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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.1 Induction
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十七話 命

 まず上体を抱き上げて『氷槍』に干渉、溶かす。

 その後、胸の大穴に『治癒』を行使。戦闘で大分使ってしまったが、ありったけの魔力を込めた。


「くそっ……くそっ……!」


 臓器が、筋肉が、皮膚が繋ぎ合わされ、傷が塞がっていく。だが遅い。思っていたよりも相当に遅い。

 既に相当量の血が流れている。『治癒』で増血はできるが、どれだけ信用していいかわからない。早く塞がないと……


「……セイタ!!セイタ!!」


 そんな風に俺が『治癒』に没頭していると、どこからかマリウルの声が聞こえてきた。

 そちらにちらと目を向け、マリウル以下複数人のルウィン達が走ってくるのを見る。が、すぐに少女に目を戻した。


「こ、これ、は……!?セイタ!一体何が……!?」

「悪い、今手が放せねえんだ……」


 遮り、ひたすら少女に魔力を注ぎ込む。その甲斐あってか、ようやく傷も完全に閉じようとしていた。


「よしっ!……!?」


 だが、そこで違和感に気付く。

 何か、とても嫌な感じだ。横たわる彼女から、その青白い顔から、それが伝わってくる。俺の心臓を早鐘のように打つ。


 何だ、一体何が……


「……え?」


 その正体に、気付く。気付いてしまう。

 呼吸だ。鼓動だ。少女からは、それが一切感じられない。

 生命活動が、止まっている。


「な、おい、どういうことだよ……なあ、どうなってんだよ!!」


 わからない。わからない。わからない。

 何故だ。傷は治した。血は止めた。完全に、完璧に!

 治ったはずだ!!死ぬはずがない!!治したんだ!!こんなのあり得ない!!


「起きろ!!起きろ!!起きろよぉ!!」


 うろ覚えの記憶頼りの心臓マッサージを施す。『超化』は切った。肋骨を折るくらいの力で押せと言われても、今の俺だと本当に折りかねない。

 押す、押す、押す、押す。十回、二十回。

 だが、起きない。息をしない。心臓が動かない。

 何故だ。何故だ何故だ何故だ何故だ!!


「くそおぉぉおあぁぁぁぁぁぁ!!」

「おい、セイタ!!」


 マリウルの手が俺の手にかかったので払い除ける。だがまた手をかけられると、そのまま後ろに引き倒された。


「何しやがる!!」

「諦めろ!!彼女はもう死んでいる!!」


 ふざけんな。そんなわけないだろ!!

 俺が『治癒』したんだ!!俺が!!死ぬわけねえ!!

 魔王なんだぞ!!人っ子一人治せねえなんて、そんなわけねえだろ!!

 殺すだけで治せねえなんて、そんな馬鹿なことが!!


「あ……」


 ──そうだ、まだある!手はある!

 俺は知ってる。忘れてただけだ。何せ初めて使った魔法だからな!

 『蘇生』だ。こいつでその子を生き返らせてやる!!


「どけ!!」

「ぐ!?」


 マリウルを押し退け、再度少女に駆け寄る。止める声が入ったが、それを一喝して黙らせ、『蘇生』の準備に入る。


「邪魔したら許さねえからな」


 集中し、魔力を全身から絞り出しながら言う。さすがにそこまで言われて邪魔する気は、マリウル達にはないようだ。助かる。

 『氷槍』や『火球』なんかとは比べ物にならないくらいの長さの魔法式が、俺の頭の中を駆け巡る。比例して魔力消費も相当なもので、一秒ごとにごっそり持っていかれる。


 息が荒くなる。大暴れした後でこんな大魔法を使わされれば、それも仕方がないことだろうか。このまま倒れ込まなきゃいいが。

 そうこうしているうちに、魔法式が組み上がる。高密度な魔力の青い光が俺の両手に宿っていた。


「よし……!!」


 それを、少女の身体に注ぎ込む。

 『治癒』以上に強力な再生作用が、一度失われた命すらも引き戻し……


 戻し……


 戻ら、ない?


「あ、れ」


 少女の鼓動は戻らない。息も吹き返さない。

 何が、どうなってるんだ。俺はちゃんと『蘇生』をしたのに。

 六人生き返らせたことだってあるのに。


 なんで、この子は生き返らない!?


「どうなってんだよォォォォ!?」


 地面を殴る。殴る。殴る。目の前が滲んでくる。俺は目元を拭って、再度『蘇生』を試そうと魔力を集めた。

 その手を、誰かが掴む。

 マリウルだった。


「何だよっ!!邪魔するな!!」

「セイタ!!『蘇生』は無駄だ!!」


 え?


 思わず、マリウルの顔を見た。悲痛な表情が、俺を見下ろしている。

 いや、そんなことはどうでもいい。マリウルは、何て言った?

 俺が『蘇生』を使ったことを知っている?『蘇生』を知っているのか?

 いや、それが無駄とは?


「……どうしてお前がそんな魔法を使えるのかは知らないが……その魔法はな、セイタ。誰でも蘇らせるものではない」

「何、何言って……俺は、ちゃんと生き返らせた……六人も……」

「な……いや、その者達は恐らく、魂と精神が極めて強く、祝福された者だったのだろう」


 マリウルは言う。

 『蘇生』は死んだ者を誰でも生き返らせる魔法ではない。死した身体から離れそうになっている魂を引き戻す魔法なのだと。

 だが、普通の人間は死ねばすぐに魂が霧散してしまう。

 そうならないのは、厳しい修練を経て確固たる魂と精神を己が身に宿したものか、あるいは何らかの祝福を受けた者だけであると。


「なん、で……そんなこと……知って……」

「古き言い伝えだ」


 ルウィンは、実際使えなくても、太古の禁法としてその存在を語り継いできた。知識としてその魔法を知っていた。

 知らなかったのは、俺だ。

 簡単に「生き返る」などと、思い込んで……


 ……いや!信じられるか、そんなこと!!


「魔力が足らなかったんだ!!もう一度、もう一度やれば……!!」

「セイタ!!」


 襟を掴まれ、面を突き合わされる。

 突然のことに俺は怒鳴り返そうとした。が、できなかった。


 あまりに、マリウルの表情が苦しげで、何も言えなくなっていた。


「……お前の辛さはわかる。だが、死んだ者は生き返らないんだ……!!」

「え……あ……」


 そんなのって。

 そんなのってない。

 だって、その子はほんの少し前まで生きていて。

 傷も治って、貫かれた心臓だって治って。血も止まって。

 綺麗に治したんだ。元の、綺麗な身体に。

 生きていない方がおかしい。おかしいんだ……!!


「誰しもが、自然の摂理に逆らえるほど強くはない」


 諭すように言われる。俺の肩に乗せられた手が震え、強張っていた。

 俺は何も言えなかった。


 わからない。

 どうして、こんなことになるのか。こんな理不尽が起きるのか。

 彼女は何もしていない。死ななきゃいけない理由なんてなかった。ただ巻き込まれただけだ。


 そうだ。全部俺のせいだ。

 俺が全ての原因だ。俺が巻き込んだ。俺を庇って、彼女は死んだ。

 俺が責任を取らなきゃいけない。そのはずだ。絶対にそうだ。

 でも、どうやって取っていいかわからない。

 彼女にはもう、何一つしてやれることがない……


 せめて、俺の命が分け与えられたら……


「お前のせいではない、セイタ。運が悪かっただけだ」


 マリウルはそう言うけど、俺はそうは思えない。

 守れたはずの命だ。俺があと少し力を尽くしていれば、彼女は傷付かなかった。

 彼女だけじゃない。森も、里も、誰も傷付かなかった。

 俺には守れたのに。守れるだけの力があったのに。


 ……認めたくない。

 こんなの、絶対に認めない。


「……マリウル、放せ」

「な……?おい、セイタ……!」

「放せって言ってるだろ」


 肩からマリウルの両手を引き剥がし、俺はふらりと立ち上がった。両足に力が入らない。押されれば倒れてしまいそうだ。

 だが、魔力はまだある。『蘇生』はまだ使える。


 いや……違うな。

 『蘇生』じゃ足りない。もっと、もっと何かが必要だ。

 魔力だけじゃない。他に、俺の持つ何かを注ぎ込まなければ。

 何がある?魔王の力に、知識に、魔力に……


 ……そうだ。あるじゃないか。

 彼女にないもの。俺にあるもの。与えられるものかわからないけど、やるしかない。やってみるしか。


 俺の「命」と「魂」を、『蘇生』に上乗せしてやる。


「セイタ!!」


 マリウルが叫ぶ。きっと、俺の両手の魔法光を見たからだろう。

 だが、それはさっきの『蘇生』のような青い光ではない。


 俺の両手は、燃え上がるような赤い光に包まれていた。多分、俺の「魂」をくべたせいだろう。光の強さも増して、眩いどころかぎらついてるようにさえ見える。


 本当に、簡単にできた。ケーキを切り分けるように、「俺」を切り分けて魔法に注ぎ込む。その程度の感覚だった。基本的に『蘇生』と変わらない。

 だが、魔力をごっそり持っていかれる感覚とはまた別に、凄まじい虚脱感を覚える。大事なものが削り取られた感覚だ。目の前に映る全ての現実感が薄れているように感じた。


「何を……やめろ、セイタ!!それは危険だ!!」


 俺のやろうとしていることが、マリウルにはわかっているのだろうか。その危うさも、罪深さも。

 俺にはわからない。わかりたくもない。わかる必要もない。

 俺は魔王だ。何をやったっていい。誰にも邪魔はさせない。自然の摂理だってどうでもいい。


 俺はただ、やりたいようにやるだけ。

 俺のせいでこの子を死なせたままにはしない。そんなのは俺自身が許さない。


 俺はそのまま、マリウルの声を無視して、光を少女に注ぎ込んだ。


 ◇


 赤い光が弾け、燐火が舞う。

 膨大な量の光が、納まりきらず溢れて流れ出すかのように、少女の周りを暴れ狂う。

 俺はそれを無理矢理押さえ込み、彼女へ注ぎ続ける。


「う、ぐ……」


 力が抜けていく。既に立っていられないほどだ。

 膝をつく。目元が霞む。それでも『蘇生』の制御は止めない。

 いや、この魔法はもう『蘇生』と呼べるのだろうか。

 俺の「魂」までくべたこの魔法を……


 『反魂』と呼ぼう。

 もし、彼女を蘇らせることができたら、その時は……


「ぐ……ん……?」


 『反魂』の光が彼女の中に浸透していくにつれ、その身体に変化が起き始める。

 肌の青白さが少しく薄れ、血の気が通い始めた……気がしたが、それよりも顕著な変化があった。

 彼女の奴隷印だ。手の甲に納まる程度の大きさだったそれが、何故かそこを起点とし、複雑な紋様を形成して広げていく。


「何が……!?」


 前腕を、腕輪のように半分も覆うほど紋様は広がると、焼き印のように黒かったそれは光を放ち始める。『反魂』と似た赤い光だ。それは数秒で収まると、次第に広がった部分の紋様も薄れ始める。

 そして、最初にあった奴隷印の部分を残して消え去ると同時に、彼女を包んでいた『反魂』の赤い光も全て、彼女の中に納まり切った。


 俺はそれを見届けると、荒い息を吐いて地面に手をついた。

 何か、やり遂げた気がした。

 多分成功した……いや、成功したに決まっている。

 そう思いつつ、不安を覚えながら彼女に這い寄り、その呼吸を確かめる。


 ……息をしている。

 やっ……たぞ!!成功だ!!


「生きてるぞ!!はははっ!!見ろよ!!やってやったぞ!!」


 笑い、咳き込みながら振り返る。見返してやったという実感があった。

 俺はマリウルを見た。

 そして、笑いが止まる。

 マリウルの目が、他のルウィンの目が、俺に集まっていた。

 その全てが、恐怖に染まっていた。


 ◇


「何をしたんだ……?」

「『蘇生』だと……?何故ヒトのセイタが、そんな魔法を……」

「いや、『蘇生』ですらなかった……あれは何だ……?」


 俺と、息を吹き返した少女に向く疑惑と恐怖の視線。知り合いであるフォーレスのルウィン達でさえそうだ。他の集落から来たルウィンともなると、最早化け物を見るような目だ。

 ……化け物なのは確かか。


「その男は何をしたのだ!?フォーレスの、説明しろ!一体そいつは何なんだ!?」


 俺を指差し叫ぶルウィンが一人。問われたフォーレス勢は答えられない。黙ってそのルウィンと俺とを見比べる。

 その中で、マリウルが声を上げる。


「我々の……友人だ!敵ではない!」


 疑問もあるのだろう。恐怖も。それでもマリウルはそう言ってくれた。

 だが、問うたルウィンはその言葉を退ける。


「敵ではないだと!?これをしでかしたのはそいつだろう!!」


 指差すのは、俺の周りの惨状。死体が転がり、血が撒き散らされ、辺りが凍りつく異常な光景。

 その中で唯一無傷な俺。疑われるのは自明の理だし、実際犯人なのはその通りだから、反論のしようもない。誤魔化しはルウィン族には効かない。


「それに、さっき感じた異様な魔力……ただのヒトとは思えない!魔族か何かに違いない!!」

「そんなこと……」


 けど、そんなことがあるんだよなマリウル。

 そのルウィンは鋭かった。さすがに「魔王」という正解までは至らなかったけど、遠からずだ。

 そりゃあ、隠していた魔力を全部出して、森を震わせちまったんだ。バレるのも当然だよな。


 だったら、どうする?


「……俺をどうする気だ?」


 俺はふらつく足で立ち上がると、マリウルを退かせ、そのルウィンに問う。


「俺が怖いか?」

「な……誰が!!」

「だったら、そんな声上げなくてもいいだろ」


 嘘ではなく本心で言ったのだろう。が、意地が先行していただけらしい。身体は正直というやつだ。


 そのルウィンは俺から一歩退いて、警戒したように両の手を腰辺りまで引き上げた。すぐに魔法が使える構えだ。ルウィン族は魔法に適性のある種族だから、無詠唱でも威力を確保できる。向かい合った時点でヒトは相当不利な立場だろう。


「何もしないよ。あんたらに恨みも何もないし」

「信じられるか、そんなこと……!」

「だったら俺はどうしたらいい?老衰で死ぬまであんたに睨まれてろって?」


 それは勘弁したいね、と肩を竦ませる。

 少女が息を吹き返した時点で、身体の力が九割型抜けてしまっていた。気まで緩んでいる。万一のために『障壁』を張ろうという気もしなければ、魔力の解放もやめている。フォーレスの連中にとってはいつも通りの俺だ。


 だが、それでも俺への疑惑の目はやまない。

 当然か。血みどろの現場に血塗れの俺、異常な魔力に異常な魔法……疑われる材料が揃い過ぎている。

 俺は大事なことをいくつも隠していた。レリクやマリウル、セーレ達にすら……それで仲良くなろうなんて、ムシのいい話だったか。


 ……潮時だったんだろうな。どちらにしろ。


「……言いたいことはわかってる。ここから出ていけってことだろ?」


 俺に構えを取っていたルウィンがびくり、と肩を震わせる。他のみんなも困惑したように顔を見合わせていた。


「な……いや、そうだ……お前のような危険な存在を、この森には留め置いてはおけない」

「な、おい、待て!待つのだ!」


 俺と彼の間に止めに入ったのは、マリウル。


「こいつは我々を助けてくれたのだぞ!火事の鎮火も……そこの、恐らく火を点けた犯人も!恩人に対するこれがルウィンの礼儀か!」

「やめろよ、マリウル」


 それを、俺が止めた。はっきり言って、ここで庇ってくれても話が長引くだけだと思ったからだ。


「恩を売る気でやったわけじゃないし、あんたに庇ってもらって無理にここに留まる気もねえよ、俺」

「な、に?」

「そろそろ出ていく気だったんだ。いつまでも迷惑かけられないからな」


 力ない笑いが零れた。言葉ではこう言っても、やっぱりどこか寂しいと思う気持ちはあるものだ。俺がこの世界に来てから、初めてまともに言葉を交わした相手だからな、ルウィンのみんなは。

 それに……


「無理すんなよ、マリウル。あんただって俺が怖いだろ」

「何、を……そんなこと……!」

「あんたが怖くなくても、里の子供達が怖がる。俺は嫌だよ、そんなの」


 俺は人殺しだ。そのことに別段後悔があるわけでもないが、それは俺個人の話だ。仲間を傷付けられたわけではないが、割り切れないルウィンだっているだろう。「そんな奴が同じ森にいるだなんて」、と。

 この関係には、傷が付いちまった。もう元には戻れない。


 俺は、四人の筆頭だった魔導師の死体まで近付くと、黒い外套を剥ぎ取った。ついでに、少女の行方を知らせる『針儀』とかいう魔導具もだ。それをどうしようという気もなかったが、ここに置いておくべきではないと思った。


「マリウル、これは全部俺のせいだ」

「……何?」

「奴らの目的は彼女と俺だ。俺が痛め付けた奴隷商が、報復でやったんだ」


 俺が『読心』で知り得たことを簡潔に話す。ついでに、森に入った奴があと七人いる、ということも。俺が対処できればよかったんだろうが、それももう無理そうだった。

 後は任せるしかない。でも多分、大丈夫だろう。本当に厄介な連中は俺が全部殺しちまったから。


 話を聞いたマリウルは疑わしげだったが、俺の言葉を跳ね除けたりはしなかった。本当のことだと信じてくれているのだろう。


「俺、行くから。みんなに挨拶したかったけど、代わりに言っといてくれ」

「セイタ……」

「最後まで迷惑かけちまったな。悪い」


 横たわる少女を抱え上げ、背中に背負う。『超化』を使わなくたって大分軽い。もっとも、森の外に出るまで背負うとなると重労働だが。


「おわぁ!?」


 と、森を出ていく準備を終えた俺の背後から、ルウィンの叫び声。

 すわ残党か、と思いきや、その影はヒトよりよっぽど大きい。

 ウルルだ。フォーレスから走ってきたウルルが、ルウィン達の間を縫って俺の元へと歩み寄ってくる。


極天狼(グラオヴォルフェ)!?」

「な、おい!注意しろ!」


 ウルルのことを知らない他の里のルウィンがどよめく。だが俺やフォーレス組はそれを無視。

 俺の前で前足を立てて待機するウルル。その顎を撫でながら、俺はまず彼に謝った。


「ごめん、お前のこと忘れてたよ」

「ウゥゥ……!」


 怒っているのか、悲しんでいるのか。顔を寄せてくるウルルの威圧感が結構怖い。


「なあ、俺はここを出ていくことにしたよ。ウルルともお別れだな」

『何を言っている』

「わっ!?」


 突然の『思念話』。確かにさっきもやっていたが、普通に人間の言葉を扱えるようになってたとは。驚くからいきなりはやめてほしいんだが。


「だ、だから、俺は森を出る。お前はここに残るだろ?」

『お前と行く』

「は?」


 予想外の答えだった。だって、ウルルはここの生まれで、フォーレスの子供達とも仲がよくて、俺と行く理由なんてないはずだったから。


 しかし、ウルルはもう決めているようだった。何も言わないことが、逆にその意志の強さを表しているように思える。


「物好きだな、お前も」

『私を従えたのはお前だ。ついていくのは当然のことだ』


 要するに、責任を取れってことか。お前の分も。

 だったら、しょうがないな。俺のせいなんだし。


「じゃあ、まあ……よろしく頼むよ」

「ウォウ!」


 また吼え声に戻るウルル。どういう基準で話し出すのかよくわからんな。


 とにかく、これでもう何もない。

 もう一度マリウル達を振り返ってから、踵を返す。

 向かうのは西だ。どこに行くかは、森を出てから考えよう。


「……気を付けろよ」


 マリウルからの、小さな見送りの言葉。それを背に受けつつ、傍らのウルルに目をやり、俺は片手を上げるだけで応える。


 それだけで充分だった。それ以外に、何も交わせなかった。


 一瞬、セーレの顔が脳裏に浮かんだ。

 さっき一度フォーレスに戻った時の、別れ際の彼女の不安そうな顔……この世界に来て初めてできた友人に何も説明できないことが、心苦しかった。

 だが、もう……


 ……やめよう。俺はもう戻れない。ここにいちゃいけないんだ。

 セーレの顔を、名残惜しさを振り払う。前を向く。背中の重さを再確認する。


 そうして俺は……ルウィン達の森に、背を向けたのだった。

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