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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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二十三話 サブリナへ

 サブリナに近付いて、人をちらほら見かけるようになると、こちらを見る奇異の視線に嫌でも気付くようになる。

 確かに、けったいな三人組だろう。一人は異世界の夏スタイル、一人は擦り切れたルウィン装束、一人に至っては人間ですらない。

 視線が痛い。とにかく痛い。正直このままサブリナに辿り着けるのかと思った。


 だが、案外それは俺の自意識過剰だったのか、意外と何事もなく市壁が近付いてくる。


「変だな、一悶着くらいはあるかと思ったんだが」

「ですね……」


 ウルルの上から小声でシオンが返す。あるいは、この大狼に乗る少女という姿が危険度を中和してくれているのだろうか。

 そうこうするうちに、何となく声をかける相手を見付けられないまま、俺達はその建物に近付いていった。


「なんじゃ、これ」


 俺が見たものは、でかい馬小屋のような建物だ。馬なら百頭は入りそうなそれが、実に三棟。その向こうの平原が柵で覆われているところから、やはり馬小屋なのだろうか。


 ……これはもしかしたら使えるかもしれん。

 そう思った俺は、近場のおっさんを捕まえて頼んでみることにした。


「あのー、すいませーん」

「うわっ! なんだこの狼!?」

「ああ、大丈夫。俺のダチ公だから。人とか襲ったりしない。平気平気」


 見るからに怪しげな態度で話しかけ、案の定怪しまれたが、ウルルが背中にシオンを乗せたり、鼻面を撫でる俺の手を舐めているのを見ると、おっさんは徐々に不信感を薄れさせていった。


「ここって、馬を預かったりしてくれる場所?」

「ああ、まあ、それもあるがな。サブリナの市内は馬の入りが制限されているから、商会付きの馬とかじゃない限りは大体ここで預かる。あと、近くの牧場から買い上げた馬を売ったりもしてる」

「へえ」

「それと、馬じゃねえものも扱ってる」

「うん?何それ」


 俺が尋ねると、おっさんは親切なことに三つ目の小屋に案内してくれる。その中の光景を見て、俺はあんぐりと口を開けた。


 その中にいたのは、数十頭からなる緑褐色の鱗を持つ、巨大な蜥蜴であった。


「あんちゃん、大陸蜥蜴(コモドゥス)見るのは初めてか?」

「はぇ? ああ、うん。初めてだ、こんなの」

「はっはっは。間の抜けた顔しやがって」


 笑いながらおっさんが説明する。

 大陸蜥蜴(コモドゥス)というのは、見た通り馬と同等かそれ以上の体躯を誇る巨大な蜥蜴である。性格は基本的に大人しく、馬より馬力があり悪路に強い。足は遅いが、状況を選べば馬より進軍速度を速めてくれる。本来は大陸南部でよく用いられる生物ではあるが、故あってこの土地にやってきているのだという。


「へーえ。こんな奴もいるんだなぁ」


 この世界、と言おうとして中止する。

 魔王の知識はこんな生き物のことは教えてくれなかった。色々とプロテクトがかかっているらしいのもそうだが、俺への記憶委譲の際に大量の欠損が発生しているのだ。


 多分、ヴォルゼアの野郎が死にかけた状態で大魔法を使って多大な負荷がかかったせいだろうが、そのせいで細々した知識はごっそり抜けている。魔法に関しては大部分が保全されているっぽいが。


 大陸蜥蜴(コモドゥス)に話を戻そう。

 名前通りコモドオオトカゲなんかに近いといえばそうだが、比率からすれば頭部は小さめで首が太くやや長く、精悍な顔付きに見える。どちらかというと西洋風ドラゴンのイメージから翼を取り、四肢と首を太く短くして全体的に丸く大人しくした風貌というべきだろうか。最初は驚いたが、見ているうちに愛嬌がある顔に見えてくる。


「ほんと大人しいのな」

「冬が近いからな。おまけに元々住んでたとこより、ここは大分北だ」

「冬眠しちゃうんじゃないのか?」

「尻を叩けば起きる。それに大人しくなってるから扱いやすい。あんま問題はねえな」

「ふうん」


 一頭に近付き、鼻面に触れてみる。寝惚け眼の大陸蜥蜴(コモドゥス)はほとんど何の反応も示さない。競走馬なんかはほとんど胃潰瘍持ちのストレス体質らしいが、魔力で感情を探ってみたところ、こいつらはそういうのとは無縁のようだ。図太いというか、心臓に毛が生えているというか……哺乳類と爬虫類の違いだろうか?


 しかしこれだけ大人しいとなると、俺にとっては好都合だ。


「なあ、おっちゃん。うちのウルルってこの厩舎で預かってもらえないかな?」

「はあ? 何言ってやがる」

「だってさぁ、結構空いてるみたいじゃん。こいつらを馬と分けてるのは気を使わせないためだろ?」


 馬のことも大陸蜥蜴(コモドゥス)のこともよく知らないトーシローの俺だが、それくらいのことは何となくわかる。


 一緒に置くとなると、例えるなら神経質で自尊心の高い少女とマイペースで不思議系の少女を一緒の部屋に置くようなものだ。多分前者が落ち着けないだろう。某国民的セカイ系ロボットアニメのヒロイン二人的な意味で。


「ウルルは狼だから、馬は絶対怖がるだろ。でもここの大陸蜥蜴(コモドゥス)ならあんま気にしないかなって」

「そりゃ、何もしねえならこいつらも気にもしねえだろうが……でもなぁ」

「頼むよぉ。ここまで一緒にやってきた仲間なんだ。野晒しになんかできないんだよ」

「んなこと言っても、狼を厩舎に入れるなんて前例がねえしな……」


 俺は必死の交渉に入り、なんとかウルルの大人しさをわかってもらおうと色々アピールしてみた。ついでにシオンにも色仕掛け──というほどでもないが──で手伝ってもらった。我ながら最低だ。


 が、その間ウルルが何も言わず不動で待機していたことが一番効果があったのか、おっさんは溜め息を吐きつつウルルの顔を覗き込み、言った。


「仕方ねえな……わかった。置いてやってもいい。

「そらほんまか!?」

「ほんま……まあいい。けど、代金は二倍もらうぞ。面倒代込みみたいなもんだ。それと飯は大陸蜥蜴(コモドゥス)と同じもんになる。当然、何かあったら全部責任取ってもらうからな」

「お、おう。口穴でも尻穴でも好きなだけ使え」

「気色悪いこと言うんじゃねぇ」


 おっさん、中々いい身体しててガチムチっぽかったがウホッではなかったらしい。まあそんなのはいいが。

 というか、気が付けばここまでウルルの意見を聞いていなかった。ヤバいヤバい。事後承諾で申し訳ないが一応聞いてみる。


「ということだけど、よかったか? 嫌なら別の方法考える」

『構わない。ここの連中は静かでいい。臭いはまだ慣れないが、そこまで気になるものでもない』

「そうか、助かるよ……というわけだ。了承を取った」

「あんちゃん、そいつと話せんのか?」

「ああ。そりゃもう以心伝心さ」


 精神的に繋がっているのだから、まさに誇張なくその通りだ。しかしおっちゃんは不思議なものを見る目で俺を見ていた。やはり信じてはもらえんか。

 というか、極天狼(グラオヴォルフェ)っていう名前は知られてないんだな。ルウィンにだけ通じるものだったのか?


「まあいいや」

「ん? 何がだ?」

「いや、こっちの話だ。それで、代金はいくらになる?」

「ああ、二日で金貨一枚だ」


 ……

 ……ん? 今何て言った? 


「二日で……銀貨一枚?」

「おい、急に耳がイカれたか? 金貨だ金貨」

「ファッ!? おい、そんなかかるのか!?」

「当たり前だ! 馬も大陸蜥蜴(コモドゥス)も人間なんて屁でもねえほど食うし、管理にも色々手間かかってんだ。それに二倍もらうって言っただろ」


 しかしそれにしたって金貨一枚とは……それで二日とは……

 意味があるかわからない日本円換算にして、一泊五千円である。この世界の文明水準を考えると実にいい身分だ。多分人間の宿よりよっぽど金がかかってるはず。


 こんなんで成り立つのか? 馬を預けている奴らは大丈夫なのか? 納得できなくて、あるいはしたくてそれを聞いてみる。


「今サブリナで馬を預けてるのは、軍がほとんどだからなぁ。国のお達しで、軍の馬は割引になってんだ。その分助成金が出てるんだが」


 一般人が被害を被れってか!! シット!!  

 しかし文句を言ったところでどうしようもない。ウルルにここにいてもらわねば、俺達はまた放浪の民にならざるを得ない。そんなことしたら何のためにここまで歩いてきたのやら。

 そもそも代金を払えないわけではないのだ。だからこそ事態と心情が複雑にもなっているのだが……


 俺は諦め気味に、金貨一枚と銀貨十枚を財布から出しつつ、言った。


「き、金貨一枚で三日とかには……ならないか?」


 無理でした。

 でもあんまりに俺が哀れで惨めったらしい顔だったからか、金貨二枚分で五日にしてもらった。ありがとう。おっさんありがとう。


 これで残金は銀貨五枚分プラス銅貨八枚分である。本当に吹けば飛ぶ。


 ◇


 昼過ぎである。

 ウルルと一時別れた俺は、まだ足腰立たないシオンを背負いつつサブリナの門へと向かった。

 なお、残ったイノシシ肉は全部ウルルへ渡してしまい、外套は預かって俺が纏うことにした。俺のTシャツやらサンダルをできるだけ隠したかったからだ。少し肉臭かったが、まあ仕方がない。あとで洗うことにする。


「止まれ。検分させてもらう」


 門で衛兵に止められ、まずサブリナに来た目的を問われる。ルーベンシュナウに入った時と同様「職探し」と答えた。嘘ではない。金がなければまた流浪の民をやらねばならんのだから。


 次いで、奴隷印のチェックがあった。そこで俺は「あっ」と声を上げてしまう。


「何だ?」

「い、いや、何でも……」


 言いつつ、右手を差し出して衛兵に見せる。当然そこには何もない。衛兵は「よし」と言って次にシオンを見る。


「そっちの娘もだ。見せろ」

「え、えっと……」


 俺の背から下ろして立たせたシオンが、どうすべきか問うような目を俺に向ける。

 どうしようもなかろう。ここは正直に見せるしかない。俺は頷いた。

 シオンが右腕を差し出す。そこに刻まれた焼き印を見て、衛兵達が目を細める。


「この娘……お前の奴隷か?」

「……ああ、そうだ」


 シオンの不安げな視線を受けつつ、俺は答えた。

 ここはこう答え、これ以上追及されないよう祈るしかない。もしかしたら、あのレギス商会がシオンの人相を手配していたりするかもしれないが……その時はその時だ。


 と、覚悟を決めていた俺に衛兵が言う。


「奴隷を主人が背負うのか。奇特なことだな」


 怪しまれたのは、俺が思っているのとはまるで別の方向でのことだった。思わず気が抜けて、へらっと男に笑い返す。


「大事な娘なんでね。奴隷とか関係ないんだよ」

「そうか。まあ、こちらには関係のないことだ」


 興味を失ったかのように衛兵が言った。その無関心は実際ありがたい。


「入市税は銅貨六枚。奴隷も同様だ」

「あれ、五枚じゃないのか」

「何故だ?」

「前に行った町が五枚だったから」

「そうか。サブリナはそれなりに規模もあって、人の出入りも多いからな。取れるだけ取ろうってことなんだろう」


 衛兵がそんな風なことを他人行儀に語る。まあ、払った金が彼らにそのまま渡るわけじゃないからな。

 しかし銅貨一枚か。冷静に考えれば二割増しである。しかも今度は二人。出費がかさむ。さっさと金を工面しないと。

 悲しみと焦燥を抱きつつ、俺は衛兵に銅貨を十二枚渡す。残りは銀貨三枚、銅貨十六枚。四千六百円だ。これ、宿に泊まれる額なのだろうか? 


「確かに受け取った。ようこそサブリナへ、仕事見付かるといいがな」


 気のない励ましを受けながら、俺はサブリナの分厚く大きな東門をくぐったのだった。


 ◇


「これがサブリナの町か」


 門を潜り、人の行き交う大通りの東端に出た俺は、町並みと市壁を交互に見つつ言った。

 実際、見た感じではルーベンシュナウと大した違いはない。双方ともにエーレンブラントの、それなりに規模がある町だからだろうか。

 建物の高さは二階が精々、あっても三階程度に赤い瓦屋根が乗っている。そこまで背が高い建物がないので空は広く感じた。石畳は見える範囲では綺麗に整っていて、落ち着いた街並みだ。


 そして町の人達はどうかというと、中々どうして数が多い。

 ルーベンシュナウの魔王討伐記念祭のような喧噪は既に過ぎ去ってしまったかのようだが、それでもナチュラルに人が多い。人口の違いのせいだろうか。あるいは人の出入りが多いと言っていたから、交通か商業の要衝なのかもしれない。地理的には王国の外れにあるわけだが。


 ……いや、冷静に見てみると。

 何やら、皮鎧や鉄製の胸当て、それから剣を刷いた人間が割かし多いように思える。

 王国兵や衛兵……というわけでは、多分なさそうだ。あまりにも装備にバラつきが多い。顔付きも国に忠を捧げるといった感じとは少し違う。どちらかというと傭兵に近いものを感じた。


 少々けったいなことだ。精々面倒事には巻き込まれないようにしないと。


「あ、あの、セイタさん」

「ん? どうした」


 シオンが小声で背中から話しかけてくるので、首と目をそちらに向けた。


「そ、その……下ろしてください。自分で歩けます……」

「いや、まだ無理だろ。俺なら大丈夫だから」

「いえ、でも……な、なんか見られてて……恥ずかしいです……」


 言われて、周囲を見てみる。確かにちらほらこちらを見る視線があるような気がした。

 俺達が延々門の前で立ち尽くしているからというのもあるが、やっぱり肌寒そうな女の子を背負っている怪しげな黒ローブの野郎という姿が奇特に映るからだろう。さっさと立ち去った方がよさそうだ。目を引いていいことは多分俺にはない。


「そうだな、行くか」


 結局シオンは下ろさず、そのせいで頭の後ろに恥じらいの唸り声をかけられながら、俺はそれとなく大通りを外れ路地に入っていくのだった。

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