百二十七話 欺き
言うならば、ショットガンだろうか。
俺の『雹撃』とは違う、正しい形でのショットガンだ。
爆発と衝撃のエネルギーを鉛の散弾ごと前方に撃ち放ち、破砕し、貫通する。人間の動きを止めるどころか、挽肉にするほどの威力。
放ったのは、奴の持つ右手の得物だ。何かの棒のように見えるが、短く、太い。持ち手の部分がわずかに湾曲している。
まるで短銃だ。いや、ソードオフされたショットガンそのものか。だが魔法を使った痕跡は感じる。魔導具なのだろう。俺の世界の銃と酷似した用途の、射撃性能に特化した魔導具……一種の杖。
威力は言わずもがなだ。密着すれば『氷鎧』を一点突破し得る。実際した。可動範囲の確保のために装甲が比較的薄い腹部とはいえ、剣のフルスイング程度なら余裕で弾くところを、容易く撃ち抜いた。『障撃』を張っていれば……いや、それも怪しい。
とにもかくにも、してやられた。捨て身の特攻、肉薄しての接射。『雹撃』に晒されながら、その身に食らいながら、よくもやったものだ。
奴が散弾杖を首に捻じ込む。確かにそこも『氷鎧』の装甲は薄い。一瞬でよく見極めた。完全に止めを刺すために、頭を吹き飛ばすために、魔力が杖の先に収束し──
──『氷鎧』の頭が、消し飛んだ。
◇
崩れ落ちる『氷鎧』の前で、奴が膝をつく。息を荒げ、咳き込み、それに伴い血が周りに飛び散る。
どうにか『障壁』を張ったとはいえ、『雹撃』は防ぎ切れなかったと見て取れる。盾にした左腕がズタズタに砕けて、千切れそうになっていた。
腹も、腰も重傷だ。止むを得ないとはいえ、接近したのが仇となった。近付けば近付くほど『雹撃』の初速も威力も上がる。それが咄嗟の一撃だったとしても充分致命打となり得る。
男は半ば死んだような傷のまま、ゆらりと立ち上がると、よろめきながら聖堂の外へと歩いていく。ベルプールと、ペイトを追うためであろう。
だが、そうさせるわけにはいかない。
その無防備な背に、俺は『氷刀』を突き刺した。
◇
「ガッ……なっ……!??」
血を吐き出しながら困惑する男から『氷刀』を引き抜く。その身体が支えを失い、ぐらりと前に倒れ込む──寸前に、俺へと向き直る。
右手の杖が俺に向けられる。やはりというべきか、その先は筒状になっていて、銃身のような構造をした特異なものであることが窺える。
……が、感心している場合ではない。それが俺に狙いを定める前に、持ち手ごと斬り落とした。
「ぐあぁぁぁっ!!」
ガランガランと手ごと杖が転がる。左腕から右手首から口から胸から血を撒き散らして、大変そうな奴が、それでもどうにか倒れず膝立ちで倒れながら、死相の浮いた顔で俺を睨み上げた。
「な、ぜ……」
「死んでないかって?」
黒コートを蹴り倒し、その胸の傷口を踏み躙りながら見下ろす。切なくなるほどの悲鳴が聖堂内に轟いた。
「残念だけど、お前が必死こいてブッ壊したのは人形だ」
男が目を見開き、喘ぎながら『氷鎧』へと顔を向ける。
そうだ。そいつの中に俺は入ってなかった。修復が終わった段階で中から出て、『氷人形』として戦わせることにしたのだ。
この黒コートがただ座して霧が晴れるのを待つとか、遠距離攻撃に終始するわけがないことは、何となくわかっていた。さっさと割れた窓なり何なりから出て行かず、戦い続けている以上、何か奥の手がまだあるのだと。
正体のわからない奥の手など防ぎようもない。対処しようもない。だったらいっそ使わせてしまえばいい。ただし俺に、ではない。
そういうわけで『氷鎧』と『氷人形』に囮になってもらうことにした。『雹撃』を撃たせ、牽制して煽りながら、俺はこの霧に紛れた。自分でも『白霧』を使いつつ、聖堂の長椅子の陰に隠れていた。
そして機を待った。この野郎が全部出し切って、隙を見せるその時を。
「後は実に楽だった。背中があんまりにも隙だらけでね」
「き……さ、ま……」
「卑怯とか言うまいね。クソの雇い主に、クソみたいな殺し屋が。今さら何も言える義理はねえよな」
黒コートは血を吐き、震えて千切れかけで、力の入らない左手で足を掴んでくる。振り払うのも面倒だった。
構わず、逆手に握った『氷刀』でその脳天に狙いを定める。強敵ではあったけど、紙一重でもあったけど、こうなればもうお終いだ。
恨みごとや辞世の句を聞いてやる義理もない。俺は躊躇わず、『氷刀』をその額に突き入れた。
◇
王都南端部のある廃屋で、その奇妙な光景は広がっていた。
ペイトが、足から血を流すベルプールを羽交い締めにし、仕込み剣を突きつけている。それを前に、人質を取られたかのように接近を躊躇う黒コートが二人。
まだいたのかこいつら。どれだけいるんだ。ゴキブリか。あるいは本当にこれが最後かもしれんが。
そうであることを願いながら、壁から滑り出てそいつらに駆け寄る。
「あがっ!?」
振り向く余裕も与えず、飛び掛かり様に籠手の刃を延髄に突き立てた。その悲鳴を聞き付け、俺に気付いたもう一人が振り向く。
が、遅い。その胸に空いた右手で『雹撃』を撃ち込む。そいつの身体がズタズタになりながらすっ飛び、盛大に壁に突っ込んだ。
やっぱり、魔法を使えるのはあのリーダー的黒コートだけだったのか。あからさまに他の奴らと装備や戦い方の質が違ったし。
ということは、あいつさえいなければまだこの連中がいたとしてもどうとでもなる……ということか? まあ、いいけど。
「遅れて悪い」
「いえ、問題ありません」
俺の謝罪に軽く返しながら、ペイトはベルプールの膝裏を蹴り下ろし、無理矢理座らせる。そこからさらに流れるように腕を極め、瞬く間に床に叩き伏せてしまった。実に手慣れている。
「ぐあぁっ! き、貴様ら、よくも、よくもぉぉっ……!」
呻くベルプール。ペイトが鼻を鳴らし、頭上から冷たい声をひっかけた。
「愚かな真似をしましたね。大人しくしていれば、まだ裁判の場で申し開きできる可能性も残っていたものを」
暴れて逃亡なんてことをしてしまったら、それも難しいだろうということだ。もっとも、多少の言い逃れでどうにかできるなんて状況をあの変態伯爵が許すわけもないだろうが。
「下らん正義感で、下らん真似を……! あの穢れた血族の、小娘に誑かされたと……何故わからん!? この愚か者どもが……!!」
まだ言うか。とことんエーリスとエーリスの家が嫌いと見える。ここまで来るともう陰謀論というか、病気だ。
何をどうすれば、あんな子が色々企むだのとか考えられるのだろうか。というか色々謀って陥れたのは自分の方だろう。先祖代々の恨みか何か知らんが、まだ十三かそこらの娘にそんなものをぶつけるなんざ真っ当な人間のすることじゃない。まして殺そうなどと。
こいつは狂ってる。死ぬべき人間だ。
殺すなと言われたから、命だけは丁重に扱うが。他は責任持たん。
俺が憤慨してる横で、ペイトはふんと鼻を鳴らし、言った。
「私はただお館様の命に従ったのみです。公女様は関係ありません」
ペイトの答えは明朗で簡潔だった。主人の思惑がどうであれ、彼自身は実に単純な思考原理で動いている。忠義者と言うべきか。
どちらかというと、俺だな。悪し様に言えば、誑かされたと言えなくもない。充分曲解すれば、ベルプールの言葉も俺には当てはまる。
でもそれでもいい。俺は俺を使う人間を自分で選んだ。それだけのことだ。
どちらかを選べと言われたら、当然エーリスにつく。当たり前だ。
正義感とか恨みとか何だとかは、俺には関係のない話だ。そっちで勝手にやってくれ。
まあ、それももう終わりだろうが。
「後はムショで好きなだけ喚いてくれ。お仲間と一緒にな」
告げながら、俺はベルプールの顔面をサッカーボールの如く蹴り飛ばした。