れないのか。だったら俺は常時、返り血を浴びてなきゃならんな。

 冗談は置いといて、再度馬車から降り、森側に走った。


 ◇


「ユークとセイタは後ろから攻撃しろ! それ以外は前だ!」


 リースの号令。商隊列の右側に並走する護衛達がぞろりと動く。俺は最後尾の馬車のすぐ横についていた。

 森までの距離は精々数十メートル。そして木々の合間にもう何か見えているということは、すぐに戦端は開かれるということ。

 警告とかしている場合じゃない。顔が見えたら問答無用で攻撃される。こちらからも、あちらからも。


「ぬっ!?」


 空を切って、リースの脇を何かが飛び抜けた。

 矢だ。矢を射かけられた。ここからでも見えた。先手を取られたか。


「弓持ちがいる! 注意しろ!」


 ユークがリースの声を受けつつ、自分も矢を番え、森に射かける。当たったかどうかはわからない。このまま木を挟んで焦らし合う気か。面倒臭い。

 俺は『氷矢』を右手の周りに多重展開し、森の方へ目暗滅法撃ち放った。馬の嘶きとか悲鳴が聞こえる。当たってはいないが、ビビらせられたようだな。


「俺が牽制する。矢は当たる位置になるまで節約しろ」

「わかった」


 ユークは意外にも素直に従った。商売道具を温存できるならそれに越したことはないからだろうか。馬車の荷台には矢も積んである気がしたが。


 俺は『探知』で判明した森の中の反応目掛けて、とにかく『氷矢』を撃ちまくる。

 当たらずともいい。どうせ総火力はこちらが圧倒的に上なのだ。いや、瞬間火力もか。これをチラつかせて逃げる程度の相手なら、追う必要もない。

 だが、そうは問屋が卸さないようだ。二頭ほど速度を上げて、商隊の前に躍り出ようとしている動きが『探知』できた。


「ウルル! 商隊の反対側に逃げて離れてろ! あれはこっちで何とかする!」

『わかった』


 ウルルにはやや離れて退避してもらった。気付かぬうちに流れ矢を食らわれてフォローできないとかなったら困るからな。その時は『思念話』で俺に助けを呼ばせるつもりだが。


「リース! 商隊の前だ! 来るぞ!」

「うぬっ!?」


 一応断りを入れつつ、持ち場を離れて商隊の前に。同時に、右前方から飛び出てくる二騎の馬。その上の弓を持つ盗賊。


「弓か」


 ちょっと厄介に思いつつも、冷静に次やることを見極める。

 ここは『雹撃』でいくべきだろう。両手に魔力を込めた。

 同時に、盗賊達の引き絞られた弓から矢が放たれる。当然、狙いは商隊最前列の馬車を引く馬、そして御者だ。ここを押さえられれば商隊全部の足が止まる、要点である。


 まあ、止めさせないけどな。

 俺は迫る矢目掛けて、両手の『雹撃』を放つ。弾速はこちらの方が圧倒的に上だ。狙いも散布界も問題ない。氷片数発に当たっただけで、二本の矢は砕かれて虚空に散らばった。


「なに!?」

「魔導師か!?」


 盗賊が驚きの声を上げる。そんな暇はない。次はお前達なんだぞ。

 二の矢を継ぐ時間など与えない。俺は続け様『氷矢』を連続展開し、盗賊二人目掛けそれぞれ三発ずつ放った。

 全段命中。肩、脇腹、首を穿たれた二人は馬上から街道脇へと転げ落ちていった。放置でいいだろう。次に移らなければ。


「くそったれぇ!」


 痺れを切らしたのか、それとも仲間がやられて焦ったか、盗賊が森から離れて突っ込んでくる。

 まだ自分達の方が数が多い、しかも馬に乗っている、と状況を有利に見たか。それは間違いだって教えてやる。


 狙いをつけて『氷矢』を撃つ。四発か、五発か。全て盗賊の剣を持つ手を狙った。

 革の籠手で一応覆っていたようだが、何ら魔法的処理も施されていないそんなものが俺の『氷矢』をどうにかできるわけがなく、穴を穿たれ指を飛ばされた男の手は剣を取り落としていた。


「ぐあぁぁっ!!」

「よし」


 ここで「よし」はいささかサディスティックだろうか。まあいいだろう。

 隙を見せたその盗賊はスタインに追い縋られ、下から首を突かれて死んだ。これでおよそ四分の一を無力化。


「また来る! くそっ!」


 ダリオが叫ぶ。今度は三騎同時だ。向こうも余裕がなくなってきたか。とにかく一人ずつでも減らさねばという必死さが伝わってくる。

 ダリオとサイクスが三騎に相対する。無茶だ、と思ってそちらに回ろうとした。

 が、それより先にダリオが腰から何かを引き抜き、盗賊の馬の頭目掛けて投擲する。

 手斧だ。それは過たず馬の首に命中し、前に崩れた馬から盗賊が放り出される。


 残る二騎はダリオとサイクスのすれ違い様の一撃で、馬の足を斬られて転倒していた。その隙を狙い転げた盗賊を斬り殺す。

 凄いな。馬はちょっと可哀想だが。


 あと四……いや五か。『探知』の反応を探りつつ考える。

 残りは突っ込んでくる感じはしない。さすがに半分もやられれば警戒するか。俺という遠隔から牽制できる魔導師がいるとわかって、距離を置きたがっているように見えた。


「全員馬車に戻れ!! このまま離脱だ!! ユークとセイタは追ってくる者をやれ!!」


 リースが叫んだ。そうするってんなら従おう。俺は最後尾の馬車に乗り込み、御者に合図。

 同時に、馬車が荷物や乗員を揺らしつつ速度を上げ始める。


 俺は『探知』を使ったまま、後ろから外を眺める。馬車の右後方に固まった反応は一定の距離を保ちつつも、わずかずつ離れていっているようにも感じる。

 速度が勝っている、というわけではなかろう。恐らく盗賊側が、行動の指針を撤退の方へと傾け始めているのだ。


「終わった……の?」

「ああ、多分な」


 シオンを抱いて座るキリカを振り返りつつ、俺は答えた。二人の表情がほっと柔らかいものに変わる。


「一時はどうなるものかと思ったわ」

「心配すんなよ。俺がいるんだぞ」

「あら、随分自信満々に言うのね。ここ何日か死んだような目してたくせに」


 にたりと笑って言うシオン。うっ、と息が詰まる。

 やはり突っ込んでくるか。いやそりゃそうだろう。段々キリカは気遣うどころか俺に最初会った時以上のキツい目を向けてくるようになってたからな。女の子を邪険に扱うと酷いということか。


 一方のシオンは、ふにゃりと緩んだ笑顔を俺に向けていた。わかるぞ、これは安心した顔だ。

 何日か振りに普通に話してる俺達を見て張っていた気が緩んだんだな。心底嬉しそうだ。


 ……何か、そういう顔見せられると、今まで俺がうんうん唸っていたのが馬鹿みたいじゃないか。

 いや、馬鹿だったんだろうな。勝手に悩むのはいいけど、それで二人を心配させて、気を遣わせて……馬鹿以外の何者でもないな。

 何が「顔を見られない」「申し訳ない」だ。それは俺の問題で、二人のせいじゃないのに。いくら自己嫌悪しようが、二人には平素に振る舞ってればよかったのに。


「シオン」

「はい」

「もう大丈夫だ」

「……はい」


 シオンは笑った。俺の言っていることがわかったのだろうか。

 そうだ。俺は大丈夫。もう……大丈夫だ。

 下らない夢を見た。それだけじゃないか。二人は仲間だ。俺の性奴隷でも何でもない。

 あんな(もの)は何かの間違いだったんだ。本当に、そう、それだけ……


 シオンの頭にぽんと触れた。そのまま茶髪をくしゅくしゅしてみる。

 シオンのふにゃっとした笑顔。可愛い。本当の妹のようだ。


「何よ、調子が戻ったと思ったら急に。見せつけてくれるじゃない」

「なんだ、羨ましいのか。キリカも撫でてやろうか?」

「ばっ、冗談」


 顔を背けられた。だがキリカを照れさせてやったぞ。ざまあみろ。

 嫌らしい笑みが零れそうになる。おっと、自重自重。


 そうだな。いくら翻弄されたって、駄目駄目だって、この中では俺が一番年上で、しかもたった一人の男なんだもんな。

 しっかりしないといけないよな。大人にならないといけないよな。


 ……ごめんな、二人とも。俺、ちゃんとするか──


『……セイタッ!!』


 突然のウルルからの声。ばっと振り返り馬車の左へと顔を向ける。疾走するウルルの姿が目に入った。


「何だ!?」

『何か……何か来る!! 森からだ!!』

「盗賊か!? でももうあいつらは……」

『違う!! もっと大きな……怖ろしい何かだ!!』


 ウルルの緊迫した『思念話』の調子に、ぞくりとしたものを背中に感じる。


 ──怖ろしい「何か」? 「何か」って何だ? 

 おかしいぞ。だって俺はさっきから『探知』を使ってるのに、そんなもの何一つ感じ取っちゃ……


 と、その時。

 ぐわり、と視覚的にも感覚的にも森が蠢いた気がした。


「な」


 そして愕然とする。俺の『探知』に、何かが引っかかったからだ。

 いや、「引っかかった」のではない。それは初めからそこにあったのだ。


 俺が気付かなかっただけだった。反応がないと思い込んでいた。しかし「それ」はそこにあるのだ。

 魔物の領域だからと、魔力が充満しているのは当たり前だと思い込んでいた。


 実はそれが──巨大な「何か」が纏う魔力の瘴気だったとは。


 唐突に響く、木々をへし折る轟音。地響き。悲鳴。

 巻き上がる土煙が森から噴き出し、草木を散らして俺達の後方の街道を荒らした。


「何だよ!?」


 思わず声を上げる。バランスを崩し馬車の床に手をつく。

 それでも前を向いて、音の正体を──


「ゴオォォアアアアァァァァァァオオォォォォォォォォォ!!!」


 現われた、その巨大な影。森を突き破って姿を晒した、瘴気の大本。


 それは──三つ首を生やした巨大な多頭竜(ハイドラ)だった。

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