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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.5 Siege
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百二十一話 後は地獄に堕ちるだけ

 籠手で思い切り殴りつけたベルプールが倒れる。

 それと同時に、左にいた護衛が声を上げて掴みかかってくる。


「貴様、何をっ──!?」


 その腕を掻い潜り、顔に裏拳を叩き込む。顔の半分を凍らせながら、男が悲鳴もなく崩れ落ちる。

 間髪入れず右の奴の懐に潜り、腹に拳を捻じ込む。くの字に折れたところで後頭部を掴み、顔面を床に叩き込んだ。


「あガっ……」


 立ち上がって後ろも見れば、最後の一人も首を切り裂かれて背中から倒れるところだった。やった人物は俺と同じ黒コートを翻し、俺へと向く。会った時から変わらず妙に苦労症っぽい目が印象的だった。


「ハウゼンさん、伯爵とお嬢さんを呼んでくれますか。俺は╽これ(ベルプール)を見張ってますから」

「ああ、わかった……」


 フードを取り払って茶髪を晒し、向こうに歩きながら小さく「参ったな」と呟きを漏らすハウゼンさん。

 さっき会ったばかりの彼に妙な親近感を覚えながら、俺は倒れたベルプールに目をやるのだった。



 ◇



「こちらが今回協力を煽ったハウゼン殿だ。陛下の近衛騎士だよ」


 学術院の人がいない暗がりで合流した伯爵に、そうしてハウゼンさんを紹介された。

 茶髪に体格のいい、三十代半ばほどの男だった。近衛騎士というだけあって雰囲気はある。が、どこか不安げで参ったような表情に愛嬌があるように見えなくもない。そんな人だった。


「無理して接触した甲斐があったよ。お陰で陛下がこっちに三人も回してくれたんだからねぇ」

「ドゥナス卿、それは皮肉ですかな……?」

「まさか! 人手が足りない今、三人でもありがたいよ! 本当に!」


 伯爵はいつも通り笑っていたが、言い方はやっぱり皮肉めいて聞こえた。多分その場のみんなそういう風に聞こえたと思う。


「それで、ドゥナス卿、作戦の説明を……」

「ああ、そうだね!」


 パン、と手を叩いて伯爵は説明を始めた。

 やることは単純だ。俺とハウゼンさんがベルプールの隠密に紛れて近付き、その口から直々に、奴の悪事なり計画なりを吐き出させる。

 状況証拠が揃い次第拘束に移ってもいいということだった。危険ということがわかればとりあえずブチ込める。罪状は後から洗い上げていけばいい。何かガバガバな司法制度のように思えたが、これで逆に臨機応変に容疑者をドン底にブチ込めるのかもしれない。


「残念ながら工作がちょっと間に合わなくてねぇ。面倒だし時間もないし、本丸から落とすことにしたよ」

「そんな簡単に申されましても……」

「不安はわかるよ。ハウゼン殿には迷惑をかけるねぇ」


 何でも、今のベルプールは「ちょっと怪しいところがある」程度にしか思われていないらしく、それを表立って公爵殺しの罪で糾弾するとなると、国王であっても相当マズい状況になろうものだという。相手が主戦派の大重鎮というのが悪いのだろう。そもそも証拠が揃ってないというのもある。

 そこでハウゼンさんが、もしもの時は一人で責任を引っ被るという体でこちらの要請に応じたわけだ。しくじったら切り捨てられ、成功すれば国王がベルプールを責め立てるための材料が手に入る。

 どっちにしろ被害は最小限で済むということである。ハウゼンさんにしわ寄せが来るというところに目を瞑れば、これは良策だ。


「もしかすれば陛下にまで被害が及ぶかもしれないというから協力しますが、少し後悔していますよ……大丈夫なのですか?」

「大丈夫さぁ。八割方詰んでるよ、この勝負は」

「後の二割は……?」

「運次第……いやベルプール卿次第か?」


 ハウゼンさんはこちらまで胃が痛くなるような面持ちで沈んでいた。下手すれば近衛騎士から変態伯爵の共犯で国家反逆罪とかそんなあのアレだ。転落人生とかいうレベルの話ではない。洒落にならん事態である。気の毒過ぎて吐き気すら覚える。

 ただまあ、この人というか、国王側の人間がいなければ成り立たない作戦である。ここは心を鬼にして無視しよう。

 断じて気遣うのが面倒とかいうわけではないのだ。俺に気遣われても迷惑というものだろう。そういうことにしておく。


 用意周到なことに既に秘密裏に無力化されていた隠密二人になり代わるため、見慣れたあの黒コートを着込む。顔までほぼ全面隠すからまずバレないというのが伯爵の談だったが、不安は残る。今さら言ってもどうにもならないが。

 まあ、俺だけならいいのだ。俺だけでは済まないから問題なわけで。


「では、こちらのお嬢さん方は借りるよ」

「気乗りしないな……」


 何やら、シオンとキリカにまで出動要請が出てしまったのだ。単純に人手が足りないからという理由で、エーリスの付き人の役回りで。


 俺とハウゼンさんが実質的な実働員なわけだが、表向き動くエーリスと伯爵は直接ベルプールと会う。

 役目は陽動と挑発である。焦り出しているベルプールはエーリスを見れば、まず間違いなく暗殺の指令を出す。その言質を取るのがハウゼンさんの目的なわけで、こちらもなくてはならない役割だ。懐に飛び込むということで危険なことに変わりはない。

 で、そこにシオン達も付くということになっていた。


「あまり無勢過ぎても逆に疑われるからねぇ。数合わせということで協力してくれないかな?」


 魔法学術院(こっち)に来る前のブリーフィングでそう頼まれ、俺は嫌だったが、二人は二つ返事で了承してしまった。


「私にも手伝わせてください。セイタさん」

「危ないのはわかってるけど、いつまでもお荷物は嫌よ」

「荷物とか……そんなこと俺は思ってねえよ」

「それでもよ。私達だってできることはやりたい」


 本当は嫌だった。嫌だけど、そうまで言われたら俺も強く出られない。

 そうして、シオンとキリカはユリアさんと一緒にエーリスに付くことになった。


「大丈夫さ。上手くいくよ。私の見立てが正しければね」


 威力要員は俺達だが、事の次第は伯爵とエーリスの煽りにかかっている。自分でどうにもできない部分でやきもきするのは我慢ならなかったが、それでも伯爵の自信満々の笑みを信じるほかなかった。

 正直、やっぱり嫌だったが。



 ◇



「どうにかなったようだね?」


 廊下の向こうから歩いてくる伯爵一行に、軽く手を上げて応える。

 総勢八人に、俺を入れて九人。予備人員を加えればもう少しいくが、基本的にこれだけでベルプールをどうにかしようとしていたわけだ。思い返せば無理があったものである。


『戦争じゃないからねぇ。数は問題じゃないよ。どれだけこちらが思い通りに動いて、向こうに思い通りに動かせないか。向こうに何を掴ませて、こちらが何を掴むか。札が揃っていれば、後は切る順番でどうにでもなる。どうしようもないならそもそも喧嘩なんて売らないしね』


 伯爵はそう言っていた。つまりこの「喧嘩」に勝つ算段はあったということだ。

 かなり危険な綱渡りもしていた気がするが……趣味なのだろう。こういうのは病気だから、もうどうしようもないんだろうな。付き合わされる側としたらたまったもんじゃないけど。


「セイタ」

「セイタさん」


 二人が伯爵を追い越して出てくる。

 ……と、思わず笑ってしまった。主にキリカを見て。


「キリカ、それ、似合ってるぞ」

「ちょっとやめてよ、こんなの柄じゃないんだし……」


 それっぽいのが一人は必要だろう、ということで、キリカは騎士装束を着せられていた。胸当てなどの金属部分はほとんどない軽装だが、確かに華やかながら力強さも感じさせる騎士装束だ。あと地味に髪型も変わっていて、今は縛らず後ろに流している。


「もう少し別の役とかなかったの? ほんとに……」

「誰かやないとってんなら、キリカくらいだろうよ」

「だから柄じゃないって……シオンが代わってよ、もう」

「私はその、背が足らないので……」


 女性陣で一番上背があるのが、俺とほぼ同じくらいのユリアさんだ。次点でジュネア、それより指一本分ほど低くなってキリカ。シオンとエーリスまで来るともう顔付きも背丈も中学生かそこらになってしまう。

 エーリスは論外としてシオンも無理。ジュネアは伯爵付きだし、ユリアさんはそれとなく長い逃亡生活で顔が割れてるからコスプレの意味がない。


 そういうわけで白羽の矢が立ったのがキリカだった。背は特別高いというわけでもないが、生まれと育ちの関係上真面目な顔でキツい目をすれば割と──多分俺なんかよりはよっぽど──雰囲気は出る。剣の覚えもあるし、立っているだけで割と様になるというわけだ。


「堅苦しいのはごめんよ、もう」


 言いながら、取り出した紐でいつものポニーテールに戻すキリカ。

 それはそれでやっぱり似合ってるからいいよな。地味だったり辛気臭かったり貧乏そうな格好でないと似合わない俺と違って。

 何卑屈になってんだき。これか。今着てる、パクッた黒コートがいけないのか。これも辛気臭いしな。暗殺者の装備だから仕方ないけど。


「セイタ様……」

「お嬢さん」


 エーリスも出てくる。俺の足の下のベルプールを見て複雑な顔をしていた。

 喜んでいい状況なのだろうが、確かに、声を上げて笑えるというわけでもない。周りに死体やら屍寸前の男達が転がっているのもアレなんだがな。それとなく片付けておくか。


「うぐ、あ……」


 と、ベルプールが目を覚まして呻いた。逃れようと抵抗したところを再度踏み付け、潰れた声を上げさせる。

 そうしている間に伯爵が前に出てきて、回り込んでベルプールの顔を覗き込んだ。


「やあ、さっきぶり。気分はどうかな?」

「き、さま……!」

「怖い顔をしないでくれよ。身から出た錆だろう?」


 言って、こっちまで不気味に感じるほどの満面の笑みを浮かべる。

 煽り全一か。酷い性格だ。この状況でこれとか、確かに人格破綻者と言われているのも頷ける。


「予想通りに動いてくれてこちらとしては助かるよ。君が焦っているのは何となくわかっていたからね。少しカマをかければ動いてくれるんじゃないかって……そうそう、さっき話した君の友人達のことだけどね。安心しなよ、まだ君を見放してもいなければ、私は話も通していない」

「この下衆が、計ったか……!!」

「下衆って……まあ、そりゃあ、ねぇ? けど安心していいよ、これが済んだらすぐに彼らのことも告発するからさ。証拠は揃っているし」


 わざわざ諸々をここで言う辺り、本当に狂人だ。

 罵られて喜ぶし、人を煽って楽しむし、まったくもって褒められるところがない。ハウゼンさんもドン引きだ。というか今ここで平然としていられる人間なんかいない。

 いたとして精々そこに転がってる気絶した護衛くらいか。あと使用人姉弟。


 ドゥナス伯爵は策が上手くいったためか、いつもよりわずかに気をよくしながら、手をパチパチ叩いて嬉しそうに言うのだった。


「じゃあ……積もる話はまた、留置場ででもしようか? 裁判まで暇になるだろうしさ。フッフフフ」

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