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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.1 Induction
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十一話 帰路

 俺には知識がある。齢千年を越える魔王の膨大な知識が。

 俺には力がある。世界を掌握できるだけの強大な魔力が。

 ただし、それをそっくりそのまま持っているとしても、それを完全に自分のものとして扱うことなどできようか?


 できるわけがない。俺自身がその答えだ。

 俺はまだ魔王の力の手綱も握っていない。少し離れて様子を見ながら、少しずつ触れるようにしているだけだ。経験を積まねば、知識も力も俺の中で結び付いてはくれないだろう。


 そのために必要なものは何か? 当然、訓練だ。

 それも、空打ちなどではなく、実際に撃って焼いて凍らせてみて、それを体感し観察することで全ての整合を取っていかねばならないだろう。

 今まではそういう機会はあまりなかった。必要もないと思っていた。だが、これからはやらないといけないだろう。でないと、手加減すら満足にできない。


 そのための機会が丁度よく回ってきた。精々、使わせてもらうとしよう。


 ◇


 俺の『氷矢』が目の前の男の肩と腹に突き刺さり、壁に縫い付ける。

 直後、別の男が俺に突き出した短剣を手ごと掴み『凍結』を行使。瞬く間に霜が走り、その手を完全に凍らせる。

 『超化』を発動しつつ、後方の男の襟を掴み飛ぶ。そのまま壁に叩き付けた。

 呆気に取られるもう一人へ、壁を蹴り突っ込んで拳を振り抜く。吹っ飛んだ身体が床を転がり、跳ねた。


 悲鳴。最後の男のものだろう。引け腰だ。後ずさっている。

 逃げる気だろう。逃げられるとは思わないが。いや逃がさない。


 一足で男の背に追い縋り、後頭部を掴み床に叩き付ける。悲鳴とともに広がる血飛沫。嫌な音。死んではいないだろう。そしたら困る。


「ひあぁあぁぁぁぁっ!!」


 俺は『凍結』で男の全身を凍らせる。悲鳴が上がったので生きているということだ。よかった。そうでないと意味がない。

 男の手や頬、露出した部分がどんどん床に凍り付いていく。今引き剥がしたら凄いことになるだろうな。剥がさなければ凍傷になるだろうけど。


「どうだ? 冷たいか?」

「うあぁあぁぁう!!あああぁぁあぁぁぁ!!」

「うるせえぞ。口と鼻まで凍らされたいか? 息したくないか?」


 俺がそう言うと、男はとりあえず悲鳴を止めた。だが、震える声音は止めようがないようだ。

 怖いだろうな。怖がらせてるんだ。もっと怖くしてやる。


「お前に聞きたいことがある。お前、ここの関係者か?」

「う、あ、え……」

「奴隷商かその仲間かって聞いてんの。なあ、答えろよさっさと。何のために口ィ開けさせてると思ってんだ」


 男は頷こうとして、張り付いた頬の皮をビリつかせたので、震えた声で「ああ」と答えた。


「お、俺は、ただの、手伝いみたいなもんだ。雇われて、ここでど、奴隷を、見張って、飯を食わせて、管理を、その……」

「見張ってるだけか、なぁ? いたよなぁ、女も子供も。何か口で言えないこととかしてるんじゃねーのか」

「し、してない! してないぃ!! 俺達は商品を傷付けちゃいけないんだ! そうするなって厳しく言われてぇぇ……!」


 男の声は真に迫っていた。脅迫されているから当り前であろうが。

 しかし、信じられない。

 現に、あのシェアナという女性は傷付いているのだ。身も心も、もう既に……


 ……やめよう。俺は冷静だ。

 何をどうすればいいのか、冷えた頭が考えてくれる。それに従え。

 聞くのだ。それから判断して、行動するのだ。

 冷静だ。俺は冷静だ。


「……お前らが最近捕らえたルウィンは、あの三人だけか?」

「え、あ、多分……俺達の商会は、この町ではここにしか奴隷を置いてない……」

「他の商会は?」

「そ、そりゃわからない! いるかもしれないけど……でも、ルウィンなんて捕まえられるような奴が、俺達以外の商会と契約取ってるとは思えない……」


 曰く。

 ルウィンの身柄は奴隷として非常に高値だ。だが高値過ぎて、商会がまず満足な金額を人売りに出せないこともままある。

 その点、ここを仕切る商会は金がある。腕利きを雇ってまでルウィン攫いをできるほどにだ。つまり、本当にこの町にいたルウィンは先程の三人だったのだろう。


 それだけ聞けば、取り敢えず満足だ。もう大体わかった。

 用は済んだ。俺も行くとしよう。


「よく話してくれたねぇ。じゃあ、さよならだ」

「え、ま、待っ、殺さな……」


 殺す? そのつもりはないね。


 俺は男を踏みつつ右手を掲げ、魔力をふんだんに使って地下室一帯に『凍結』を使う。

 瞬間的に白い霜と氷が走り、まるで豪雪の中の廃墟のようになる地下室。温度も急激に下がり、空気は氷点下に近付く。

 同時に、俺はここへ入るための唯一の入り口目掛け、意識を集中させた。パキパキと音を立てながら、そこを先程よりも分厚い氷の壁が覆い尽くす。


「よし」


 壊そうと思えば壊せるだろう、という程度まで壁を発達させると、俺は男達から離れ『転移』の準備を始めた。


「精々凍死体になる前に出られるよう頑張るんだな」

「な、え!?」

「これで死んでも自然死だ」


 欺瞞だ。だが本気で言った。

 悪意があった。這い蹲る五人の命を玩具にしているという実感があった。

 慄く男の姿を見下ろし、『転移』しながら。


 ……俺は初めて、自分が「魔王」であるという自覚を得た気がした。


 ◇


「何をやっていたんだお前は! 心配したんだぞ!」

「いやあ、遅れて済まん」


 営業スマイルで『転移』した先の森でマリウルと顔を突き合わせる。五秒前までの俺とは打って変わった転身振りに自画自賛が止まらない。


「ちょっと人数が多くて『転移』に不安があったからさ。それに、連中に少し聞きたいこともあったし。そう心配してくれんな」

「……お前は、全く何なのだ。行動も思考も奇天烈過ぎてついていけん」

「そうか。まあ、そういうこともあるだろ。種族が違うんだし」

「そういうことを言っているわけではない」


 嘘を吐けないなら有耶無耶にしてしまうのが一番、というのが俺のルウィンの読心への対策だ。卑怯ではあるが、効果はある。


「それより、早く戻ろうぜ。連中がすぐ追手を出せるほど手が早いとは思わないけど、どうもあの町は気に食わん」


 ヒトからしたらかなり異様な物言いだったろう。俺はすっかり俗世が嫌になってしまったようだ。


 だからといって。

 マリウル達ルウィン族に完全に馴染めるか? と言うとそれも怪しい。

 いや、できるとは思っていた。思っていたのさ。さっきまで。


 ◇


 マリウル達について、集落への道を辿る。

 その最中、俺は考え続けていた。

 何もずっと彼らの世話になるわけじゃない。時折、顔を出して挨拶できるくらいには打ち解けられるんじゃないかって、そう思ってた。


 多分、彼らはそう思っていてくれるだろう。レリクは俺のことを疑わないでくれた。マリウルも信じてくれている。セーレだって、他のみんなだって。ロキノは多分駄目だろうけどな。


 ただ、俺の方はどうだろうか。

 喧嘩なんざしたくない。仲良くしたいさ。当然だ。平和な日本から来たんだ。鼻血出るまで他人を殴ったことなんざこの世界に来るまでなかったもの。


 でも、俺にはできた。

 セーレを攫おうとした奴ら。ルウィン達を攫った奴ら。俺はあいつらを殴れた。

 手が止まるなんてことはない。どんな恐怖も躊躇いも邪魔はしなかった。

 怒りだけがあった。身勝手な連中の理不尽に、ただ腹が立って手が出た。

 それだけだ。


 「ルウィンのため」なんて思ってやったことじゃない。ただムカついたからやっただけのことだ。俺にはそれができてしまう。力があるから、平然と「正しいと思うこと」を行動に移してしまう。


 ただの暴力だ。「正義」とか言うつもりはない。ある意味では「正義」と言えるかもしれないだろうが、俺自身にはそのつもりはない。


 少なくとも、この国では奴隷制は合法なのだろう。それが人道的にどうなのかは知らないが、それはそれで一つの考え方であり、決まり事だ。


 だが俺はそれを蹴飛ばせてしまう。力があるからできてしまう。

 ある意味で、それは自分の考えの押し付けだ。この世界の人間ではなかった俺の、この世界のものではない価値感の強制だ。


 もしかしたら、その延長線上に「魔王」がいるんじゃないか? 

 自分の考えることが正しく、他は間違っていて、認め難い、許し難い。

 だから壊す。否定する。強制する。支配する。自分が見たくないものがない世界になるまで、全ての力を傾ける。


 酷くねじ曲がった執念と努力の極致だ。凄まじく、そして怖ろしい。

 俺もいつしかそうなってしまうのではないのか?できるできないで言えば、可能性はゼロではないのだから。


 力があれば振るわずにいられないのがヒトだ。どの世界でもそれは変わらない。俺がそうでないと誰が言える? 俺ですら確信を持って否定できないのに。


 俺は危険だ。自分でそれに気付いてしまった。魔王であること、その力がどれだけ危ういのかを知ってしまった。

 フォーレスのみんなはよくしてくれている。俺を信じていてくれる。それは嬉しいことだ。否定しようがない。


 そうだ。だからこそ、そんな人達の近くに俺はいてはいけないのではないか? 


 俺はルウィンとは違う。どれだけ自制を誓ったところで結局は精神的に未熟なヒトに過ぎない。だからこそできることもあるが、危うさはある。

 繰り返しになるが、俺が今のままの俺であり続けられるなんてこと、誰にも保証はできやしないんだ。


 でも、だったらどうすればいいのか。それはまだわからない。

 わからないけど、今はマリウル達を、ルウィン族を助けるだけだ。

 攫われた仲間を助けることが正しくない、だなんて絶対に思いたくない。


 ◇


 陽が天頂に届き、徐々に沈み始める頃。それとは別にどんどん暗さを増していく森の深くへ進み、ルウィンの領域に近付いてきた。


 出る時はよくわからなかったが、改めて近付くことで空気の違いがわかる。セーレと一緒に来た時みたいだ。

 嫌な感じはないが、少し色々な感覚を掻き乱される気がするのだ。無意識のうちに方向感覚を奪われる、時間感覚を失うというところか。視界の閉ざされた森林の中となればその影響は絶大であろう。さらに夜になればもう……富士の樹海? みたいな。


 一種の『結界』だと聞いた。つまりこれは魔法的な作用であり、俺であれば膨大な魔力で影響を防ぐことができる。しかしただのヒトとなるとここまで大規模の『結界』に抵抗することは無理だろう。

 ルウィンの叡智と力の結晶だぞ? そんなの、何の備えもない人一人でどうにかなるもんじゃないに決まっている。


 レリクやマリウルも、多分俺一人ではそれを突破できないと思っている。だから一人で出ていくのを止めたんだろう。そもそもセーレが一緒だから集落に辿り着けた、と考えてるのかもしれない。


 実際、それだけの力がこの『結界』にはあるだろう。万一集中や魔力が切れたら俺だってきっと危ないだろうし。

 ただまあ、その心配は要らないだろう。


 帰りは攫われた子供や女性をヘイス達が背負っているために、歩みは森を出る時に比べれば遅かった。置いていかれる心配もなかった。

 そもそも、俺だって女の子一人背負ってんだからな。


「どうしたもんかね」


 聞かれないように小さく呟き、視界の端に流れてくる茶髪を見た。

 微かな息音。力の籠もらない四肢。地下牢から連れ出した中では群を抜いて生気のない抜け殻のような少女を、俺は背負って走っている。


 本当に勢いで連れ出してしまった。何も考えなしだ。非情に扱いに困る。

 だが、あそこで置いていくことも考えられなかった。あそこには四人しかいなかったのだ。たとえ目的がルウィン族の奪還だったとしても、たった一人残していくのは気が引けて仕方なかった。

 なけなしの正義感が暴走した結果だ。自分のケツを吹くのは当然のことだった。


 しかしやはり、どうしたものかわからない。

 わからないので、今は考えないことにした。

 木の根を飛び越え、マリウル達の背を追う。今は全て後回しにしておきたかった。


「……ここで解散しよう」


 しばらく走って森がやや開けた場所まで辿り着くと、ヘイスが足を止め俺達フォーレス組を振り返った。


「今回のことは、大変世話になった。タニアを代表して礼を言いたい」

「それはセイタに言ってくれ。我々はほんの少しの助力でしかなかった」


 マリウルがそう言うと、俺に前に出るよう顎で合図する。やめてくれよ、そういうの。


「俺は……別に大したことしてねえよ」

「いや、そんなことはない……セイタ、感謝する。ヒトと見て疑ったことを許してくれ」


 ヘイス、それから他のタニア組が、俺に向けて胸を手に置き、僅かに俯くように頷く。感謝を表す動作だと後でマリウルに聞いた。

 ヘイス以外は上げた顔がやや強張っていたが、正直なルウィンのことだ。間違っても敵意を向ける相手にはこんなことはしないだろう。つまりある程度はタニア組にも俺のことが認められたということで、それは普通に嬉しいと思った。


「いや……やっぱりヒトは疑った方がいいと思うぞ」

「ふ、ヒトのお前がそれを言うのか」

「ヒトだから、かな。ろくでもない奴が多いのは俺が一番わかってる」


 ヒトにも信じるに足る者がいる、と思ってくれることは構わない。

 それでも、ここのルウィン族にとってヒトが警戒すべき対象であることは変わりない、きっとずっと変わらないだろうと思った。

 そうあるべきだ。俺ですらヒトを全面的に信じられないのだから。


「とにかく、我々はお前に借りができた。いつか返したいと思う」

「変な気を回さないでいいって。それより、その人達を早く休ませてやれ」

「ああ、そうだな……ではな」


 ヘイス達は足早に、方角を変えて森の中に消えていく。

 ルウィンの感覚はズバ抜けている。森の中で方向感覚を失うということがないのだ。心配するだけ野暮というものだろう。

 ただ攫われていた被害者達のことが気にかかった

 。数日前に攫われたのとは無関係のルウィンの少女もいたのだが、彼女はタニアに一時引き取られるらしい。それでその後はどうなるのかとも思ったが……今さら俺にはどうすることもできない。


 それに、気にかかるといえばシェアナという女性のことだ。やはり俺では声のかけようもないから、ヘイス達に任せるしかない、か。

 本当に「ないない尽くし」だ。嫌になるね。

 ……ささやかな『治癒』くらいはかけさせてもらったけどな。


「さて、我々もフォーレスに戻るか」

「夜になる前に長に報告したいことだしな」


 残されたフォーレス組でそんなことを話し合う。一週間から十日かかると思われていた事案が数日で済んだということもあって、肩の荷が下りたような様子だ。


 フォーレスのルウィン戦士筆頭とはいっても、やはり緊張は拭い切れなかったらしい。

 ヒトの町での調査なんて慣れないこともやらされたわけだしな。本当に一週間もいたら完全に参ってたんじゃないか。

 とにかく、事が済んでひとまず安心というわけだ。


 と、そんな空気の中、マリウルが俺に声をかけてくる。


「ところで、セイタ」

「何?」

「その娘、どうするつもりか考えているのか?」


 言われて、意識を背負った少女に向ける。

 少女の体重は『超化』せずとも問題ないほどに軽く、だからこそ不安な気分になる。

 今は疲れたのか眠っているが、そうでなくともまともな反応一つ返さなかったということも気にかかる。

 正直、どうするつもりと問われても、どうすればいいのかわからなかった。


「なんか、その……しばらく、フォーレスで匿ってくれんか? 俺が面倒見るから。駄目なら出ていくよ」

「出ていく必要はないだろう。しかしな……ウルルとは違うのだぞ?」


 痛いところを突くねえ。本当その通りだよ。


「わかってるよ、わかってるけどさ……今はさ……」

「……お前がそこまで悩んだ顔をするのは初めて見るな」

「悩ませてくれる奴がいなかったからな、ありがたいことに」


 何だろうな。せっかくここまでフォーレスで受け入れてもらったのに、今またこの女の子という異物を放り込んで、面倒なことにしようとしている。

 それが申し訳ない。けど、この子を見捨てるわけにもいかない。


 本当に、厄介だ。


「済まんね」

「謝らずともいい。我々もお前に借りがあるのだからな」


 優しいのが心に痛いよ。


 ◇


 太陽は沈んだだろうか。まだ空の端くらいは明るいだろうか。

 ここからじゃ何も見えやしない。そそり立った巨樹から伸びる無数の枝葉が幾重にも重なり、全てを覆い尽くしている。


 だが、不思議と暗過ぎはしない。ルウィンの集落全体、そして家屋内外には、魔法による淡い光源が付与されているからだ。

 本当に微かな光だが、月明かりの下にいる程度には視界を確保してくれる。そして昼にはいかなるカラクリか、陽光をも取り入れることを可能としている。


 ただ、一体それが何なのだ、というと。

 要するに俺は、フォーレスに戻ってきたのだった。


 俺達六人の姿を認めたルウィンの男性が、急ぎ足で長の家に向かう。そうしてすぐに、レリクの方から俺達に向かってくるのだった。


「ただいま戻りました、長」

「ああ。思っていたより早かったな」

「ええ、セイタのお陰で、全員怪我もなく速やかに済ませることができました」

「というと、タニアの者達は?」

「はい。攫われた二人の同胞と、もう一人別の集落の出と思われる少女を一人、保護しました。憔悴してはいますが、命に別条はないようです」

「そうか。それは喜んでもいいことだろうな」


 よくやった、とレリクがマリウル達を労い、次に俺の前へ。


「……何やら、また世話になったようだ」

「別に大したことはしてない。帰ってくるのを少し早めただけだろうな」

「謙遜するな」

「してないよ」


 褒められたくてやったわけでも、貸しを作りたくてやったわけでもない。むしろ無力感が募った。俺のしたことが無駄だったというわけでもないが、だからといってみんなハッピーに終わったわけでもない。

 何というか、俺の中でのモヤモヤは増した。

 全部、ルーベンシュナウの町のせいだ。そう思いたかった。


「ふ、難儀な性格だな、お前は」

「捻くれ者なんだよ。ヒトってのはそんな奴ばっかりだ」

「そういう難儀とは、お前は違う気がするがな。まあ、それはいい。とにもかくにも、同胞達が世話になった。重ね重ね感謝する」


 さすがにここまできてその言葉を突っぱねるのもどうかと思って、俺は黙って頷く。レリクは薄く笑い、何もかも見透かしたような緑色の目を俺に向けていた。

 と思うと、ふと思い出したようにレリクが言った。


「そうだ、セイタ。挨拶を忘れるなよ」

「挨拶?」


 誰にだよ、と問おうとして、俺は固まる。

 歩き去るレリクの後ろに、何やら、凄まじい気配と怒気の香りを感じたからだ。


 何が──と構えようとして、俺はその正体を認める。

 ウルルがいた。精確には、ウルルに乗った誰かがそこにいて、俺を睨んでいた。

 セーレだった。愛らしい小顔に憮然とした怒りの表情を張り付けて、俺を睨んでいる。殺さんばかりにルウィン特有の緑色の瞳をぎらつかせている。


「……あー……」

「おかえり、セイタ」


 冷めた声に脊髄まで底冷えする気がした。

 こんな時、どう返せばいい? 

 「ただいま」とでも言うべきだろうか? 俺は多分違うと思う。

 というか、正解なんてなかったんだろうな。


 その後、俺は何も言わずフォーレスを出たことについて、セーレに盛大に怒られたのであった。

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