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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
27/132

二十六話 金のため

「身体の調子は大丈夫か?」

「はい、大分楽になりました」


 すっかり陽の沈んだ平原を歩きながら、俺はシオンを振り返った。

 マントですっぽり全身を覆ったシオンは、ややよたつきながらも自分の足でしっかり歩いている。飯を腹に入れたからだろうか、完全ではないにしろ大分復調したようだ。


 割と凄まじい回復力である。俺が魔力切れを起こした時は酷いものだったのだが……完全な魔力切れというより、急性的な魔力欠乏の方だったのだろうか?まあ、どちらにしろ魔法を使わせるのはしばらくやめておこう。今回も戦力としては数えない方がいい。そもそも、女の子を前に出して戦わせる気なんてないが。


 ついでに言えば、今回は隠密作戦。という名のただのコソ泥だ。シュッと行ってパパッともらえるものもらってトンボ帰り。明日はいい加減くたびれてるだろうシオンを宿のベッドに寝かせてやれる予定だ。あくまでまだ予定だが。


「もうすぐだ。川が見えたら休憩しよう」

「あ、はい」


 シオンは従順だった。あまりに大人し過ぎて、健気で、ついてこさせたのをちょっと後悔している。

 ただ、どこに置いていくにも不安が残る。ウルルは今厩舎で寝ていて、頼れるのは誰もいない。俺のそばが一番安全だろう。そう思うことにする。


 そうしてしばらく歩き、俺達は、小高い丘陵に刻まれた川に辿り着いたのだった。


 ◇


 遅めの昼飯を取ってサブリナを出た俺達は、マントのフードで顔を隠しながらしばらく街道を東に進んだ。元来た道を戻る形だ。

 やがて田園が途切れる辺りで、街道を逸れて今度は北に向かった。そうして夕陽が沈む頃、一度シオンを休ませることにした。


 その時は何とか歩ける程度の体調で、俺は折に触れて彼女を背負って歩いていた。シオンは申し訳なさそうだったが、俺は女の子の感触を背中とか手で堪能できたのでウィンウィンだったと思う。それを口にはしないが。


 それから数時間経って星空も見えるようになった頃、シオンを起こして夜の行軍を再開した。目的地は勿論、盗賊団の隠れ家である。


「北に川が流れている。そこはす、少し小高くなってて、ちょっとした谷ができてるんだ。俺達はそこの洞窟を根城にしている……う、嘘じゃない!」


 昨日盗賊の男から聞き出した情報だ。嘘じゃないことは漂わせておいた魔力で何となくわかった。同時に、魔力を通じて方角や場所についてのイメージもうっすらとだが伝わってきた。

 簡易版の『読心』のようなものだろうか。一々何か聞き出す度に殺していてはキリがないので、ルウィン達の「魔力を通して嘘を読む」力をどうにか再現してみようとしたのだが、これが結構上手くいったのだ。


 もっとも引き出せるのは解像度の著しく低いぼんやりしたイメージで、それがチラリと見える程度に過ぎない。詳細さは『読心』に及ばず、精々思考の表層を掬い取るだけの効果しかないように思った。改良か、俺の修練が必要だろう。それでも咄嗟に使えて付加効果のあるウソ発見器は便利だが。


 とにもかくにも、俺達は今、そのイメージを頼りに迷わず川へと辿り着くことができていた。

 今は、男が言った「ちょっとした谷」の崖の縁で身を低くしているところだ。下までの高さは精々十メートルか。それもさほど切り立っていないし、普通に下りていける程度の谷だった。


「ああ、うん、結構いるな。十数人、地面の下にいる」

「それも魔法で、ですか?」

「ああ。『探知』って魔法だ。シオンも一応覚えておくか?」


 シオンがやや緊張しながら頷いたので、俺はその手を握り、そこから『探知』の魔法式と使用感を送り込んでやった。奇妙な感覚からか、シオンの眉根が一瞬ぴくっ、と歪む。


「んっ、う……はい、何となくわかりました。こういう魔法なんですね」

「今は使うなよ。後で練習しような」

「はい!」


 新しい魔法を覚えたからか、本当に嬉しそうにシオンは返事を返した。新しい玩具をもらった子供みたいに無邪気な笑みだ。思わずこちらも頬が緩んでしまう──

 いや、待て。これでいいのか?

 魔法ってこんなに簡単に覚えられていいものなのか?ありがたみがないというか、いやそんなことではなく、何と言っていいかわからないが、とにかくこんなすぐ覚えて、何かシオンの心身に危険がないだろうか……


 ……いや、いや。考え過ぎだ。シオンは記憶はないものの、俺よりよっぽど常識を弁えている。魔法の悪用だとかそんなことは微塵も考えていないだろうし、その危うさだって無意識で理解していることだろう。多分。そう思いたい。

 それに何より、俺は攻撃的な魔法を教えたわけじゃない。『探知』も『障壁』も、シオンが自分の身を守るために使われるだろう。そこに何の不安もあろうはずはない。


 大体シオンは『障壁』の練習で魔力を枯らしてたくらいだ。ポンポンいくつも魔法を覚えてあっという間に危険な魔導師に、なんてことにはならないだろう。

 やはり使いこなせるようになるには相応の訓練を積まねばなるまい。そしてそれだけ訓練すれば、魔法の心得や危険性だって嫌でも身に着くはずだ。


 ……とまあ、偉そうに抜かしたが、魔法への理解は実際俺が一番怪しいわけで。

 精々、反面教師として頑張るとするかな。それが一番効果がありそうだ……


「……どうしたんですか?セイタさん」

「いや、何でもない。シオンはいい子だなって」


 誤魔化すつもりで本心を漏らしながら、照れるシオンの頭を撫でた。可愛い。

 つい気安く触ってしまったが、今さらのことだろう。保護者の役得だ。邪心もなければ罪もない。撫でる、撫でる。


 よし、心を入れ替えよう。このままでは何しに来たのかわからない。

 デートしに来たんじゃない、強盗しに来たんだ。我ながら物騒だな。


「シオンは……ついてきた方が安全だな。俺から離れないようにしろ」

「は、はい」


 シオンの手を引きながら、俺は川に下りていった。


 ◇


 膝ほどまでの水深の川を横目に、俺は洞窟を探すべく砂利の上を歩く。

 数分もせずに見付かったそれは、岩の影に隠れるように開いていた。上手い具合に死角になっていて、谷の上からではとても見付からないだろう。ついでに増水したら入口が水に浸かってしまいそうだった。


「面倒そうな場所に隠れてやがんな」


 ぼやきながら、洞窟の入り口から中を探った。当然暗い。俺は『灯火』を使い、灯りを確保した。指先に本当に小さな火を灯す魔法だ。とても攻撃に使える魔法ではない。


「ちょっと上ってるな。増水対策か?」

「セイタさん、この洞窟……少し壁が綺麗過ぎませんか?」

「ああ、確かに」


 シオンに言われて、俺は土壁を軽く撫でた。確かに綺麗だ。しかも崩れないように固められている。ただ浸食でできたとか、掘って作ったとは思えない。

 俺は、これは『土整』が施された洞窟だと確信した。


「しかも、結構でかいし入り組んでやがるな……魔導師がいるのかもしれない」

「え……」

「それか、元々魔導師が手を加えた洞窟を偶然奴らが見付けたか」


 どちらにしろ、やることは変わらない。『隠蔽』をかけて忍び込んで、いただけるものはいただく。事が済むか見付かったら、サブリナの裏路地に打ち込んだ『楔』まで『転移』だ。

 サブリナからここまで、直線距離にして精々十数キロ。『転移』に支障はない。シオンにもこの際あの浮遊感に慣れてもらうことにしよう。


「じゃ、行くか。静かにな」

「は、はい」


 きゅっと唇を噤んで覚悟するも、不安を隠せない様子のシオン。

 俺は苦笑しつつ、その手を引いて洞窟内に進むことにした。役得だ、役得。


 ◇


 洞窟の通路は結構広い。横は二人で腕を広げるくらいの余裕があり、縦も俺が腕を伸ばして届かないくらいにはある。なので閉塞感はないが、開けているせいで逆に隠れる場所がないように感じてしまい、それが少し不安だった。


 しかし『探知』と『隠蔽』を併用しながら進めば、さながらウォールハックして進むが如く盗賊をやり過ごすことができる。本当にチートだ。やっていることがセコいが、片っ端から目に入った盗賊を殺して進むよりはスマートだろう。


 そもそもだ。盗賊達はろくに洞窟内を動かなかった。

 夜も更けに更けっているので、ほとんど寝ているのだろうか。入口に見張りがいなかったのは下手に立たせることで逆に洞窟の存在を露見してしまうのを怖れているからだと思うが、洞窟内にもろくな見張りがいないのは完全に舐めているとしか言いようがない。


 絶対にバレないと踏んでいるか、何か町で動きがあっても斥候が教えてくれると思っているか。普通、こんな風に単身乗り込んでくるわけないからな。ある意味で俺みたいなのはセキュリティの盲点だったのだろう。ご愁傷様と言うほかない。


「結構、大きいですね……」

「ああ。もうこりゃ、人の手が入ってるのは確実だな」


 魔力がほんのわずか壁に残留していることから、この洞窟が『土整』によって整えられた……いや、広げられたのはほぼ確実だ。しかし規模が変だ。さらには坑道のように木が壁や天井に打ち付けられていたり、所々に石材がしかれていたり、鉄格子がかかっていたり、まるでちょっとした迷宮のようだった。


 あるいはここは、兵を忍ばせたり物資を隠したりといった軍事的な何かの理由で作られた場所だったのかもしれない。それを偶然盗賊達が見付け、居座っているのか。確かに居心地は良さそうだな。俺も割かし狭いところが好きなので、こういう隠れ家には憧れを持っている。


 ……一つ二つ、別荘のつもりで作ってみるか。ほんのお試しだ。


「セイタさん」

「ん、ああ」


 おっと。気を緩ませた俺の前方、T字路になっている右の道から、影がぬらりと灯に照らし出される。慌ててシオンと一緒に道の右端へと寄って、さりげなく『土整』で作った凸凹に身を潜ませる。

 これで隠れられているのかと言われると微妙だが、高度な『隠蔽』の前ではこれでも充分な効果がある。意識の外に追いやられるというのだろうか。そもそも、こちらに歩いて来なければそんな些細な心配すら必要ないのだが。


 必要なかった。盗賊はふらふらとしつつもまっすぐ進み、左の道へと直進して行ってしまった。拍子抜けである。


「ちょっと、ドキドキしました……」

「そうだな」


 ただシオンは慣れないことに割と緊張しているようだった。それでも声を上げず必死で耐えている感じが何とも健気だ。怯える女の子の顔、好物です。

 でも、俺はフェミニストなのでやっぱり笑顔が一番好きです。今はそのために生きている感じあるからな。このコソ泥もシオンに楽をさせたいがためだ。多分。

 まるで新妻を養うために道を踏み外したダメ夫みたいだ。まあ俺の場合、道どころか世界を踏み外してこんな場所にいるわけだが。主に魔王(ヴォルゼア)のせいで。


「んー……右、行ってみるか。何か倉庫とかあるかもしれないし」

「はい」


 俺が左手で示し、シオンが頷く。気弱なようでちゃんと意見は言うシオンが異を唱えなかったので、俺は安心してT字路を右折するのだった。


 ◇


 道なりに進んだ俺達を出迎えたのは、地面を板張りされたやや広い部屋だった。そこに、箱やら樽やらが結構な量積んである。


「ビンゴかな?」

「びんご?」


 備後ではない。というのは置いておいて、ここまで大した発見がなかったためウキウキ気分で略奪を始めようとした俺は、直後期待を裏切られてショボンとなるのだった。


「食い物しかねえじゃねえか、ここ」


 思わず溜め息。

 いや、そりゃ食料は大事さ。けど俺はもっと、こう……金貨、銀貨が入った宝箱とかさあ!そういう陳腐であからさまなのを期待していたわけだよ。なのにこれじゃあさ……


 でもまあ、常識的に考えるとそんなあちこちに分散して現金を置いているはずがない。普通に頭領が自室で管理しているはずだ。そんなことはわかっていて、俺は換金目的の略奪品を略奪しに来たのだ。そうね、例えば軽くて単価の高そうな宝飾品やら、食器やら何やら……


「まあ、せっかく見付けたんだから少しもらってくか」


 俺は臆面もなくそう言って、干し肉をもっしゃもっしゃと食い始めた。しょっぺぇ。でも腹は満たされる。シオンにも食べさせる。はむはむと苦労して噛み千切る姿が何ともたまらん。食ってる時のシオンは幼く見える。


 ついでにドライフルーツも見付けた。食う。甘い。パンも見付けた。食う。固い。シオンに食べさせる。やっぱり美味そうに食う。


「ハッ!何しに来たんだ俺ら!」

「美味しいですセイタさん」


 常識人枠のシオンまでちょっとおかしくなってる。空腹に飯は何とも怖ろしい。一応俺ら隠密行動中なんだぞ。


「片付けろ片付けろ!バレたら厄介だ!あ、袋に入れられるのはもらっとけ!」

「はい、セイタさん!」


 ノリノリでドライフルーツをパクるシオン。やっぱちょっとおかしくなってる。初めてまともにお手伝いしたことが窃盗とギンバイの共犯とか、それは正直どうなんだ。


 まあいいや。犯罪者から何盗んだって罪にはならないのだ。多分。俺がそう決めた。


「しかし、ここも外れか。わからんなぁ」

「ここってもう終わりですか?この先には?」


 入ってきた方の通路と反対側の壁の、隅を指差してシオンが言った。俺は鼻を掻きながら答えた。


「あー、ちょっとだけ続いてるけど……なんか、行き止まりに一人いるっぽいんだよなぁ」

「え……」


 俺の『探知』は、魔力を利用した反響定位(エコーロケーション)みたいなことも可能だ。閉鎖空間をこれでマッピングできるのである。

 ただ弱点もあり、あまり奥まで続き過ぎたり入り組み過ぎているとこの『探知』は届かない。なので洞窟内は実際に歩いて常時脳内地図を更新し続けなければならなかった。

 これに中の盗賊の反応を重ねることで、理論上は完璧な警戒態勢の把握が可能となるのだが……実際は、俺は半径十メートル前後に近付いた盗賊をその都度避けることでここまで進んできたのだった。ぶっちゃけ、色々面倒だったのだ。


 話を戻そう。

 俺の『探知』は、この食料庫の先に行き止まりがあり、そこに誰かがいることを知らせてきている。

 正直、あまり行く気はしない。何かを溜め込むスペースはないし、普通に見付かる可能性が高いからだ。口封じは、まあ可能だが、わざわざ行く必要性を感じない。


 それでも、ここまで来たら行ってみるべきか?


「シオンはどう思うよ?」

「ええっと……一応、見るだけ見ておいてもいいんじゃないですか?」

「どうして?」

「何もないとは限らないし、それに……一人でいるなら、上手くすれば話を聞き出したりできるんじゃ……」


 おおっと、ここで以外にもシオンから中々物騒な提案だ。

 要するに、一人でいる隙を狙って尋問拷問口封じしろということか!いやあ、腹を括ったのかどうか知らないが、成長したものだ。俺も嬉しいやら悲しいやら……


「で、ですからあ、できれば穏便に静かにって……」

「サイレントキルか。シオンも結構……暗殺者の素質ありそうじゃない」

「ですからあ……!」


 ま、からかうのはこの辺にしておこう。言っていることは合理的だ。

 できればサッサと忍び込みシュッシュと盗んで風のように誰にも見られず帰りたかったが、それも難しそうだ。金目の物の保管場所、ないし頭領の金庫の居場所を教えてもらってスパッと行った方がこのままコソコソするより早く済むだろうし、長い目で見ても安全だろう。


 問題は、そもそも盗賊と接触する必要があるということだ。しかしこれは顔を見られなければどうとでもなる。要するに誰にメンツを潰されたかわからなければいいのだ。そうすれば復讐の矛を向けられずに済む。

 それかもう金目の物全部いただいてにっちもさっちもいかなくなったところを、サブリナの衛兵にタレ込んでここを潰してもらえばいい。多分逃げる余裕もないだろう。信じてもらうには盗賊の一人でも引き摺って行けばいいだけのことだ。


「よし、じゃあその方向で行くか」

「は、はい」


 俺は、すっかり存在を忘れかけていた二本のロングソードを肉臭い外套に包み、シオンに持ってもらった。何となれば、通路の奥の奴に飛びかかって一瞬で無力化する必要があるからだ。ほんの少しの死荷重も舐められない。


 が、そんな俺の警戒心も、食料庫から通路へ進むうちにしおしおと霧消していってしまう。


「……なんか、寝てる?みたいだな」

「え?」


 その反応は、どうも座り込んでいるらしい。そして弱々しい。意識が覚醒状態にないためか、それとも単純に弱っているのか……判断がつかないが、脅威度は低そうだ。

 ならば事は簡単だと、俺は曲がり角で屈み、じろりとその奥を覗き込んで……


 ……そこにはめられた鉄格子と、その奥に閉じ込められた赤毛の少女を発見するのだった。

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