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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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二十話 殺すこと

 俺は赤く染まる空の下で頭を抱えていた。

 あまりに見通しが甘かったのだ。


「まさか村一つ見えないとは……」


 はっきり言って、この文明水準における人口分布、都市間の距離というものを舐め過ぎていた。


 中世の人口密度なんて、はっきり言ってガバガバだ。人口六十億を超えた地球と比べてはいけない。いくらでも平原があり、いくらでも未開拓の土地がある。数日歩いて隣の村に着くなんて普通のことなのだ。


 頭では理解しているつもりだった。しかしやはり甘かった。どこか「まあゆうても村なんてすぐやろ」なんて思っていたのだ。空が赤に染まるまで。


 街道は見付け、北西に着実に向かってはいたのだが……地平線にはまだ、なだらかな丘の連なりしか見えなかった。


「今日はここで野宿ですね」

『空が広がっていると落ち着かないな』


 二人は俺よりよっぽど適応性が高かった。ウルルはべたりと地べたに伏せり、シオンはそんなウルルに寄りかかりながら彼の頭を撫でている。実に寛いでいらっしゃる。


 まあ、俺の魔法があれば野宿であって野宿でないようなものなので、弛緩した雰囲気なのは仕方のないことか。


 街道から逸れて『結界』を張る。それからイノシシを下ろし、切り分けて焼き、シオンとウルル三人でもさもさ食った。いつもの野宿と同じ光景だ。


 それから取り留めもないことを話し、星空を見上げながらそろそろ寝ようかと思っていた時だった。

 ウルルが、鼻をぴくりと揺らした。


「何だ?」

『……ヒトの臭いだ。五人以上近付いてきてる』


 言われて『探知』を使ってみると、丁度索敵半径に入り込んだ反応が複数あった。まっすぐこちらに向かって来ている。


「友好的かな?」

『さあな。多分違うと思うが』


 そう思ったからこそウルルは報告してきたのだろう。

 そもそも、存在だけならとっくのとうに知り得ているはずなのだ。ここは森の中でなく、何も遮るもののない平原であり、ウルルならその臭いをずっと遠くからでも嗅ぎ付けられるだろうから。


 反応は馬にでも乗って走ってるような速度で近付いて来ている。あまりいい予感はしない。普通、こんな夜に馬を走らせる人間はいないだろう。


『どうする』

「逃げるのも手遅れだろ」


 ここで待って対応を考える。

 何もなければそれでよし、黙って見送る。

 何かあれば、その時はその時だ。


「だ、大丈夫でしょうか……」


 シオンだけが不安げだった。そういえば、彼女は俺の実力をよくは知っていなかったか。見せたのはフルチンでイノシシを殺すとこくらいだ。


 ここでビシッとキメて、安心させておく必要があるだろう。

 別に女の子の前でカッコつけたいわけじゃない。


 ◇


「ハァッ!」


 勢い込んで馬に鞭打ち、走ってくる一団を視界に収める。

 案の定というべきか、呆れるほど人相が悪い奴らだった。


 髭に、汚れた顔に、破損した皮鎧、錆び付いた武具類。どこからどう見ても盗賊でございって奴らだ。セーレを助けた時にブチのめした連中の方がまだ品があるように見える。


「こいつはあかんわ」


 諦め気味に俺は言うと、ウルルに合図してシオンを背に隠してもらう。何かあったら一番危険なのは間違いなくシオンだからだ。


 やがて盗賊達は俺達を認めると、散開し周囲をぐるぐると回りながら掠れた笑い声を上げた。


「オウ坊主、こんなとこで何してんだぁ?」

「不用心じゃねぇのかぁ? お供も付けずに女と二人旅なんてよぉ!」

「おわっ、何だこの狼!? デケぇ!」


 嘲笑うような声の中に、ウルルに対する警戒と恐怖が混ざる。だがウルルが大人しく座ったままなのを認めると、賊達はそんなのをすっぱり忘れて、まとめて侮り始めるのだった。


 正直面倒なので、さっさと話を進めることにする。


「何の用だよ。金ならないぞ」


 マジだ。何一つ財産と呼べるものは持っていない。

 唯一金になりそうなものといえば、魔導具である『針儀』だろうか。

 ただこれはシオンの居場所を知らせるだけの効果しか持っていないし、今は何故かそれすらオフライン状態だ。こんなものでもいいなら、と買ってくれるところがあれば、そこで売り飛ばす構えである。


 つまるところ、賊どもに渡すものはないということだが。


「おいおい、そうビビってんなよ。俺達は心配してやってんだぜ?」

「そうだよ。こんな所で野宿なんて危ねえぞ? 俺達ん所に来いよ、寝床くらいなら用意してやるからよぉ。代わりにちょっと金貸してくれや!」


 ふざけた口調でそう言う。ここでホイホイついていけばもれなく男はミンチにされて鍋の中、女はさんざ犯された挙句娼館堕ちといったところか。いやさすがに食人が罷り通るほどこの世界も切羽詰まってはなさそうだが。


 しかし、シオンが死ぬより酷い目に遭うのは間違いないだろう。賊どもの目は既に、金の臭いのしない俺からシオンに完全に移りつつあった。


 薄幸そうだが見目麗しいシオンは、男の下劣な嗜虐嗜好を酷く奮い立たせる雰囲気をしている。

 こういう手合いはそんな娘を壊すのが大好きなのだ。


 知らないが、わかる。そういう目をしている。世界の弱い部分しか見られなくなった、濁った目だ。反吐が出る。

 ウルルは目を瞑っている。こいつらを見たくもないらしい。


 俺もだ。さっさと終わらせよう。


「放っとけ。どっか行け。こっちは眠いんだよ」


 わざと挑発的に、そう言ってのける。しっしと手を払う動作もオマケに付けてやる。

 ピクリ、と賊どもの瞼が震えた。目論見は成功だ。


「……てめえ、今の状況がわかってんのか?」

「どうでもいい。さっさと消えちくり。三度目はねえぞ」

「この野郎……殺すぞ?」

「消・え・ろ、っつってんの。三度目だぞ、ハゲ」


 殺すも何も、最初からそのつもりだろうに。一々言わないとわからないほど頭が悪いように見られてるのだろうか。


 俺の最後通告の挑発に、一騎が剣を抜いて突っ込んでくる。横様に剣を振るって首を落とすコースだ。映画とかでしか見たことない技だが、ただの盗賊風情でもできるものなのだろうか。


「セイタさん!」

「シオン、ちょっと目瞑ってろ」


 心配ないところを見せるべきかもしれないが、これから起こることを考えると、そう言っておいた方がいいと思った。まあ、ウルルが上手く隠してくれることを願おう。


 ちょっとばかし、R指定でスプラッターなことになるかもしれないからな。


「おぅるぁぁぁぁ!!」


 雄叫びを上げて剣を振り回す族。例の如く『超化』で全てがゆっくりに見えた。何も怖がる要素がなかった。


 俺は瞬時に『氷刀』を作り、迫る賊の腕めがけてそれを振るった。


「ぎゃあぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」


 俺の後方に走り去った馬から、右腕の肘から先を飛ばした賊が盛大に転げ落ちた。突然のことに他の連中が呆気に取られる。


 まず一人。


「ヴィンス!? おい!!」

「な……何をしやがった!?」

「こいつ、クソ! 魔導師だったのかよ!」


 色めき立つ賊ども。逃げるかこのまま殺り合うかの葛藤が見て取れた。

 だが、その決定権はこいつらにはない。俺がさせない。


 地面を蹴って跳ぶ。それと同時に、『氷矢』を一人に向け飛ばす。


「うぎっ!?」


 鎖骨辺りに『氷矢』が刺さり、呻く賊を横目に、別の男へと跳びかかる。俺が見えていないのだろう。まだ表情は困惑に固まったまま。


 その首を、すれ違いざま『氷刀』で斬り飛ばす。


「ひっ……」


 悲鳴。男のものではない。シオンか。見てしまったか。

 あまり長いことこんなのを見せるわけにはいかない。すぐ終わらせる。


 俺を向き、矢を番えたのが一人。馬を翻らせて逃げようとしたのが一人。

 弓持ちを先に片付けることにした。背中を向けた奴はいつでも殺せる。


「し、死ねっ──!」


 賊の手元から放たれる矢。全然遅い。銃弾に匹敵する速度の俺の『氷矢』と比べるべくもない。

 避けながら矢の横を拳で捉え、弾く。半ばからへし折れ宙を舞う矢の破片。無意識に放っていた『凍結』がそれを凍らせた。


「なっ」


 跳ぶ。馬に乗った弓持ちの眼前に。その顔を殴りつけて馬から引き摺り下ろす。潰れたカエルのような声を上げて、賊が転がった。


 残りは一人……いや二人か。

 まず逃げた奴からだ。距離およそ三十メートル。余裕で射程内だ。


 まず左手で『氷矢』を発動。続けてそれを賊に発射する。

 だが当たらない。あまりに発動が速過ぎる。魔法構成も狙撃も何もかも雑過ぎた。速度だって最高速の半分も出ていやしない。


 だが、今回はそれでいい。

 放った『氷矢』が賊を逸れて通り越す。それでよかった。


 そこで俺は、もう一つ魔法を行使する──『転移』だ。


 瞬間、俺の身体を白い光と浮遊感が包み──直後、俺の視界に弾ける氷の結晶と「こちらに馬で駆けてくる」賊の男が現われた。

 一瞬にして、男の前方へ俺が現われた形となる。


「何ぃ!?」


 驚愕する馬上の賊目掛け、俺は跳びかかる。

 そしてその胸に『氷刀』を突き刺しながら、勢いのままそいつを地面に引き摺り下ろし、転がった。


「が……ふっ、ヒュ……何、じだ……」


 俺は立ち上がると、その息も絶え絶えな問いには答えず、賊の額目掛け振り被った『氷刀』を突き刺した。一瞬にして脳幹を突き刺した氷の刃は苦しむ間も与えなかっただろう。


 そのまま、凶器である『氷刀』を解除し、水に戻す。ビシャビシャと死体を打つ水音を振り返りながら、俺は元いた野営場所へ歩を進めた。


 ──俺が如何にして賊の前に回り込んだか。これのタネは簡単だ。

 使ったのは『氷矢』に『転移』、それと、その二つを繋ぐ『楔』だ。

 既に、『氷矢』自体に『凍結』を添加し、それによって着弾地点を凍らせることができるのはわかっていた。俺はそれを使ったこともあるし、使われたこともあるのだ。


 それを応用し、今回俺は『凍結』ではなく『楔』を『氷矢』に組み込んだ。これにより、『氷矢』は高速で飛ぶ『転移』の目印となったのだ。

 この『氷矢』目掛け『転移』することで、本来なら短距離設定の『転移』にすらついて回る「『転移』の演算時間のラグとロス」という問題を解消した。発動はほぼ一瞬、結果も良好だった。


 正直、欠陥もないわけではなく、手間がかかり過ぎる運用法でもあると思うが……既に回避された攻撃を利用し背後から奇襲をかけるなど、上手くすればコンマ数秒の削り合いとなる実戦での使用も考えられるのではなかろうか。煮詰める必要は無論あろうが。


 なおこれは、偶然見かけた何かのアニメの技が発想のタネだ。何のアニメかは失念しているが……親の顔を思い出すより先に思い出せるだろうか。


 と、俺がそこそこ満足顔でウルルとシオンの元に戻ると……


「あらら」

「セ……セイタさん……」


 俺が鎖骨付近を『氷矢』で撃ち抜いた賊が、ウルルに頭を踏みつけられ喚いていた。容赦ないほど体重が乗っている。頭蓋骨が砕け鼻の穴から脳味噌が噴き出すのもすぐだろう。

 ついでに、騎乗していた馬は当然いなくなっていた。


『この娘を狙おうとしたから勝手にやったぞ』

「ああ、うん。助かったよ」


 俺はウルルの鼻面を撫でながら、怯えた目を向けてくるシオンをちらりと見た。

 ……やはり、少し刺激が強いか。だがこれは仕方のないことだ。


 少々気まずくなっていると、ウルルから問われる。


『殺すか』

「え? ああ、そうだな……いや、ちょっと待った」


 ミシリと頭が軋む音を立てる。その音に恐怖し叫ぶ男を見下ろしながら、俺はウルルを止めた。


「こいつはちょっと使い道を考える。潰すのは手足だけにしてやれ」


 残酷なことを言っている自覚はあったが、心は痛まなかった。

キリよくするためにイノシシ狩りと盗賊狩りを分けました。

元々一話だったので二回目の投稿です。

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