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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.1 Induction
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十三話 友達を見る目で

 持ってきたシカ肉で作ってもらったスープを昼飯に。食べ終わって礼を言い、欠伸しながら長の家を出る。

 広場の片隅では、ウルルが子供を腹に寄りかからせ寝させていた。それを眺める彼の目付きは飢えた光を湛えていて……冗談だ。慈愛に満ちていた。多分。

 彼にも残ったシカ肉で腹を満たしてもらう。量は少ないが、夕飯を豪勢にするので我慢してもらおう。まあ結局シカかイノシシの肉なのだが、最近、薫製も作るようにしているのだ。飽きはしないと思う。ヒトじゃあるまいしな。そんな我儘は言わないだろう。


 そんな風にぼんやりしていると、川から二つの水桶で水を運んできたと見えるセーレと目が合った。


「あら。こんな所に」

「よう」

「楽しそうね、それ」


 セーレが言う。俺は、ぼんやり座りながら右手の上に魔力を集め、一掴み程度の氷の塊を作って暇を潰しているところだった。


 氷……そう、気が付けば、俺は氷系の魔法を多用するようになっていた。

 魔王である俺はどんな魔法の知識もあり、得手不得手は基本的にない。ないのだが、最近は自然と使う魔法に偏りが出てきていた。

 狩りの際には『氷矢』が基本だし、先のルーベンシュナウでも『氷矢』『氷槍』『凍結』『氷壁』を使ったが、例えば炎系などは夜に火を起こす時に使っただけだ。

 何故こんな偏りが出るのかというと、危険度と利便性を秤にかけた結果だ。


 炎の魔法で一度山火事を起こしかけたことがあった。それがトラウマになっているのもあるが、実際ここは森の中で、燃焼が拡大しやすい環境にある。なので、炎熱魔法の取り扱いには十分注意する必要があるのだ。


 一方で氷系にはその心配がない。木を焼くよりは凍らせる方が被害は少なく済むし、放っておけば溶ける。それに、威力の調整もしやすい。『凍結』によって直接凍らせることもできれば、空気中の水分を固化させ『氷矢』や『氷槍』として飛ばすこともできる。凍らせず作った『水球』は火を消したり何かを洗ったりに最適だ。


 とにかく、応用が利かせやすいのだ。使いやすさは正義である。

 なのでこうして、より慣れるために氷魔法の訓練をするのが最近の俺の暇潰しになっているのだった。


「まあ……つまらなくはない」


 氷を掴むと、一瞬で融解させ水へと変換。それで手を洗ってTシャツで拭った。


「運ぶの手伝うぞ」

「いいわよ、これくらい」

「そうかい」


 と言いつつ、俺は立ち上がってセーレの後について歩いた。

 彼女の家はすぐそこだ。立体的なフォーレスの集落だが、彼女とその家族は地べたの家に住んでいる。父母と娘の三人家族で、一度だけ顔を合わせて挨拶したことがある。いい人そうだったのは、まあルウィンだから当然だろうか。


 結局、水桶を一つだけ持つのを手伝った。俺はとにかく、小柄で華奢なセーレには酷な重量であるように思えたが、そこは慣れなのだろうか。手伝わずとも危なげなさそうに見えた。かといって手伝わないのは男としてどうだろうと思ったわけだが。


「ありがとう」

「いいよ」


 そんなやり取りを、家の裏で。

 大樹に寄り添う形で建てられているため、影になってやや暗い。人気もなく、二人でいると怪しい雰囲気なので、さっさと表に出る。

 そこで、後ろから声をかけられた。


「待って」

「ん?」


 振り返り、目を合わせる。やや駆け足気味なところが微笑ましい。


「少し話せない?」

「話すって何を」

「何でもいい。どうせ暇なんでしょう?」

「まあ、そりゃあ……」


 あの少女の面倒を見る、という用事があるといえばある。だがないといえばない。放っておいても勝手に出歩いたりはしないし、レリクやニルナさんがいる。俺がことさら気にかけなければならない理由は何もない。何もできないのだから。


「とりあえず、広場行くよ。ウルルの様子だけ見たいからな」


 ◇


「セーレと話しているとロキノが不機嫌になるんだよな」

「何それ。関係ないでしょう」

「そう思うか、お前は」

「どういうこと?ロキノが何なの?」

「いや、いい。気にしないでくれ」


 ロキノのことをまるで歯牙にもかけていないセーレの様子に苦笑。

 そんな俺を見て、不機嫌そうに顔を歪めるセーレ。本当にわかっていないようだ。ロキノの将来が不安だな。ヘタレに未来はない。


「変なの」

「そうかい」

「そうよ。町に行ってから、セイタどこか変」


 そうだろうか?そうかもな。そりゃあそうもなるだろうさ。

 ただそれを事細かに説明するのも情けなくて女々しいので、笑って誤魔化す。

 ついでに、話を逸らすことにした。


「町、ね。そういえば町で聞いたけど、魔王が死んだって」

「え?」

「魔王。勇者に倒されたって、祭やってた」


 俺が言うと白々しいことこの上ないが、そんなビッグニュースを聞いてもセーレは「そう、よかったわね」と淡白に返すだけだった。


「なんか、普通だな。もっとこう、わーってなるのかと思ってたけど」

「ここには関係ないことだもの。魔王の軍が攻めてきたことはないし、話も聞かないし。ヒトの方がよっぽど迷惑で、危険」

「ああ、そっかぁ……」


 北の霊峰が要害となって、北方の魔王領とは完全に閉ざされているミナス大森林。ここには魔軍どころか魔物の一匹たりとも入っては来れず、故にここのルウィン族にとって魔王との戦いなど対岸の火事であったという。


 ただそれでも、魔王の死が喜ばしいことであるのには違いない。特に、大人達にとっては、だ。子供達はまだよく理解していないが、結局のところ魔王が人類に勝利すれば、いずれ支配の手がミナス大森林の深部にまで届くのは確実なのだから。

 いずれ来るかもしれない暗い未来が回避できたのだ。それを喜ばない理由はない。ただルウィンが、世情に対してやや鈍感であるというだけのことだ。マリウルの帰還の報告でこの件が後回しにされていたことを思い出して、俺はそう思った。


「まあ、こっちは静かでいいな。ヒトの町ってのは、あんな頭に熱が昇ってるような場所だったかね」


 元々この世界の住人でもない、この世界のヒトを知らない、そして自身魔王であり、ヒトにとっての魔王の恐怖を知らない俺が言うべきことではないが、ついそんな風に言ってしまう。

 と、それに食い付くセーレ。ただし、俺が思いもよらない方向から、だ。


「本当にそう思ってる?」

「あ?」

「セイタは、本当は外に戻りたいと思ってるんじゃない?」


 セーレが何を言っているのか、どうしてそういう話になったのか、俺にはよくわからなかった。

 だが、セーレの表情は真剣そのもので、冗談吹かして聞いたのではないのは明らかだった。そもそも、ルウィンは嘘や冗談を言わないのだから。


「何でそんな、いきなり……思ってねえよ」

「本当に?」

「しつこいな、わかってんだろ?」


 セーレの表情は変わらない。緑色の瞳が見透かすように見てくる。そんな風に見られると、まるでこっちまで俺が嘘を吐いているように思えてきてしまう。


「セイタ、悩んでるみたい」

「俺が?」

「うん。町に行って……あの子を連れてきてから」

「……」


 言葉が詰まる。答えられない。

 それは確かに、正しい意見だと思った。


「……あいつ、変なんだよ。人形みたいに反応しないし、言うことだけは聞くし。どうしてああなっちまったのか、全然見当もつかない」

「長でも治せないの?」

「ああ。俺も色々やったけど、駄目だった」


 レリクは身体、精神問わず、治療に関する魔法に卓越していた。元々ルウィンというのは風と水、そしてそういった魔法に対して高い適性を持っているのだが、長く生きたレリクは特に頭一つ頭抜けた魔導師だった。

 そんなレリク、そして俺でも、あの少女に人間らしい情緒を取り戻させるのは無理だった。

 身体の細かい傷も治した。弱った内臓も回復した。栄養も摂らせて、落ち着いて眠れるように『沈静』の魔法も使った。

 それなのに、彼女はまだ人形のまま。


「──最早、呪いとしか思えん」


 レリクはそう言い匙を投げた。

 呪い。それは字義の如く、受けた者をあらゆる形で苛む魔法の一形態だ。

 その効果は対象を即座に殺すものではないが、その分永続性を持ち、心身を長きに渡り蝕む。ある意味殺すよりも惨い苦しみを与える闇に類する魔法だ。

 これの厄介な点は、実際に呪いがかけられているかどうかがわかり辛いこと、またかかっているとわかっても解くことが難しいことである。


 魔法に深い理解を持つレリクでさえも疑うだけに留まっていることから、その厄介さがわかる。俺にだってわからない。というか、俺はそういうのを見破る目はないのだ。魔力と知識だけのペーパー魔王だからな。

 魔力の残滓があればそりゃわかるが、それすら隠蔽されたら俺にはどうしようもない。少女のこともただの精神の病気か何かとしか思えない。


「セイタは、あの子を治したいのね」

「そりゃあ、な。見てて不憫だし、放っておきたくないし」

「お人好し」

「んだと」


 顔を顰める俺に対し、セーレは笑っていた。

 いつも外見より大人っぽく、やや冷たい印象を抱かせるせいか。余計に綺麗に見えてしまって、何か気まずかった。


「セイタみたいに誰にでも優しいヒト、聞いたことない」

「優しくなんかねえよ。お前だって俺が暴れるの見てただろ」

「私のために暴れたんでしょ」

「自意識過剰じゃねえのか?」

「違うと思うけど」


 まあ、そうなのだが。口から出まかせは俺の方だ。

 セーレは一つ息を吐いてから、問う。


「それで……この森を出ていくの?」

「それ、は……」


 返答に迷う。が、結局のところ、セーレの言う通りになるだろうと思った。

 レリクですらどうしようもない呪いを、ここに留まって解けるはずがない。手掛かりを探すなら森を出るしかないのは明白だ。

 しかし、それだって何もアテや確証があるわけじゃない。意味があるかもわからない。どちらに転ぶともわからない、可能性があるだけだ。


 ただ、俺は「ゼロ」の方を自ら選ぶ気はない。

 俺がミナスを出なければ、あの少女は「ゼロ」のままだ。


「……出るよ。でなきゃ、何にもならんからな」


 いつかは、そうするつもりだったのだ。

 確かにここは居心地がいい。みんな優しいし、素朴で、落ち付く。

 シェイルとアホみたいな話をするのも、マリウルと一緒に森を行くのも、セーレとこうして話をするのも、嫌なわけなんかありゃしない。


 でも、だから、俺はずっとここにいるわけにはいかない。

 レリクの厚意と監視に甘んじているわけにはいかない。

 あまり、綺麗なところでは生きていられない。俺はヒトで、魔王だから。


 本当にいつも、ないない尽くしで嫌になる。


「ひと月半か……ちょっと、長居し過ぎたよな」


 首の骨を鳴らし、一つ溜め息。「行く」と決めるや、若干名残惜しくなっている自分が嫌になる。

 あの少女を連れて、ここからどこかへ。アテがなさ過ぎて笑えてくる。


「どこへ行くの?」

「俺が聞きたいくらいだな、そりゃ」


 探すとなれば、魔導師か。それも、できるだけ高名で凄い奴がいい。でなきゃ、呪いのことなんざわかりっこないからな。


 そう返して、俺は本当に、無意識にセーレの肩を叩いていた。びくん、と震えて顔を強張らせたセーレを見て、思わず気安くし過ぎたことを自覚し一歩退く。


「あ、ご、ごめん。つい、なんか、叩きやすい位置にあったから」


 どういう言い訳だ。ただのセクハラだろう。

 と思ったのだが、セーレは特に嫌がる素振りもなく、俺を見ていた。本当に驚いただけのようだ。だったらいいけど。そう俺が思い込みたいだけなのかもしれないけど。


「……二回目」

「は?」

「セイタが私に触ったの、二回目」


 言われて、初めて会った時のことを思い出す。

 確かあの時は、腰が抜けたセーレの手を引いて立たせ、それから抱き上げてウルルに乗せたような気がする。初対面にしては中々大胆な接触だった……と考えるのは、履歴書の女性遍歴欄が空白な俺の過剰反応だろうか。

 いや、わざわざ言うくらいだからセーレだってそういう経験はないのだろう。まだルウィンとしては子供だし、ロキノはヘタレだし。


 ……だから、どうしてそういう方向で思考がぐるぐるするんだ。

 少し落ち付け俺。


「やっぱり、男に触られるのは嫌か。というかヒトか、嫌なのは」

「別に、そういうわけじゃない」

「そうかい……うん?」


 曲解すれば「お触りオッケー」みたいな反応。いや曲解し過ぎか。

 なんで今日はこんなに頭が桃色なんだ。いい加減『精神操作』使うぞ、俺。


 ……何だろうな。

 結局、俺も寂しいんだろう。セーレに後ろ髪引かれてるんだろうな。

 この世界に来て、初めてまともに知り合って、話した相手だ。友人と言っていい。セーレがいなけりゃ俺はフォーレスにも来なかったし、ずっとウルルと二人きりだったろう。それが嫌というわけではないが、こっちだって悪くない。

 たった二週間ぽっち程度の付き合いだけど、それで名残惜しくなるくらいに、セーレは俺にとって大きな存在になっている。

 そりゃ、別れるのも少しばかり辛くなる。俺だって、魔王だけどメンタルひ弱なただのヒトだから。


 でも、ずっといればもっと辛くなる。ここらで一度出て行った方がいい。

 別に、もう来れないってわけじゃないんだ。ここまで森の深くに来ると魔力が濃過ぎて『転移』は役に立たないけど、道は覚えてる。集落に通る川を上流へと辿って行けばいいのだから、楽なものだ。


 そうだ。だから、そんな寂しがることなんてない。


「まあ、とにかくそんなわけだ。さっさと準備して、出て行くことにするよ」

「みんなには?」

「別にいいだろ。長のとこにだけ言っておくから、セーレもよろしくな」

「うん……わかった」


 引き留めはしない。そんな無駄なことはしないのがセーレ達のいいところだ。

 もうわかっているんだ。その緑色の瞳は嘘を吐かせないし、吐かない。変な駆け引きだってやりゃしない。


 そんなセーレの澄んだ目を、思わず見惚れるように見詰め返し──


 ──突然、慌てた声が集落に響いた。


「火だ!森に火が!」


 どくん、と心臓が重く鋭く鼓動を打った。

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