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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.1 Induction
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十八話 生まれるような目覚め

エピローグっぽくないエピローグ的な何かです。

 オロスタルムに来てから経過した日数、四十四日。

 狩った獲物、シカ五頭、イノシシ二頭。

 殺した人数……四人。

 所持金なし。

 同行者、ウルル、名前もわからない少女。

 肩書……一応、魔王。


 それが、今の俺の全て。この世界で為した全てだ。

 そしてきっと、本当の始まりはここからなんだろう。


 ◇


 大分背の低くなってきた木の枝葉の間から、三日月が覗いていた。

 森の外に近付いてきたからだろうか。鬱蒼としていた森も、その密度を薄め始めている気がする。フォーレスの近くだったら、空なんて見えていなかった。


 ただ、今日はここで野宿だ。勢い込んで別れたはいいものの、やはり人一人背負っていると足が遅い。

 まあ、俺もどうせ魔力が大分少なくなってきたし、休む必要はある。夜の森は危険だっていうし、慌ててこんな暗い中を進まなくてもいいだろう。


 枯れ木を集め、『土整』で整えた地面に並べ、『火球』で焚き火を作る。その間は、ウルルが見張りをしてくれている。『結界』があれば必要ない気もするが、ウルルの本能的なものなのだろう。別にやめろとは言わない。


「腹減ったな」


 着の身着のまま出てきてしまったことをわずかに後悔。前の住処にはいくらかシカ肉の蓄えがあったのだが、それは冬が来る前に獣達にもらわれてしまうのだろうか。腐るよりはよっぽどいいと思うけど。


 俺はウルルの傍らに腰を移し、その背を撫でた。ウルルは一度こちらにちらり、と金色の瞳を向けて、それから頭を下げ伏せった。ウルルのそんな動作に思わず笑みを零しながら、俺は眠ったままの少女を見る。


 丸めた外套を枕にして、彼女は横たわっている。寝息は静かで、別段何の異常もない寝顔に見える。変な発汗もないし、痙攣とかそういうのもない。


 ついでに、ちょっと気が引けるが、胸の傷も、その……改めさせてもらった。で、どうだったかというと、さすがは俺の『治癒』といったところか。傷痕は皆無だった。背中から心臓を一突きするようなコースだったから、不安ではあったのだが、まあ、一安心。


 ……加えて言うなら、小振りで控えめだった。何が、とはセクハラが過ぎるので伏せおく。


「風邪、引かないかな」


 ちょっと不安になる。俺の持ち物は今着ている服一式に、少女の枕である盗品の外套、それから役に立つかどうかわからない『針儀』だけだ。


 実際、ほとんど夜逃げ同然の風体だった。荷物はほぼ皆無で、俺は返り血でダダ汚れ。彼女だって似たような感じだ。一度全部洗ってからでないと人前に出られる気がしない。


 それも明日になってからだろうか。腹は減ったが、今から狩りに出られる気もしない。

 何より、さすがの俺でも今日は疲れた。

 本当に……疲れた。


 ……駄目なんだなあ。

 どうしてヴォルゼアは、俺なんかを魔王にしたのか。

 いや、中身なんてどうでもよかったのか。器になりさえすれば誰だって。


 まあ、どうでもいいか。魔王(ヴォルゼア)はくたばった。この世界にはそれだけで充分だ。

 そしてもう、魔王はいない。俺は違うさ。魔王と呼べるほどのことはする気もなければ、できもしない。


 それでいいんだろう、きっと。


「……寝るか」


 ウルルの背をぽんぽんと叩き、俺は少女の枕になっていた外套を引き抜き、広げ、その身体を覆った。

 一方の俺は、何もない。だが、『結界』で焚き火ごと覆って温度調節するから、まあ酷いことにはならないだろう。


 これくらいの魔力の余裕はまだあった。体感的には、半分をやや下回った辺りだろうか。数日すれば全快すると思う。

 その頃には、このダウナーな感じも治っているだろうか……


「おやすみ」


 小さくウルルに言って、俺は組んだ腕を枕に地べたに転がった。

 決して快適ではなかったが、俺の意識はすぐに眠りに落ちていった。


 ◇


 人を殺した。

 だが、夢に見るというようなことはなかった。


 そもそも『夢創』を使える俺に、悪夢なんていう無意識を利用した良心の呵責など意味を為さない。殺した事実も、その感触も、ただ結果としてあるだけ。既に心の整理はついている。

 後悔はしていなかった。向こうも殺す気でいたのだ。そう思うと全てがすっきりとまとまった気がした。


 それよりも後を引いているのは、『反魂』の影響なのだろう。

 疲れが取れない。身体が重い。既に意識は覚醒しているというのに、いまいち目を開ける気になれない。


 それでも、起きなきゃ何も始まらないだろう。

 俺は意を決して目を開き……


 茶色の瞳が見下ろしてきているのを見た。


 ◇


「うわぁ!!」

「きゃっ!?」


 跳ね起き、退き、転がる。突然のことに驚いていた。見知らぬ人間に寝顔を覗きこまれていたのだ。ホラーかビックリかのどちらかだ。


 いや、「見知らぬ」というのは少し違う。

 その少女の顔には見覚えがあった。寝顔も見た。起きている顔も見た。表情の変化は見たことがなかったが、些細なことだ。


 当然だ。彼女は俺が助け、フォーレスに連れ帰り、死なせ、生き返らせ、また連れ歩いている少女だったからだ。

 いや、それよりも。


「起きてる!!」

「ふぇっ!?」

「反応してる!!」

「あ、あの……」

「喋ってる!!」

「ひぃん!」


 混乱の只中でラリッた反応を繰り返す俺に、少女は右往左往。その表情には明らかな困惑の色があった。

 そう。困惑である。

 彼女はいつの間にか表情を、心の機微を取り戻していた。


 何故、というとそんなの俺がわかるわけがない。そもそも寝起きでまともな思考力も奪われていた。ただ驚けばいいと思っていた。

 わたわたと手を振る俺は少女とウルルの顔を相互に見る。二人とも明らかに俺に呆れたような、訝しむような目を向けている。違うんだ。そうじゃない。何がそうじゃないのかは俺にもわからない。


「あ、え、あの、その、お、おはよう」

「あ、はい……おはようございます……」

「じゃなくて!!は、話せる、のか?」

「えひっ!?は、はい……」


 何かの間違いというわけではなかった。少女は小声で、怯えながらも、はっきりと俺に返答してみせた。

 何だか知らんが、とにかくよしだと思った。慌てて問う。


「な、名前は!?自分の名前は言えるかな!?」

「え、その……シオン……です」

「おおっ!!」


 名前も言える。これは凄い。今まで何の反応もなかったのに、今の彼女はしっかり怯えて、受け答えしている。いや怯えさせたらあかんだろうが。


 頭を振り、深呼吸。十秒瞑目……それから、改めて少女に問う。


「驚かせてごめん……俺はセイタ。君とはある事情で同行してるんだが、何と説明したらいいか……」

「え。えっと……そのことは、何となく聞いています」

「……は?誰に?」

「その……」


 シオンは恐る恐るといった様子で指差す。

 その先に寝そべっているのは、ウルル。半目で俺を見ている。


「ウルル?喋ったのか?」

「はい……喋ったというか、その、頭の中に聞こえてきたというか」

「え?」


 どういうことだ。ウルルの『思念話』で話したということか?

 だがおかしい。ウルルが使える『思念話』はあくまで、繋がりのある俺に対するものに限られている。ウルルは魔法を使えるわけではない。俺と意志の疎通ができるだけなのだ。


 そのはずが、どうして彼女……シオンと?


「どういうことだよ?」

『知らん。だが、その娘には私の声が届く』


 ウルルが、俺が起きるまでにあったことを説明する。


 まず、シオンが起きるのを察知してウルルが起きた。直後ウルルに驚いたシオンが逃げ出そうとしたが、『思念話』で呼び掛けて引き留めた。

 その後、ウルルが俺のこととかを話しているうちに、俺が起きた。そんでもって今に至ると。


 ……何故こんなことが起きた?どうなってる?

 可能性を挙げるとするなら……ウルルとシオンの共通点、それが鍵だ。


 二人に共通していることは、俺の魔法の影響下にあったことだ。

 ウルルは『掌握』、シオンは『反魂』。それによって俺の魔力に晒された。それも膨大な量の、だ。

 魔力は精神に作用する。ウルルで実証済みだ。それによって、結果的に俺との精神的なリンクが形成されてしまった。


 多分、それがシオンにも起きたのだ。『反魂』によって。

 そのために、ウルルと同様俺との繋がりができた。そして、俺をハブとしてウルルとも繋がってしまった……


 こう考えると、なるほど我ながら合理的な説明に思える。

 果たして魔法とはそのようなことができるものなのか、そんな現象が起きるものなのかという疑問はあるが、起きないとも言い切れない。

 あるいは、それが彼女が心を取り戻したこととも何か関係があるのかも……


 俺の知識では如何とも判断し切れん。魔王の知識でもだ。なので考えるだけ無駄だとも言える。今はそういうことだということにしておこう。


 そこで考えるのを打ち切り、ウルルに問う。


「何を話した?」

『お前が奴隷であったその娘を助けたこと、それから今までルウィンの里にいたこと』


 端折り過ぎだ。

 正直、随分と間が抜けていて全容を把握し難い説明だったのではないかと思う。ただ、とりあえずは自我を取り戻した彼女を逃がさなかったことに感謝するべきだろうか。


 ここから先は俺が事情を話すべきか。それでもって、とにかく森を出るまでは一緒にいてもらうことを納得してもらう必要がある。

 しかし、その前にこちらも色々聞かなきゃいけないことがある。


「えっと、それで、シオン……さん?聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「えっ、はい」

「じゃあその、君の生まれ故郷とか、両親の名前とか教えてくれないかな?可能なら送りたいと思ってる」


 これは、本当なら彼女の「呪い」を解いてからやると決めていたことだった。それが前倒しになったわけだ。


 どうすれば彼女への責任を果たせるか……と考えた時、俺の足りない頭で思い付いたのはこれ──つまり、彼女を奴隷になる前に元いた場所へと返すということだけだった。


 その前に、彼女を手にしていた奴隷商会やら、奴隷印やら、片付けなきゃいけない問題はいくつもあるが……それら全部含めて、俺の考えなしの責任だと思っていたのだ。

 そうしなければ納得がいかない。あくまで自分本位だが、そうせずにはいられないのだった。


 だが、シオンは……


「あ、あの……すいません」

「は?何が?」

「その……私、何も覚えてないんです……自分の名前以外、ほとんど、何も……」


 そう言った。

 俺はもう一度、「は?」と声を上げた。


 ◇


 シオンの話を聞いた。彼女の話をまとめるとこうだ。


 まず、彼女には記憶がない。故郷を覚えていない。両親を覚えていない。自分の人生を覚えていない。

 名前だけは覚えているが、自分がどんな人間だったかも覚えていない。当然、自分が奴隷であったことも、命令を聞くだけの人形のようだったことも覚えていない。

 明確に覚えているのは、今日、起きてからのことだけ。つまり、俺達と話したことだけだ。


「何も覚えていないのか……」

「す、すいません」

「いや、謝らんでもいいから……」


 どうも、シオンという少女は気が弱いらしい。それが記憶の欠如に起因しているのか、それとも元々なのか……やっぱりわからん。


 しかし、彼女の現状を考えると、どうも俺自身についても考えてしまう。


 記憶がない。名前だけは覚えている。そこだけ見ると、俺とシオンは似てないとも言えなくない。程度は違うが、とにかく記憶を弄られたということは共通している。

 そうなると、どうしても「魔族」の関与を疑いたくなるものだ。


 記憶に干渉する魔法は、高度でかつ人道にもとる。人類側が大手を振って使えるようなものじゃない。となると、どうしても魔族を疑ってしまう。

 ほぼ言いがかりのようなものだが、シオンの「奴隷印」がそんな俺の考えを裏付けているようにも思える。


 奴隷印は焼き印、つまりはただの傷だ。普通なら『治癒』で跡形もなく治るものだ。

 そうやってホイホイ消されたら奴隷を売り買いする奴らも困るから、魔力で焼き印を消えないように刻み込むこともよくある。それすら、俺の魔力ならばどうとでもなろうはずだが……そうはならなかった。


 俺でも消せない奴隷印。普通であるとは思えない。

 自我の喪失に勝るとも劣らないほどの「呪い」と言える。

 そんなことを、奴隷商やらができるとは思えない。出所は別にある。


 ……やはり、確証はないのだが。


「しかし、困ったな」


 とにかく、問題はシオンの記憶がアレということ。

 これでは彼女をどこへ送ればいいのかわからない。行き場所がない。どうしていいかわからない。どうしよう……


 ……連れていくのか?どこへ?俺自身がそもそも目的地を定かにできていないのに。

 どこまで面倒を見ればいいのだ?俺が一体、何をシオンにしてやれるというのだ?

 その腕の印に従って、シオンを奴隷にでもしろと?馬鹿馬鹿しい。

 そうしないために彼女を無理に連れ去って来たんじゃないか。それで、傷付けて、一度は死なせて……本当に、全部裏目だ。


 今さら、俺が関わっていいとは思えない。もっと酷い目に遭うかもしれない。守ることもできないほど俺は弱くないが、守り切れる確証だってない。できないことは言わない主義だ。俺は自信家ではない。


 多分、これは俺が決めてはいけないことだ。

 だったら……無責任ながら、シオンに決めてもらう、か?


「シオンは……どうしたい?どうしたらいいと思う?」

「え……」


 ここまで何かを自分で決めるのが難儀なことだとは思ってなかった。一度そうしてしくじってるから、余計怯え癖がついちまってるんだ。指示待ち人間に戻らざるを得ない。


 頭を抱えて、答えを待つ。シオンの目が困惑に泳いだ。俺を見て、森を見る。ともすれば泣き出しそうにも思える。

 仕方ないか。記憶がないんだ。力もある、自分のこともある程度わかってる俺とは違う。俺よりよっぽど怖かろう。


 だが、そんな風に見てて不憫になるくらい深刻に悩んでいたシオンは、意を決したように俺を睨みつけ……違う、真剣な目で見てきた。

 そして言う。


「そ、その……!セイタさんに、ついていっては駄目ですか!?」

「え」


 それはつまり、どういうことだ。

 つまり、俺についてくると。ってそう言ってただろ。馬鹿か俺は。

 で、何でだ。いや、見当はつくが。


「な、何でもします!お料理でも、洗濯でも!」

「できるの?」

「できます!できなくてもできるようになります!」


 必死になって食い下がるシオン。その熱意たるや今朝意識を覚醒させた人間のものとは思えない。ていうか、弱気キャラだったでしょ君。


「どうしたんよ、急に」

「だ、だって!その……私、セイタさんしかし、知ってる人、いないし……ここがどこかもわから、ないし……これからどうすればいいのかも……」


 つまりそういうことだ。

 ここで俺と別れると、彼女は一人きり。何の力もない女の子だ。生きていく術などない。あってもろくなものではない。

 俺に頼るしかない。それ以外に、可能性がない。


 そんなことは俺だってわかっている。その上で、彼女が選ぶのに任せていたのだ。自分で選ぶのが怖いから。


「お、お願いします……私、本当にどうしたらいいか……」

「……一応言っておくと、俺も男だから。一緒にいるうちに何か間違いが起きるかもしれないぞ。そのことはわかってるか?」

「う……」


 察しが悪い子ではないようだ。俺の言わんとしていることを想像して、恐怖している。

 でも、それでも彼女は頷かざるを得ない。それ以外に道がないのを、俺はわかっててこんなことを言っている。

 多分、全部彼女に選ばせて、それで責任を押しつけるつもりなんだ。我ながら最低だと思った。


 だが──シオンは俺の顔をまっすぐ見ると、何を思ったか、ぎこちないながらも笑みを作ってみせる。


「セイタさんは、無理矢理そんなことは、しません……よね」

「いや、しないかどうかはわからないだろ」

「わ、わかります。そういう顔、してませんから……」


 そうだろうか?

 俺はこの世界に来てからは、水面の反射でしか自分の顔を見てないが、典型的な寝惚け面のスケベ面だと思った。中身も言わずもがなだ。セーレだろうとシオンだろうとニルナさんだろうと、可愛ければとにかく興奮する。手を出さないが心躍る。伊達に女日照り二十年来やってない。


「お人好し過ぎるだろ」


 こんな俺が、抵抗できない女の子に手を出さないほど聖人君子だと?そんなことあるわけがない。俺が信じない。

 いざ耐えられなくなったら、その時は躊躇わずヤる。下衆だが、そういう自信がある。男とはそういうものだ。


 しかし、シオンは言う。


「私……奴隷になっていた時のことはほとんど覚えてないです。でも、セイタさんのことは、何となく覚えてる気がします……」

「え?」

「セイタさんに背負ってもらったり、魔法で手当てしてもらったりとか、ご飯の準備とか……何となく、そういうの覚えてます。だから……」


 だから、信じると?

 優しくしてもらったから、信じると?

 簡単過ぎやしないか。お人好し過ぎやしないか。それでいいのか。大丈夫なのか。


 疑うことを知らないようなシオンの表情。それを見ていると、申し訳なくなる。何も言えなくなる。

 一度彼女を死なせたなんて、どんな顔して言ったらいい?どう説明したらいい?

 だが俺から言わずとも、シオンは自分の胸に手を当てて言った。


「あの……ここ、穴、開いてますよね。服に」

「え……ああ」

「これも、何となく覚えてます。とても痛かったこと」


 思い出すのは、背中から胸を貫かれ倒れようとする彼女の姿。思わず息が詰まる。


「……ごめん」

「あ、いえ、その、違うんです。そんなつもりじゃ……それに、多分これはセイタさんじゃなくて、私のせいだと思います」

「え?」


 言った意味がわからなくて、つい問い返してしまう。シオンはしどろもどろになりながら答えた。


「私、どうしてかあの時、セイタさんのこと助けなきゃ、って思って……何もわからないけど、身体だけ動いて……本当に、目が覚めたばかりでよくわからなかったんですけど」


 あの時。人形だったシオンに命令した者はいなかった。

 だとすれば、あの時俺を庇ったのは彼女自身の意志だったということか?何も自分からしようとしなかった彼女が俺を庇ったと?


 信じ難いことだ。だが彼女自身がそう言っている。だからわからない。

 シオンは続ける。


「痛くて、眠くて、何も見えなくなって……起きたら、目の前にウルルさんとセイタさんがいたんです。ちょっと驚いたけど、今は、安心してます……セイタさんのこと、怖いとか思わないです」

「だから、お人好し過ぎるって」

「それは、セイタさんの方じゃないんですか?」


 フォーレスでさんざ言われたことだ。だがそれをシオンが知っているわけではなかろう。つまり、その評価は俺をきっちり見透かしてのことか。


「私、セイタさんに助けてもらいました。奴隷になっていた時と、あと、この……胸を治してもらった時と。これは覚えてるんです。だから、セイタさんにお返ししないとって思うんです」

「俺がいかがわしいことしろって言ってもか?」

「セイタさんのこと、信じてますから。それに……」

「それに?」


 シオンは、若干上目遣いになりながら言う。


「……セイタさんなら、し、仕方ないというか、別にいいというか……あああ、あの、私、奴隷、が、頑張りますから……!」

「いや、頑張らなくていいから」


 自分の奴隷印を俺に見せつけながら言うシオンを、俺は押し留めた。


 オーケイ、もうわかった。もう充分だ。

 ここまで女の子に恥をかかせたんだ。いい加減もう、俺が泥を被る時間だろう。


 彼女はいいと言った。ならばそうしよう。

 エッチなことについてではない。連れていくことに関してだ。

 彼女の意志は聞いた。俺はそれを受け止めるだけだ。

 どちらにしろ、それしかないのだ。彼女も、俺も。

 他に俺は、どう彼女を助けた責任を取ればいいのかわからない。


「わかったよ。どこに行くかまだわかんねえけど、シオンも一緒に来てもらう。そんで、色々手伝ってもらうかわりに俺が面倒見る。そういうことでいいんだな?」

「はい。頑張りますから」

「ほどほどにな」


 渋ってたように聞こえるが、本当は嬉しかった。

 嬉しいに決まってる。可愛い女の子と一緒にいられる。頼ってもらえる。これが男冥利に尽きないと言えば、何と言おうか。


 俺は女日照りの終焉を感じつつ、シオンに苦笑を向けた。シオンもまた、俺に照れ笑いを浮かべていた。


 それを、ウルルは呆れた顔で眺めていた。

一区切り付きました。同時に書き溜めも切れそうです。

これからの更新頻度とか文字数とか考えるに、少しお暇をいただくかもしれません。ここまでお読みいただきありがとうございました。

でも個人的にはまだ、ようやくチュートリアル終了という感じなんですよね。長かったなぁ……

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