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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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三十一話 二人の誘惑

 夕飯をとる時間が早かったからか、食堂を出たのは陽が沈む頃に収まった。近場で済ませようと思っていたため、宿に帰るまで五分もかからない。

 しかし二人も女の子を連れて──しかも一人は背負って──いる俺はそんなわずか五分のうちにも変な目で見られる羽目となった。全部キリカが悪い。後で謝罪を要求する。しかし今はそうもいかないのでとっとと部屋に戻ってベッドに寝かせてしまった。


 そうしたら何となく所在なくなってしまったので、俺はちょっと気まずい空気を誤魔化すように、シオンに魔法を教えることにした。そのことを伝えるとシオンは喜んでいた。上手く誤魔化せたみたいだ。


 教えるのは、ちょっと悩んだが『思念話』にした。先日教えると言った『治癒』でもよかったのだが、もしもの時に対応できるようにということだ。『思念話』ならば離れている時に何かあっても、シオンが俺にそのことを伝えることができる。迷子なんかの時にも役に立つだろう。なんかすっかり保護者面になってるな、俺。


 ついでに、『思念話』にしたのはもう一つ理由がある。

 シオンはウルルと心で会話ができた。つまり、『思念話』に既に触れているのだ。だから習熟は『障壁』よりは早いのではないかと思ったのだ。


 予想は正しかった。シオンは例の俺の手解きを受けて、すぐに『思念話』のコツを掴んだ。数分と経たないうちにスムーズに会話できるようになったのだ。さらには特に気を回さずに使えるためか、自身でも魔力の消費を何となく把握できるみたいだった。これで前日の卒倒みたいなことにはならないだろう。


「それほど消費は多くないみたいだけど……特に理由もなく使い過ぎても問題だな。近くにいる時は普通に話そう」

「わかりました」


 俺への「チャンネル合わせ」も問題なく行えるようだが、これがアホみたいに人口密度が高い場所に出たり、やたらと距離が離れたりしたらちょっとどうなるかわからない。その点はこれからの検証と訓練次第だな。


 とりあえず『思念話』のレクチャーが終わったところで、次は『障壁』の練習を少し見ておくことにした。一回三十秒展開、休憩を挟みながら三十分ほど続ける。

 じっくり観察することで、本当にわずかながら疲労が蓄積していくのが目に見えた。これが厄介なことにシオンはあまり自覚がないらしい。それだけ『障壁』に気を回す必要があるのだろうか、とにかく一人で練習させるのはやはりまだ少し危険かもしれない、と思った。


「今日はここまでだ。まだあの時の魔力切れの疲れが残ってるかもしれないからな」

「え、でも……もう少しできます」

「だーめーだ。やる気があるのはいいけど、今シオンまで倒れたら俺が困る」

「す、すいません……」


 別に責めてないけどね。フォロー半分、役得半分の目的で頭をぽんぽんと撫でる。くしゃりと恥じらい気味の笑顔を向けられた。可愛い。食べちゃいたい。

 そこでシオンの表情が変わる。あれ、もしかして何考えてるかバレたか。と思ったらそういうことではないらしい。


「あの、セイタさん……?」

「ん? なんだ?」

「あの人……キリカさん、どうするんですか?」


 どうする、とは。この部屋に連れ込んでしまったことか、それともこれから先のことについてか。どちらについてもまあ、シオンにはあまり愉快なことではないのかもしれないけど。


「シオンは、キリカのこと苦手か?」

「えーっと、その……少し」

「そうか。俺もそうだ」


 嘘は言っていない。しかしその答えが意外だったか、シオンはほんの少し驚いたように眉を動かした。


「けど、まあ、あんま悪い奴じゃないとは思ってる。シオンはどうだ?」

「そうですね……私もそう思います」


 そのことについても、俺達に異論はなかった。そもそも、何か企んでて抜け目がない奴ならば、何かされないとも限らないのに酔い潰れて誰かにその身を預ける、なんて馬鹿なことはしないはずだ。

 それだけ俺達が信頼されているのか、あるいは「それだけ信頼しているんだからそちらもこっちを信じろ」という意志表明なのか。まさか何の気なしにただ酔っ払っただけではあるまい。仮にそうだとして何がそんなに楽しかったのか。


「ただ、信じ過ぎるのもまあ、アレだな。なんたって盗賊なんだし。しばらくは様子見だ。シオンにも迷惑かける」

「迷惑だなんてそんな! 私は別に、そんな……そんなこと、ないです」

「そっか。でも、何かあったら言ってくれよ」


 基本、シオン中心に動いてるからな、今の俺は。シオンの言うことが正義だ。だからといって「シオンのため」なんて言って責任を押し付けるつもりはないけど。

 ただそれが、今度は「キリカのため」も混ざるかもしれないと思うとちょっと怖い。男は女の奴隷か。それは日本だけの話だと思ってたが。


 まあいいか。決まったことは仕方ない。距離の置き方は追々考えることにしよう。


「今日はもう寝な。まだ結構疲れてると思うぞ」

「はい……セイタさんは?」

「もうしばらく起きてるよ。ベッド、あいつに取られちまってるからな」


 寝息を立てるキリカを親指で指差すと、シオンが苦笑し、それから笑みを伏せて言う。


「あ、あの、セイタさん。よければ……私のベッドでお休みになりませんか?」

「え」


 いや何それどういうこと。

 ああ、シオンが起きるから代わりに俺がベッド使えと、そういうことね? いや、駄目だよシオンは寝なくちゃ。寝ない子は色々と育たないよ。俺はもう伸び代ないから別にいいけど。


「いえ、違います、その……一緒に」

「は」


 いや。いやいやいやいやいやいやいや。

 駄目でしょやっぱ。そういうのは。同衾なんて言語道断でしょ。淫行条例違反ですよ。犯罪ですよ、犯罪。私を性犯罪者にしたいのかね、君は。

 大体シオン、君ね、体感的にはまだ会って一週間そこそこでしょ、僕達。君がまだ心身喪失だった時から数えても、半月ぽっちですよ。何でそんな付き合いの短い異性を信用できるのかな。

 男は狼ですよ。いやウルルは紳士だけど、男は駄目な方の狼なんですよ。女性と違って我慢のできない生物なんですよ。シオンはそういうのわかっていない。うん、だから一度そういうのをちゃんと知ってもらおうかな。ベッドの中で。じっくり教えてあげるよ。


 何考えてんだ俺。


 シオンの頬に伸ばそうとしていた手を引っ込める。ばっくんばっくんと嫌な昂り方をしている心臓を諌める。諌めるべきはそこだけではなかったが、ソッチの方はすぐにはどうにもならん。暗いから気付かれないことを祈ろう。大体どうして十四歳の女の子に平然と欲情できるのか、俺は! この性犯罪者予備群め! 


「ははは、シオン。ひょっとして酔ってるな? 駄目だぞそういう冗談は。本当に誤解しちゃうからなー。やめてくれろほんとマジで」

「え……」

「ホラホラ早う寝なさいシオンさんや。きっと疲れてるんじゃよ。明日になったらそんな変な考えもすっきりさっぱり雲散霧消しちょるけんね、さあさ」


 動揺のあまり語尾が混乱していたが、意志疎通に問題はない。そんな俺の鬼気迫る提言に押されてか、シオンは大人しくベッドに入ってくれた。まあ、シオンが俺の言うことに真っ向から反対したことは、今までないわけだけど。


 しばらくするとシオンのベッドから寝息が聞こえてくる。実に幸せそうな寝息だ。

 よかった。危機は脱した。流されてうっかり暴発なんてブザマを晒す羽目にはならずに済んだわけだ。俺の人生の汚点にもなるし、シオンも傷付く。いいことは何一つない。快楽は幸せじゃないし、そもそもシオンが気持ちいいとも限らない。情交とはそういうものだ。ヤッたことないから知らないけど。


 何がマズいって、中学生相当の少女と致すことの危うさを真剣に考えていることがまずおかしい。普通ならこういうのは一笑に伏して終わらせるべき話なのだ。真面目面して悩んでる時点で俺はアウトである。まあ、家庭教師と女子中学生がヤッちゃったなんて話も聞かないわけじゃないけど……


 ……俺はロリコンなのだろうか。否定はできない。そうなのかもしれない……「ロリコンである」というより「ロリコンでもある」と言うべきなのかもしれないが……どっちにしろ問題である。


 そんな風に俺が自己嫌悪でうんうん唸っていると、また面倒が起きた。

 キリカが目を覚ましたのだった。


 ◇


「……ん、うぅ……あれぇ……?」

「よう」


 呆けたような蕩けたような目で辺りを見回すキリカ。俺は窓際の椅子に座り、彼女に声をかけた。状況がよく読めていないキリカは俺を見て、「ああ」と何か察したような声を上げた。


「もしかして、あたし潰れちゃった?」

「わかってるじゃねえか。あれだけ狂ってた割には」

「あたし、お酒残らない体質なのよ。酔うと酷いけど」


 なんでそこまで冷静になれるくせにあんなに酔っ払う必要があるんだ、限度を考えろ限度を、と俺が愚痴を零す前に、キリカはするりとベッドから下りて俺に何やら蠱惑的な視線を向けてくる。何、怖い。


「で? 潰れたあたしに何かしてくれちゃったりとかは、しないわけ?」

「するわけねえだろ!!」


 だから何でこいつはこんなピンクなことばっか言ってんのか。恥を知れ恥を。処女ビッチなのかおどれは。


「なんだぁ、つまんないの」


 と言いつつキリカはすたすたと俺の方へ歩いて来て、俺のすぐ隣で壁に寄りかかる。窓から差し込む月明かりで顔の半分が美しく照らされていた。

 でもそんなそれっぽい雰囲気出してもあたし騙されないんだからね。甘く見ないで。


「……一体何考えてんだ、お前は」

「酔った勢いで既成事実でも作って、セイタがあたしを金輪際放り出したりできないようにしてやろーとか、そういう感じのことかな?」

「そういうのは相手も酔っ払わせてから言いなさい」


 俺が飲んでない時点でかなり不利な賭けだったのではなかろうか。まあ、シオンは勝ったところで大事なものを失うというわけのわからない賭けだけど。


「あのさ、お前ね、正直なのはいいけど開けっ広げ過ぎるのよ。盗賊なんだから少しは言い繕ったりしなさい」

「あんたに嘘吐くと命に関わると思ってね」


 どれだけ危険人物なのよ俺は。確かに半ば正当防衛とはいえ、都合十人ほど殺しちゃってる殺人鬼と言えなくもないけれど。


「……女の子を殺すほど切羽詰まっちゃいねーぞ、俺は」

「へえ、あたしのことも一応女の子に数えてくれるんだ」


 いや、そりゃあ、どう見ても女の子だろう。見てくれは可愛いし細いし、はっきり言って普通に魅力的だ。ただ手を出す出さないは別問題、というかこっちの問題なのだ。選択肢をこちらに委ねられた時点でキリカの問題じゃない。


 ……と、いう風にはキリカは捉えていないようだ。

 キリカは俺を覗き込むようにして、眉を曲げつつ尋ねてくる


「……ねえ、どうして手を出さないの?」

「どうしてって」

「あたしの方からいいって言ってるのに、どうして? ソッチの趣味なの?」

「んなわけねえだろ。俺はフツーだ」

「じゃあどうして? あたしに魅力ないとか? 一応、性奴隷として高値が付きそうとか言われてたんだけど」

「あのね、あんたちょっと黙んなさい」


 何故俺が詰問されなければならんのか。しかも相手は「酔ってない」キリカだ。どうしてこの子はこんなに俺に抱かれたがっているみたいな言い方するのか。本当に理解に苦しむ。股か頭が緩いとしか思えん。そんな子ではない気も同時にするのだが。


 と、キリカの目がシオンのベッドに向き、何やら悪戯っぽい色を浮かべる。


「……もしかして、あの子に義理立てでもしてるわけ?」

「おい、何でそこでシオンが出てくる」

「だって、あんたとあの子かなり仲がよさそうだもの……付き合い長いの?」

「そうでもない」


 実際、まだ出会って半月しか経っていない。その割には確かに、俺はシオンとべったりな感じがする。改めて考えると変な感じだ。


「どういう関係?」

「……ちょっとした知り合いだ。お互いに借りがあるというか……そんな感じ」

「それって貸し借りチャラなんじゃないの?」

「そう簡単に返しっこできるもんでもねーんだ」


 シオンは俺が一度死なせたもんだ。その責任が俺にはある。だが同時に、そのせいで俺が施した『反魂』でシオンは心を取り戻したとも言える。

 ……実際のところ、俺が一方的にシオンに非がある形という気がしないでもない。

 とにかく、もうシオンをあんな目に遭わせたくない。どうやってかはわからないけど、幸せになってもらいたいという気持ちはある。そういう意味では「大事」と言えるかもしれない。だから一緒にいるのだ。


 それをわざわざキリカに話す義理はないがな。


「ふーん……あたしには、あんた達が結構いい仲に見えたけど」

「兄妹みたいってか? 全然似てないけどな」

「いいえ、もっといい関係」

「冗談言うな」

「その子とはシてないの?」


 突然の質問に一瞬噴き出しそうになった。


「するわけねえだろ! 犯罪じゃねえか!」

「犯罪? 何が?」


 何がってお前、シオンは十四歳(推定)だぞ。そんなの駄目に決まってるだろ。

 と思ったけどこっちの世界には淫行条例もクソもないのか。けどそれでも、およそ成人してるのかしてないのかわからない女の子と致せるわけがない。普通の人間ならな。何があるかわからないのだ。


「あの子はあんたのこと、結構憎からず思ってるように見えたけど」

「そりゃ、そう思われるように気ィ付けてるからな」

「ふーん……そうやって騙して、後で美味しくいただいちゃうんだ?」

「違う。俺は女の子に辛く当たる方法を知らないだけだ」


 もっと言えば、そもそも異性との接触経験がほぼ皆無なのだ。この世界に来て、まずセーレとまともに会話できたことがそもそも奇跡に近かった。


「……とにかく、もうそういう話はやめろ。俺の心臓にもシオンの教育にも悪い」


 俺は両の瞼を揉みながら、喉を一つ鳴らして言った。「教育、ね」とキリカの呆れたような声。


「何でお前は、そう誤解されそうなことばっか言うんだ。よく知らない人間によ」

「誤解……ね。割と全部、本気のつもりだけど。あんたに上手く負い目とか持ってもらえれば、後は安泰かなーってね。結構責任感じる方でしょ?あんた」

「最近の盗賊は美人局もやるのか」

「より稼げる方法があるなら、まあ、迷う理由もないわね。それで安全まで買えるっていうなら言うことないし」

「割り切り過ぎだよ……お前はもう少し、自分の女を大事にした方がいいと思うぞ」

「どう使うかはあたしの勝手。それに……」

「それに?」


 俺は隣のキリカの顔を見上げる──と、両の頬に突然手を添えられた。

 ひやりと柔らかい手の感触。それに驚き固まる俺の眼前に、キリカの真面目腐った顔が寄せられていた。

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