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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.2 Outing
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十九話 極限の戦い

お待たせしました。

「さて、出発する前に……」


 俺は立ち上がり、首を回しながら、自分とシオンの格好を眺めた。


「……ちょっと、服洗った方がいいな。特に俺」

「そう、ですね」

「ちょっと、近くの川まで付き合ってくれるか。ウルル?」


 顔を上げ、小さく唸りながらウルルが答えた。


『何だ』

「川の位置、わかるか?この辺にあればいいんだけど」

『待て……あっちだ』


 鼻をすん、と鳴らし、ウルルは北を向いた。

 どうでもいいが、すっかり『思念話』が板についてきたな。これだけ近いからっていうのもありそうだが。


「じゃあ、ちょっくら行ってみるか」


 俺達の荷物は皆無に等しい。焚き火の始末をするだけでもう準備完了だ。

 シオンはウルルに乗ってもらい、俺は歩きで北へと向かった。


 朝靄の中を歩くのは肌寒くはあったが、やはり『結界』で温度を維持して事なきを得る。ただそれとは別に、森を出るならやはり、何か外套とか着替えとか必要だろうな、とは思う。何せひと月半着続けた血塗れのTシャツだからな。


 数分歩くと、静かに水音を立てる小川が見えた。幅は五メートルかそこらで膝くらいまでの深さだ。水は澄んでいて、飲んでも問題ないだろう。


「あー、えっと、シオン?」

「はい?」


 俺はシオンを見る。彼女もまた、自分の血で服が汚れていた。洗う必要があるだろう。

 果たして、どうすべきか。これが問題だった。


「その……洗うから、服を一度脱いでくれたりはできないか?」

「へっ!?あ、そ、そうですよね、はい、ぬ、脱ぎますっ……!」


 ことさら気合いを入れつつ、袖の短いルウィンの普段着を脱ごうとするシオン。それを慌てて止める。


「待て!俺あっち向くから!後ろから渡してくれ!俺が洗うから!」

「わっ、わかりました!すいません……」


 いや、謝らなくていいけどね。


 俺は後ろからの衣擦れの音を悶々と聞きながら待つ。待つ。


「あの、お願いします……」

「お、おう」


 そして、服を受け取る。血塗れのチュニックと、スカートと、下着と……


「いや下着はいいから!?」

「はひっ!?」


 俺は目を瞑りながら下着をシオンに投げ渡した。


 ◇


 シオンはウルルに温めてもらって、俺は自分も服を脱ぎ始めた。

 少し考えたが、全部洗うことにした。なのでパンツも脱ぐ。


 このひと月半、折に触れては身体を洗うように気を付けてきたが、やはり不安は拭えない。特に、その間ずっと同じパンツを穿き続けていることが俺の心に深い影を落としている。


 一番恐ろしいのは、性病だ。実に下衆いが、シモの問題はマジで命に関わる。

 他なら大抵どんなことでも魔王の力でゴリ押しできる自信があるが、シモはまずい。最悪、生きていく気力を失う。


 立つ時は立ち、収めるべき時に収める。そういう健康的な雄であらねばならぬ。男の象徴は命そのものだ。病気にかかることなど罷りならぬ。


 なのでパンツも洗う。盛大に洗う。川の水が汚染されたりしないか?という疑いは振り切り、洗う。俺はそんな有毒物質ではない。


 川の水が冷たい。モノが風に触れて冷たい。縮み上がりそうだ。『結界』の温度調節にも限界がある。たまらず『火球』で川の水を温めようと試みてみたが、ドバンと水面が弾けて冷や水を頭から被ったのでやめた。


 馬鹿丸出しで服を洗っていく。血は着実に落ちていった。ついでに身体も洗ってしまった。シオンにも洗わせるべきだろうか。でも、結構冷たいしなあ……


 そんなことを思っていた、その時だった。


『おい』

「セイタさん!」


 二人の呼びかけに、俺は反射的に顔を上げる。

 そうして目にしたのは、森の向こうからじりじりと歩いてくる一頭のイノシシ。牙が鋭く研がれた、凶悪な顔をした個体だった。


「なんだぁ、こんな時に……」

『気が立ってるぞ。私がやるか』


 ウルルの唸り声を背中に受けながら、俺は洗濯物を抱え上げ首を振る。


「いや、俺がやる。ウルルはシオンを守っててくれ」

「セイタさん……」

「心配すんな。朝飯が来たと思えよ」


 震える声のシオンに言いつつ、俺はイノシシを見た。

 多分、俺を襲って食う気なんだろう。それでいてただ突っ込んでくる気配はない。俺が川の中にいるからだろうか、それとも何か企んでいるのか。


 だが、何かあったとして大したことはないだろう。所詮獣だ。ウルルとは違う。本能で作戦を決めているだけに過ぎない。


 ゆっくり距離を詰め、それから突進してくるだろう。突っ込まれてからは逃れられない距離を測っているのだ。中々考えている。

 だが、俺が避ける気がないとしたら、こいつはどうするかね?


「ブギィィィィ!!」


 イノシシが雄叫びを上げ、地面を蹴り、川に突っ込んでくる。俺はそれを見ながら、静かに息を整えつつ、魔力を右手に集める。


 使うのは『氷槍』や『氷矢』ではない。近過ぎるからだ。万一外れた時のケアができそうにもない。

 そういう理由で、俺が使うのは『氷刀』だった。


「セイタさん!」


 シオンが叫ぶ、コンマ数秒の中。俺の右手には刃渡り六十センチほどの凝結した氷の刀が握られ、一方でイノシシは川への一歩を踏み入れ、水飛沫を散らしていた。

 距離数メートル。『超化』した俺には、イノシシは二十五メートルプールの向こうからやってくるようなもんだった。


「せいッ!」


 前進し、清水を踏み散らしながら、イノシシの額へ狙い澄ました『氷刀』を突き出す。刹那の交錯が、俺には非情にゆっくりと感じる。


 薄く鋭く形成された『氷刀』の刃は、するりとほとんど抵抗なくイノシシの頭に、頭蓋骨に、脳に、脊髄に侵入していく。みちみちと肉を切り裂いていく感覚。

 そうして根元まで刃が刺さると、俺は『氷刀』から手を放し、『超化』を切った。


「ブギッ」


 短い断末魔の悲鳴が、俺の横をすり抜けていく。バシャアと水柱を立て、イノシシは盛大に川へ転倒。

 振り返って見ると、狙い通り、イノシシは絶命していた。『氷刀』が深々と突き刺さった額の傷から、川に鮮血を流し続けている。


「やったな」


 俺は心配ない、とシオンに振り返り、そこで、仰天した彼女の顔を見て思い出す。


 俺は、フルチンで今の大立ち回りをかましていたのだった。


「キャアァァァッ!!」

「うわあぁぁぁぁ!!」


 肌を隠しながら叫ぶシオンに、釣られて叫ぶ裸族の俺。

 そんな奇妙な光景を眺めているのがウルルだけだったというのは、不幸中の幸いだったろうか。


 ◇


 生まれたままの姿を晒し合い、一しきりさめざめと泣き合った俺とシオンは、気まずい空気の中で作業を再開した。


 まず、洗い終えた服を引き上げ、『燃焼』と『奏風』を使って作った温風で乾かした。それぞれ『凍結』と『土整』に並ぶ、火と風の最も基本的な魔法だ。

 さらに『結界』も併用することで、温風を滞留させて俺達自身も暖を取る。そうしてさっさと服を着てしまうことにした。裸の付き合いができるほど俺達は互いをよく知らないのだ。


「森を出たら、とりあえず着替えを確保しような……」

「はい……」


 この点で俺達の意見は完全に合致していた。気まずくて目を合わせられなかったが。


 その後、殺したイノシシを処理することにした。とりあえず解体だ。

 『氷刀』を使って血を抜き、内臓を抜いて、バラ肉にしてしまう。

 その大部分は『凍結』しておき、一部は焼いてこの場で食うことにした。


 イノシシはこの世界に来てから何度か食った。フォーレスで食ったシシ肉は調理の賜物か、臭みなどなく肉も柔らかく、日本人的に肥えた俺の舌にも普通に食えるものだった。


 だが、今素焼きしたこの肉は、それとは比べようもない。

 調味料すらないのだ。非情に野性味溢れる味がした。マズいとは言わないが、毎日だって食べたいとはさすがに言えない。


 しかし、シオンは美味そうに筋張った肉を頬張っていた。


「凄くお腹が空いてるのに今さら気付きまして……」


 何であれ食欲があるのはいいことだ。元々痩せぎすを通り越して不健康の域にあったシオンである。この際少々太った方がいい。多少脂が乗っている女の子の方が俺は好きだ。食わないが。


「というか……こういうのって私がやるべきだと思うんですけど」

「こういうのって?」

「料理とか、洗濯とか……すいません、全部お任せしてしまって……」


 いや、そんなこと言っても、川の水は冷たいし火は俺しか起こせないしねね。病み上がり、もとい死に上がりのシオンに任せるわけにはいかない。


「そのうち任せるよ。そん時は楽しみにしてる」


 俺がそう言うと、シオンはむず痒そうにくしゃりと笑った。

 表情を取り戻した彼女は、以前の数倍可愛いと思った。


 ◇


 ウルルにもイノシシを分けたが、結構肉が残ってしまった。なので洗った外套で包んで、俺が運ぶことにする。『超化』を使えば問題はないだろう。


「じゃあ行くか。とりあえずこっから西だな」


 服は乾いた。腹も満ちた。出発の時間だ。


 とはいえ、シオンは見た目通り体力がない。一時間ほど歩くと息を切らし始めてしまった。


「だ……大丈夫です……私は……大丈夫……」


 明らかに大丈夫ではない。奴隷であったせいでの衰弱もあろうが、足場の悪い森の中というのも原因の一つだろう。森に慣れたルウィン族や魔法でどうとでもなる俺とはシオンは違うのだ。


 さすがに放っておくわけにもいかず、ウルルに乗ってもらうことにした。

 すると俺を中継点に繋がっているだけあって、二人は実にすぐ馴染んだ。多分俺が乗るよりウルルは調子がいいと思う。そもそも俺はウルルにあまり乗らないのだが。

 狼は馬に乗るようには乗れない。重心が違う。大体俺は動物に乗った経験がない関東人だったのだ。下手でも馬鹿にされるいわれはない。


 まあそんなことはどうでもいいのだ。シオンは調子が良さそうで、ウルルは楽しげ。それならいいだろう。


 そうして、あれこれ右往左往しながら五日ばかりを森の中で過ごした頃。

 ようやく、俺達は森の終わりに辿り着いた。


 ◇


「なんか、こうやって空見るのも久し振りだな」


 目の前に広がる平原を見渡し、俺は溜め息を吐く。


「実は、このまま出られないのかもって少し思ってました……」


 シオンが、くたびれた笑みを浮かべながら言った。


『森を出るのは初めてだ』


 ウルルすらそんなことを報告してくる。


 何か、一つの区切りがついたような気持ちになった。森から出たせいだろうか、それとも何にも遮られない空を見たからだろうか。とにかく、どことなくフォーレスのことを心残りにしてわだかまっていた気分が晴れたような気がした。


 そんな時に、ウルルから降りたシオンが訪ねてくる。


「森は出ましたけど、これからはどうするんですか?」

「ん?そうだな……」


 特に考えてはいなかった。森を出ることを最優先に考えていたからだ。

 しかし、何かやるにしたって選択肢は少ない。

 どんな目的のない流れ者でも、自然と人のいる場所へ流れ着くものだ。俗世を離れる者はそれ相応の目的と必要性があってそうしている。


 となれば、俺達だって人里に下りざるを得ない。これからどうするかはその後決めることだ。


「とりあえず、街道を探してだな……道なりに進んで村か町を探そう」

「はい。あ、でも……そうするとウルルさんって、目を引きませんか……?」

「あ」


 失念していた。そうだ。今まで普通に話していたから忘れていたが、ウルルはミナス出身の野性の狼だ。


 しかもただの狼じゃない。人一人を平然と乗せられる巨躯を持つ極天狼(グラオヴォルフェ)だ。正直それが何なのかは俺にもよくわかっていないが、とにかく普通の人間をチビらせるに足る外見なのは疑いようがない。


 実際、見ようによってはほとんど魔物である。俺の連れだと言って通してくれる町があるだろうか。通ったところで混乱を招くのには違いない。


 今のところは、その点に関して妥当な解決法が見付からない。なので、折角提言してくれたシオンには悪いが問題を先送りすることにした。


「面倒臭いな。町に着いてから考えよう」

「いいんですか……」

「よくないと思うから、シオンも考えといてくれ」


 早速手伝いを要求。しかも結構な無茶振りだ。慌てるシオンがちょっと不憫だった。


「とにかく、村だ村。このシシ肉で色々入り用なもの仕入れるぞ」


 今の俺達は無一文。俗世で生きるからには金が不可欠だ。かといって都合のいい稼ぎ口などそこらの村にはなかろう。

 とりあえずは、着替えやら何やら俺が用意できないものを調達する必要がある。方法は昔ながらの物々交換だ。


「でも、大分食べちゃいましたよね……」

「足りなけりゃまた狩ってくればいいんだよ」


 楽天的に言いながら、俺は二人を先導し西へと歩を進めた。

 太陽がやや傾き始める頃だった。

せっかく一区切りついたので閑話でも挟もうとしましたが特に話が思い付きませんでした。なので本編です。

今後は毎話5000字前後、一日一話ペースを目標にするつもりです。

投稿時間も多少変えるかもしれません。

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