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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.5 Siege
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百十六話 一歩前進

 展開は速まりませんが余裕ができたので唐突に投稿ペースを速めたいと思います。

 明朝の冷たい風を頬にもろに感じる。

 下の通りには誰もいない。さっきから通りもしない。俺がいる屋根の上はなおさらだ。まだ鳥が飛び交ってるだけ活気があるのかもしれない。


 ただ、一人かというとちょっと違う。傍らに、一昨日作ったような氷像が座っているからだ。

 ただし今回のそれは等身大で、細部に変なこだわりはない。凝り出したらまたあの変な病気が再発する恐れがあるからだ。

 つまりただの味気ない人形だが、それだけというわけでもない。


 俺が指をくい、と動かすと、氷像はペキペキ音を立て、氷片を散らしながら立ち上がった。できるだけ自然な、バランスを取るような立ち上がり方で。のっぺらぼうなのが不気味だが、服を着せて顔を隠せれば人間っぽく見えるのではないか、と思った。


 芸術の爆発の怖ろしさを知った俺は、この氷人形の操作に訓練を切り替えることにした。凝る必要はないが集中と細かな制御が必要だからだ。体積にしておよそ五十リットルの氷の塊は、ちょっと気を抜くと勝手に強度の限界を超えて自壊する。そうさせないようにしながら人間の動作をやらせるのは、中々骨の折れる練習だった。


 足場の悪い屋根の上で軽やかに舞い、手をついてそのまま一回転。虚空に数発拳を振るわせ、膝蹴りから後ろ飛び回し蹴りへ。

 そこから俺を跳び越し、宙で一回転しながら反対側で膝をつく。大分自然に操れるようになってきた。この分なら簡単な喧嘩くらいなら任せられるかもしれない。意味はないが、その『氷人形』の頬を叩くように撫でて褒めておいた。自画自賛である。


 と、そうこうしている間にもう一つの気配が。


「ここで何を?」


 ペイトだった。どこから現われたのかわからないほどに、いつの間にか屋根の上に立っていた。

 いつぞやの拉致の件から屋根仲間だ。と言っても、こいつはやっぱり依然として主人とは打って変わった敵対的な態度なのだが。


「人形遊び、かな?」

「遊び、ですか」


 俺の『氷人形』を一瞥して、ペイトが目を細めた。魔法が使えるなら、この氷の塊みたいなマネキンにどれだけ魔力が込められているかはすぐにわかるだろう。そしてその魔法式の煩雑さも。


「見事なものですね」

「それほどでもない」


 褒めるにしてはあまりに冷淡な声に謙遜を返す。それっきり会話が途切れた。

 何だろう。元々仲がよくないから別にそれでもいいと思うのに、どうしてだか妙に気まずい気分になる。


 いや、違うか。根本的に認識が違う。

 仲がいい人間といる時は沈黙でも心地いい。当然話していても楽しい。そうでない人間とはどうしようが楽しくならないものだ。そういうことだろう。

 まだ会話している方が、気が紛れるだけマシなのかもしれない。沈黙となるとそれについて煩悶としなければならないから気まずいのだ。


 さて、だからといって話すことはないのだが。


「……そっちは、その、こんな朝早くから何を?」

「見張り、でしょうか」

「見張りね」


 半ば欺瞞である。伯爵の縄張りであるここで何を見張るんだか。

 当然、俺だろう。向けてくる冷ややかな視線がそう物語っている。表情は硬く冷たく暗いが、ペイトはそういうところで考えていることがわかりやすい。

 心当たりもあるしな。


「あのさ」

「何でしょう」

「君、俺のことが嫌いだよな」

「当然です」


 即答であった。俺は男色趣味はないがこうもはっきりと言われると傷付かないこともないかもしれない。俺はホモではない。

 と思ってたら、ペイトは一回首を振った。


「訂正します。嫌いというよりは警戒しています。お館様に刃を向けようとしたのですから」

「でも実際まだ向けてない」

「同じことです」


 頑として己を曲げないペイトのその様子は、どこか子供っぽくもあって微笑ましく感じないこともないが、やはり刺々しい態度の方が前に出ている気がする。それを向けられるこちらはたまったものではないのだ。大体慣れてきたが。


 それよりは最初顔を合わせた時の洞察力、それと伯爵に対する大した忠誠心の方に感心する。よくやるものだ。あんな変態なのに。

 何か弱みを握られているか、恩があるのだろうか。詮索は趣味ではないし、聞いても答えてくれることではないとわかっているが。


「まあ、いいけど」


 立ち上がり、『氷人形』に魔力を送る。直立していたそいつは指の先から融け、気化し始め、すぐに跡形もなく消え去った。

 五十リットル超分の水分が気化すると周囲の湿度が異様に上がり、逆に温度は酷く下がる。俺は鼻を鳴らしたが、ペイトは顔色一つ変えない。


「もうじき全部終わるし、そしたら俺はもう伯爵んとこに顔を出す必要もなくなる。君もそれで安心できるな」

「そうですね……と言いたいところですが」

「何?」

「お館様はあなたのことが随分とお気に入りの様子なので」


 冗談はよしてくれ。確かにそんな感じはあったが、改めて聞きたくはなかった。


「俺の何がいいんだ」

「存じ上げませんが、恐らくは不敬なところかと」

「いや……いやいや」


 不敬って。確かに否定はしないが。あの伯爵、尊敬できる人間性していないし。


「それって駄目なところじゃないのか?」

「普通はそうなのですが、お館様は普通でいらっしゃいませんので」


 主人が変なことは自覚しているのか。顔にわずかな曇りがあることから、あの伯爵を妄信して全肯定しているわけでもないことがわかる。

 よかった。ペイト君は真人間だったんだね。


「と、とにかく、俺は俺の主人(エーリス)の都合で動くだけだから。君の憂慮するようなことにはならないから」

「存じております。事が済むその時を心待ちにしています」

「うん……まあ、そうね……」


 徹底的に「もう顔を合わせたくない」の態度を崩さないペイトがいっそ心地いい。性格の擦り合わせしないで能力だけ見てればいいからな。その点で言うとペイトは非常に優秀で、エーリスのボディーガードに欲しいくらいだ。

 まあ、今は俺がその立場なんだろうけど。


「……じゃあその、俺、部屋に戻るから」

「承知しました。どうぞごゆっくり」


 皮肉なのか含みがあるのかわからん言い方だが、噛み付くほどのことでもない。大人しく屋根の縁から窓へと、ここ数日宿屋と化してしまった娼館の中に戻ろうとし……と、そこで後ろから「失礼」と声。


「お館様からお伝えするようにと。『そろそろ動く』とのことです」

「……わかった。どうも」


 会釈を受けながら、今度こそ俺は、まだすやすやと眠ってるであろう二人の待つ部屋に戻るのだった。



 ◇



「準備が整ったよ」


 今現在エーリス派と呼べる全員が集まった──なお娼館のお姉さん方も普通にいる──娼館の大広間で、伯爵が何でもないように言った。


「公女殿下には話していたけど、改めて説明するとだね。ここ数日は簡単な根回しに終始していた」

「根回し?」

「ああ。詳しく話すと日が暮れるから省くがね」


 省かれた説明はこんなものだった。

 主戦派の黒幕はやはりベルプール伯爵。こいつが勢い任せに主戦派はもちろん穏健派貴族も巻き込んで、あるいは踏み潰して、エーリスと公爵家を取り除こうと暴走している。王家は勢いに飲まれて満足に動けていない。いや、いなかった。

 しかしドゥナス伯爵がセミールを捕獲し、尋問から捜査網の情報を掴み、主戦派の布陣を明らかにした。ここ一週間の伯爵はそこから弱点を突くのに終始していたらしい。何やってんのかよくわかんなかったけど、そうだったらしい。


 まあそれと同時にこっちも襲撃を受けたが、そこは今は問題ではない。幸いユリアさんもシオンも無事だ。ここが襲われることもなかった。やっぱり縄張りだからだろうか。俺の知らないところでペイトとジュネアが斥候を追っ払ってたのかもしれない。


「で、次はベルプール伯爵自身を狙う」

「また拉致するんで?」

「ちょっと違う」


 なら殺すのか、と思ったがそうでもないらしい。そんな物騒なことを可能性だけでも考えていたのは俺だけだったらしく、怪訝な目で見られた。


「セイタはたまに怖いよね。いや、いつもか」

「何ィ?」


 キリカが常識人っぽいこと言って俺サイドから距離を取ろうとしているが放さん。絶対に放さん。シオンも連帯責任だぞ。意味がわからん。


 それはとにかく伯爵の説明が続く。


「暴力的な手段は取らない。表向きはね」

「では、どのように?」

「話し合いだねぇ。ただ、平和的な、とは言わないが」


 エーリスの問いにそんな答えを返しながら、テーブルに体重をかける伯爵。くたびれているのかくたびれていないのかわからない表情と顔色だった。

 そんな顔で、伯爵は続けて言う。


「そのための舞台をお膳立てするのに少々時間がかかった……それで、今回は公女殿下にも出張ってもらうよ」

「え?」


 突然なその発言に声を上げたのは、ユリアさんだ。困惑した表情で伯爵と主人を見返すが、伯爵は気にした様子もなく笑う。


「君は『何もできない』『力を借りることしかできない』と言っていたけどねぇ、違うんだな。今回は君にも前に出て、戦ってもらう」

「え、な……?」

「やはり本人が出ないと締まらないものだからねぇ」


 いつも通りだが企む顔が不気味な伯爵。そして困惑するエーリスとユリアさん。俺達は呆然。

 ただ、何があろうと、絶対に穏便にことは済まないのだという確信があった。

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