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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.1 Induction
11/132

十話 強襲

 合流地点に戻ったのは、もう夜更けもいい頃であった。

 俺はマリウルと一緒に知り得たことを全部仲間に話し、それから『転移』で再度町に入った。その後、廃墟で少しばかり休むことにした。


 夜明け。

 マリウルはタニア組との連絡のため、大通りへと向かった。俺は『隠蔽』と『探知』を使いつつそれを遠くから見張る。

 マリウルには、こちらが目ぼしい情報を掴んだから一度全員で話し合いたい、と言うように伝えてある。できるだけ早く、だ。なので、話が纏まれば陽が昇る前にまた全員であの合流地点に戻ることになろう。


 マリウルが戻って来て、しばらく路地で待っていると、タニア組が全員揃ってやって来た。やはりみなどこか疑わしげではあったが、気にしない。俺達は彼らを伴い、あの廃墟へと向かうと、またそこから森へ『転移』したのだった。


「奴隷商の根城がわかった。そこに突っ込む」


 俺が十人のルウィン達に向けて、端的に説明する。


「町の北西、路地を入った所にある酒場だ。その地下で奴隷を管理しているらしい。当然紹介がなきゃまともに会えない。だから強引に行く」

「お、おい、それは……」

「正直、もう時間はないんだろ。早ければ早い方がいい」


 有無を言わさず、計画とも言えない提案を言ってしまう。実際少し引け腰なのはマリウル除くフォーレス組であり、タニア組は何も言わない。

 いや、これはただ呆気に取られているだけか。


「どっちみち、タニアのあんたらは見付けたら助けに行くつもりなんだろ。一度戻ってなんて悠長な真似やってられないだろうからな」

「それは……そうだが」

「俺達ができるだけそれを助ける。それだけの話だ。後はどういう計画にするかってことだ」

「ぬ、うむ……」


 いつだって主導権は握るに限る。タニア組の大半はまだ俺を信じているわけじゃないからな。


「さあ、どうする? 今すぐ行くか、夜に隠れて行くか。外の目が多いのは今だろ。夜は中の目が多いかもな。もし客が入っていたら厄介だ」

「待て。その話、本当に信じられるのか? 一体どこから聞き出した?」

「情報の出所は聞く必要はない。だが、セイタの言うことは正しい」


 マリウルからの助け船。タニア組はそこで黙る。

 ルウィン同士だからな、互いに嘘を吐かないとわかっているのだろう。俺から説得したりするより手早く済んで助かる。


「……ちょこっと、そういうのに詳しそうな人にな。まあそれはいいんだけど。で、どうする? 正直、どちらも変わらなそうだとは思うけど」


 俺はついでにと、自分が使える『隠蔽』と『転移』の魔法、それから見張りを無力化する手段について話す。昨晩貴族のおじさま宅でやらかした方法だ。

 なおあの人はラザント子爵というらしく、加えていい歳ながら独り身らしかった。まあ、でなけりゃ奴隷のメイドと堂々メイクラヴなんぞできんわな。それはいいわ、もう。なんかマリウルと一緒に凄い気まずかったし。

 あの後キュッと絞めて眠ってもらうことにした。忘れてくれればいいんだけど。……無理か。まあ、最悪俺がお尋ね者になるだけだ。そしたら逃げるし。


「……お前が力を貸してくれるならば、できると考える。今すぐにでもな」

「そうか」

「ああ……だが、セイタと言ったな。お前はそれで何とする? 何が目的なのだ?」


 タニア組の視線が俺に集まる。純粋な疑問の目だ。


「何故、我々に協力をする? 我々に何を求める?」

「別に、何も。そんなつもりで来たわけじゃない。強いて言うなら、腹が立ったからあんた達に協力したいと思ったの」

「何だと」


 ヘイスが俺を見る。わずかに彼の方が背が高いが、目線は大して変わらない。


「あんたらとは直接関わりがあるわけじゃないけどな。俺はフォーレスでしばらく世話になって、そこでルウィンのみんなとそこそこ仲良くやって、普通にいい奴らだと思った。だから、困ってたら助けたいと思っただけ」

「最初に世話になったのはこちらだがな」

「マリウル、そういうの今はいいから」


 マリウルを一時止め、ヘイスに向き直る。


「別に何も要らない。そういうのが欲しいわけじゃない。ただ何かくれるっていうならまあ、貰っちゃいたいけど」

「タニアの、こいつはこういう男だ。むしろ今は、信じてやることが見返りとしてもいいのではないか」

「あ、それいいね」


 何か貰ってしまえばそれで終わりだが、信用は得難い分ずっと続くものだ。ましてヒトではなしルウィンともなれば、信用は岩より固い。それはきっと利害を超えた関係となるだろう。

 俺は、折角できた縁をぶった切る気なんて毛頭なかった。むしろもっと繋ぎたかった。なんだかんだ一人ぼっちは寂しいものなのだ。

 多分、今の俺の行動原理は、それだけなのだろう。


「……わかった、信じよう」


 ヘイスの後ろに立つルウィン達が、ぽつぽつとそのように言い出す。

 本当に疑り深かったが、その事情があるからまあ仕方ないな。とにかく、これで話は大方決まったものだ。


「よし、じゃあ、今から行こう。カチコミだ」


 ◇


 白い光に包まれ、一瞬の浮遊感が全身を覆う。

 本日何度目かもわからない『転移』だ。これによって俺達は今、九人で廃墟の中に戻って来ていた。

 果たして『転移』に運搬限界量があるのかは疑問だが、一緒に飛ぶ人が多ければ多いほど魔力の消費も多くなるのは確定だ。そんな感覚があった。当然ながら、移動距離が長くてもそれだけ消費量は多くなるだろう。魔力は俺の燃料みたいなものだし。


 ただこれでもう丸っきり戦闘が不可能になるかといえば、当然そんなことはない。数キロ程度の『転移』を数回繰り返した程度では、俺の無尽蔵な魔力ゲージは数ドット分も減らないだろう。

 つまりそれだけの魔力を上手く扱い切れていないというわけなのだが、悲しい気持ちになるので考えるのをやめる。今は本気出してないかんね、出したら山一つくらいは消し飛ばしちゃうかもしれないからね。負け惜しみじゃないったら。


 まあ、そんな話は置いといてさっさと行かないと。


 俺達は数人ずつのグループに別れて、大通りを越え西へ向かい、路地に人気がなくなったところを見計らって合流した。ルウィン達は武装として弓を持っているのだが、これが纏まっているとさすがに種族がバレるのは明白と思って、念を入れたのだ。

 まあ、もしバレてたらすぐ逃げるわけだが。


 俺は『探知』の範囲を絞りつつ、路地を進む。およそ半径五十メートル、地下も索敵可能にするには今はこれが限界だった。

 だが、そんな『探知』でも充分に役には立つ。


「あった。こっちだ」


 何やら地面の下にそれらしい反応があった。そちらの方角を指しつつ、俺は先導しながら狭い裏路地を曲がっていく。

 と、そこに、まさに場末の安酒場然とした建物が建っていたのだった。


「ここだな」

「間違いないな?」

「条件に当てはまるのはここだ。特徴も一致してる」


 ヘイスと話し合い、昨晩ラザントおじさんに聞いた酒場について語る。

 二階の窓、左から二番目が割れたまま板で塞いであること。

 入口に書かれている店名の「デル・サーレ」。人名だろうか? 

 まあ、ここなのは間違いないな。マリウルによる真偽チェックも通過済みの確かな情報だ。


「開いていないようだが」

「夕方か、それとも早くても昼開店なのかもな」


 見た感じ、店内は暗く客の気配は皆無だ。ただし、客以外はいる。

 限定範囲での『探知』は、同高度に五つの反応を感じ取っていた。


「っつーことは、チャンスってわけだ」


 俺はにたりと嫌な笑いを浮かべながら、池田屋討ち入り直前みたいに佇むルウィン達を振り返り、そして言った。


「俺が連中の動きを止める。そしたら、一人ずつ絞め上げて無力化。あとは地下まで一直線して、同じように。いいね? よし、行くぞ」


 三秒数えた後、俺は酒場の扉を蹴破り、中に転がるように突っ込んだのだった。


 ◇


 『超化』が要らない感覚情報を削ぎ取っていく。世界がやけに静かに聞こえる。空気が粘性を持っているように感じる。そのせいか、身体が重たかった。

 というのは、俺だからまだいい方なのだ。

 俺以外はほぼ時間が止まって見える。一緒に突撃してきたマリウル達すら後ろに置き去りだ。無論、酒場の中でだらけていた男達は反応などできない。


 俺は一目で全員にロックオンをかけ、手元にあらかじめ展開していた無数の『氷矢』を続け様に放った。狙ったのは敵の足だ。冷気の塊が次々に亜音速で飛び、男達の足を穿っていく。


 聞こえないが、悲鳴が上がる。そりゃ痛かろう。銃で撃たれたようなものだし、しかも貫通せず刺さったままになるよう調整したのだ。我ながら惨い。

 さらにはそれだけではないのがもっと酷いところだ。


 男達の『氷矢』が刺さった場所から、ビシビシと霜が広がっていく。『凍結』の魔法を添加しておいたのだが、これがまたさらなる激痛を引き起こす。男達からすれば、撃ち抜かれた傷痕を抉り弄くられているようなものだろう。


「よっしゃ」


 確かに五人、俺は一人も逃すことなく足を止めさせた。

 あとは、マリウル達の出番だ。

 動けない男達を掴み、床に引き倒し、腕や首を極める。素早く、しかも異様なまでに手慣れたものだ。ルウィンというのは弓ばかりの種族だと思っていたが、それは勝手な思い込みのようだった。


 たちまちのうちに、散らかされた酒場一階は制圧されたこととなった。ここまで十秒とかかっていない。滑り出しは上々だ。


「次!」


 俺はマリウル達を置いて、酒場の中を調べる。『探知』を五メートルほどの極小範囲まで狭め、空気の流れを探った。

 と、そこで妙な流れを発見。それを辿り奥の個室の部屋の隅へ。

 その場所に置いてあった棚を、勢い引き倒した。

 そこには、隠された鉄の扉が。


「あった! こっちだ!」


 みんなを呼び寄せ、扉を開く。鍵が閉まっていたが『念動』ピッキングで解錠余裕でした。まあ壊してもいいんだけど、今回は早く済んだしよしとしよう。


 俺達は、その先に続く階段を下り、地下へと潜っていくのだった。


 ◇


 地下には六つの反応。そのうちの二つは、通路が開けてすぐのところにあった。


「な、何だ!?」

「誰だおま……」


 応答する気はない。俺は二人の膝に『氷矢』を放つ。直後、雪崩れ込んできたルウィン達により男二人は制圧された。

 ここまでは上手くいった。さあ、問題はここからだ。


「……いたな」


 俺は目の前に並ぶ牢を眺めながら、ぼんやりと呟く。

 それらに、三人のルウィンとヒトの子が一人、鎖で繋がれていたのだった。


 まずルウィン。一人は妙齢な雰囲気で長髪の女性だった。が、今は項垂れていて表情は見えない。もう二人は少年である。見たところ、十三歳と八歳くらいであろうか。実年齢は三人ともわからないのだが。


 気になるのは、残ったヒトの少女である。

 ぼさぼさの茶髪に、汚れた貫頭衣のような服。虚ろな表情と光のない目。年齢は十四か十五程度か。ただ、やたらと痩せぎすで栄養失調の気がある。

 おかしいな。ここの奴隷商は商品をそれなりに手厚く扱うんじゃないのか?それとも俺の勝手な思い込みだったか?


 ……いや、今はルウィン達を気にするのが先だな。


「シェアナ! ルース!」

「大丈夫か! 助けに来たぞ!」

「クソッ、この鉄格子が……!」


 タニア組が牢に突っかかり、ガンガンと壊そうとする。が、それで開けば苦労はないというものだ。元よりルウィンの腕力はあまり強くない。


「俺がやる」


 なので、俺が出ることにした。

 ヘイスを押し退け、まずルウィンの少年が入った牢の前へ。そこで、鉄格子の扉部分に手をかける。


「ぬ、ぐ、ぎぎぃいぃぃぃっ……!!」


 そして、単純に目一杯『超化』した腕力で扉を引っこ抜いた。

 バギン、と音を立てて扉ごと鉄格子が拉げ、外れ、その勢いのまま俺は後ろの鉄格子に突っ込んでいた。

 鉄格子に盛大に頭をぶつけた。超痛い。『超化』してなかったら死んでたな。『超化』を使ったからこうなったわけだけど。

 超超言い過ぎだ。小学生か。


「お、おお! 開いた!」

「ルース!」


 タニア組が中の少年を確保。ルースと言うらしい。ルースは衰弱、というより困憊して項垂れていたが、ぼんやりとヘイス達の顔を認めると、呆けた表情をじわじわと泣き顔に染めていった。

 それはいい。次だ、次。

 俺は頭から突っ込んだ鉄格子の扉を引っ掴み、今度は捻り上げる方向で破壊を試みる。成功だ。ルウィンの少女が閉じ込められていた鉄格子が開かれる。俺も後ろに吹っ飛んだりしていない。さあ次だ次だ。


 三つ目の、大人のルウィン女性の牢の前に立ち、扉を前述の方法でブッこ抜く。それを放り捨てて、中に入った。というのも、ルウィンの女性は他よりも厳重な拘束が施されていたので、それも壊さないといけないからだ。他は、マリウル達が持ってきた短剣で鎖を壊す程度で何とかなろう。

 さて、そうやって女性の手枷を壊そうとした、のだが……


「大丈夫か、今外す」

「え……ひ……ヒト? ヒト……!?」


 がば、と自分の身体を隠すように、女性が後ずさる。と言っても、その後ろには壁しかないわけだが。

 避けられた。まるで、ゴキブリみたいに避けられたのだ。


「く、るな……!!」

「お、おい」


 だがショックに浸っている場合じゃないぜ。俺らには時間がないんだからな。

 そう思い、俺は女性を落ち着かせようと彼女の目を見る。


 そして、見る。その緑色の、濁った瞳を。

 恐怖、嫌悪、侮蔑、憤怒、憎悪。あらゆる負の感情が彼女の目に宿り、渦巻き、それが俺へと向けられていた。


 ドクン、と嫌な鼓動が一つ俺の胸を叩いた。

 嫌な予感がした。というか、想像か。そして、それはきっと正しいと思った。


 俺は、間に合ったと思った。彼女らがどこかへ連れて行かれる前に、こうして見付けられたのだから。助けられたのだから、と。

 だが、それは間違いだったのではないか?

 間に合うも糞も、最初からなかったんじゃないのか。捕まった時点でもう遅かったんじゃないのか。

 酷い目っていうのは、連れて行かれることだけなんかじゃないんだ。


 ……感受性の強いルウィン族と一緒に暮らしてきたからだろうか。俺にもどことなく、彼らの魔力を通じて他者の感情に触れる力が備わってきたような気がする。

 それが、俺に伝えてくる。目の前の女性の苦痛を。屈辱を。悪夢を。


 俺が彼女の手枷に伸ばそうとしていた手が、『それ』に重なる。

 彼女の目を通して、『それ』が俺にも見える。

 指が。手が。舌が。欲望が。

 どす黒い何かが、何もかもが、彼女に覆い被さり、全てを奪っていく。壊していく。傷付けて、そこにまで浅ましく獣欲を擦り付けていく。


 なすがまま、犯されていく。


 ……どうして気が付かなかった? 考えようとしなかった? 

 考えないようにしていたのか? 考えたくなかったのか? 

 どちらにしろ現実は変わらない。俺は間に合って、でも遅かった。

 もう、どうしようもない傷が、彼女には刻まれていたのだ。


「……くそったれ……」


 俺は女性から一歩退いた位置で、両手の指をゴキンと鳴らした。逃しようのない力が骨までビキビキと軋ませる。

 それに呼応するように、魔力が渦巻き、女性の手枷、足枷に纏わり付いていく。


「お、おい、セイタ──」


 マリウルの声もよく聞こえない。俺はそのまま、魔力を解放した。


 メシャリ、と女性の拘束具が、一つ残らず外れた上で捩じ切られ、破片となって宙に浮かぶ。俺の『念動』のせいだ。調整が利かず、いまだ雑巾のように鉄が捩じれ続けて奇怪な音を立てていた。


「シェ、シェアナ!」


 タニア組の一人が脇に退いた俺を横切り、シェアナと呼ばれたルウィン女性を抱き留める。見知った顔だったのか、彼女の表情は一瞬緩んだが、すぐに俺へ先程の視線を向けてくる。困惑はあったが、どす黒さは変わらない。


 それは、そうだろう。

 俺は、彼女を犯した奴らと同じ種族(ヒト)なんだからな。


「くそったれ」


 理不尽は感じなかった。怒りを返す気もない。

 感情が全部、腹の底に落ち込んでしまっている。何も表情に出てこない。シェアナの傷心にあてられたか? これでは駄目だ。

 『精神操作』を使おう。俺に対して、冷静でいられるように。無駄なことは考えるな。今はマリウル、ヘイス達と一緒に撤退することを考えるんだ。


 ──そうだ。俺は冷静だ。頭も冴えてきた。

 わかるぞ。今から何をすべきか。どうすべきか。


 ──『探知』に、反応? 上に? 


「……何かが来る!」


 叫ぶなり、俺は牢を転がり出て、この地下室に至る通路に『凍結』を放った。

 即座に、空気中の水分がその狭い場所で凝固。即席の氷壁が完成する。

 その直後に、氷壁を叩く音。それから怒声が聞こえた。


「何だ!?」

「ここの連中の仲間か!? 早過ぎる、どういうことだ!」


 しくじった。油断して『探知』を切っていたのが仇となった。

 多分、店番の交代か何かだろう。そいつらが上の惨状を見付けてしまったのだ。地下に行くことに意識を向け過ぎて証拠隠滅を怠ってしまった。これは俺のミスだ。


「どうする!? 出口はあそこ一ヶ所だぞ!」


 ルウィン達がざわめく。袋の鼠のような現状を考えれば仕方ないだろう。何人かは悲壮な覚悟で短剣や弓を構え始めている。


 そこに、俺が「待った」をかけた。


「大丈夫だ。心配するな」

「何を、こんな状況で……!」

「ここから『転移』を使う。みんな一ヶ所に集まるんだ」


 俺の言ったことに驚く一同。何故だ?どこにそんな驚く要素が。


「あの廃墟からでないと飛べないのではないのか!?」


 ああ、そういうことか。

 残念ながら、というかありがたいことにそうではない。

 俺の今の『転移』は『楔』に向かって飛ぶ。かといって『楔』から『楔』へと飛ぶわけではない。あの廃墟は適度に広く周りの目がないから都合よく使っていただけだ。まあ、仮に「行き」にも『楔』が必要なら、ここに打ち込んでしまえばいいだけなのだが。


「大丈夫だ。信用してくれ」


 ここは狭いが……まあ、何とかなるだろう。マリウル達は慌てて、一ヶ所に身を寄せるように集まった。

 そこで、俺ははたと思い至り、もう一つの牢へと向かう。

 そこに閉じ込められていたのは、ヒトの少女。俺はその鉄格子と彼女の拘束を、『念動』で引き千切った。


「何をしている、セイタ!?」

「ついでだよ。置いてったら寝覚めが悪いだろ」


 言いつつ、俺は虚ろな少女を立たせ、マリウルに渡す。

 相手が無力で疲弊した少女であるからか、それとも俺というヒトに慣れたからか、マリウルは少女を拒む様子はなかった。ありがたいことだ。


「よし、じゃあさっさと飛ぶぞ」

「ああ……セイタ、頼む!」

「わかってる」


 俺は『転移』を発動し、石床に法陣を現出させ、それでマリウル達を囲む。


 そして──俺はそこから、一歩退いた。


「なっ、おい、セイタ! 何をしている!?」

「悪い、急用ができた。先に行っててくれ。あの合流地点にな」


 ついでに、万一夕方になっても帰って来なかったら先に集落に戻るようにと伝言。マリウルとヘイスが顔色を変えた。


「何を、何をする気だ!?」

「ちょっとね……ほんの少し、お礼参りをね……」

「冷静になれ! おい、セイタ!」


 冷静さ。俺は冷静だよマリウル。

 そんでもって、俺の冷静な頭は「ここで留まれ」って言ってんのさ。

 『精神操作』でガンガンに冴えてる俺の頭が、今俺がやるべきこと、やらなきゃいけないことを教えてくれてんのさ。


 ……俺の友人に手を出した奴らには、一度ここで痛い目に遭ってもらう。


「心配するな。すぐ終わるから」


 反論を聞かず、俺はマリウル達を『転移』させた。地下から、というのが少し気にかかったが、感覚で問題なく飛ばせたことはわかった。もう心配は要らないだろう。

 あとは、こっちの仕事だ。


 ガシャン、と『凍結』によって形成されていた氷壁が砕け、ガラの悪い連中が地下へと雪崩れ込んでくる。そいつらは俺を見て驚きに目を剥いていたが、すぐにその視線の色を敵意に塗り替え、俺を囲み始めた。


「誰だてめぇ!」

「おい、奴隷がいねえぞ! こいつのせいか!?」

「ふざけやがって、どこに隠したオイ!?」


 うるせえな。そんなガラガラ声は無視する。

 数は五人……また五人か。嫌なことを思い出させる。

 とはいえ、これで奴らは俺しか見ていない。馬鹿な連中はここでの騒ぎは俺が全部やったことと思ってくれることだろう。

 そうすれば助かる──マリウル達の心配をせずに暴れられるからな。


 ごろつき達の怒声を聞き流しながら、俺は口元の笑みを手で隠したのだった。

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