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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
31/132

三十話 キリカ

 どうしてこんな所にいる? 

 何で俺達がここにいると知っている? 


 言葉が出るなら、そんなことを言っていただろうか、俺は。

 呆気に取られる俺の顔を見て、キリカはくすりと笑いながら、何の躊躇いも遠慮もなく部屋に入ってくる。後ろ手に扉は閉じられ、俺はそんな彼女の進むまま、道を譲らざるを得ない。

 キリカは俺のベッドにぽすんと腰掛け、足を組むと、部屋をぐるりと見回して笑った。


「いい部屋ね。結構お高いんじゃない?」

「なん、なん、なん……」

「なんでここがわかったかって?」


 言葉の出ない俺をキリカが代弁。その様をシオンも呆然と見ている。

 キリカは言う。


「そんなの探したに決まってるじゃない。サブリナにいるのはわかってたし、あとはあんたのいそうな宿を地道に、ね」

「んな、見付かるわけないじゃん。いくつ宿があると思ってんだ」

「そうでもないわ。この町の宿はある程度固まって建ってるもの。その大半は埋まってたし、少し聞けばあんたの話も出たし。大体、目立ち過ぎなのよ。女の子背負って宿探しなんて」


 そこまで目立っていただろうか。そんな自覚はなかったが……


「で、あとは聞き込みを辿って、大通りのある程度目立つ高級な宿にアタリをつけて……まあ、こうなったわけ。あんたにお金があるのはわかっていたから、安宿を探す必要もないと思ってね」

「それにしたって鋭過ぎだろ……」

「こういうのは得意なのよ。目聡くない耳聡くない盗賊なんて生きてけないし」


 それもそうだが、しかしやはりそれにしても、だ。何となくストーカーされる恐怖が理解できた気がする。当の本人にそのような粘着質な感情が皆無なのが救いだ。

 俺は溜め息を吐き、頭を掻きながらキリカに尋ねる。


「……それで? わざわざ俺達を探して、何の用だ? さすがに金の無心はもう受け付けられないぞ」

「そんなんじゃないわよ。大体、あれだけもらったことにまだちょっと戸惑ってるんだから」

「だったら返しに来たのか?」

「それも違う」


 じゃあ何だよ、と言おうとした俺を、キリカが手の甲を下にしてびっと指差す。妙に挑戦的なその仕草と、キリカが浮かべた不敵な笑みに、俺は一瞬彼女に呑まれる。


「あんた……セイタに頼みたいことがあって、それで来たの。お金のことじゃないわ。いえ、ある意味そうかもしれないけど」

「どういうことだよ」

「『取り引き』、って言ったらいいのかな」


 いいも悪いも、飛躍し過ぎている感がある。

 どういうことだ? 何なんだ取り引きって? 

 困惑する俺に、キリカはやはり笑みを崩さず言った。


「あたし、これから先食べていくアテがないの。だから、あんたと一緒についていかせてくれない?」


 ◇


 生まれた時から根っからの盗賊だった。父親の男手一つで育てられ、六歳で鍵開けを覚え、十歳で貴族の家からの盗みを単身で果たした。一度として捕まったことはなく、むしろ捕まった仲間を助けるために牢獄に潜入したこともある。さるクチから国の政務に関わる公文書の奪取を依頼され、それによって命を狙われるも逃げ遂せた経験もある。十四歳にして父親が死に、独立するまで、元いた盗賊団でも一目置かれる存在だった──


 ──というのがキリカの自己紹介だった。

 長い。そして本当のことかどうかわからん。齢十七歳でそこまで波乱万丈な人生を送れるものなのか、と。

 しかし追及するのも面倒なので捨て置く。彼女の追跡能力の優秀さだけは実証済みだったので、その部分を踏まえて半信半疑ということにしておく。


「で、その大盗賊であるところのキリカさんが俺に何の用だって?」


 中々に雰囲気のいい食堂の片隅、三人席の丸テーブルで向かい合ったキリカに、俺はぼんやりと問いかけた。

 手元には大盛りのクリームシチュー。野菜と肉がごろごろ入っていて見るに美味そう嗅ぐに美味そう、実際食ってみてやっぱり美味いという一品だ。ちょっと前に来たのだがもう半分食い終わっている。一方で同じものを頼んだシオンはフーフーと難儀していた。猫舌なのだろうか。


「言ったでしょ。あんたについていかせてほしいって」

「俺は盗賊をやる気はねーぞ」

「そういうことじゃないの。あんた、凄腕の魔導師なんでしょ? 普通そんな奴だったらどこからも引く手数多で、滅多に食いっぱぐれるようなことなんてないはずだもの。何でもいいからそのお零れが欲しいってわけ」

「率直なのは美徳だけどな。現に昨日までほぼ無一文だったんだぞ俺は」

「今日はどう? 結構、羽振りよさそうだけど」


 こいつ、わかっていて聞いてくる。なんかやり辛い。そこまで嫌な奴、ってわけじゃないのが逆に困るんだ。どう追い払っていいものかわからない。

 溜め息しか出ない。


「お前、盗賊だろ。だったら悪いが、俺には何も手伝えないし、手伝えることもないね。一人で元気にやってくれ。朝も言ったけどな」

「そうは言ってもね。盗賊っていうのも結構大変なのよ。あたしは追い剥ぎ、襲撃、強盗が専門だったわけじゃないけど、それでも何かしら人手が必要で、だからあんなとこでも身を寄せる必要があったわけだし」


 精確には、あの盗賊団を構成していた一団ということだ。だから何だというわけでもないが。俺には関係がない。


「とにかくね。こういう稼業は一人だと危険なの。一人は気楽なんて大間違い、何かしら後ろ盾がないとろくな自由もない」

「俺がその後ろ盾になれって?」

「あんたの魔法は充分なるわね。おまけにやる時はやる性格。そういうの、ちょっと怖いけど頼りになるわ」

「お前に俺の何がわかんだよ」

「困ってる女の子を放っておけないお人好し。何か間違ってる?」


 違うと言いたい。だが言えない。その言葉を立証できる人間がここに二人いる。二対一で俺の負けだ。


「……俺は、お前の面倒まで見るつもりはない」

「そんなことする必要はない。ただ一緒に行かせてってだけ。それも駄目?迷惑にはならないわ。私にできることなら手伝う」

「例えば何を? 家事全般やってくれとか言ったらしてくれるのか?」

「するわよ」


 あんまりにあっさりと言うので、二の句を継ぐ余裕がない。その隙を狙われる。


「料理なら多少の自信はあるわ。これでも根なし草生活長かったから。買い物に行けっていうなら頼まれたもの値切ってくるし、雑用しろって言うなら何だってするわ。あと、そうね……セイタが欲しいって言うなら、あたしをあげるわ」

「は?」

「抱かせてあげるってこと」

「は!?」


 決して期待に満ちた声を上げたわけではないことをここで弁明しておこう。俺はあまりにあからさまなキリカの物言いに困惑を通り越し驚愕したのだ。それだけであって決してうっほほいなんて心の声が漏れ出したわけではない。


 誓おう。我が心に一片の獣欲の澱みもなかった。なのにどうしてシオンに汚物を見るような目を向けられればならないのだろうか。それともそう見えるのも俺の被害妄想のせいだろうか。さあどうなんだシオンよ、キリカよ。


「ちょっと想像したでしょ」

「してねえよ!!」


 怒鳴るも迫力が霧消している。駄目だ、やっぱりキリカの前では。一つわざとらしく咳払い。


「女の子がみだりにそういうこと言っちゃいけません」

「何よ偉そうに。男はどうせそういうの好きなんでしょ」


 好きとか嫌いとかでなく、それが、女と致すことが男の本能なのは確かなことだ。そして好きでもある。したことないけど。

 はい、認めました。認めましたが何か? シオンのスプーンが止まっている。目を見るのがちょっと怖い。


「……何を企んでいる?」

「今度はそっちがそれを言うわけ? でも、何も怪しいことはないわよ。正直なところを言うと、ただあたしは一人でいたくないってだけ。一人じゃ稼ぎも少ないし、安心もない。何より結構、寂しいしね」

「その面倒を見る気がないって言ってるわけだが」

「見なくてもいいわ。邪魔にはならないし、お金の無心もする気はない。あんたからもらった分で当分食べていけるし」


 微笑みながら「感謝するわ」と言われる。盗賊なのに邪気がない。いや隠しているのかどうなのか。どうしてか俺にも判別がつかない。

 頬杖をついて、若干身を乗り出しながら、キリカは目を細めて言う。


「それとね、正直言うと……あたし、セイタには感謝してるのよ。恩があるの。当分は返せないくらいの……わかってるでしょ?」

「別に恩を着せたつもりはないぞ」

「そうよね、あんたはそういう人よね。でも、それじゃあたしが納得できないの。借りた恩は返せないと、いつまでも気持ち悪いものが残っちゃう」


 何かいいこと言ってるような感じだけど、要するに俺の意見を聞く気はないと。つまりそういうことか。

 困った。こういう手合いは多分退かないものだ。退いたように見せかけてもやっぱりついてきちゃうかもしれない。俺なら逃げることは可能だろうが、ここまで熱心なところを見せられるとそれも気が引ける。


 ……何なんだ。俺変なフラグでも建てたのか? 

 そもそも、あの薄暗い檻の中からキリカを助けたのが間違いだったと、そういうことなのか? 

 ……そうは思いたくないけどな。


「……シオンはどう思……いや、いい」


 話を振られかけたシオンの視線をひらひらと避けつつ、俺は言い止めた。

 いけない。また誰かに選択を押し付けようとしていた。シオンに続いてまたこれでは無責任にも程がある。俺が決めなくてはならないのだ。選ぶことはできないが。


 そうです、はい。どうも俺は、女の子に何か頼まれることに弱いみたいです。これが女性経験皆無の弊害でしょうか。駄目駄目です。きっと前の世界では「女なんか必要ねーんだよ!」と息巻いていながら自分でも気付かない潜在意識で女日照りを嘆いていたんでしょう。つまり何が言いたいかというと女の子に頭が上がらない。


「……よく知らない相手に何でそうやってついていく気になるのかね、俺には理解に苦しむよ」

「あんたがいい人そうだから、って理由じゃ駄目?」

「『都合のいい』人の間違いじゃないのか?」

「それもあるかも」


 肝心なところで本心を隠さない辺り、まだ好感が持てる。しかしそうやって好感を持たせるのも計算づくな気がして、どうにも苦手だ。


 歳は俺の方が上のはずなのに、どうしてか簡単に手玉に取られてしまう。翻弄されてしまう。なのにあまり悪い気がしない。これはある意味危険なのではないか? と思う気持ちがないわけではないが、それでもキリカと話しているうちに、どうにも引き込まれそうになっている自分がいる。


 理性は「否」を唱えてはいない。キリカは悪い人間ではないと、俺は多分もう、内心で理解している。

 ……何かもう、だったらいいんじゃないか? 

 考えるのが面倒で、ついそんな風に思ってしまう。


「……わかったよ。迷惑かけないなら、勝手についてきても文句言わねえよ」

「本当?」

「セイタさんっ……」

「ただし」


 喜びの声を上げるキリカに、何か意見を述べようとするシオン。

 それを止めて俺は言う。


「言っとくけど、キリカに何かあっても俺は自分とシオンを最優先するぞ。お前が言い出したことだからな。文句は言うなよ」

「言わないわよ。でも、一応私のことも考えてくれるつもりあるんだ?」

「どうかな。いざとなったら見捨てるかも」

「できないことを言うものじゃないわよ?」


 わかった風な口を利く。いや、実際こっちの考えていることはお見通しだろう。半日も付き合いないのに、俺ってばどうしてこんなにポーカーフェイスが苦手なんだ。


 シオンは俺とキリカを交互に、困惑混じりな警戒の目で見る。最終決定権が俺にあると思っているからだろうか、腹に一物あるもののどう言っていいかわからないようだ。俺はシオンが断固拒否するならば、キリカを跳ね除けるのもやぶさかではないのだが……


 まあ、その辺のフォローは後でしよう。シオンも「絶対何が何でも嫌!」というより、「本当にこれでいいのか?」という感じだろうから。話せばわかってくれる。いやシオンは俺が言うことは拒否できないだろうが。


 ていうか何で俺がこんなにキリカのために気を揉んでやらねばならんのだ。男はいつだって貧乏くじを喜んで引く悲しい生き物なのだな。ただし「可愛い女の子のため」に限るが。


 欝々と悩む俺に、キリカがコップを掲げてにこりと笑い、言った。


「じゃあ、とりあえず乾杯しない?」


 ◇


 キリカは酒を飲むようだ。しかも結構強い。二杯三杯と煽ってまだ頬に朱が差す兆候すらない。ついでに見た目より胃袋の容量もあるようで、三十分と経たずに料理も二皿目に入っていた。


 一方の俺は酒を飲まない、飲めない。これは前の世界から変わらないらしい。

 そう、俺は下戸なのだ。酒を口に含んだことはあるが、消化したことはない。大抵いつも吐いていたのだ。そういうことだけ覚えてる。

 酒に強い弱いなんていうのは体質だ。なので別に恥じることはないと思う。俺は恥ずかしくない。しかしキリカにはさっきからからかわれ続けている。納得がいかない。ていうかちょっとキリカが笑い上戸になってる気がする。やっぱり酔っているのかもしれない。


「あんたも飲みなさいよー。どうせセイタが払ってくれるんでしょー?」

「や、やめてくだ、うぉふぅ……」

「やめろ馬鹿!! アルハラは犯罪だぞ!!」

「あるはらぁ? 何それ美味しいの?」


 へべれけでシオンに酒を勧めるキリカを慌てて阻止する。酒気にあてられたシオンはそれだけで赤くなりかけていた。慌てて水を飲ませる。


「今度やったらマジで怒るぞおい!」

「あははははは!セイタ、やっさしー。そんなにその子大事?」

「当たり前だろ!」

「セ、セイタさん……」


 あれ、何か間違えたか。シオンの顔がもっと赤く……いやわかってるが。


「酔っ払いはこの世全ての悪だ。俺の故郷では『酒は礼儀正しい紳士をゴミクズにする悪魔の飲み物』って言ってな。急性アルコール中毒で死んだ奴は馬鹿にされて墓も作られないんだ。シオンはこんな風になっちゃだめだぞ」

「は、はい? 気を付けます……」


 後半は俺の勝手な創作だ。急性アル中なんて単語はシオンは理解もしてないだろう。それでも俺の言ったことを受け入れる辺り、素直というか御しやすいというか、騙されやすいというか。いや俺に騙しているつもりはないわけだが。


「仲いいのね、妬けちゃうわー。セイターもっと私に構ってー」

「お前どんどん駄目になるな。まるで別人だぞ」


 酒を飲まない人間からすれば酔っ払いのこういう変貌にはついていけない。酔っ払いは酔っ払い同士で仲良くやってくれ。こっちを巻き込まないでほしい。


 そんなこんなで俺とシオンは、何が楽しいのか嬉々としてガバガバ酒を飲むキリカを戦々恐々としながら見張る、というよくわからない状況に陥っていた。

 そうしてキリカが十二杯目の杯を飲み終わった時だった。


「ごめん、もう無理かも」


 先ほどとは打って変わって感情を殺した表情と声で、キリカがそう言った。

 そして俺が何のことだと問う前に、ぐしゃりとテーブルに突っ伏したのだった。


「えっ、なにこれ」


 どうやら完全に酔い潰れてしまったのらしい。顔は赤くないが、キリカは完全に弛緩した幸せ面で寝潰れてしまっていた。

 一瞬命の危険を案じてはみたものの、どうもその心配もなさそうだ。シオンも呆気に取られた顔でキリカを見ている。


 とにかく、どんちゃん騒ぎはこれでお開きだ。騒ぎの中心だった張本人が潰れたので、俺達はそそくさとその場を離れることにした。


 キリカは……仕方ないので、背負って連れて帰る。さすがに泥酔者をこんな場所に放ってはおけない。あとどこぞに宿を取ったという話も聞いてないので、俺達の部屋に連れていくしかないだろう。また宿の変な目で見られないといいが。


 それと、結局その場の代金は全部俺が持つことになった。

 酷い話だ。合コンか何かかよ、と。

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