十六話 暴力の王
今さらかつ身の程知らずにもなろうコンに参加させていただきたいと思います。
文字数稼がなきゃ……
記憶の中にある魔王自身の姿を思い出す。
それは自画自賛なく、一騎当千すら生温い表現に思えるほどの、強大な力の塊だった。
大気ごと広範を吹き飛ばす『爆閃』。
岩をも溶かす極大極熱の『熱線』。
全てを燃やし尽す炎の台風『颶煉』。
まともな人間ならば一秒とて耐えられないような、強力無比でオーバーキルに過ぎる魔法の数々。
そして莫大な魔力消費を誇るそれら魔法を支える、これまた莫大な魔王の魔力総量。
高密度の魔力はただそれだけで魔法の制御や構成を狂わせ、物理的な干渉力をも発揮する。その力によって、魔王は勇者や人類軍を幾度となく苦しめてきた。
魔王は、魔法と魔力を支配する王なのだ。
そしてその力は、今俺の中にある。
◇
俺を中心に広がった大気と魔力の波が、周囲の木々を震わせて木の葉を散らし、地面すら揺らした。
その噴き上がる魔力に晒された魔導師達の『氷槍』が、直進する勢いを完全に殺され、砕けて氷片になって消え去る。魔法としての形を保てなくなったのだ。
「なに!?」
魔導師達が、魔法を消されて驚きの声を上げながら踏鞴を踏む。俺の魔力に押されたせいだろう。加えて、二十本近い『氷槍』が得体の知れない方法で掻き消されたのだ。普通のヒトからしたら考えたくもない事態だろう。
一方の俺はというと……妙に冷めていた。
今まで悩んでいたことが、自分のやっていたことが、何もかも馬鹿らしくなっていた。それらを全部見下して、思考がどんどん合理的に、冷徹になっていく。
どうしてこうなった? 俺が半端者だったからだ。
どうすればよかった? 徹底的にやればよかった。
そうすれば誰も傷付かなかった。こいつらもここに来なかった。俺も余計なことをしないで済んだ。
そうだ。最初にセーレを襲った奴らも、奴隷商の奴らも──
──全員殺して、消していればよかったんだ。
これからはそうするさ。それが一番──平和的なんだ。
「くそっ! 【此処に其の者を穿つ……】」
詠唱が聞こえる。俺は少女を地面に横たわらせたまま、反射的に声の方へ跳んだ。
『超化』が今までにない速度で俺の身体を弾き飛ばす。『氷矢』の速度にも迫るほどだったろうか。それに振り回されないように、知覚速度も今までの比ではないほどに加速している。
秒速二百メートルの速度で十五メートルの距離を詰める、その刹那を五秒ほどに感じる。本当に時間が止まっているのと同義だ。それだけ魔力消費も膨大ではあるが……今の俺にはどうでもいい。
俺は、目の前に迫る杖を横目に見つつ、魔導師の腕を掴み──
「ぎゃあぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!?」
地面を抉りながら速度を殺す俺の後方で、魔導師が悲鳴を上げて右肩を押さえる。
その腕の肘から先は……ない。千切り取られたような断面から血を撒き散らし、地面やロープを赤黒く濡らしている
「ひ、ひぃぃっ!」
「な、何が……」
他の魔導師も突然のことに恐慌し、蹲る仲間を見て後ずさる。
そして、俺の方を見て固まった。
俺が、千切り取られた魔導師の右腕を掴んでいたからだろう。
今の俺は、普段隠している魔力を全部曝け出して、使えるようになっている。そのせいで『超化』のリミッターも振り切れてしまっていた。
馬鹿げた速度も人間の身体を千切る腕力も、その賜物だ。こんなもの、平時に使うような力じゃないと自分でもわかっている。
ただ、今は緊急時だ。手加減はいらない。後悔もなかった。
当然、躊躇ってもいけない。徹底的にやると決めたのだ。
「あ、ぐ、あぁ……俺の、腕ぁぁ……」
息を荒げて、俺と自分のむしり取られた右腕を見る男。その死に体を見ていると、随分と心が落ち付く気がした。
「こうしてればよかったんだ」
そう呟くと、自然と薄い笑みが浮かんだ。俺のそんな様子に、魔導師達がさらに戦慄する。今のうちに魔法を使うか、逃げればいいものを。
俺は腕を持ち主に放り、ついでに杖も投げてやると、言った。
「ほら、俺を殺すんだろ? 腕くっつけてかかってこいよ」
我ながら、ふざけ過ぎた言い方だったとは思う。普通に「『治癒』しろよ」程度の気持ちではあったのだが。
いや、それでも無理があるか。千切られた四肢をくっつけるなんて、普通の魔導師にそれだけの『治癒』が使えるはずがないのだから。魔王を基準にしてはいけないな。
案の定、魔導師達はそんな俺に狂気染みたものを感じたのか、うろたえるばかりだった。まあ、普通はそうなるだろうが。
そんな中で、俺に腕を千切られた一番若い魔導師が、転がるように杖に飛び付き、左手に持ったそれを俺に向けた。その手傷でよくやるものだと、素直に関心。
「この野郎、死ねぇ!! 【此処に其の】……」
ただ、罵声が余計だと思った。
再び、地面を蹴る。今度は五メートルと離れていない。瞼が動くより早く距離は詰まる。
そして、俺は貫手を作り──
「ウぶォっ!?」
男の喉に、突き立てた。
「もう詠唱なんかできねえな」
ぶしゃり、と肉と血の感触から手を引き抜きつつ、言う。
男は答えることもできない。喉が潰れていればそれも当然だろう。
耐え切れず、俺の前で膝をつく男。喉と腕から血を噴き出し、喘ぎすら声にならない。
俺はその男の頭を掴むと『凍結』を行使した。
上手く制御が利かない魔力は、たちまち男の全身を、噴き出す血の飛沫すらまとめて凍らせ、そのまま俺の足下にまで氷を走らせた。
「なっ!?」
魔導師達が驚いているが、俺も内心驚いている。まさかここまで手加減が利かなくなるものとは……
いや、手加減はしないって決めたはずだ。これでいい。
男は死んだだろうか。死んでなきゃ、後でブチ割ればいいか。
あと三人だ。
◇
「【此処に其の者を焦がす火炎あれ】!」
「【此処に其の者を切り裂く風刃あれ】!」
二人がそれぞれ別の魔法を俺に放つ。『火炎』と『風刃』だ。
これをまともに一度に食らうとなると、俺は炎の風に巻かれ、切り裂かれることとなるだろう。相乗効果だ。俺が火事に使った『吹雪』とはベクトルが正反対な魔法と言えるだろうか。
「まあ、まともに食らう気なんてないけど」
両腕に魔力を集め、それぞれ二人に向ける。式構築を一瞬で終わらせ、魔法を発動。
丁度例に出た『吹雪』だ。冷気が一度俺の両腕の周囲を滞留し、それから前方へ放射状に撒き散らされる。
名前通り、極々限定範囲の吹雪……いや、それよりなお酷い極低温の雪風が吹き荒れ、『火炎』と『風刃』が飲み込まれて霧消する。
その様をぎょっとした顔で見つつ、二人の魔導師はなんとか俺の『吹雪』の効果範囲から逃れようと横に飛ぶ。
が、間に合わなかったようだ。半身を寒風に晒され、凍らせつつ、二人は呻きながら転がった。
……ほんの少し避け損ねてこれか。本当にどうしようもなく、調整が利かねえな。
──と、そこで気付く。
『吹雪』の巻き添えを食らわないように、事前に少女の周囲に『結界』を張っていたのだが、その向こうにいたはずの魔導師最後の一人がいない。
それを確認した瞬間、俺は『探知』を発動する。
だが、反応はない。
――『隠蔽』か。
『隠蔽』で魔力と気配を消されると、片手間の『探知』では見付けることができない。魔力の出力をダダ上げすればその限りではない、かもしれないが、それを試す時間もないし、必要もなかった。
俺の左方向の視界外から、男が杖で殴りかかってきたからだ。
「うぉっ!」
「ぬぅっ!?」
俺と杖の間で、空気と光が弾ける。『探知』が効果を為さない、とわかった瞬間に展開した『障壁』に、何らかの魔法が叩きつけられたからだろう。
まったく予期していなかった方向からの攻撃だった。若干冷や汗が出る。これからはとりあえず『障壁』は常時使用しておくべきだろうか?
「ふざけた魔力だ……!」
魔導師は灰色の髪を揺らして後ろに飛び退く。『身体強化』を使っているのだろうか、瞬発力は運動不足の魔導師のものとは思えなかった。
だが遅い。
俺も『超化』をかけつつ追い縋り、右手に『凍結』を発動する。
「うるぁっ!!」
「うぐっ!?」
振り下ろした右手は空を切り、地面を打つ。
そこから周囲数メートルが一瞬で凍りつき、いくつもの氷柱が突き立つ。
……と思ったら、さらに俺の右腕まで氷に絡め取られていた。加減が利かないにもほどがあるだろ、これ。
「くそったれ!」
俺が自分の『凍結』で動けなくなった隙に、魔導師が襲ってくる……かと思ったら、倒れている少女に走り出していた。
正直、一番困る反応だった。そのまま彼女を連れて逃げるのか、あるいは俺に対する人質にする気か。
俺は慌て、無理のある姿勢で左手を男の背に向け、『氷矢』を放った。
「あれっ!?」
『氷矢』を放ったかと思ったら、俺の手の前にできたのは『氷槍』より巨大な氷の円錐だった。
……なんかもう嫌になってきた、この融通の利かなさ。
仕方なく、できた氷柱を引き裂き、砕き、無数の氷の針と化して飛ばす。期せずしてできてしまったこの新しい魔法は『雹撃』とでも呼ぼうか。そんなことは今はどうでもいいのだが。
「ぬあっ!?」
俺の『雹撃』の発動を感知してか、振り返って回避と防御の体勢に入る魔導師。『障壁』も使えるらしい。しかも無詠唱でだ。ショットガンのように迫る氷片群は淡い光の壁に弾かれる。
だが、それで足が止まった。
俺も、氷から手を引き抜き終わった。
「行くぞこの野郎」
氷魔法の使い過ぎか? 俺の頭は酷く冷めて、澄み切っていた。
呆れるくらいに清々しく、「殺す」以外のことが考えられない。
『超化』して跳ぶ。自分では感じないが疲労はあるのか、速度は落ちていたが、間合いはすぐに詰まった。
そこを迎え撃ってくる男の杖。そうそう簡単にはいかないか。
「この……小僧がぁ!!」
「うるせえ」
振るわれる杖の振り下ろされる軌道が、その周囲の空気が歪んで見える。さっき殴りかかってきた、いや斬りかかってきたのは、風の魔法だったか。恐らく『風刃』、それを杖に纏わせ剣の代わりとしているのだ。
だが、まったく怖くない。
手を伸ばせば届く距離。瞬きする間に相手を殺せる距離。
意味はない。『超化』した俺には全部止まって見える。
それにこの距離で俺相手に魔法は、ただの無謀だ。『障壁』すら必要ない。
「死ね……っ!?」
振り下ろされる杖を、俺は掴み取る。切れはしない。押し込めもしない。
そのまま触れたところから凍り始める。お馴染みの『凍結』だ。やはり直接触れて使うのが一番具合がいい。
「てめえ、ちょっと凍ってろ」
「あ、があぁあぁぁぁっ!!」
一秒と経たず杖から腕まで『凍結』が進み、さらに二秒後には顔の半分を除いた上半身全部が凍りつく。そこで手を放し、『凍結』を止める。
不格好な氷像が一丁上がりとなる前に止めたのは、何も俺が博愛主義者だからでも、怖れをなしたわけでもない。聞きたいことがあるからだ。
それに、こいつを凍らせて終わりというわけでもない。
「くそ、この野郎!!」
「死ね!! 【此処に其の者を穿つ氷槍あれ】!!」
先に一時に凍らせていた二人が、俺が止まったところを狙い『氷槍』を放ってくる。
だが、それも無謀だ。
俺は、俺が放つよりも相当に速度の劣る『氷槍』に手を向けると、一気に魔力を放出しそれら『氷槍』の魔法構成に干渉する。といっても、ただより大きな魔力をぶつけて魔法をブチ壊すくらいしかできないのだが。
とにかく、そうして『氷槍』は分解、空気中で氷片、さらに水滴となる。
「なっ……」
驚いている暇はないぞ。
それらの水分を、今度は俺が魔力で操作。飛沫を使い、凍らせ、今度は直接『雹撃』を作ってブッ放す。
氷の散弾を頭にまで食らった一人は血を噴いて吹っ飛んでいき、もう一人は腕で頭部を庇い直撃も避けたものの、衝撃で踏鞴を踏んでいた。
そんな隙があれば今の俺なら十回は殺せただろうが、命は一つしかないから、殺すのも一回でいい。
ゆるりと距離を詰めつつ、手元に魔力と水分を集中。今度は、今の魔力アフターバーナー状態の中でもなんとか制御しようと努力し、その甲斐あってか、思い描いた通りのものが俺の中に創られる。
それは、いささか幅の広い、反りある刃を持つ氷の剣。
『氷刀』とでも呼ぼうか。即席の手持ち武器として初めて作った割には、中々様になっていた。
そしてそんなもので何をするのかといえば、当然決まり切ってることで。
「なっ、や、やめ……」
「やめない」
無造作に振り上げる『氷刀』が、男の腕と杖を切断。ほとんど抵抗もなかった。自分で作っておきながら何だが、切れ味がよ過ぎて怖い。
あまりにすっぱりと腕を切断され、痛みを感じる間もないのか。男は目を見開いたまま固まっていた。
その胸に、心臓に、引き付けた『氷刀』を滑り込ませる。
「か、はっ……」
静かに息と血を吐きながら、後ろに倒れる魔導師の男。
『氷刀』がその動きにともない、するりと胸から抜ける。透き通る氷の刃に、ぬらりと粘性ある血液がこびり付いていた。
……ああ、死んだのか。殺したのか、本当に……
感慨なく、血を見てそう思う。切れ味よ過ぎて突き入れる感覚が薄かったせいか、実感まで薄い。
もう一人に至っては触れずに頭をブチ抜いて殺したのだから、殺人の感覚も糞もない。ただ結果が残っただけだ。俺が人を殺したという結果が。
何ということもなかった。
本当に、何ということも……
「貴、貴様……何者だ……何者なんだ……その魔力……」
一番年長で、恐らく一番の実力者であり、そして最後の生き残りである魔導師が、俺に問う。ほぼ氷像と化して倒れ込んだそいつの前に歩み寄る。
「『風刃』も……『氷槍』も……どうしてお前には効かない……!」
「魔法を壊しちまえば、そんなもんただの風と氷だろ」
「壊す……? 何を言って……そんなこと、できるわけが……!」
「言ってもどうせわからねーだろーと思ってたよ」
雑な説明だが、端的だ。俺にはそれだけの理屈でしかない。
単純に、こいつらは力負けしたというだけのこと。魔王の前で簡単に構成解かれるような魔法を使ったのが悪手だっただけだ。
魔王の記憶の話ではあるが、勇者達一行の魔法は、そんな甘っちょろいものじゃなかった。複雑に組み上げた魔法式に則りつつ、強力な魔法を間断なく用いることで余裕を奪い、魔王による「魔法の無効化」なんて馬鹿げた真似を防いでいたのだ。
まあ、そんな芸当をこんなごろつき魔導師達に求めるのも酷だがな。
「こんな真似を……一体お前は何者だ……それだけの力があって、何故こんな森に……本当にヒトなのか、お前は……!?」
「どうだっていいだろ。やりたいようにやってるだけだ」
そして今度はやるべきこともやる。きっちり片をつける。
後腐れなく、すっぱり殺す。質問にはもう答えない。
『氷刀』を持たない左手を男に向けて、俺は言った。
「楽に死なせてやる。だから、この森に何人お前の仲間が入ったか言え」
「な……そ、そんなものいない……我々だけだ……!」
「そうかい。言わないなら苦しいだけだ」
左手で男の凍っていない頭右半分を掴む。何が始まるかわからないという様子で男は息を荒くして、恐怖の表情を浮かべる。
その反応は正しい。死ぬよりも怖ろしいことっていうのがこの世界にはあるものだ。
「初めてなんでな。ブッ壊れちまうかもしれないけど」
「な、や、やめ……オアァアァァァァァアァァァァァ!?」
魔力を左手に集め、男の頭に叩き込む。
脳内を魔力が走る感覚が伝わってくるようだった。
俺は初めて、『精神操作』を他人に使った。魔力で人の脳を、精神を、そして記憶を走査している。
ただ、送り込む魔力が膨大過ぎた。駈け巡る俺の魔力は脳内血管をズタズタに引き裂き、脳細胞を焼き尽くして回り、そうして片端から壊しながら、必要な情報だけを引き出して回っている。
あまりに過激な『精神操作』……いや、『読心』とでも言い換えようか。
脳味噌が破裂するのは間違いないな。
「ア、ガ……この、悪、魔……め……」
乱暴に掻き混ぜられる思考の中で、男がようやっとそう吐き捨てる。
だが、「魔王」である俺にその程度の罵声は、何の意味もなかった。
◇
ばちゅん、と音を立てて、男の顔の穴という穴から血が噴き出した。
俺はその返り血を浴びた手をずるりと男から放しながら、真っ赤に染まった手で拳を二度三度作ってみる。
初めて行った『読心』……記憶の引き抜きは、半分成功、半分失敗と言える。
あと何人がこいつらと一緒にこの森に入ったのか、それはわかった。七人だ。総勢十一人、うち魔導師でない者も三人混ざっている。
最も魔法の実力がある者が俺に当たり、後は陽動ないし少女の拉致を担当していたらしい。今は事の趨勢を見守りつつ潜伏し、あわよくば混乱ではぐれたルウィンを捕らえようという腹積もりだ。
そこまではわかった。
わかったのだが、実際それだけだ。
あまりに検索条件を狭め過ぎたせいか、あるいは俺がヘタクソなせいか。『読心』はそれ以外の男の記憶を全てブッ壊し、殺してしまった。
そのつもりだったから、と言ってしまうとそれまでだが、これでは相当量の魔力を使った少し便利な尋問、いや拷問殺人魔法でしかない。
まともに使うには訓練が必要だろう。それには実験台が必要なわけで、使い物になるまでどれだけ俺は人間の頭を破裂させればいいのか……
そんなことを考えながら、俺は立ち上がり──
「のわっ!?」
どん、と背中を押された。
誰にだ? 突然のことで混乱しながら、俺は転がって振り返る。
と、そこに、あの少女が立っていた。
今まで気絶していたのに、何故?
自分から動こうとしないのに、どうして俺を押したんだ?
そんなことを考え、それから、それら全ての疑問が全て消え去る。
彼女の胸から、氷の槍が突き出していたからだ。
「……え?」
間抜けな声を上げる俺の前で、少女が血を吐く。
咳き込み、また血を吐く。虚ろな目が、わずかに痛みで歪む。
それから、膝をついて、倒れようとする。俺は思わず、反射的に走り寄ってその肩を支えた。
「お、おい!! おい!! 何だよこれ!!」
質問まで混乱していた。当然、少女は答えない。俺に項垂れ、Tシャツを吐血で濡らすばかり。
何が、何があったんだ。混乱する俺の目が、彼女の背後を見回し──
見付けた。
魔導師だ。一番若い、俺が最初に凍らせた男。全身を凍らせて殺したと思っていた、思い込んでいたそいつ。
そいつが、全身に氷を纏わり付かせ、皮膚をビリビリに破かせながら、左手を俺達の方に向けていた。
杖はない。喉も潰した。となると、可能性は一つ。無詠唱魔法だ。切り札か何なのか知らないが、それを隠し持っていたのだ。
そして俺に向けて無詠唱で『氷槍』を放った。気の抜けていた俺はそれに気付かない。それを目の前の彼女が庇って……
どうして? 何故? 彼女が俺を?
そんなことは命じてない。庇えなんて言ってない。なのに、何故。
何もわからない。頭の中が真っ白だ。
けど、男が再度『氷槍』を展開したのを見て、何をすればいいのかはわかった。
「てめえ」
少女を横たえながら、俺は地面を蹴る。同時に男の無詠唱の『氷槍』が放たれる。
『超化』を発動した俺には、その『氷槍』は詠唱がないからか、速度も大きさも大したことがないように見える。精々、何の魔法の心得もない少女を貫く程度の威力だろう。
そんなものを撃たれて、庇われた。
庇わせた。彼女を傷付けさせた。
男も、俺自身も、何もかもが許せなかった。
「てめえぇぇぇぇ!!」
迫る『氷槍』を、『氷刀』で上段から両断する。左右に裁断された氷片が俺を叩いて弾かれていく。
二の矢が続くわけもない。男は既に満身創痍。俺の『凍結』から脱出し、『氷槍』を二発撃てただけでも御の字だったろう。
だが、容赦はしない。
最後まで、徹底的にやると決めたのだ。
「おあぁっ!!」
『氷槍』を左手に直接展開。氷に包まれた腕から一気に体温が奪われる。骨まで凍りそうな冷たさだった。
関係ない。前に突き出す。
「ぅゴッ……!!」
男の胸に、左手の『氷槍』が深々と突き刺さる。
抵抗はまるでなかった。でっかい豆腐に腕を突っ込んだみたいだ。人間の身体ってのはこんなに脆かったのか。
腕を引き抜く。男が吐いた血が顔にかかる。気持ち悪さはあったが、それも今はどうでもいい。
「おおアァぁぁぁぁァァァァ!!!」
右手に持った『氷刀』を振る。自分でもどうやって振っているのかわからないくらいに、身体ごと横薙ぎに振っていた。
わずかに刃に抵抗が乗った。その後は空を切っていたのだろう。
勢い余って一回転し、傾ぎながら姿勢を整え、前を見た。
そこに、男の首が取れた身体が立っていた。
胸の風穴と、首の断面から血を噴き出す。その勢いに負けるように、首なし死体はぐらりと傾ぐと、そのまま後方にばたりと倒れ込んだ。
完全に、死んだ。
左腕の『氷槍』と右手の『氷刀』が、役目を終えて水となる。びしゃりと落ちた水が跳ねて、俺の足を濡らした。
殺した。四人とも、完全に死んだ。
俺が殺った。
今度こそ、きっちりと……
……いや!
そんなこと考えてる場合じゃない!
「くそっ!!」
俺は転げるように、胸を貫かれ倒れ込む少女に走り寄った。
初殺人です。
もっと早く人殺したかったなぁ……(サイコパス)