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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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二十七話 はみ出し者の少女

 その少女は、手錠をかけられた右手を壁に吊るしながら俯き、眠っていた。

 歳は、見たところ十七かそこら。結構ぴしっとした服装で、引き締まったボディラインが見て取れる。露わになった腕や足も、細めながら中々鍛えられているように見えた。肌はシオンよりやや浅黒めだ。

 そして、赤い髪。恐らくシオンよりやや長めのセミロングだろう。それを後ろでポニーテールにまとめている。

 顔立ちは……中々に整っていた。シオンとは方向性が違う、活発そうな面持ちだ。キリッ、ピッとして面と向かえばツンツンした言葉を投げかけられそうな、そんな感じ。


 だが、そんな彼女が閉じ込められ、手錠をかけられているとは。

 これは一体……どう解釈すればいいのだ? 


「盗賊に捕まった人でしょうか……?」

「いや、どうかな……」


 それっぽい服装には見えない。皮で補強され、ベルトで留める形のベスト。黒の半袖シャツ。タイトめなショートパンツ。そしてその縁にちらりと覗く黒い……スパッツ? スパッツがこの世界にあるのか? スパッツが? 何ということだ……これはたまげた……


 話を戻そう。中々軽快そうな格好だ。これはちょっと、その辺の村人だとか商人の娘っていう風には見えない。というか年頃の娘が捕まってきたら、大体服なんか滅茶苦茶に剥かれて酷い格好にされてそうなもんだ。


 この少女は、どちらかというとむしろ……


「盗賊っぽく見える……けどな、俺には」


 シオンに視線を返す。是とも非とも言い難い表情をしていた。

 そんな時、少女に動きがあった。


「ん……」


 咄嗟に何かしようとして、できない。少女との間には鉄格子があった。壊すことは可能だろう。だがその時に生じる音を誤魔化す術はない。ならば隠れるか。しかしうっかり鉄格子の前まで来てしまっていた。退くにもコンマ二秒後には少女の目がこちらを捉え……


 捉えた。捉えられた。見られた。万事休すである。もう何に対してかわからないが祈るしかない。


 と思われたが、少女は俺を腫れぼったい目で睨むように見るだけ。

 嫌な汗が垂れていた。俺ではなく、少女の額に。


 数秒の沈黙が俺達の間に走った。その後、少女が口を開く。


「……誰よ、あんた……」


 震えて、小さな声だった。


 ◇


「と、通りすがりの魔導師だヨ? 何も怪しくないヨ?」


 明後日の方向を見ながら俺は答えた。間違ったことは言ってないが、明らかに怪しかった。自分でもわかっているが、どう答えたものかわからなかった。


「魔導師……? 魔導師が何で、こんなところにいるわけ? 迷ったの?」

「あー、まー、うん。そんな感じ……そんな感じ?」

「えっ、わ、私?」


 シオンに振ったが、乗ってくれなかった。ノリが悪いというか、これはまあ俺のせいだろう。うん。

 そんな適当なことを言ってたら、少女に「はっ」と鼻で笑われた。


「本当のこと言ったら? 別に騒ぎやしないわよ」

「えー……じゃあ、俺が自己紹介したら君のことも教えてくれるか?」

「何でそんなこと知りたいわけ?」

「そっちが聞いたからだろ。自己紹介は顔合わせの基本だ」


 俺がそう言うのを聞いて、少女はくすくす笑ってから「いいわ」と答えた。


「じゃあ、ま……俺はセイタ。魔導師で、ここに来たのはアレよ。貧乏金なしなもんで、ちょっと強盗を……」

「ぷっ」


 笑われた。何かおかしいこと言ったか俺。いや全部おかしいか。


「盗賊の根城に、強盗? 馬鹿じゃないの?」

「いやだって、とにかく手っ取り早く金が欲しかったんだもん」

「もん、って……」


 シオンにまで呆れられた。駄目だ、俺が駄目になる。どうにかしてこの包囲を突破せねば。


「いいだろもう! 実際ここまで見付からずに来たんだ、文句あるかこの野郎!」

「へえ、運がよかったわね」

「運じゃねえよ魔法だよ」


 言って、俺は不敵な少女を黙らせるために試しに魔法を見せてやることにした。

 が、何をすればいいのか。下手な魔法は洞窟を崩壊させる恐れがある。あまり壁には干渉しない方がいいだろうか。


 であれば、鉄格子か。俺は鍵の締まった鉄格子に手をかけ、魔力を鍵穴に走らせる。

 解錠は容易だった。二秒とかからずガチンと音を立てて、扉が開く。牢の中に踏み入った俺を見上げて、少女はさすがに少し驚いたような顔を浮かべていた。


「本当に魔導師なんだ」

「でなきゃ気付かれずこんなとこまで来れねえよ」


 少女の目の前でチンピラ座りしながら言った。不機嫌そうな声だっただろうか。ますます魔導師っぽくないと我ながら思った。


「それで? 君は何だ? どうしてこんな所に捕まってんだよ」

「それ、は……」


 少女は一度言い澱んでから、何を思ったかその口をニヤリと歪め、俺に挑発的な視線を向けてきた。予想通り、結構キツめの表情だった。いや、キツいのは性格か?


「……あたしは、盗賊よ。ここの元仲間の、ね」

「元仲間? 今は違うのか」


 格好は確かに盗賊っぽい。しかしだったら何故こんな所に捕まっているのか。俺は尋ねてみる。


「ふん、ちょっと仲間内で意見の相違があったのよ。で、あたしは言い争いに負けてこのザマ、ってわけ」

「どういう理由で仲違いしたんだよ」

「聞いてどうするわけ?」


 また鼻を鳴らして、高慢ちきな態度を取る少女。圧倒的に不利な状況で、しかも俺みたいな魔導師を目の前にしてよくやるものだ。


 正直、俺はこういった女の子が苦手だ。嫌いと言うとぶん殴られそうだから怖くて苦手という表現に押さえるくらい苦手だ。

 俺が好きなのは、男好きしそうな静かで、優しくて、ちょっと気弱な女の子だ。そう、シオンみたいな。童貞臭い趣味と言われても否定しようがない。女日照り二十年と既に言った通りだろうが。


「どうするもこうするもないけど、聞いちゃいかんのか?」

「話したら何かくれるの? だったら考えるけど」


 だから何故そう強気になれるんだ。俺はちょっと少女に狼狽しつつも、この状況をどうにか好転させようとして……ふと名案を思い浮かべた。

 早速口にする。


「教えたら、その手錠壊してやる。ついでにここから出してやるよ」

「え?」

「ただし、ついでにもう一つ、俺の頼みを聞いてくれたらだけど」


 やや目の色が変わったか。怪訝な視線を向けられてはいるが、さっきまでの飄々とした感じじゃない。俺の目を、鳶色の瞳が覗き込んできていた。


「……何? あたしを抱かせろとか、そういうこと?」

「ちげーよ」


 おい、怪訝な目はそういうことかよ。

 こっちにはシオンって乙女がいるんだから、少しくらい発言には配慮してほしい。案の定、なんか後ろで赤くなってあわわわ言ってるし。


「……俺が欲しいのは、ここに溜め込んである盗賊連中の財産だ。手っ取り早く頭領の金庫辺りでいい。そいつの居場所に案内してくれたら、一緒に、無傷で、この洞窟から出してやる」

「ハ。あんた、間抜け顔の割に業突く張りなのね」

「うるせえな。こっちだって無一文で死活問題なんだよ」

「それで盗賊団に押し入りって、あんまり割が合いそうには見えないけど」

「俺なら合わせられる」


 無理矢理な。こればかりは馬鹿みたいな魔力をくれたヴォルゼアに感謝だ。

 少女はやれやれと首を振った。


「随分自信あるのね」

「なきゃ来てねえよ。で、どうだ? 手伝うのか? いやその前に、こんなとこに入れられてた理由を知りたいわけだけど」

「……あーもう、わかったわよ。言うわよ」


 俺がじっと見てやると、少女はいよいよ我慢が利かなくなったように苛立たしげな声を上げ、それから話し出す。


「……ここ、いくつかの盗賊団の寄り合い所帯なのよ。けど、あたしはここを仕切ってる盗賊団(とこ)の頭領のやり方が気に食わなかった」

「やり方?」

「何でも全部殺して奪うのよ。容赦もないし、後先も考えない。無茶して仲間だって何人も死んだわ。だから『いい加減こんなやり方やめなさい』って言ったの。そしたら……これよ」


 少女がそう言って上げた左手を見て、俺はぎょっとした。シオンは「ひっ」と声を上げる口を手で隠した。


 その左手の手首は青黒く変色し、おぞましい腫れ方をしていた。間違いなく折れているのだろう。それも、相当酷い折れ方だ。

 今までは影になって見えていなかったが、こんな怪我をしていたから、彼女は顔色が悪かったり、嫌な汗をかいていたのだろうか。それでいて、あの軽口を叩いていたとしたら……大した胆力だ。


「女の子にこんなことまでするのか、頭領(そいつ)は」

「何だってやるわよ。盗みも、殺しも、強姦も。あたしがこれくらいで済んだのはまだいい方ね。処女の奴隷として売るって言ってたから、まあヤられずには済んだってわけ。一発ブン殴っちゃったせいでキレられてこうなったわけだけど」


 随分と軽く言うものだ。死ぬより酷い目に遭う寸前までいったというのに。


 ……強い子だな、この子も。


「……わかったよ。要するに、ここの奴らに恩義とかはねえってことだな。存分に案内してもらうよ」

「今の話、信じるの?」

「ああ」


 俺には便利なウソ発見魔法があるからな。信じる信じない以前の問題だ。


 言って俺は、少女の右手の手錠に手と魔力を伸ばす。さっきと同じように鍵穴に魔力を注ぎ、解錠。慣れてきたのか一秒もかからなかった。自由になった右手を見下ろして、少女がぽかんと口を開ける。


「改めて見ると、凄いね、これ……」

「おい、まだ終わりじゃないぞ。次は左手見せろ」

「え?」


 返事を待たず、勝手に少女の左手を──痛まないように掴み、引く。それでもやはり骨折は深刻か、彼女は苦痛に顔を歪め俺から逃れようと身体を揺すったが、それより早く俺は『治癒』の魔力を注ぎ込む。


「え? えっ……?」


 たちまち、少女の顔は苦痛から困惑へと移る。瞬きする間に手首の腫れが引き、肌の色が戻り、激痛が引いたからだろうか。五秒と経たずに完治した手を、俺と少女とシオンが見下ろしていた。


「凄い……です、セイタさん……」

「『治癒』ってんだ。これもそのうち教えてやるよ、シオン」

「は、はい!」


 そんなシオンの喜びようを見ていると、本当に、魔法を教えてやることが玩具を買ってやることなんかと同義に思えてきた。俺はシオンが喜んでくれれば何でもいいがな。


 一方、少女はまじまじと綺麗になった腕を見回し、触り、つねり、握っていた。ここまでに見たことない間抜け顔だった。


「……あんた、実は本当に凄腕の魔導師……?」

「さあな。どうでもいいだろ。それより約束忘れてないだろうな」


 今度は俺がふん、と鼻を鳴らしてやった。何となく苦手意識がある相手に意趣返しがしたかったのかもしれない。年下の少女にそんなことをしている姿はひたすら滑稽だっただろうが。


「わ、わかった……頭領の寝床ね?あるわ、金庫……案内するから……」


 あら、なんか急に静かになっちゃった。これはこれでちょっと怖い。

 まあいいか。俺とシオンは少女を先頭にして、元来た通路と食料庫へ向かう──


「そうだ」


 と、少女が振り返り、俺を見た。俺より十センチほど低い位置からの視線、その力強い鳶色の輝きに、一瞬呑まれそうになる。

 そんな俺に向けて、少女は言った。


「あたしの名前、キリカ。キリカ・ノール。一応覚えといて」


 ◇


「できるだけ近くにいろ。三人まとめて『隠蔽』しなきゃいけないからな」

「わかってる……ねえちょっと、変なとこ触らないでよ?」

「セイタさんはそんなことしません」

「あっそ。で、あんたはこいつの何? べったりくっついてるけど」

「えっ、何って……」

「おい、頼むから静かにしてくれ」


 そんなやり取りを何度か繰り返しながら、俺達は洞窟を隠れながら進んでいった。

 影から影へ、死角から死角へ。松明が要所要所で灯っている洞窟内には完全な死角や暗闇というものはほぼないが、それでも『隠蔽』があれば見付かる可能性は限りなくゼロに近かった。

 そんな俺の隠密用各種魔法の効果に、キリカは最初呆然としていた。盗賊からすれば『探知』『隠蔽』なんて反則みたいなものだから、仕方ないだろう。変な嫉妬を向けられるのも受け入れるしかない。まあ、すぐに割り切ったのか普通の対応に戻ったが。


「一番怖いのは、俺みたいに『隠蔽』使ってる魔導師がいることだな。『探知』に引っかからないからバッタリ出くわしそう」

「心配ないわ。あたし達の中に魔導師なんていなかったから」


 キリカのその言葉にちょっと安心する。これで変に死角に気を配らなくてよくなったわけだ。


 そうこうするうちに、俺達はほぼ寝静まった洞窟内の最奥へと近付いていく。やっぱり頭領(ボス)というものは一番奥に陣取りたがるものなのか。


「しかし洞窟の規模の割には、そこまで人数いねえな」

「出払っているのよ。あっちこっちで『稼いで』来いって、頭領(やつ)のお達しで。上納金が足らないと酷いから、誰も逆らえないのよ」

「なんつーヤクザだ……」


 しかも仁義の欠片もない。救いようがないクズだ。ちょっとこれは成敗した方がいいんじゃないかと思ってしまう。

 しかし、余計なことはしないと決めたのだ。これでシオンに何か危害でも及ぼうものなら躊躇いなく殺して親指立てているところだが、そもそもそんな危ない目にシオンが遭っている時点で俺はダメダメなわけで……


 よそう。今の俺は頭領の身体が目当てじゃない。お金が目当てなのだ。


「ほら、こっち」


 と、キリカが指差した方を見て、俺は頭を掻いた。


「……鉄格子、しかも鍵かかってるじゃねぇか」

「開けられるでしょ?」

「まあ、そうだけど……どんだけ用心深いんだ、その頭領ってのはよ」


 魔力でガチャッと解錠しつつ、俺は呆れた。まったく面倒臭い。とっとと帰りたいものだと思った。


 とにもかくにも、俺達三人はようやく頭領(ボス)部屋へと足を踏み入れたのであった。

 とりあえず、戦闘とかないことを切に願うものである。

新ヒロインです(ネタバレ)。


今のところ五話先まで予約済みですが、一話の文字数や投稿頻度についてまた思うところがあったので、近々何かしら変更があるかもしれません。

その際は後書きの部分を借りて報告させていただきます。長文失礼いたしました。

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