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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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二十一話 残酷

 既に死体と成り果てた二人を含め、賊ども五人を引き摺って集める。

 そのうち腕を落とした奴が、明らかに出血多量で助からなそうだったので首を切り落として介錯する。

 残りは二人。顔面を殴って馬から落とした奴とウルルが無力化した奴だ。


「シオンは下がってろ。見るなよ」


 そう言い付け、念のためにウルルに遠退かせる。それから息も絶え絶え、ついでに青褪めた顔をした賊どもに向き直った。


「今どんな気分だ?」

「……た、助けて……助けてくれ……」

「どんな気分っつってんのに助けてっておかしいだろお前よ」


 ガン、と『氷刀』を賊の目の前に突き立てる。震えた悲鳴を上げてそいつが小便を漏らした。汚いが無視する。


「まあいいや。とりあえずお前ら、金目のもの全部出せや」


 そう命令。言動が完全に追い剥ぎのそれである。今やこいつらと俺の立場は丸っきり入れ替わっていた。


 賊の全財産をかき集め、薄汚れた財布に突っ込む。あまり多くはなかったが、とりあえず先立つものができた安心感は大きい。

 恐喝で手に入れた金というのは少し気になるが、まあ、それも弱肉強食というこの世界の真理というわけだ。先に仕掛けてきたこいつらが悪い。


「ゆ、ゆるひてくれ……たろむ……おえ達が悪かった……」


 そう言う、顔面の潰れた賊。前歯が粗方折れ飛んで呂律が怪しかったが、俺の『超化』したパンチを食らってそれで済んでいるだけまだ幸運と言えよう。


 しかし当然、カツアゲで済ませてやる気はない。

 既に決めたことだ。容赦はしない。憂いは全て断つ。

 あの魔導師どもを殺した時、「キレイでいよう」なんてことはもう諦めた。そんなことでは、この世界では生きていけないのだ。


 先に手を出したのはこいつらだ。正当防衛という大義名分は得た。

 もう少し役に立ってもらって、それからすっぱり死んでもらう。


「お前らだけか? 他に仲間がいるのか? 隠れ家はどこだ? 近くに町はあるか? さっさと吐け。でないと殺す」


 言えば殺さないとは言ってないのがミソだ。


 ◇


 五人分の死体を集め、『土整』で作った穴に放り込む。それから『火炎』でもってそれらを焼き捨て、嫌な臭いを耐えながら黒焦げになったところで埋めてしまった。


 連中の荷物は、結局ほとんど一緒に焼き捨てた。いただけるものはいただく腹積もりだったが、荷物が増えても正直困ることの方が多い。ウルルに運搬役をしてもらおうにも括りつけるものがないのだ。

 持って行けるにしても精々、短剣と長剣くらいだろう。あと皮鎧は臭かった。


 だが、収穫は別にあった。情報だ。

 奴らの隠れ家、仲間、経済状況。それらを知ることができた。『読心』の必要もなかった。せっかく聞き出したのだから精々有効に使わせてもらうとしよう。主に襲撃的な意味で。


 ……いやまあ、いくら悪人だろうと、俺だってそうわざわざ自分から赴いて殺人をする気はない。そこまでサイコパスではない。

 ただそいつらの被害に遭ったり、その行方を追っている者もいるだろう。そういう時に役に立てるかもしれない。


 ついでに、近場の町の居場所もわかった。やはりこの街道を進んでいたのは正しかったようだ。このまま西に四半日ほど行けばサブリナという町があるらしい。

 今までアテもなく歩いてる感がして不安だったのだが、それを聞くと自然と安心するものだ。丁度食料も尽きてきたし。


 まあ、それはいいのだ。とにかく片は付いた。シオン達と合流する。


「あ、セイタさん……」


 案の定というべきか、怯えた目を向けられた。それから慌てて視線を逸らされる。どうにも声のかけようがない。「怖がるな」と言ってどうにかなる状況だろうか。


 ならないだろうな。だったら、話を逸らす。


「怪我はないか?」

「あ、はい……セイタさんは?」

「無傷」


 胸を叩いて端的に答え、それからウルルの首辺りを撫でてやった。


『嫌な臭いがしたぞ』

「悪いね」


 充分離したはずだったが、それでもウルルの鼻は誤魔化せなかったか。イノシシやシカを焼くのはともかく、人の焼ける臭いはウルルにとってもあまり気分のいいものではなさそうだった。


「少しここから離れるぞ。二人とも準備してくれ」


 殺し合いをしたばかりのこの場にいるのも気分はよくないだろう。俺は二人にそう告げると、荷物を掴んで街道に出た。


 ◇


 また西に数キロ進んだ辺りで、改めて野営の準備を始めた。

 といってもやることは少ない。飯は食い終わったし、精々『結界』を張り直すくらいだ。


 再び静寂が訪れた。あの喧噪から一時間も経っていない。何もなかったかのように俺達は眠り始める。


 ……というわけにもいかなかった。

 何となく起きたまま街道に目を配っていると、背中に視線を感じた。振り返らず問う。


「シオン、まだ起きてんのか」

「っ!」


 息を飲む音だけが聞こえた。モロバレだ。魔力を周囲に滞留させているとプチ『探知』のように働き、近辺の状況を見るでも聞くでもなく把握できるのである。


「寝られないか」

「……はい……」

「何か話したいことでも?」

「え、いや、その……セイタさんって、つ、強いんですね。驚いちゃいました。あんな強そうな人達を、その……」


 きごちない声。途切れがちの言葉。

 無理して言っている感じがアリアリだ。ビクビク怯えてる時の方がまだ自分の考えをちゃんと口に出せている気がした。

 声を聞くだに痛々しい。だから……


「俺が怖いか?」

「っ……」


 面倒なので、先に図星をついてやる。もう深夜だ。話は短く済ませたい。


「俺は間違ったことをやったと思うか?」

「それ、は……」

「本当のことを言え。言ってくれ。どうだ?」

「……わからない、です……何ていうか、本当に……」


 判断がつかないか。そりゃそうだろう。シオンが自我をもって会話できるようになってからまだ一週間と経っていない。仮に一般常識があるとして、殺人に対する確固たる考えがもうあるとは思えない。

 いや、もし記憶があったとしても、普通の女の子がそんな話題に是とか非とか言えるだろうか。


 言えないだろう。何か言えたとして、俺がそれに従う義理はない。

 賊どもを殺したのは俺の意志だ。俺が決めてやったことだ。そのことについてシオンに噛ませる気はないし、噛ませるべきではない。


「言っておくけど、これからも多分こういうことは起きる」


 物騒な世の中だからな。まともな警察機構もない。捜査機関もない。司法制度もない。

 殺人や強姦の被害者になったら不用心なんだと言われてしまう。そういう世界だ。個々人の力でどうにかしないといけないのだ。


「そうなったら、俺はまた同じようにする」


 でなきゃいけない。そうミナスで知った。思い知らされた。

 殺されそうになったら、殺さなくてはならない。一度殺し合いになったらどちらかが死ぬまで終わらない。死なずに終わればわだかまりが残る。恨みが募る。そうしてもっと残酷なことが起こる。


 そうならないために、ひと時に終わらせてしまわなければならない。何一つ残してはならない。恨みも、証拠も、死体も。


 これは俺の考え方だ。シオンにわかってもらうとかわからせたりするとかそんなつもりはない。

 ただ、言っておかねばならない、とは思った。

 こうしなければ、俺には守れるものも守れない。そのことを知ってもらう必要がある。

 それをどう判断するかは、シオン次第だ。


「俺が怖いか」


 再度問い、今度は振り返って見る。何も羽織るものがないから仕方がないが、寒そうな格好のシオンがそこに佇んでいた。


「……少し、怖かったです。でも、必要なことだったとは思います」

「無理しなくていいぞ」

「無理じゃ……ないです。それに、あの人達も怖かったです。それよりは、セイタさんの方が……」


 比較してマシって言われるのは、喜んでいいのか悲しんでいいのか。

 何にせよ、彼女はそう言うしかないのだろう。俺のことを「嫌」と言って放り出されでもしたら、生きていけないのだから。

 まあ、俺には放り出す気なんてないがな。


「シオン」


 彼女の前に座る。目に見えて怯えられなかったのは僥倖か。

 茶色い瞳をまっすぐに覗き込む。怖れがなくなったのは時間が経って落ち着いたからかもしれない。


「俺はシオンに借りがある。けどどうやって返したらいいかわからない」

「借り……ですか?」

「俺を庇ってくれただろ」


 そして、死んだ。

 生き返った、今生きている、だからチャラだ、とは言えない。

 俺はシオンに負い目がある。責任を取る義務がある。


 どうやって? 

 どうやってでもだ。


「だから今度は俺の番だ」


 俺は、持っていた短剣をシオンに差し出す。賊どもからパクッたものだ。

 鞘に入ったままの短剣を、疑問の目で見るシオン。俺は続けて言った。


「今日みたいなことがあっても、俺が守る。けど、それでも何かあったら、こいつで自分を守れ」

「え、と……はい」


 困惑したまま、短剣を受け取るシオン。小振りとはいえ武器を持たされたことに少し怖がっているのか、刃を出して見たりはしなかった。まあ、どうせ錆び付いた刃だから、見られてガッカリされたりしなくていいのだが。


「悪いな。今はそんなもんで精一杯だ」

「いえ、その……ありがとうございます」


 礼なんて。どうせかっぱらったものだ。


 少し話をしたら、シオンも怖れより眠気が強くなってきたようだ。連日の疲れもあるだろう。そろそろまともなベッドで寝かせたいと思うところだ。


 ……少し過保護が過ぎるだろうか? 

 けど、年頃の女の子の扱いなんて俺にはよくわからない。少しくらい気を回し過ぎるくらいで丁度いいだろう。彼女は女の子。俺みたいな神経がアホな野郎とは違うのだ。


 それでも、こればっかりは慣れてもらうしかない。それでもっていくらかでも強くなってもらえれば幸いだ。

 いつか俺と離れることになっても、自分の身が守れるように。


 ◇


 いつの間にか眠ってしまったのだろう。気が付いたら朝だった。

 胡坐で座り込み、猫背で寝てしまったので身体の節々が痛い。立ち上がると足まで痺れてふらふらする。魔力を流し込んで活性化すればすぐに治るだろうが。


「おはようございます」

「おふぁよ」


 欠伸しながら、既に起きていたシオンに挨拶。薄い笑みが可愛らしいというより美しい。


 何故だろうか。いつもはビクビクした様子が歳相応なシオンなのだが、ふとした時に見せる表情が見た目より大人びて見える。気を抜くとすぐ食べてしまいたくなるほど魅力的だ。食べないけど。


 食うのは朝飯だ。俺は早速保存していたイノシシ肉を外套風呂敷から出し始めた。


 そうして腹を満たしたところで『結界』を解除。

 すると、冷たい朝靄が一気に吹き込んできて肌を痺れさせた。

 遮る木々がないからだろうか、この肌寒さはいささか新鮮だった。


「はぅっ……」


 ほとんど袖なしのシオンが自分を抱くように震える。かくいう俺も依然として夏スタイルなので寒いったらありゃしない。さっさとどこかで外套を手に入れる必要がある。それには町か村か宿場を見付けないと。


 なら『転移』を使えば、とも思うが、冷静に考えるとそれは無理なのだ。


 というのも、『転移』はやはりと言うべきか、本来は「既に行ったことのある場所」へ使うための魔法なのである。

 俺がこの世界に来た当初にやったような、目暗滅法南に向かうなんて使い方は普通しないし、やるべきではない。繰り返しになるがどこに飛ぶかわからないからだ。


 今『転移』を使えば、それと同じことになる。そしてそもそも、アテもないのに『転移』したところであまり意味がないとも言える。これでさらにウルルとシオンを連れて飛ぶのは無謀というものだろう。


 なので、今日も今日とて徒歩するしかない。俺にできるのはちょくちょく『探知』で人の気配を探ることだろうか。もっとも、効果範囲の一キロ程度は、平原では見渡せる範囲内なので意味がない気もするが。

 まあ、どのみち四半日も歩けば町に着くのだ。焦る必要はない。


「そのうち気温も上がってくるだろ。出発するぞ」


 昨夜の襲撃のせいで荷物は多少増えたが、それでも財布と長剣二本、それからシオンの短剣のみだ。準備が問題になる量ではない。

 と、俺が長剣を二本紐で肩にかけたところで、シオンが声をかけてきた。


「あ、あの。セイタさん」

「何だ?」

「いいですか? その……お願いしたいことがあるんです」


 目の前に飛び込んできたのは、頭一つ分近く背の低い少女の上目遣い。

 破壊力は抜群だ。頼まれたら何でも買ってあげてしまいそうなほど心をぐらつかせる光景だった。


 ただ当然、シオンがそんなおねだりをするわけはない。いや、ある意味では「おねだり」だったかもしれないが……それは、俺の予想を外れた頼み事だった。


「昨日のこと、セイタさんに言われたこと、私なりに考えたんです。それで思ったんです。守ってもらっておいて、セイタさんのこと怖がるなんてって……」

「それは、仕方のないことだろ。慣れてないんだから」

「いえ。駄目です。ついていくって決めたのは私なんです。セイタさんに頼っているんです。だから私がそんな風にウジウジしちゃいけないんです」


 妙に言葉に勢いがある。だがちょっと危うい気がする。俺の保護下にあるから俺を全肯定しなくちゃいけない、ということだろうか? それはそれでちょっと怖い考え方だと思った。

 しかし、シオンの「お願い」は、そんな俺の勘繰りとはまるで別の方向を向いたものだった。


「その……セイタさんは、私を守るためにあの人達を殺したんですよね」

「いや、それだけじゃないけど……」

「でも、それもあるということですよね? それで私は助かりました。私がセイタさんにさせたようなものです。その……人殺しを」

「シオンの責任じゃない。俺が自分でやったことだ」

「それでもです。私が色々な意味でセイタさんの負担になっているのは自覚しています。ずっとそうでした」

「それほどでもないけどな」


 女の子一人くらいどうということはない。それは事実だった。しかしシオンは首を振り、そしてとうとう言う。


「私、セイタさんの負担になりたくないんです。だから……」

「だから?」

「私に、魔法を教えてくれませんか?」

「へ」


 俺はぽかんと口を開けつつ、間抜けな声を上げた。

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