百十四話 いとま
Assassin's Creed Syndicateが楽しみです(ステマ)。
「あんたがあんな舌の回る人間だったとはね」
「うっせーや。お陰でベロが攣りそうんなった」
部屋にエーリスとユリアさんのみを残し、退出してシオンの部屋に向かう途中で、キリカが呆れ笑いを浮かべながらそう言ったので、照れ隠ししながら返した。
「まあ、悪くなかったわよ。ぎこちなかったけど、お綺麗に纏まってるよりよっぽどいい感じだった」
「ありがとよ」
「にしても、何か意外」
「何が」
「セイタって冷めてて皮肉っぽくて、ああいうこと言えるとは思ってなかった」
そうだろうか。俺自身にそんな自覚はない。
皮肉ってのは多少頭がいいから言えるもんだ。俺は頭がよくないから当然言えるわけがない。口から出るのはどれも真だ。
皮肉っぽく聞こえたなら、それはテンパって口調が変になってるだけのことである。多分そうに違いない。
あと冷めてるかどうかって点は、何と言うか、そこまでアホみたいにテンション上げないから相対的に冷めてるように見えるのかもしれない。あるいは何らかの誤魔化しでそのように見えるかだ。
「今回は特別だ。あんなに口が回ることは多分もうない」
「詰まらないの」
「俺は静かな方が好きなんだ」
かといって完全な沈黙も苦手で、程よく人との関わり合いも所望する。会話が弾まないのなら抱っこしたりする。無論シオンのことである。
というわけですっかり宿の一部屋みたいな感覚で、シオンの部屋に戻ってきてくつろぐのであった。
「そういえばさ」
「何だよ?」
「この娼館、今あたし達が転がり込んできちゃってるわけだけど、夜とか客とかどうなるのかな」
「……考えたくないね」
今さらながら自分達がどこにいるのかを思い出して絶句する。
が、非常時の隠れ家にされた娼館には客が来ず、そのため俺達はどうにか安心して過ごせることとなったのだった。
多少、お姉さん方にからかわれはしたが。
◇
「あ、子爵」
「あ、ああ、君か……」
翌日の朝。広間でデューラー子爵と顔を合わせた。
あの夜に伯爵とは別の経路で離脱したというが、どうやら無事だったらしい。少し青い顔をして貴人らしからぬビクビクぶりだったが、それ以外は元気そうだ。
「今までどこに? ここに来たんじゃなかったのな」
「いや、別の場所で匿ってもらっていた……その、セミール卿と一緒に」
「あのデブ死んでなかったのか」
正直伯爵の焼き捨てに巻き込まれててもおかしくないと思ったが、アレはアレでまだ利用価値があるということなのだろう。
「君達の方は……大丈夫だったか? 何やらよくない噂も聞いたが」
「まあ、今のところは。お嬢様も元気」
「そうか、それならいいんだが」
と、廊下の奥に娼婦のお姉さんを視認した瞬間、子爵がビクリと肩を震わせた。まるで小動物の如き怯えようが哀愁を漂わせる。とても三十路前後の野郎が見せていい様子ではない。
「どうしたん?」
「い、いや、別に……というかその、何と言おうか……」
聞けば、子爵が匿われた場所もまたドゥナス伯爵の手の入った娼館だったらしい。そこで追手について考えていたらどうにも気が休まらず、精神が削れていったものだから、つい出来心で女を抱いて安心を得ようとしたと。
まあ男なのだからしょうがないとして、よかったのはそこまでだった。子爵は満足したもののそこのお姉さん方は放してくれず、骨の髄までひたすら搾り取られたと。そのせいでどうやら急性女性恐怖症を発症させてしまったらしい。
「死ぬかと思った……」
「死ぬほど気持ちよかったんだろ。この変態」
「そんなものじゃ断じてない、なかったんだ……」
「そう、よかったね」
何か棒読みになってしまう。腹上死してればお笑いにもなったものを。
とりあえず、子爵は淡白で性豪とは縁遠いと。そんな情報得たからって何も嬉しくはないのである。風俗レポートとか別に聞きたくなかった。
「いいから伯爵んとこ行ってきなさいよ。そのために来たんだろ」
「ああ、そうだな……大事な話が……はぁ」
くたびれた背中が哀愁を誘うが、同情はしない。この状況で何やってんだ。
俺だって我慢してるんだからさ。やかましいわ。
◇
「大丈夫かシオン?」
「はい。大分楽になりました」
と言いつつも足下がまだちょっと怪しい。そんなシオンを支えつつ、ベッドから起こして立たせる。
「結構後引いてるな。ちょっと無理しちゃったか」
「ごめんなさい……」
「いや、シオンはよく頑張ったから」
奮闘の様子はキリカからもエーリスからも聞いている。相手は二人だったが手練れ、それを近付かせないために『氷矢』で弾幕を張ったという。
「俺も鼻が高いぞ。でも今度からは自分にも気を配るんだぞ。気が付いたら魔力切れってのが一番危ないんだからな」
「はい、注意します」
「よーしよしよし」
「あんた達本当仲がいいわね」
シオンの頭を撫でくり回していたらキリカに呆れられた。だが仲がいいのはお前も同じだろ。ここ最近はキリカも俺と同じくらいシオンとスキンシップ取ってるの知ってる。俺は詳しいんだ。
「ところでその二日酔いみたいなのってどうにか治せないの?」
「どうにかっつってもな」
「セイタから魔力を分けるとかさ」
「無理だろうな」
魔力が切れて体調が悪くなるなら魔力を補充すれば改善する、という簡単な話ではない。一度出た変調はもう魔力の残余とは別に身体の問題である。
だから魔導師は普通、実に用心深く、安全マージンを広く取る。余力を残して常に退路を確保する。そういう事情もあって、卑怯者と誹られることもあるらしい。俺は冒険者ではないので、そこら辺の事情はよくわからないのだが。
「対策は一つだけ……できるだけ魔力を切らすな、ってことだ。そもそもシオンの魔力自体はもう回復してるし」
「魔法は使えるんだ」
「多分気分悪くなるだろうけどな」
俺は男なのでよくわからんが、たとえるなら生理みたいなものだろうか。
これまでも二人は何度か「それ」で気分を悪くしていたが、運がいいことに生理痛自体は『治癒』が効くらしく、どうにか緩和できたりしていた。キリカはそもそもそういう弱みを見せられない世界で生きていたので、我慢には慣れていたみたいだったが。
「まあ、もうしばらく安静にしてるんだな。この分だと三日くらいか」
「ユリアさんの体調と同じくらいね」
「そういうこった」
「ご、ご迷惑おかけします」
「だから気に病むなって」
本来なら二人を戦わせるようなことにした俺が責められて然るべきなのである。後で詫びを入れないといけない。主に物質的な方面で。
とまあ、シオンのリハビリついでに様子を見ようとユリアさん達の部屋を訪ねてみたところ、そのユリアさんも着替えて起き上がろうとしていた。
「大丈夫なんですか?」
「はい。みなさんにはご心配と、ご迷惑をおかけしました」
「まだ安静にしていないといけないって言ってるのに、ユリアが聞いてくれないんです。セイタ様からも何か仰ってくださいませんか?」
「そうですね……」
二人の不調は原因が違う。シオンは放っといても元に戻るが、ユリアさんはそうではない。下手に動くとまた毒が回るかもしれない。
「薬師様からお薬はいただきました。もう治るのは時間の問題です」
「そうは言っても体力が戻らないでしょ。無理は禁物ですよ。というか、すぐに動く予定もないですし」
伯爵から「待て」がかかってる。何を企んでいるか知らんがあのおっさんの策がなきゃ動けないわけで、無理に動く必要もない。
逆に言えば、ここからは動けない。聞くところによるとこの辺りは伯爵の息がかかった縄張りであり、何やらアブナイ人達も控えているらしい。主戦派がこっちの同行を知って武装集団を差し向けようが追い返してしまうくらいの猛者が、である。
無論、完全ではなく本気で潰そうと考えられたら跡形もなかろうが、向こうも相当の大事になるのを覚悟しなければならない。少なくとも互いの理性が残ってるうちは、ここにいる限り安全と言えた。
「そういうわけで、俺も暇してたくらいです。ユリアさんもお嬢さんの傍にいてあげた方がいいと思います」
「そう……ですね。申し訳ございません、倒れたことを考えると、つい気が逸ってしまって……」
「それだけ元気になったってことでしょう?」
悩んだり焦ったりできるだけマシというものである。本当に辛いとそんなことできないしな。同じ経験があるからわかる。
……ただ、改めて考えると困ったことだな。
「暇なんですよね……」
何かあったらと考えると外には出られない。そもそも出るなと言われてる。王都観光とか当然できるわけもない。ちょろっと買い物するくらいなら……と思っても、この辺で買えるのは女だけである。そもそも、もしその気があるなら出る必要がない。ここは娼館なのだから。
要するに今の状況は荷馬車に乗ってるのと近いのだ。さて、これまではこういう状況で暇な時は何をしていたか……というと、魔法の練習とかか。そうだな。最近は実戦で使ってばかりで訓練はしていなかったから、丁度いいのかもしれない。
しかしただ黙々と練習するのも味気ない。今はシオンも魔法を使えない状況だし、暇を持て余しているのは俺だけではないのだから。
というわけで、ちょっと捻ったことをしてみることにした。