表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.5 Siege
126/132

百二十四話 僕らは不審者

 大聖堂の大扉をするりと抜けた俺達を、恐怖と奇異の視線が貫いた。

 黒や紺に近い修道服の聖職者達、そうでない市民達、あるいは貴族。身分の違いに関わらないその慄きに逆に気圧されるが、すぐに当然か、と諦める。


 何せ俺とペイトは、道中十人余からなる敵と斬り合いながら走ってきたわけで、その返り血でべっとりな凄まじい風貌をしていたからである。

 しかも大半は俺が至近距離の『雹撃』で止めを刺していたわけで、どちらかというと俺の方がサイコでスプラッターな見た目であることは否定できない。そんな人間が入って来たら何処でも誰でもビビる。俺だってビビる。


「な、何事ですか!?」


 どこからかおっさんが声を上げた。駆け寄ってくるおっさんは黒いカソックを着た中年で、見るからに聖教会の坊主である。実際そうだろう。不思議と威厳のようなものを感じないのは、俺達に向けるあからさまな恐怖の視線が原因だろうか。


 というか、この国における聖教会が大したものではないという事前情報のせいだろう。少なくとも今の俺達にとっては、どうでもいい。


「見えるか?」


 おっさんを無視して押し退け、ペイトに問う。そのペイトは聖堂の中まで入り、数秒見回すと、振り返って首を振る。


「人はそれほどいませんが、死角が多過ぎます」

「隠れてると?」

「それはそちらの仕事です」


 要するに索敵だ。分担すべきところはそうすることに一切の躊躇いがない。実にわかりやすい、できた性格をしていらっしゃる。


 ならば俺も、おっさんの相手を任せるとしよう。


「待ちなさい、一体何なのですか! そのような格好で……」

「お静かに。こちらは急務です」

「何を……! ここを何だと心得ているのです!?」


 口論を後ろに聞きながら『探知』を伸ばす。

 馬鹿みたいにデカい聖堂だが、それに比して中にいる人間は少ない。精々七十から百といったところか。この国の信心が見て取れる。

 当然、一人一人の反応の違いなんてわかりはしない。追いかけているベルプールは魔導師でも何でもないただの人間だ。加えて、奴が連れている護衛もいるのかいないのかわからない。十中八九いるだろうが。


 ただし、今回ばかりは事情が異なる。

 ベルプールの反応はわからないが、奴の居場所はわかる。奴を後ろから殴った時に、『楔』を打ち込んだからだ。

 偶然にも近かったが、それが今回は功を為した。だからここまで戦いながら追いかけてこられた。


 本来、『楔』は人体に定着しない。魔導師でなくても人間や生命には魔力の流れがあり、それは容易く『楔』の構成を乱してしまうからだ。

 もって三十分から一時間か。だが、今はそれで充分だった。


「いる。左前方、動いてない。隠れられてると思ってるのかもな」

「では、手短に済ませましょう」

「そうな」

「待ちなさい! この神の家で、暴力や争いなど……!!」


 食い縋り、怯えながらもペイトに掴みかかってくるおっさん。

 今の人を殺す目をしたペイトによくやる。わかってないのかもしれんが。


 逆に掴み返して、おっさんを壁に押し付けるペイト。周りで事の趨勢を見守ってきた市民やシスターらしきお姉さんが悲鳴を上げた。

 お止めなさい、と言いたいところだが、状況が状況だしな。諦めてもらおう。俺も止めるの怖いし。


「ところでペイト君、君は神を信じてるかね?」


 俺が尋ねると、ペイトは怖ろしい目で俺を見返してきて答えた。


「自分が信じるものは姉さんと、ドゥナス様以外におられません」

「さいですか」


 いい答えだ。頑固なのもたまには悪いことじゃない。怖いけど。

 ペイトは喚くおっさんを乱暴に放り投げ、俺に続く。悲鳴とともに周りの人達が退いていく。顔を覚えられたら面倒なのでフードを被り直しておいた。毎度のことながら手遅れかもしれないと思ったが。


 『楔』の反応に向けて、ゆっくり距離を詰めていく。ここまで来てまた逃げられたらたまったものではない。もっとも、こっちでさえ辟易してるところで向こうに体力が残っているかも怪しいが。

 貴族の割にはよく走ったものだ。もう終わりでいいだろう。


 隠れているであろう、柱の陰に狙いを定める。距離は既に十メートル足らず。ここからなら出てきたところで、並の速度なら問題なく対応できる。足を潰して捕まえて、それで終わりだ。

 問題は、(ベルプール)の護衛だ。ただ主人が捕まるのを黙って見ているわけがない。それでは何のための護衛かわからない。

 警戒はしている。だが仕掛けてくるなら、ここが最高で最後の機会だ。


 そして、実際それは起こった。


 バシュ、と音を立てて、柱の陰から濃い霧が噴き出した。それは瞬く間に周囲を埋め尽くし、視界を白く染め上げ、完全に覆う。


「何が!?」

「注意しろ!」


 珍しく驚いたと見えるペイトに警告しつつ、俺は全身の急所を『氷鎧』で覆った。振り向かず、視線も動かさない。こんな悪い視界では辺りを見回すだけ無駄だと思ったからだ。


 俺の『白霧』に似た魔導具か何かだ。一瞬で視界を奪う。いつぞや、エーリス達と会った酒場と似たような光景が広がる。光景というか霧だが。

 これに乗じて逃げるか襲うか。だが、この策は……


「破れかぶれだ」


 そう断じることに一切の迷いはない。ここまで俺達に追い詰めさせることに意味があったとも思えない。

 正真正銘、最後の抵抗だ。ここに全部を賭けてくるはずだ。それこそ、主人のベルプールすら囮に使う勢いで。


 そして、実際、それは近付いてくる。

 気配の代わりに、空気の流れを肌で、耳で、感じる。

 上から、やってくる。


「おわっ!?」


 慌てて転がり、回避した後方でガンと高い音が響く。剣が床に突き立ったのだろうか。なら少なくとも、誰も被害者にはなってないということ。

 しかし安心する間もなく、霧の向こうから影が突進してくる。黒いコートに、銀色の鋭い輝き。刃が空気を切り裂き、俺目掛けて──


「うらっ!」

「ぬぅっ!」


 籠手のナイフで弾く。受け止める。返す刀を後ろに転がり避ける。

 すぐさま、『雹撃』を右手に展開して差し向ける。だが、それを看破されたのか、すぐに霧の濃い方へと逃げられる。こうなると誤射が怖い。下手に撃てない。『雹撃』は展開したまま、声を張る。


「ペイト! そっちは!?」

「ぐっ……無事、です!」


 と言う割には、声と一緒に激しい剣戟の音が聞こえてくるわけだが。しかも周りからはさっきよりも格段に大きな悲鳴も聞こえてくる。

 大聖堂の中の人達が、この霧で逃げあぐねてパニックになったのだろうか。これは実際危険である。下手すれば普通にこのまま巻き込まれて犠牲者が出かねない。それも一人や二人じゃ済まないだろう。


 失敗だったか。こんな場所で追い詰めるべきじゃなかったか。そのことは今は置いておいて、犠牲も覚悟で戦うべきか。

 大局的には、それでも仕方ないと言い訳がつくだろう。ここの一般市民には悪いが、俺には何の義理もないし。それにかまけるよりは、明らかにこの国にとって危険なベルプールを捕まえる方が優先される。最終的に全部奴のせいということにもできる。


 だが、後味は悪い。エーリスにも顔向けできない。

 できることはしておくべきだろう。上手くいくかは別としても。

 ここで取るべき手段は、使うべき魔法は──


「ペイト、耳塞げ!」


 指示を出し、答えを聞かないまま準備に入る。気にかける余裕はない。申し訳程度に心配だけはするが。

 腹の前で構えた両手の間に、魔力と、周囲の空気を集める。それにそのまま圧力を込めて、圧縮する。球を作る。膨れ上がるのを押さえて、さらに圧縮する。押し返されそうになるのを魔力と腕力の両方でねじ伏せる。

 しかし、長くは留めておけそうにない。空気の塊は流れを生み、風の塊になって、両手の間で暴れ狂う。今にも掌の皮を引き裂いて、吹き飛んでいきそうだ。それを強引に捉え続ける。


 そして……放つ。頭上へと。


 鼓膜を激しく打つ、莫大な圧力の塊が破裂し、拡散し、周囲を強烈に叩いた。聖堂の中を駆け巡る衝撃がいくつかステンドグラスを割ったか、高い音が響き、耳障りな音楽のように人々の悲鳴が轟く。

 それと同時に、霧が跡形もなく引き裂かれ、吹き飛ばされていた。魔導具から継続して生成されていたようだが、関係ない。それを上回る衝撃波と暴風の炸裂が、全てを押し流してしまっていた。


 視界が、確保された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ