三十四話 契約
先に動いたのはリースだ。十歩ほどの間合いを瞬時に詰めてくる。剣は両の手に握られ下を向いたまま。
どう斬りかかってくるのか。想像もつかない。する必要もない。
俺は『氷刀』を瞬時に右手に形成し、構える。リースが一瞬驚いた表情を見せたが、それもすぐ消える。構わず突っ込んでくる。
「オォラァ!!」
勢い込んだ咆哮とともに、リースの剣が逆袈裟に迫ってくる。まさかとは思ったが、これは本気で斬り込んでくる太刀筋だ。ヤバい。
俺以外が相手だったらな。
鉄剣に『氷刀』の刃を添え、初撃を逸らす。勢いは殺さなかったため、リースの剣は速度をそのままに虚空へと滑る。そのやり取りにリースの目が見開かれた。
しかし、それで終わりではない。リースはさらに俺に一歩踏み出しつつ、上段から剣を振り下ろす。凄まじい気迫だ。『超化』で見えていなければビビッてスッ転んでいたかもしれない。
地面を蹴って兜割りから逃れる。一瞬にして大股五歩分の間合いが開く。そんな俺を追わずに、リースは剣を構え直しつつ言った。
「何が、武器は扱ったことがない、だ。人が悪いぜ坊主。そいつは魔法で作ったのか?」
「まあな。しかしあんたも、殺す気満々じゃねえか。怖いよ」
「冗談言うな。ま、これくらいどうにかできない奴を雇う余裕はないんでね、うちは。心配しなくても急所くらい外してやる」
どうだか。うっかり殺されたっておかしくないね。
本当に今まで死人出てないのか?
リースが突きの姿勢で地面を蹴る。後方からシオンが息を飲む音が聞こえた、気がした。
重そうな見た目に関わらず、凄まじい速度で突き込まれ、振るわれる鉄剣。それをかわす、かわす、かわす。絶えず引き、回り込み、壁を背にしないよう動き続ける。
……マズいね。どうやって手加減すればいいのかわからない。
ハッキリ言って、『氷刀』は鍔迫り合いや打ち合いには全然向かない。いくら魔力で硬く凝結させようと、所詮刀身は氷であるからだ。
本来は一太刀二太刀入れば充分なくらいの強度しかなく、であればいっそ脆くなろうとも構わないと割り切って切れ味だけを高めてある。
なので、うっかり横合いから刃の鎬を打たれればアッという間にポッキリだ。そうなってもすぐ作り直せるから問題はないのだが、何ともカッコがつかない。
……そうだ。いい考えが思い付いた。
俺は魔力を『氷刀』に流しつつ、ここぞというリースの斬撃を待ち構える。一太刀、二太刀……来た。上段からのややモーションの大きな斬り下ろしだ。『超化』でよく見える。絶好の一撃だな。
「ぬおぉあっ!!」
リースの咆哮。やっぱ本気で殺す気じゃなかろうなこのおっさん。まあいいが。
俺は左脇に引いていた『氷刀』を振り上げ、鉄剣を迎え撃つ。
その、刃が交差する瞬間に、『氷刀』に『障壁』を発動させた。
「なッ──!?」
驚愕の声とともに、リースの剣は俺の『氷刀』に弾き返されて上に跳ね上げられる。
そしてその勢いはなおも死なず、剣はついにリースの手からも離れて、回転しながら宙を舞った。
驚くリースに『氷刀』を突き付ける。そのことよりも剣を弾かれたことへの驚愕が残っているのか、まだぽかんとした表情だった。ちょっと埒が明きそうにないのでこっちから声をかけることにする。
「もういいかな?」
「え? あ、ああ……わかった、お前の実力はわかったよ、ああ」
返答がちょっと戸惑っていたが、まあいい。誰の目にも勝敗は明らかだろう。俺は用が済んだ『氷刀』に感謝しつつ、水へと還元して濡れた手をパンパンと叩いた。
「お、お前、何をやったんだ? 今」
「企業秘密です」
「はあ?」
怪訝な声を上げられたが、知ったことではない。
切り札と言うほどではないが、手の内をそうそう簡単に明かすほど俺はお人好しでもないのだ。特に男には。
それに、実際大したことはやっていない。俺がやったのは、『氷刀』に『障壁』を纏わせてリースの剣を弾いた、ただそれだけのことである。
まあ、その『障壁』が対物理衝撃において強い反発力と斥力を返すよう、魔法式をちょいちょいと弄る程度のことはしたのだが。
これで緩衝することによって、『氷刀』はモロに刃がカチ合う衝撃を受けず、へし折られずに済んだというわけだ。
さながら鋭い刃が交錯の瞬間だけ金棒になるようなもので、切れ味は失せるが意表は突けるしこちらの得物は保護できる。中々応用が利きそうな魔法だ。
防御用の魔法を攻撃的に使うことから『障撃』とでも呼んでおこうか。
「まあ、いいけどよ……しかし、魔導師のくせに一端の剣士みてえな動きしやがって。多少雑だが、それで勝っちまうんだもんな……」
「修行してましたから。いつの日か、世界を救えると信じて」
「もう救われただろうが」
俺の冗談はあっさり流された。これでいい。アホなこと言ってれば大体何とかなる。
「まあいい、実力は申し分なさそうだしな。雇おう、契約条件はわかってるか?」
「ああ、うん」
「じゃあこっちで署名してくれ。詳しいことはその時話す」
そう言われ、促されるまま商会建物の中に戻る。通された小部屋で一人の商人とリースの立会いの下、契約書に署名。
俺はこの世界で字を書くのは初めてだったが、まあ一応魔王のお陰で言語に関する知識自体は抜かりがないので、つつがなく終了。
なお捕捉すると、この世界の文字は大体英語と似通った文法と二十五のアルファベットを用いる。LとRの区別がないらしいな。ここは日本人的にはわかりやすくてありがたいことだ。
「基本給は銀貨二十枚、何かあれば別途銀貨二十五枚の手当てが出る。食料はこちらから支給、行き先は南の町アロイスで、行程は五日から六日を予定。ただ何らかの要因で伸びる可能性もあるということには留意しておけよ」
「出発は明後日ってことでいいのな?」
「ああ、早朝から出るからな。ここに来い。遅れるなよ。他に何か聞きたいことは?」
「商隊の馬車は何台出る? それと護衛の数は?」
「馬車は六台、護衛として数えるのはお前を入れて六人だな」
ほぼ一人一台計算か……ちょっと少なくないか?
俺がそういったことを聞くと、リースはにやりと笑って答えた。
「質でカバーするつもりだ。相応の金を払うんだからな、それなりに手練れは用意したつもりだ」
「頼もしいね」
「他人事みたいに言うな。お前もその中にいるんだぞ」
ま、給料分の仕事はしますよ。何かあれば、ね。
「あっ、そうだ。一つ聞きたいんだけど……俺の連れ二人って馬車に同乗させてもらえないかな?」
「護衛としてか? とても務まるように見えんが……」
リースに見られたシオンが慌てて下を向き、キリカは知ったこっちゃないと視線を逸らしていた。まあ、護衛は無理だろうな。
「給金は俺の分だけでいいから。何なら俺は馬車降りて歩くからさ。頼むよ」
「おま、どれだけ距離があると思ってんだ……まあ、お前くらいの腕のが雇えるんだし、別に一人や二人くらいの便乗なら構いやしねえけど……」
ありがたいね。距離くらいならまあ、どれだけあろうが関係ない。俺は疲れないし、ウルルもいるから。
あっ、そっか。ウルルのことも話しとかなきゃ……面倒臭いな、色々ともう。
その後、なんやかんやありつつも打ち合わせは特に問題なく終了。俺達は宿に帰り荷物を置いてから、金の目途がついたと懲りずにリッチな夕食を取りに出かけたのだった。
「明日でサブリナともお別れね。せっかくだし、最後にぐるっと一回りしていかない?」
「いいですね! セイタさん、一緒に行きましょうよ!」
「おい、待ておい! この上まだ使い込む気か!!」
キリカに変な影響でも受けたのか、妙に押しが強くなったシオンの嘆願に抗い切れず、俺はキリカの提案に乗らざるを得なくなった。
商会で話してた時はほとんど喋らなかったのに、俺が相手となると何でこの二人はこうもね、男を尻に敷くモードになるのだろうか。そんで俺は抗えないんだろうか。
男っていう生き物の悲しさに涙が出ますよ。
今回多少短めとなっております。
なのでもう一話投稿します(錯乱)。
今後、話のまとまりをよくする(+話数を稼ぐ)ために、長くなり過ぎた話を切って投稿することが増えると思います。その場合もう一話を同日に投稿させていただくことになります。
次回は12時投稿予定です。