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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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三十二話 大人の階段

夜長いですね…

 鼻と鼻がくっつきそうな、互いの息がかかる距離だ。異性慣れしない俺には必殺の距離でもある。咄嗟のことに声も出ないし身体も動かない。あわわあわわと唇が震えるのみ。我ながら情けない。


「キ、キキ、キリカ、さん?」

「情けない声出さないでよ。あのね、一つ言わせてもらうけど……あたしの命は、あんたが拾ったようなものなのよ? わかってる?」


 そんなこと言われたって今は何が何やら……いや、そりゃあ確かに助けはしたが、それはその時で話終わってるだろう?違うのか?


「あんたがあたしを助けたの。それってつまり、命であたしのことを買ったも同然よね? それで何事もなくオシマイ、なんて恩の売り逃げしようとしたって、そうはいかないんだから」


 終わってないみたいですね。はい。

 獰猛な引き攣った笑顔を浮かべながら、キリカは俺の頬をぐにぐにと引っ張ったり潰したり。何かよくわからんが逃げられないのは確かだ。

 これはあかん。あかんねん。ちょっと滑ったらラッキーだけどデンジャラスな間違いが起きそうだ。何か知らんがアレは駄目な気がする。特に理由はないが駄目なものは駄目なのだアレは。


 という俺の悲壮感マックスな思いは知らんとばかりに、俺の頬を弄り終えたキリカが再び真面目な表情を作って顔を寄せてくる。

 つまりは、唇を。


「ま、ちょっ、待っ……」

「嫌なら、押し退ければ?」


 そんなこと言われたって、据え膳食わぬは何とやらとも言うし、ここまでされてそんな風に女の子に恥をかかせるような真似、今さらこの状況でできるわけが──


 あるんですねぇ! はい!! 


「申し訳ないが唐突過ぎるピンクな展開はNGだ!!」

「わっ!?」


 体重をかけてくるキリカの肩を両手で押し退け、『超化』でその背後に回る。


「なっ、えっ、ひっ!?」


 反応できないキリカを後ろから抱えると、悲鳴も気にせずベッドに叩き込んだ。我ながらバイオレンス極まる仕打ちだ。しかしこれでも俺は紳士的なつもりだった。どこがと問われると何とも答え辛いが。


「何するのよ!」

「黙らっしゃい! キリカお前まだ酔ってんだよ! だからさっさと寝ろ! んでもって今日のことはすっぱり忘れろ!」

「な……何よ! あそこまでさせといて! 何で何もしないのよ!?」

「ヘタレだからに決まってるだろ!!」


 自分で言い切るのは何とも悲しいが、事実だ。そして真実だ。あまりの正論にキリカが呆気に取られて何も返せずにいる。俺の完全勝利だ。やったぜ。泣けてくるのはどうしてだ。


「……あんた、本っ……当に、駄目な男ね」


 蔑むようなキリカの声。しかしその目はどこか俺を哀れむようで、何故か……胸が無性に痛かった。


 ならばどうすればよかったんだと。そう問えるはずもなく、俺が何か言う前に、キリカはぼすんとベッドに身体を横たえ、毛布で全身を隠して俺から見えなくなってしまった。


 ……危機は去った。欲望に勝った。男の性に勝った。

 シオンとキリカの誘惑を退け、無責任な大人へのステップアップを回避した俺は聖人として語られるべきであろう。いや賢者か。間違ってもヘタレではなく賢者だ。間違いなく賢者である。


 椅子に座り、全身の力を抜く。達成感と疲労感が一気に湧いてくる。ついでに眠気と悲しさとほんのわずかな口惜しさが。

 いや、いやいや駄目だ。何を惜しがってるんだ俺は。シオンを抱けなかったことか?キリカを抱けなかったことか? 冗談じゃない。俺はそんな欲望のために二人に関わったわけじゃない。


 わかっていないんだ、誰一人。男が責任取るっていうのがどういうことか。だって彼女らは責任取らせる側だし、俺はこんな桃色展開に陥ったことないし。

 誰も怖さを知っていない。何が起こるかわかっていない。だから万一を避けてここは正解なのだ。キスすらも危ういのだ。だから正解なのだ。


 そう自分に言い聞かせる。それでもまだどこか千載一遇の好機を逃したと俺の中の聞かん坊がしくしくと涙を流している。黙りやがれ、下半身の責任を取るのは脳味噌と全身なのだぞ。


 ……寝てしまおう。そして今夜のことは忘れてしまおう。そうさね、ウルルに会いに行くのもいい。女は疲れたよ、本当に、もう……


 ◇


 翌日から、キリカが俺にあからさまにアプローチをかけることはなくなった。ついでに下世話な話も鳴りを潜め、打って変わって気のいい少女になった。時折、俺にじっとりとした視線を向けるのが少しアレだったが。


 ついでに、キリカはなし崩し的に俺達の部屋に泊まることになった。もう一部屋取るのも事だ、ということらしい。

 別に二人部屋に三人泊まろうが文句は言われないのだが、しかし二人部屋はシングルベッドが二つだから二人部屋なのだ。割を食うのは大体俺になった。あまりに哀れだったのか、キリカが時折シオンと一緒に寝てくれて俺もベッドに入れはしたのだが、何か釈然としないものを感じる。


 そしてシオンだが、何故かキリカと次第に仲良くなっていった。どうにも俺の話をタネにして距離を縮めたらしいのだが、何を話しているのかは全く教えてくれなかった。当然か。

 俺がすることもなくサブリナに留まったままだったので、暇を持て余した二人はしばしば一緒にウィンドウショッピングに赴いた。数日すると俺より二人の方がよっぽどサブリナについて詳しくなっていて、何か疎外感を覚えた俺はウルルのいる大陸蜥蜴(コモドゥス)厩舎に逃げ込んだのだった。


 そのウルルはといえば、こちらはこちらで何故か大陸蜥蜴(コモドゥス)達と仲良くなっていた。『思念話』とかで意志の疎通ができているわけではないのだが、どういうわけだかウルルは厩舎で一目置かれていたのだ。何か迸るカリスマ的なものがあったのかもしれない。よくわからないが。とりあえず個人的に仕入れた肉を差し入れしといた。

 ついでに厩舎のおっさんへの支払いもちゃんとしておいた。俺が急場を凌げるだけの金を得られる仕事を見付けたことを知ると、おっさんは身内のことのように喜んでくれた。やはり男の絆は安心しますよ。女と男の間に友情はないって言うからね。


 あとは、飯屋を巡ったり、古着屋を巡ったり、商会やら討伐軍の動向を窺ったり。

 そんなこんなでのんべんだらりと過ごすうちに、サブリナへの滞在を始めてから十日あまりが過ぎていったのだった。


 ◇


「ところでセイタ、これからどうするつもりなの?」

「へぁ?」


 元俺のベッドにうつ伏せで転がり足をパタパタさせながら、キリカが尋ねてくる。俺は俺で、シオンのベッドに転がって氷魔法で遊んでいた。


「まさか、このままサブリナに住みつくなんてことじゃないでしょうね?」

「え、いや、そんなつもりはないけど……駄目なのか?」

「まあ、それならそれでとは思うけど。それにしたって、いつまでも何もしないわけにはいかないでしょ」

「確かになぁ」


 つい居心地がよくて何となく宿に引き篭もってしまうが、正直この生活は危うい。

 第一に、金がかかるのだ。しかも相当な勢いで。

 宿が一泊銀貨四枚、これが十日で金貨四枚分。ウルルの宿代は割り引きなしでは十日で金貨五枚だ。さらに三人分の食費が十日でおよそ金貨三枚分かかっている。しめて金貨十二枚。結構な出費である。

 さらにここに今キリカが読んでいる本などの浪費が加わってさらにマズいことになる。何故ほぼ居候のキリカの出費まで俺が負担しなければならないのかという率直な疑問があるが、今さらだろう。なんやかんやで財布は共有化することになってしまったし。


 そういった経緯で、現在の我々の全財産は、キリカに払った分も含めておよそ金貨五十枚分ということになっている。


 つい「まあまだ結構あるじゃん」とか思ってしまうが、これは家持ちの三人家族ならば八ヶ月くらいは暮らせるだけの額であるところを、今の俺達の生活では一ヶ月から二ヶ月暮らせるかどうかという額なのだ。実に酷い浪費である。節約どうこうの問題ではない。


「正直結構ヤバいぞ。金が切れる前にどうにかしないとにっちもさっちもいかなくなる」

「ど、どうしましょう……」


 俺からの小遣いをウィンドウショッピングでそこはかとなく費やしていたシオンが、思い出したように唇を震わせた。思えば俺もシオンも軽々とした行動を取っていたものだ。迂闊である。


「今から安宿に移るか?」

「却下ね。というか無理。討伐軍の招集がまごついてるのよ。サブリナに来る志願兵の数もまだ減らないし、しばらく宿は空きそうにないわ」


 いつ調べてきたのか、キリカの報告を受けて溜め息を吐く。


「じゃあもう、金を稼ぐかサブリナを出るかって選択肢しかねえなあ」

「賢明な判断ね」

「もう少し早く決断していればもっと賢明だったろうがな」


 三人で溜め息を吐く。正直、金があるからってちょっと怠け過ぎだったのだ。

 とにもかくにも、やることができたのは精神衛生上いいことだ。

 後はどうするのかが問題なわけだが……それについての提案は、意外にもこれからについて一番真面目に考えていたらしいキリカから出たのだった。


 ◇


「割とあんたが頼りないってわかったからね。一応アタリをつけといたってわけ」

「ぐうの音も出ないな。まあ、助かるよ。で? どんなだ?」


 キリカは頷くと、人差し指を立てて答えた。


「まず一つ、あんたが魔導兵として討伐軍に志願することね。一応支度金も出るし、魔王領に着くまではまあ安定して食べていける。問題は女であるあたしとシオンはあんたの従者ってことになって、給金は結局一人分しか出ないってこと。輜重隊として娼婦でもやれば別だけど」

「却下」


 俺の返答は早かった。キリカは驚いていない。ある程度答えを想像していたようだ。


「お前らにそんなことさせる気ないし、それでなくたってどうせごろつきだらけだろ、討伐軍なんて。女子供連れてくもんじゃねーよ」

「心配してくれるんだ?」

「お前は多少な。シオンは絶対駄目だ。野郎なんて俺みたいな紳士ばっかじゃないんだからよ」

「セイタさん……」

「よく言うわ」


 シオンは多少なりと尊敬してくれたようだが、キリカの声は冷ややかだった。まあ、自分でも思ってないようなこと言ってるから仕方ない。


「大体戦争なんてまっぴらごめんだぞ。せっかく魔王も死んで平和になったのに、どうしてまた好き好んで殺し合いなんてしたがるよ」


 正直、これが一番白々しい物言いだな。ただ真実を知らないキリカは、こっちには「そうね」と素直に頷いていた。皮肉なものだ。


「でも、あんたなら魔王領(むこう)で出世できると思うけど。今なら領土も取り放題だって、何人も藩地なしの貴族とか武官が部隊長として行くらしいわ。士官だって夢じゃないわよ?」

「貴族様にへーこらして生きてけっての? それこそごめんだね。もっと気楽に自由に生きたいの、俺は」

「あんた、本当は盗賊の方が向いてるんじゃない?」

「よせやい、照れるだろ」

「褒めてないけど」


 はい、わかってます。しかし本音でした。

 元々現代日本から来た身としては、この中世的封建世界における階級社会とか云々は非情に馴染み難いものだ。人類みな平等と主張するつもりではないが、不平等が前提で回る世界というのも、ちょっと前時代的で気分がいいものではない。そこに順応して、従って生きていくのも業腹である。俺はシオンを奴隷扱いしたくはない。


 郷に入れば郷に従えと言うが、ものには限度がある。そしてそもそも俺は魔王だ。誰かの言うことに素直に従うとは思わないでいただきたい。男として女の子の尻には敷かれるが。


「とにかく、傭兵は割に合わない。前も考えたけどやっぱりナシの方向で」

「ま、あんたならそう言ってくれると思ったけどね」

「だったら何で提案した?」

「選択肢は一応上げておくものじゃない?」


 まあ、確かに。それで別に何か挙げれば、そっちの方が魅力的に映るって寸法だ。


「ってことは、別に何か働き口があるってわけだ?」

「そうね、あんたがあたし達を養うための」

「何でそうなる」

「そんなこと言ったって、実質的に今そうなってるじゃない?」


 まあ、財布も共有化しちまったし、部屋も一緒だしな。気付かぬうちに運命共同体っていうか、上手く取り入られた感じがする。そして今さらキリカを追い出すのも気が引ける、と。

 ……これを狙ってたのか? 本当、抜け目ない奴だ。そのうち結婚詐欺とかされそう。


「もう一つは、そうね……アレを処分してお金を作る」

「ああ、アレね……」


 と言って俺達が目を向けたのは、部屋の隅で埃被ってる大きな革袋群。例の盗賊団の洞窟からかっぱらってきたきり、どうにも処分する方法が見付からず放置していた金目のもの達だ。


 やっぱり前に述べた通り、元が盗品であるためおいそれと開けっ広げに売り払うのが気が引ける。かといって物々交換でちょろちょろ処分するのもなんだ。キリカもまた同じように考えていたようで、段々邪魔になってきて部屋の隅に追いやっていたのだ。


「でも、どこに売るんだよ? お前だって難儀してたみたいじゃん」

「そうね、この町じゃ怪しまれずまとめて処分するのは無理かも」


 と、いうことはだ。


「アテがないわけじゃないんだな?」


 キリカがくすりと笑った。シオンは所在なさげに俺とキリカを交互に見る。


「『裏ギルド』って、聞いたことない?」

昇りません。

すいません。


11/16:本文一部修正しました。

一ヶ月暮らせるかどうか→一ヶ月から二ヶ月暮らせるかどうか

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