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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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二十四話 衣替え

 人気の少ない路地を練り歩くうち、小さな古着屋の看板を見付けた。俺は着替えの調達という目的を思い出し、これ幸いとそこに入ることにする。


「あらいらっしゃい」


 出迎えたのは亜麻色の長い髪を後ろで結わえた、三十代ぐらいに見えるきっぷのよさそうな女性。背は割と高く、百七十センチちょいの俺よりちょっぴり低い程度。見た目も雰囲気も肝っ玉母さんという感じだ。俺はフェミニストなので気分を害する可能性のある「おばさん」でなく「お姉様」と呼ぶことにする。


「すいません、ちょっと俺とこの子の服、見繕ってもらえませんか?」

「ああ、もちろん。ところでどうしたんだい、その子? 足に怪我でもしてるのかい?」

「いやぁ、ちょっと疲れてるだけで……」


 愛想笑いと曖昧な返事をしつつ、俺は店内の椅子にシオンを座らせた。ちょっと気まずそうな目を向けられたが、俺はその肩を軽く叩いて返した。


「ん? その子……」


 と、お姉様がシオンの右腕と服装を見て目を細める。シオンがその視線にぴくりと肩を震わせ、慌てて焼き印を隠した。別にそこまで怯えなくとも、と思ったが。


「それ、ルウィンの服じゃないの? それにその右腕……」

「ああ、ルウィンの里にちょっと世話になってたことがあって……それと焼き印は本物だけどこの子は奴隷っていうか、奴隷じゃないっていうか……」

「へぇ、本当かい?」

「ぇひ? い、いえ、私は別にセイタさんの奴隷でも?」


 じゃあ何故焼き印を隠した。その反応は奴隷らしくないぞと。古着屋のお姉様がからからと笑っていらっしゃった。


「何かよくわかんないけど、いいよ、わかった。腕は隠れた方がいいね」

「あー、そっすね。これから寒いですしね」

「それだけじゃないんだろ?」

「ええ、まあ」


 シオンは奴隷印を気にしていないようで、やっぱり気にしている。俺の前だとそうでもないが、他の人の前だとそうなのだ。

 俺に奴隷扱いされることが嫌だとか、そういうわけではないっぽいが、何とも言葉にし辛い感情を抱いてるらしい。確かに、奴隷にされた記憶がないのだからぱっとしないというか、いい気分ではないのだろうが。


「見えない方が気が楽だろ。な」

「は、はい。あ、でも、そんなに高くないものを……」

「あ、そっか。そうだな」


 そういえば金がないのだ。なるだけ安く済ませねば、宿も取れないし飯も食えない。町に入ったのに野宿とかいよいよ何のためにサブリナに来たのかわからないというものだ。


「お姉様、どうかお安く仕立ててはいただけないでしょうか。何とも心苦しいのですが我々予算が銀貨四枚ほどしかありませんでして……」

「急に変な態度になったね。心配しなくても、そういうことなら一人銀貨一枚以内に済ませてあげるよ」

「えっ、安いっすね」

「古着って言ってもピンキリだからね」


 まるでユニクロか何かだ。いやユニクロより安いか。中国系のパチモン安ブランドか何かだ。

 まあ「古着」屋だからな。雑巾にされそうな服も繕って売り直していたとしてもおかしくない。別にそういうのでも外套で隠しちまえば問題ない。


「そういうわけで、お兄さんはちょっとあっち向いてな。この子今から一度ひん剥いちゃうからね」

「えっ、あの、私達兄妹ってわけでも……」


 お姉様はニヤニヤ笑っていた。冗談だったのか勘違いだったのか割と判断がつき辛い。


 ◇


「でまあ、こういうことになったけど……」


 ベージュのややゆったりめなワンピースに着替えたシオンを見せつつ、お姉様が言った。


「あらら、可愛いじゃない」


 オカマっぽい口調で俺がほうほうと褒めると、露出が少なくなったにも関わらずシオンは頬を染めて俯いた。こういうの駄目か。セクハラに入るか、やっぱ。


 シオンのワンピースは、腰の辺りで紐のようなベルトを巻いて、きゅっと締める形になっている。痩せぎすで腰が細いため、それでシオンのボディラインが強調される形となる。決して豊満ではないが、綺麗なラインだ。ここで既に高得点。

 さらにはスカート部分が膝上十センチ……いや十五センチか? 相当際どい。腿がしっかり見える。マズい。理性がマズい。ぶっちゃけるとここに関しては今までのルウィン装束と大して変わりのない露出度なのだが、何かヤバいのだ。女性の足とワンピースには神秘が隠されている。


「探したんだけど、安いのって言ったらどうしても丈が短くなっちゃうんだよねぇ。スカートを別に工面しようとするともう少しかかっちゃうけど」

「わ、私はこれでも大丈夫です!」

「顔赤いぞシオン」

「大丈夫です!!」


 ムキになられた。まあ本人がいいならいいか。俺も眼福で一向に構わん。


 そして注文通り、袖は長い。自然な状態で親指の付け根まで隠れるくらいの長さだ。まあ、問題はなさそうだからいいだろう。暖かそうだし。


 総じて、やや刺激的な部分もあるが、まあ無難な仕上がりとなった。

 確かに、御世辞にも上等な格好とは言い難い。だがみすぼらしいわけではなく、落ち着いた格好と言える。やや薄幸そうなシオンの雰囲気を際立たせているというのだろうか。いや薄幸さを際立たせちゃあかんのだろうが。可愛いのはいいが。


「じゃあ次はお兄さんだね。ほらこっち来な」

「あっハイ」


 俺の方は三十秒足らずで服を決め、二十秒足らずで着替えて終了。擦り切れてちょっとごわごわなオリーブ色の長袖シャツに、カーキ色の長ズボン。これで俺もれっきとした町民乙だ。

 うん。俺の方は普通に少しみすぼらしい。残念ながらこれが俺のポテンシャルだ。非モテ草食系日本男児に垢抜けない服を補うだけの迸る魅力なんかあるわけない。みんな知ってる。あとTシャツは中に着たままにしといた。


「似合ってます、セイタさん」

「やめるんだ。そこでそう言われるとちょっと悲しくなる」


 お前はこの辺りがお似合いなんだよ低層民、って言われた気分だった。いやシオンにそんなつもりはないのだろうし、普通にお世辞のつもりなんだろう。お世辞はお世辞でちょっと複雑な気分だが。


 ああ。何言われても素直に喜べない捻くれ者のワタシ。子供の頃の純粋さを忘れてしまったのね。布団の中のプロレスをプロレスと思えなくなってしまったのね。歪んで曲がって、そうやって人は大人になっていくのね。


 だが大丈夫! 隠しちまえば全てノーカン! ノーカンだ!! 


「というわけでお姉さん! ついでに外套かマントありませんか!? 全身覆える奴!」

「まああるけど。やっぱり安いのがいいのかい? 本当に簡単な仕立ての奴になるけど」

「大丈夫です!!」


 ヤケクソになって二人分のマントを買った。カーキ色で擦り切れた奴。これで二人仲良くみすぼらしい旅人風味というわけだ。めでたい。いやめでたくねえよ。


 全部しめて銀貨三枚になった。非常に安い。しかし現実(さいふ)は非情にも十六枚になった銅貨をちゃらちゃらと鳴らしていた。なまじっか無一文であるより惨めな気分になるのはどうしてだろうか。これが資本主義の闇なのであろうか。


 貧乏金なしの苦しみに耐え切れなくなった俺は、つい古着屋のお姉様に尋ねていた。


「ところでお姉さん、この町でどこか早急に金が稼げる仕事ってありませんかね? このままじゃ今夜の宿にも困る有り様で」

「ええ? そんなこと言われてもねえ……あんた何ができるんだい?」

「よ、読み書き計算、力仕事、接客……は駄目みたいですね」


 コミュ障を思い出して断念。お姉様が溜め息を吐いた。


「それじゃあ何ともねえ。何でもできるようで何もできないってのはちょっとアレだし」

「ですよねえ……あ、魔法使えます」

「えっ!? そりゃ本当かい!?」


 凄い驚かれた。やっぱり二十そこそこの坊主が魔法を使えるってのは一般的に非凡なことなんだろうか。


「魔法が使えてどうしてそんな金欠で旅なんかしてるのかわからないけど……それなら色々仕事はあると思うよ」

「マジっすか。魔導師って凄いですね」

「そんな他人事みたいにね……まあとにかく、今サブリナには丁度あんたみたいな魔導師も集まってるのさ。みんな、討伐軍に志願するためにね」

「討伐軍?」


 お姉様の口から出た物騒な単語に、俺とシオンは顔を合わせて首を傾げたのだった。


 ◇


 サブリナ。人口一万五千超を内包する、ルーベンシュナウよりかなり大きな、エーレンブラント最北西の町の一つである。

 エーレンブラントから魔王領へと向かうには、基本的にこのサブリナか、あるいは王国北東のラングストンという町を通らねばならない。この二つの町の間には、東西に伸びるオルタル山脈とミナス大森林があるからだ。


 つまるところ、この町はエーレンブラント領内に軍を逗留できる最後の地の一つといえる。それが可能なだけの補給能力があり、また街道も整備されているのは、この辺りではサブリナだけなのだ。


 そして現在、この町では魔王領へ侵攻するための補充兵を応募している。

 勇者達と人類同盟軍によって魔軍の前線は崩壊、当面の危機は去ったものの、いまだに魔族は魔王領に多く存在する。これを早急に打ち倒し、完全なる平和を、五百年の失地を取り戻すため、同盟三国はさらなる兵力を欲していた。

 そして、大陸全土から集める勢いで結集しつつあるこの兵達を「討伐軍」と呼ぶ。


 ◇


「要するに大陸規模の傭兵集団ってわけだ」


 俺はスープの中の硬い肉を噛み千切りながら、古着屋や道中で聞いた話を総合して言った。


「ここの人達、みんなそうなんですか?」


 シオンがもくもくとニンジンを噛みながら周りを──周りの屈強な男達を眺めて尋ねる。やや視線がビクついていた。


 俺達は今、古着屋のお姉様から聞いた安い飯屋にいた。一品銅貨五枚からで足りる本当に安い飯屋だ。味も量もそれなりだったが、フォーレスの飯を知っている俺からすれば満足なものとは言い難い。


 一方でシオンは普通に美味そうに食っていた。タニアさんの料理の味を覚えていないからだろうか。それを哀れむべきか、今美味そうに食えていることを羨むべきだろうか、悩ましい。


 ……というか、この反応は逆説的にイノシシ肉の素焼きが微妙だったことを意味する。いや、仕方ないだろ、調味料なんか持ってねえんだし。


 問題はそういうことじゃない。問題はそう、今ここが、武装した荒くれ寸前のような風体の男達でごった返していることだ。


「全員じゃないだろ……いや、やっぱ全員かもな」

「ちょっと怖いです」

「んな口をもぐもぐさせながら言われてもな」


 シオンの目は怯えつつ、しかしその舌は正直だ。まあ、この一週間同じものを食い続けていたからな。水は魔法で補給できたが、森で狩れたのはあのイノシシのみ。平原に出ると野性動物はめっきり見なくなった。同じ飯に飽きても仕方のないことだろう。


「それで……セイタさん?」

「ん?」

「その、討伐軍っていうのに……入るんですか?」

「……」


 スプーンが止まる。しばし天井を眺め、指でテーブルを叩いて考える。

 討伐軍に志願するということ。それはつまり、兵士──俺の場合は魔導兵──になって魔王領に攻め入り、魔物や魔人と戦うということ……殺すということだ。


「そうだな……」


 殺すということに躊躇いがあるとか、今さらそういうことを言うつもりじゃない。やる時はやるべきだと、そういうこともわかっている。


 しかし、それはあくまで「俺に害があるなら」という前提だ。自分から喜び勇んで殺しに行くということじゃない。繰り返すが俺はサイコパスじゃない。


 それに、俺は魔王だ。

 魔王が魔王領を叩き潰すため、人類側で従軍して攻め入ってくる。そんなの、何のお笑い話だという。人が死ぬのは笑えないが。


「気が進まねえなぁ」


 スプーンをかたんと皿に落としながら、俺は言った。そんな俺を見て、シオンが少しほっとした顔を見せた……ような気がする。


「そう、ですよね。戦争なんて、怖いですよね……」

「怖いね。それに色々面倒臭そうだ」


 長年の窮状で、三国同盟の軍はカツカツ。今討伐軍として集まっているのは、大抵が腕自慢の傭兵という有り様だろう。


 しかし、それでも軍は軍だ。どこのかは知らないが指揮系統に縛られるのは間違いがない。しかもそれでいて、この飯屋の状況を鑑みるに、軍の中身は統制の利いていない荒くれ集団となるだろう。揉め事は避けられないと思われる。


 こいつらは魔王領でとにかく暴れることだけを求められるのだ。とにかく殺して壊して奪って最前線(フロンティア)を押し上げ、魔軍を追い込む戦いの礎となることを期待されている。


 無残なように思えるが、今まで魔王の脅威に晒され続けた同盟三国からすれば、魔王のいない今はこれ以上ない失地回復の好機。多少の無茶と非情は押してでもこれを遂行する意義があるのだろう。


 ……魔王(ヴォルゼア)が死んで平和が訪れたんじゃなかったのか? どうにも血生臭さが絶えないね、このオロスタルムって世界は……


「まあ、関わり合いたくはない話だな。給金だっていつ払われるかどうか……」


 俺達は今、まさにこの時に金が足りない。この時どうにかしないといけないのだ。数ヶ月かかるだろう行軍にえっちらおっちらついていって、砦にすし詰めにされ、そこからあっちこっちへ奔走させられるなんてそんな余裕はない。今この時にすぐ金が入る仕事が欲しいのだ! 


 うん。自分でも都合がいいこと言ってるのはわかってる。そんな美味い話があるわけねえのよ実際。

 あったら詐欺か、あるいは詐欺だ。二十一世紀の日本でそうだったのだから、この世界もそうであるに違いない。人の善性はいつまで経っても証明されないものなのだ。

 古着屋のお姉様とか、例外はあるけどね。あとフォーレスのみんなか。彼らはルウィンだけど。


「そういえば、セイタさん? 聞いてもいいですか?」

「ん? 何だ?」

「サブリナに来たのもそうですけど……セイタさんって、何のために旅をしているんですか?」

「え」


 俺は、何も返せなかった。

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