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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.5 Siege
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百六話 憎悪の種

 セミールは小物だった。

 もっと上の人間からの命令を唯々諾々と受け取り、下に伝達して人間を動かす。そうして利益を啜るだけの存在でしかなかった。

 ラングハルト公爵とその娘エーリスは、セミールのような小物にとって何の思い入れもない。

 そもそもラングハルト家は王都から遠く離れた、捨て扶持同然の小さな公爵領に暮らす田舎貴族である。中央の貴族にとっては縁遠く、その程度の認識しかない。たとえ国として打ち出した討伐軍政策に反対し始めようが、驚きこそすれ日和見がちな弱小貴族にとっては「だから何だ」というものだ。それを標的として指示されただけのことだった。


 だが、そうでない者もいる。

 セミールを操る人間は、ラングハルトという家を酷く忌み嫌っている。

 たとえ外様で、中央権力とは縁遠く、財力だけならば辺境伯、侯爵にも劣ろうが、ラングハルト家は歴代当主の人徳と能力から一定の発言力を持つ。王都にはそのことを疎ましく感じ、さらには別の理由で古くから嫌悪感を募らせている貴族が実は相当数いる。


 それらの家々は例外なく古く、強力で、格式が高く、頑固で強硬的だ。つまりプライドが青天井に高く、そのために自分達が推し進める討伐軍の編成に待ったをかけようとするラングハルト公爵を邪魔に思い、また憎悪した。


 つまり今回の惨事が起こったのは、損得よりも感情が要因として強い。そういうのが、セミールの話を聞いて噛み砕くドゥナス伯爵の談だった。


「無論、討伐軍編成の遅滞による不利益を嫌ったというのもあるだろうがねぇ。だとしても実際のところ、北伐への機運は止めようがない」


 青褪めて項垂れるセミールを背に、伯爵は揚々と語る。


「カサンディアとヴァイレーン、エーレンブラントの同盟三国は魔王領を下し、既に次の段階に移っている。これから始まるのはパイの切り分けだ。数百年友邦の仲だったといっても併合していたわけではないからねぇ。互いに思うところはあるし、損得に関しては別勘定だ。魔王領の切り取りは掠奪競争になるだろう。現実的にこれに乗らないことは考えられないよ」


 乗らなければ他の二国に水をあけられる。勇者を輩出した国であろうと下位に見られる。そういう状況はこの国全体が潜在的に許せるものではない。

 要するにラングハルト公爵の態度は、結局のところ抑止力以上のものにはならなかっただろうということだ。俺の想像とは違うがそういうことらしい。


 そういう事情を踏まえてなお公爵を害するという暴挙に踏み入った原因を考えると、これはもう感情以外にあり得ない。

 並ならぬ憎悪を公爵家に向ける者。それが今回の騒動の元凶だ。


 しかしまったくわからない疑問がある。


「というか、どうしてエーリスの家がそんなに嫌われてる?」


 本当に素朴な疑問であるが、話を聞き流すうちにこう思わずにはいられなくなってしまったのだった。


 まずラングハルトは公爵家である。つまり王家に連なる由緒正しい血筋だ。普通こういう家系は貴族制の上位に位置するものだろう。

 だが、実際はそうではないらしい。ラングハルト公爵領は王都よりはるか南方、まあそれはいいとしてその規模は実際大したことがないという。聞けば精々町一つに村がいくつか、という伯爵領並のものとのこと。


 さらにラングハルト当主は普通公爵領から出ない。公務でたまに王都に顔を出すこともあるが、国王にぽつぽつ忠言するだけで帰ってしまう。発言力自体はあっても中央への進出など考えず、代々栄達や野心などとは無縁に過ごしてきた。


 しかし、だというのに一部の貴族にいたく憎まれている。

 それこそ親の敵とでも言わんばかりに嫌われている。エーリスの父ギオニスは討伐軍へ反対する考え方からよりも、そのような感情の鬱積が原因で殺害されたというのが真実に近いようだ。聞いているとそのように感じる。


 ……と、俺が問うと、エーリスは気まずそうに視線を逸らした。伯爵も肩を竦めこちらに意味深な視線を送ってくる。


「それは……その……」

「中々繊細な話題だからねぇ。ここで話すこともあるまい?」


 口籠るエーリスに伯爵がそう切り出した。今さらな気もするが、確かにこんな拷問部屋でいつまでも話していたくはない。

 消沈するセミールをちらりと見てから、俺は伯爵とエーリスの背中を追ってその部屋を出た。



 ◇



「毒など入っていないよ」


 屋敷の客間に通され、ソファに座りながら出されたティーカップを見下ろしていると、伯爵がそう言って笑った。


「一度経験があると、出されるものが全部怪しく見えるんでね」

「気持ちはわからないでもないが、私だって無用な敵は作りたくないものだよ。特に今はその意味がない」


 仲間だろう? と言われてつい背筋がゾッとしてしまう。果たしてこのオッサンと仲良くできる人間などいるのだろう。


「さて、では公女殿下。彼に説明してはいかがかな」

「は、はい」


 強張った表情を俺に向けてくる対面のエーリス。ティーカップを持ったまま、小さく震えた深呼吸をして、それからゆっくりと口を開く。

 語られたのは、このような話だった。



 ◇



 数百年前、今よりもっと荒んだ時代。エーレンブラントで一人の王子がさらなる権力を欲し、突拍子もなく邪悪な計画に及んだ。

 それは、自身の先祖である王族の墓を暴き、そこに眠る財宝で戦費を調達しようという目論見だった。


 当時のエーレンブラントはまだ領内から魔物を追い払い切れず、四方に敵を臨まねばならない戦乱の時代だった。正気でいられない時代だったのかもしれない。ただそれが危険で冒涜的な行いであったことは間違いない。


 そこでこの王子の乱行を知り、止めようとしたのが、弟である第二王子だった。外患に備えねばならない時代に、皮肉極まることに、よりにもよって兄弟同士で争う羽目になったのだ。


 双方軍を率いての衝突の末に、弟である第二王子はその手で兄を止め、命を断った。王の墓は守られたが、第一王子は死に、また彼らの父である当時の王も心労によってこの世を去ることになった。


 残され、王の冠を引き継いだ第二王子はその聡明さと心優しさ故に、酷く心を痛め、病んだ。しかしそんな王子に、まだ大きな問題が一つ残っていた。

 第一王子の実子である。まだ年端もいかないその子が生きている、それだけで第一王子派と第二王子派の対立を煽る要因になる可能性があった。


 が、第二王子はそれ以上の血を望まなかった。その子を生かし、王位から外し、新しい名を与え、外様の公爵家として存続させることにした。

 それから数百年が経った。その子の子孫は始祖の野望を受け継ぐこともなく、勤勉に、実直に王国に献身を捧げ、血を継いできた。


 しかし、その功績から彼の公爵家が再び国の中枢に近付くにつれて、それを羨み、妬む者達が、はるか昔の出来事を引き出し彼らを蔑み出した。


 その時に使われる文句が「墓荒らしの血族」であり、そう揶揄されるのがつまるところ、今のラングハルト公爵家ということである。



 ◇



「はるか昔から我が家に伝わる伝承です……二度と祖先と同じ過ちを犯さぬよう、驕り高ぶることのないよう、そう言い伝えられてきました」


 エーリスの独白が終わる。何となく伯爵に目を向けて見たところ、驚いた様子は窺えない。

 先程の口振りからすると、伯爵もこの話は知っていたのだろう。何から何までお見通しという感じがしてやはり薄気味悪い。


「もっとも、当事者も確かな記録もないのだから怪しい伝説に近いがね」


 伯爵はそう言って、脇に立つペイトの持つトレイにティーカップを置き、壁に寄りかかった。


「とにかく? 古い貴族は公爵家同様その伝説を語り継いでいる。だからこそラングハルトへの不信感を拭えなかった。今回はそれが表面化した形だろう」

「だからって同じ国の貴族を殺すのか」

「時期と状況が悪かったねぇ。討伐軍という事案まで抱え込んで、反ラングハルトのお歴々もつい爆発してしまったかだろう」


 つまるところ大昔の遺恨と焦りである。そんなものが原因でエーリスは父親を殺されたのだ。

 まったくもって救いがなく、ろくでもない。結局説明されても、何一つ連中のことなど理解ができなかった。

 できるわけがない。エーリスをこんな目に会わせる正当な理由など、この世界のどこを探したってあるはずがないのだ。


「下らねえ連中だ」

「フッフフ。だがそういう手合いは厄介だ。向こうは向こうで自分達なりの正義を信じているからねぇ」


 何の罪もない女の子から父親を奪っておいて正義とは片腹痛い。いや、笑いなど湧いてこない。


 もういい。はっきりわかった。

 そいつらはもう二度と表に出られないようにしなければならない。片端から墓穴に突っ込んでやらなければならない。そうしたところでエーリスが救われるわけでもないが、そうしない理由だってない。


 神様を気取るつもりなんかないが、因果応報ではあるべきだ。


「それで、セミール子爵の裏には誰が……?」


 エーリスが問うと、伯爵は「ああ」と声を上げ、手を打った。


「やはりベルプール卿らしいねぇ。案の定というか、何というか」

「ベルプール卿……本当に、あの方が?」

「彼一人で謀ったこととはまだ決まっていないがね」


 ベルプール伯爵。前に聞いた、王都でふんぞり返っている貴族の一人だ。


 ……ぶっちゃけそいつを殺せば、それで済むことなんじゃないか? と思わないでもない。物騒だが、そうされても仕方ない奴なのは間違いないだろう。

 いや、落ち着け。ただ殺したって意味がない。

 エーリスは黒幕を引き摺り出して償わせる気だ。晒し上げるのが死体では恥にも何にもならない。それはエーリスの望むところではない。

 罪状と証拠を洗い上げて王にでも直訴して、爵位を剥奪してそれから処刑だ。ただ殺したって有耶無耶にされるだけだ。


 じゃあそのためにどうするのかっていう、次にすべきはその話だろう。

 伯爵の悪巧みを聞き続けるのは業腹だが、最も効果的な手を考えてくれるのはこの変態だ。悪いことなら頼りになる。本当は頼りにしちゃいけないんだろうが。


「次は何を?」


 俺が聞くと、伯爵は嬉しそうに俺を指差すのだった。

4/26

「エーリスの父ゲオルグ」となっていた箇所を「エーリスの父ギオニス」に修正しました。

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