表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
29/132

二十八話 どうしようもない

「よしシオン、目に付いた金目のもんを適当にもらっとけ」

「はい!」

「光りものだ。光りものでとりあえず外れはない。あと大きいものを一つより小さいのを複数な」

「わかりました!」

「逞しいわねあんた達……」


 意気揚々と犯罪を指揮する俺に、緊張が続いたせいか吹っ切れて嬉々として従うシオン。そんな俺達の乱行三昧を見ながら、キリカがあーあと呻いた。


「キリカももらっとけよ。治療費だと思ってさ」

「そんなこと言ってもねぇ……」


 と言いながら、雑貨をいくつか懐に忍ばせたのを俺は見逃さない。いいぞ、このままケツの毛までむしり取る勢いでいってやる。


 倉庫を物色し終わった俺達は、さらにその奥の多分寝室と思しき部屋へ向かう。『探知』によれば反応は一つ。しかも微弱。多分寝ているのだろう。


「殺っちゃうの?」


 キリカが物騒なことを言うので、慌てて首を振る。


「そこまで危険人物じゃねえぞ、俺は」

「でも、この奥にいるのは危険人物よ。今のうちに殺しといた方が世のためだと思うけど」

「何で俺がそんなことまでしないといけないんだ」


 賞金が出るのならやぶさかでもないが、首を持って帰ったところで一体誰が買い取るのか。そしてその首を盗賊団の頭領のものだと証明する術が俺にはない。


 そもそも生首なんてスプラッターな荷物持ち歩きたくない。多分シオンが吐く。可愛い女の子は苦しむ顔もゲロ吐く姿も可愛いが、俺は酸っぱい臭いは嫌いだ。あとさすがに可哀想だと思った。


「せっかくのチャンスなのに」

「そんだけ言うならキリカがやれよ。止めないから」

「……そうするわよ」


 憎々しげな声を上げつつも、キリカの拳は少し震えていた。無理すんなよ。

 小声で物騒な話し合いをまとめて、奥の部屋へ。


 と、少し覗き込んだところで、床板に肌色のものが転がってるのが見えて、ぞっとしながら慌てて退いた。


「な、何?」

「いや、なんかそこに、足みたいなものが……」


 キリカが交替で覗き込み、小さく舌を打ち、苦い顔でこちらを振り返る。その目が、俺からシオンに移った。


「……その子には見せない方がいいんじゃない?」

「ん? それってどういう……」


 言われて、察する。そしてその通りに、シオンにここで待っているよう告げる。困惑していたが了承してくれた。ここで見張り番を頼むとしよう。


 そしてキリカに促されるまま、寝室に忍び入る。


「……見なよ」

「……」


 そこに転がっていたのは、確かに人の足だった。

 全裸の少女だ。大の字になって転がっている。息は……ない。目は虚ろに壁を見、半開きの口元からは泡を吹いている。

 死んでいた。年端もいかないその少女の遺体には、凌辱と暴行と絞殺の跡がある。

 ここで何があったのか──想像するまでもない。


「わかった? こういう奴よ、そこで寝てるのは……」

「ああ……わかったよ」


 すとんと、重たく冷たいものが腹に落ちた気がした。悲しいとか苦しいとか、そういう気持ちだ。そうして空っぽになった頭に、もっと冷たいものが湧き上がってくる。


 俺はずんずんとベッドに向けて歩を進めた。


「なっ、ちょ、ちょっと……!」


 キリカの声。構わない。ベッドの上で身体を起こす半裸の頭領。構わない。


「ん、なっ、誰だ、おま」


 起きがけのその頭を掴み、壁に叩き付けた。土にびしり、とひびが入る。


「がっ……」

「ちょっと! 予定と違うじゃない!」


 キリカが叫んだ。やはりどうでもいい。頭領の頭を今度は地面に叩き付ける。呻き声が土煙と一緒に舞った。『超化』して振り回したんだ、鼻くらいは折れているかもしれない。


「予定は変更だ。こいつは殺す」

「な……さっき言ってたことと違……」

「ぶ、フぶッ、なん、なんらんだ、おま……」


 声を上げようとしたので、その口を『凍結』してやった。それでも呻き声が漏れたので、今度は流れる鼻血ごと鼻を『凍結』する。そうするともう呼吸ができないので、パニックを起こした頭領は立ち上がって俺に拳を振り回してくる。


「俺が殺す」


 その右腕を、『氷刀』で斬り落とした。


「────────ッ!?」


 声が上がらない。口も鼻も閉じられているからな。静かでいい。

 手持ち無沙汰だった左の拳を腹に突っ込む。


「──ッ!! ──ッ!!」


 頭領の目ん玉が飛び出そうになってた。しかしゲロは出ない。汚くなくていい。


 よろめく頭領。その後ろの壁に遠隔で『土整』をかけ、穴を開ける。

 ぽっかり空いた暗い穴。墓穴には上出来過ぎだろう。


「死ね」


 蹴り飛ばした頭領が穴に叩き込まれる。その身体目掛け、左手で『氷矢』を多重展開し、放つ。


「────ッ!!」


 頭領の身体は数十本の『氷矢』によって貫かれ、壁に縫い付けられていく。腕も脚も身体も首も、とにかく全部だ。指ぐらいしかまともに動けない姿にしてやった。

 そしてその指も、じきに動かなくなるだろう。刺さった『氷矢』から『凍結』が広がっていく。四肢の末端から身体、そして頭へ。凍死か窒息か、どっちが先か。


 どうでもいいか。


「じゃあな」


 最後に『土整』で、開けた穴を埋めていく。氷漬けの上に生き埋めだ。生きては帰れない。いや、生きて帰さない。

 死んだことすら誰にも知られなくしてやる。

 お前なんか、いなかったことにしてやる。


 ◇


 盗賊の頭領は、すっかり土に埋もれて見えなくなった。最初の一発から三十秒も経っていなかっただろうか。三十秒も反吐が出そうなのを耐えた俺を誰か褒めてほしい。


 褒めはしないが、キリカが俺を唖然とした顔で見ていた。


「……驚いた。あんた、本当に何者よ?」

「ただの魔導師だっつってんだろ」

「ただの魔導師の身のこなしには見えなかったけど」

「そんなことない」


 適当に答えて、俺は、床に転がった少女の遺体にベッドのシーツをかけた。何となく見ていられなかったのだ。シオンにも見せたくなかったというべきか。


「さっさと……用事済ませてここ出るぞ。キリカ、金庫は?」

「あ、ああ……ちょっと待って、この辺に……」


 すぐにキリカは、小箪笥の裏に隠された小箱を抱えてくる。一抱えもないほどの鉄の箱だが、重さも結構あり、振ると相当量の貨幣の音が鳴った。

 問題は鍵がかかっていたことだったが、それも中を確かめるため俺がすぐ開けてしまった。中身も間違いない。数えるのも面倒なほどの銅貨、銀貨、時々金貨の山だった。


「よし、出るぞ。シオン、もういい。こっちに来い」

「はい……えっ?あ、あの……そこの人、は……?」

「ああ、後で話す」


 寝室に入ってきたシオンが、シーツに包まった少女の遺体を見る。その目に困惑と恐怖、それから悲しみの色が浮かぶ。しかし今はそれをどうすることもできない。黙って金庫をキリカに預ける。


「何? これ、どういうこと?」

「キリカが持っててくれ。俺は……この子を連れてく」

「は?」


 俺がそう言って少女の遺体を担ぐと、キリカがぎょっと目を剥いた。


「正気? これからここを出なきゃいけないってのに、何でそんな荷物……」

「荷物って……まあそうだけど」


 現実的だが冷めたキリカの言に、溜め息を吐いて答える。


「別に来た道を戻るわけじゃない。だから心配ねえよ」

「は? それってどういう……」

「シオン、こっち来い。俺から離れるな」

「は……はい」


 シオンが俺の脇にぴったりくっつく。袖を掴まれたが、その手が少し震えていた。

 我慢してくれ。もう少しだから。


「キリカも近付け、俺から離れるなよ」

「は、はい……?」

「何をする気よ?」

「『転移』だ。魔法でこっからパッと出る」

「は?」

「おら、早くしろって」


 引け腰のキリカに業を煮やして、その手を引き寄せる。抗議の声が上がろうとしたが、無視して『転移』の魔法式を発動させる。

 目標はサブリナの『楔』……ではなく、この近辺の地上に一応打ち込んでおいた方の『楔』だ。まさか使うことになるとは思ってなかったが、これもまた何かの縁だろう。


 俺は足下の魔法式から溢れる眩しさに一瞬目を閉じ──次の瞬間には、星空の下の平原に立っていた。


「あわ、わ、わ」


 キリカがバランスを崩して尻餅をつき、シオンは力が抜けたようにその場にぽすんと腰を落とす。縋り付くように手だけが俺の服を掴んでいた。


「シオンは……一応、初めてだったか、『転移』は」

「は、い……?」


 思えば、彼女が自我を取り戻してから一緒に『転移』を使ったことはなかった。それ以前には一度経験しているが、あれはほぼノーカンだろう。なのであの奇妙な浮遊感に腰を抜かしても、まあおかしくはない。


 それはキリカも同様だろう。彼女は彼女でぽかんと口を開けて、周りの一変した風景を見回している。とりあえず話しかけてみた。


「な、何したの、あんた」

「『転移』って魔法だ。離れた所に一瞬で移動できる」

「へ……何それ、反則……」


 反則だろうか? 

 まあ、反則か。俺自体が反則(チート)の権化みたいなもんだから今さらな指摘だ。


 とりあえず、あの洞窟からは脱出した。二人とも腰を抜かしているが、あとは特に問題もない。盗賊団は頭がいなくなったことも、俺が忍び込んだことにもしばらく気付かないだろう。

 金も入ったし、今回はこれで充分だ。目的は達成した。

 後は、最後の始末をつけるだけだ。


「なあキリカ。ちょっと聞きたいんだけど」

「な、なに?」

「この辺りって、人が死んだら土葬するのか? 火葬するのか?」

「へ?」


 俺の問いにキリカが答えたのは、それからたっぷり十秒ほど経った後だった。


 ◇


「基本的には火葬ね。死体を残すと魔物になる、っていう言い伝えが、昔ある土地から広がって、それから大体みんなそうしてる。ただ、結局は家族の希望通りになったりして、そのまま埋める場合はお祓いをするんだけど」

「そうか」


 キリカからそう聞いた俺は、未明の空から地面に視線を下ろし、準備を始めた。


 まず『土整』で、昨日盗賊を殺した時のように穴を作る。ただし今回は幾分丁寧に、深めに、人一人ようやく入る程度の穴にした。

 そこに……白いシーツで包んだ少女の遺体を横たえる。


「……」


 数秒、逡巡した。俺は彼女に……『反魂』を使うべきなのか、どうなのかと。


 多分、『蘇生』は無理だろう。勇者達の時は初めてで、シオンの時は動転していてわからなかったが、今はわかる。そういう「感じ」がするのだ。目の前の少女には、魂の残滓すら感じない。既に抜け殻……命のない身体だ。


 ならば、『反魂』はどうか。

 正直、『反魂』ですらあまり期待できる気がしなかった。何故かと問われると根拠は薄いが……彼女の身体には『治癒』が効かなかったのだ。

 魔力が浸透していかなかった。何一つ身体の細胞に反応がなかった。シオンの時は一応『蘇生』も『治癒』も反応があったのだ。それが明確な違いだった。


 そしてそもそも──そう簡単に俺が人の命を左右していいのか、と。

 俺はまたそうやって、誰かを背負い込むのか。命を拾った責任を。

 これからも誰かが死ぬのを見るたびにそうするのか。こんなことを何度も続けるのか。命と魂を削って、注ぎ込んで、賭けて。


 ……そんなの耐えられそうにもない。

 俺には無理だ。シオンで精一杯なんだ。臆病、卑怯と言われても、俺には選べない。

 どっちにしたって、責任を取れる気がしない。


「ごめん」


 それしか言えなかった。彼女には届いてないだろう。ただの自己満足だ。

 そうさ。全部自己満足だ。セーレを助けたのも、シオンを助けたのも、頭領を殺したのも、少女を葬るのも。結局中途半端に割り切れないから、こんなことをしてる。自分の中でケリをつけたいがためだけに。


 勝手だろう。それが魔王だ。

 でも悲しい。人間だから。


 少女の遺体に『燃焼』で火を点け、穴から上がった。ただの『燃焼』といえど、俺の魔力なら火力は馬鹿にならない。炎は青白い光を上げ、みるみる遺体を焼き尽くしていく。ものの数十秒で原型がなくなり、炭に、灰になっていく。


 その様を俺は穴の真横で、シオンとキリカは少し離れて見ていた。と思えば、シオンが俺のそばに近付いてくる。そうして俺の横で、火葬をじっと眺め始めていた。


 やがて火が収まり、少女は布の消し炭と遺骨の欠片になった。それを『土整』で埋める。埋める。埋める……何も考えられなくなった頃、墓穴は完全に埋まっていた。


「セイタ……さん」


 小さく声をかけられる。墓を見下ろす俺の袖をシオンが掴んだ。

 そちらに目をやると、シオンは泣きそうな顔を……いや、泣いていた。一文字に噤んだ唇を震わせ、息を詰まらせ泣いている。

 怖かったのか、悲しかったのか。聞きはしなかった。とても聞けない。縋り付いてくるシオンの頭をただやんわりと撫でる。


 ぼんやりと見上げた東の空が白み始めていた。いつの間にか、そんなに時間が経っていたのか。

 長いような、短いような……最後の最後に、酷く疲れた夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ