三十三話 出発の準備
裏ギルド。そこは何でも扱い、何でも買い取る、この国の闇市の大元締め。
真っ当な盗賊はそこを得意先として取り引きし、そこが扱う巨大な金の流れは、時に表の世界にも影響を及ぼすという。キリカ談。
「真っ当な盗賊って何だよ。哲学か?」
「うるさいわね」
怒られたので黙る。反省。
「詳しいことはどうでもいいの。とにかく、裏ギルドの盗品商ならそこの品をまとめて、比較的まともな値で捌ける。手っ取り早い手段でしょ?」
「まあ、そうな。それでその取り引き口がこの町にはないと」
「その通り」
キリカが言うには、ここから南に馬車で五日ほどの町に裏ギルドの支部──と呼ぶのが正しいかわからないものらしいが──があるらしい。そこでなら荷物を整理でき、そして金も入ると。
「アザンの奴は戦利品を溜め込んだはいいけど、元々南で滅茶苦茶したせいで北に移ってきた奴だからね。中々換金できなくて渋い顔だったわ」
それを俺達が晴れて金にしてやれるというわけだ。あのクズ野郎も地獄で喜んでいることだろう。
「是非もないな。その案でいこう」
「それに、上手くいけばセイタ、裏ギルドのお得意先になれるかもよ? 盗賊やるには最適な魔法をいくつも使えるんだからね」
「だからさ、そういう気が休まらない立場はごめんなんだって」
ゲームならヤクザな世界に身を置くのもいいが、現実となればできるだけカタギの世界に生きたいと思うのは平和ボケの日本人的思考だろうか? いや、全人類の願いであるはずだ。多分。
「しかし、よくそんなこと知ってんな」
「一時はあたしも足運んでたからね。結構名前は知れてるのよ?」
「頼もしいね」
それがどうしてあんな場末の盗賊団にいたのか、とかは聞かない方がいいだろうか。その話になるとらしくない顔をするからな、キリカは。さすがの俺でも躊躇ってしまう。
「じゃあ……さっさと荷物整理して、その町行くか。なんていうんだ?」
「アロイス。サブリナほどは大きくない町よ。でも行くのはちょっと待って」
「ん? 何でだ?」
「せっかくだから、商隊の護衛に乗っかっていくのは? 楽だし、お金も入るわよ」
おお、商隊護衛。何か定番だな。
しかし今日のキリカは妙に優秀だな。できる女は美しい。見違えるようだ。
「でも、都合よくそんな仕事あるのか?」
「あるわよ。うちの盗賊団がこの辺散々荒らし回ったでしょ? どこの商会も利益保護に躍起になってるし、それにこの時期サブリナから出たがる傭兵なんていないわ」
なるほど、討伐軍か。そのために集まってるんだもんな、ここの荒くれ連中は。
「問題は、そうね……セイタが南に行きたがるかどうか? だけど」
「問題はないな。どこ行くとか別に決めてないし」
「主体性ないわね……」
「それに、これから寒くなるからな。暖かい土地は大歓迎だ」
「そんな気候が変わる辺りに着く頃には、もう季節回ってると思うけど……」
余すところなく突っ込まれる。うん、やっぱり優秀だ。そして俺は駄目男だな。
とにかく、方針は決まった。サブリナを出る準備を始めよう。
◇
「そういうわけでおっちゃん、俺近々サブリナ離れることにしたから」
「突然だなぁおい」
昼飯時にウルルの宿泊代を払いに行きがてら、おっさんに報告した。呆気に取られた様子だった。当たり前か。
「お前、この町でやってくんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったけど、一泊するにも金がかかり過ぎる。おまけに傭兵だらけで物騒だし。もっと安く静かに暮らせる土地に移るわ」
「ってーと、南か?」
「おうさ、よくわかったね」
「当たり前だろ」
当たり前なのか、そうか。まあ、ここはほぼエーレンブラント最北端だからな。討伐軍に入りでもしない限りこれより以北には行けないだろうか。西にはミナス大森林、東にしばらく行けばもう別の国だし。
「ま、そういうことだから。出ていく日が決まったら伝えに来るから」
「お前はいい客だったんだがなぁ。ま、そういうことなら仕方ねえか」
「これ以上むしり取る気かオイ」
おっさんに笑われた。まあ、金は払ったし義理も果たした。こんなもんだろ。
次はサブリナに戻ってシオン達と合流、入り用な物資の調達を手伝わないとな。
◇
「とりあえず買えるだけの保存食、水、毛布に着替え、包帯、薬、革袋、革紐、適当なナイフ類なんかは買っといたけど。他に何か必要?」
「早えーんだよ!」
シオンに『思念話』で位置を確認し合流したはいいものの、やることがなくなってしまった。
いや、これからそのクソ重たそうな革袋を持つという任務は残っているが。女の子の荷物持ちは男の華だ。下僕根性が板についてきた。
俺って何だっけ。魔王だった時期もあったっけかな。
「じゃあついでに、丁度良さそうな護衛依頼でも探しときましょうか」
「お、おう。俺の心配はするな」
「しないわよ」
しないのか。なんかあの俺がヘタレた夜からキツいっすねキリカさん。
「どこ行って探すんだ? 商会か?」
「こういうのはギルドで探すって相場が決まってるじゃない」
「ギルド?」
ああ、裏のがあるなら表のもあるのか。当然だな。
しかしギルドとは。ファンタジー系のゲームでは聞き慣れた単語だが、どうも現実として扱うとなると「商工業者の寄り合い所帯」みたいな感じが否めない。
この世界でも何でも屋みたいなイメージなんだろうか。教えてくださいキリカさん。
「知らないの? 常識でしょ? まあいいけど……ギルドは実質、同盟軍の下部組織ね。そこからあぶれた傭兵とか仕事の整理のためにあるようなものよ。魔軍との戦争が進んでいくうちに、自然と人や依頼が集まって、組織化、大系化されていったってわけ」
「詳しいですねキリカさん」
「あんたがものを知らな過ぎるんじゃない……」
そこは修行の日々とか田舎出身とかって言っておいた。我ながらよう言うわ。
ここに俺の出自を知る者はいないし、ついでに嘘を見分けられる人間もいないからな。いくらでも誤魔化しは利くというものだ。罪悪感はとうにない。
「で、サブリナのギルドってどこにあるんだ?」
「まあ、そう言うと思って調べておいたわ」
「本当に仕事できますねキリカさん……惚れ直しそうです」
「今さらあんたみたいなヘタレいらないわよ」
と言いつつ自慢げな笑みを浮かべているのはどういうことかね? ん? 私の気のせいかい? そうか、そうか。はあ……
そんな茶番をシオンに白い目で見ながら、ギルドへ向かう。
無論、荷物は持ったままだった。
◇
「てっきり登録証とか受付嬢とかカウンターとか待合室みたいなものがあると思ってた」
「なくもないけど……あたし達が探してるのはそんなの使うまでもない部類の依頼よ」
「っつっても、これは……」
まるで求人広告の掲示板じゃないか。
訂正、求人広告の掲示板そのものだ。
ギルドの建物の前に立っていたデカい看板を見ながら、俺は呆然としていた。いや、拍子抜け……落胆と言ってもいい。
だって、もっと俺は、こう、何というか……ああいうのを期待していたんだ!
「こちらの依頼でよろしいですね?」とか、「お前、中々やりそうじゃねえか」とか、「昇級おめでとうございます」とか!
これじゃ「すいません、町で募集のチラシを見かけて電話したんですけど……」って! そんな感じじゃないか! せめて建物ん中入ろうよ! 中ガラガラだけど!
見ろよこの「商隊護衛依頼、サンデル・マイス商会」ってのをよ! 行き先はアロイス、報酬は銀貨二十枚、非常時の際の危険手当さらに銀貨二十五枚、食事支給ってよお! あつらえたみたいに今の俺達にピッタリじゃねえか、なあ!
うん。これでいこう。文句はないです。すいませんでした。
「五日の行程で基本給が銀貨二十枚? 結構出すわね……」
キリカが唸った。まだちょっとばかしこの世界の金銭感覚に慣れない俺はあまりピンと来ない。
が、掻い摘んで説明するとこんな感じだ。
冒険者や傭兵の一日の生活費は、宿代食費込みで銅貨十枚から十五枚。つまり銀貨一枚強ということになる。
宿代がある分、一般市民より割高なのだ。旅人というのも結構金がかかるものである。現実は厳しい。
そこで日当が銀貨四枚となると、これは中々割のいい仕事となる。大抵の冒険者や傭兵はその日暮らしに雀の涙みたいな貯金が精一杯なところを、一日で三日から四日暮らせるだけの金が手に入るのだから。
しかも馬車に乗って隣町まで行けて、何事もない可能性が高く、さらには飯まで食える。文句のない仕事だ。何かあるんじゃないかと疑ってしまうくらいである。
「どうしてこんな額なんだ?」
「多分、盗賊への警戒心が高いのと、依頼を引き受ける人間が少ないからじゃない?」
なるほど。討伐軍に入って魔王領で一山当てようって連中ばっかだから、サブリナを出る依頼なんか引き受ける奴いない。
それで依頼する方も下手に出ざるを得なくなってると。そういうことか。
「あ、それだけじゃないみたい。見てこれ、実力を測って後に採用ってある」
「給料分の力くらいは見せろってことか」
意外と護衛を選り好む余裕はあるのかもしれんな、サンデル・マイス商会ってのは。
「多分、これである程度有望そうなの見付けたら、正式な商会付きの護衛としても雇い入れるつもりなんじゃない? 魔王領侵攻が始まったら、これからどんどん北への補給で馬車動かさなくちゃならなくなるから」
「大変だねぇ、どこもかしこも」
しかし、採用試験か。まあ自信はあるけど、不安がないっちゃあ嘘になる。
実力はどこまで見せたらいいか……まあそれは、その時考えるか。
「動くなら早い方がいい。とりあえず、サンデル・マイス商会まで行ってみるか」
「そうね。商隊は基本十日ごとに出てて……次出るのは二日後? みたい」
「丁度いいな。今日のうちに内定もらっておこう」
「自信満々ね」
「そうでもない」
普通さ。俺はこれがふつー。
荷物を背負い直し、俺は掲示板を見上げていたシオンの肩を叩きつつ、商会支部へと向かった。
◇
「商隊護衛依頼の張り紙見てお宅に窺ったんだけど、雇ってもらえんかな?」
「少々お待ちを」
夕暮れ時に差しかかった頃、俺はサンデル・マイス商会の戸を叩いた。
サブリナの南北を縦断する大通りのほぼ中央に建ったその建物は、周りに比べても堅牢な造りなのが見て取れた。商人の警戒心を表すかのようだ。
外には二人の見張り番がいたが、中に入るとさらに多くのがっちりしたいかにも商人じゃなさそうな男達が立っていた。
装備に統一感がないから傭兵であるのは間違いない。しかし威圧感は町の衛兵より数段上であった。実戦派なのだろう。
「お前か? 護衛やるってのは」
と、通されたカウンター前で待っていた俺達に掠れた声をかけてきたのは、商人ではなく商会の傭兵らしき革鎧姿の男だった。
歳は四十代前後。背は俺より二十センチくらい高い。ダークブラウンの短髪で、肌は浅黒く肩幅も広い、筋肉モリモリマッチョマンの巨漢剣士である。左こめかみの深い古傷に思わず「おおっ……」と威圧される。
何というか、雰囲気が違うわ。この男。
「警護隊長のリースだ。お前、名前は?」
「セイタ」
「ひょろっちいな。本当に護衛なんか務まるのか? おまけに女子供連れって……冷やかしじゃねえだろうな?」
「こっちの二人はうちの連れだ。それに、俺は魔導師なんでね。多少痩せてんのは勘弁してくれ」
「魔導師だぁ?」
リースは俺の言葉に疑問符を浮かべつつ、俺を爪先から頭までじろりと見回し、言った。
「杖なんか持ってねえじゃねえか」
「使わない魔導師もいる。証明しようか?」
俺は言って、右手を差し出し手の平の上に氷の塊を作って見せた。リースはわずかに驚いたように目を開き、「ほう」と唸る。
「無詠唱、って奴か。結構やりそうだな」
「まあ、そいつは採用試験で見てくれ」
「自信満々だな。いいぞ、今からやるか?」
「当然」
さっさと済ませたいからな。俺が答えるとリースはにやりと笑って「ついて来い」と言い、建物の奥に促した。
向かった先は、商会支部の中庭だった。どうもこの建物はロの字型をしていたらしい。中庭はバスケットコート大程度の広さがあり、木や花が植えてあった。一体何に使うのだろうか、ちょっと疑問だ。
「綺麗ですね……」
「そうね」
俺についてきたキリカとシオンが話していた。気楽でいいね。まあ、俺も大して気負っちゃいないけど。
リースが庭の中心に俺を手招きしたので、二人は隅に退いてもらって前に進む。するとおもむろに、リースが佩いていた鉄剣をずらりと抜いた。厚く長い刃の、重厚な剣だ。
「よし、じゃあさっさと始めちまうか」
「真剣でやるのかよ?」
「何だ? ビビッたか?」
「いや、別に」
隙あり、バサーッ! お前は心構えがなっておらん、出直してこい!
……なんて万が一の時のために『超化』を既に使用していたので、このような事態にも大した動揺はなかった。シオンが不安そうに見ていたので、片手でひらひらと応えておく。
しかしリースは、そんな俺の様子を痩せ我慢だと捉えたようだ。剣を肩にかけて苦笑される。
「お前にも何か武器が必要か?」
「いいや? 魔導師だからな。武器は何一つまともに握ったことがない」
「そうかよ。じゃあ、始めるぞ……」
そう言い、剣を下ろして身を低めるリース。
前傾姿勢と表情の消えた強面、そして冷めた眼光。試験はもう始まっている。そう思った俺は両の手に魔力を集めつつ、半歩左足を踏み出しつつリースと同じように身を前に傾いで……
──その三秒半後、止まりかけた時間が動いた。




