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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.5 Siege
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百四話 強硬手段

 止まない雨に曇った夜空。そんな下で俺は、何が楽しいのか民家の屋根の上で雨粒に打たれている。


 一人ではない。隣にもう一人いる。

 これがあの、俺に敵愾心丸出しなペイトだ。今の服装は闇夜に紛れる黒っぽいもので、さらに身体の線も顔もろくに出ていない、怪しいコート姿だった。俺も似たような格好なので悪し様には言えないのだが。


「……いつまで待てばいいんだ?」

「出てくるまでです」


 三回目となる質問を繰り返しながら、俺はペイトから前方の建物に目を向けた。

 巨大で、無駄に装飾に凝った前面をしている宮殿か神殿みたいなそれは、王都随一の規模を持つ劇場である。名前は伯爵が教えてくれたが、忘れた。演劇好きの聖人か何かの名前が付いていたらしいが、馴染みがない。


 何故こんな所にというと、当然、劇を見に来たわけではない。こんな格好では入ることすら許されないだろう。

 用があるのは劇場ではなく、中にいる客の一人だ。



 ◇



「まずは尻尾を掴んでもらおう。セミール子爵だ」


 伯爵は標的と称し、その名を俺とペイトに告げた。昨日のことだ。


「公女殿下を探している連中、表と裏のギルドの走狗を洗っていたら、その名前が出たよ。金回りや駒の指揮をしているみたいだねぇ」

「存じております」


 ペイトはそう言ったが、俺は存じてない。というかもう貴族の名前は覚えられん。公女に子爵に伯爵にてんてこ舞いだっつーの。


「気にしなくてもいい。ペイトが把握している。君は指定された標的に狙いを付けてくれればそれでいい」


 雑な指定だ。それでいいのかと思ったが、何もわからないんだから従うしかない。

 そもそもそのアブラゼミだか何だかの顔も知らないんだ。名前だけ知っても意味がないってこったろう。


「やることは簡単さ。彼の心臓を動かしたまま、連れて来てくれればいい。後はこちらが彼に必要なことを聞いたり、約束してもらう。それだけだ。どうだい?」

「それは一般的には拉致と言うんじゃ……」

「かもねぇ!」


 何が楽しいんだか伯爵は高笑いを上げた。正直言って、ドン引きです。


「彼のやっていることは公女殿下を捜索する人員、それと指令を出す上級貴族の間に立つ中間管理だ。彼一人がやっていることではないが、彼がいなくなれば捜索網の一部に穴ができるだろう。ついでに有力な情報、人材も手に入ると」


 話を聞くだけなら一石三鳥だが、果たしてその通りに行くだろうか。


「彼は明日、演劇鑑賞にかこつけて上層部の指令を受け取るらしい。実にいいタイミングだ。ペイトと協力して彼をお連れしてくれ」

「注意することは?」

「ないね。まさか自分が狙われているとは思ってもいないだろう。ま、護衛は何人かつくだろうが、目立たなければ好きに片付けてくれていい」


 さらりと「殺してもいいよ」と言っているように聞こえるのだが、気のせいだろうか。本当に怖くなってくる。


「頼んだよ。君はどうやら守るより攻める方が得意そうな顔をしているからね。お連れと公女殿下のことはジュネアに任せて、好きにやってくれ。期待しているよ」


 期待されても全然嬉しくない。伯爵の要らん関心を買ってしまったような気がしてならなかった。

 そもそもどうして、あんなに妙に俺に執心だったのか……



 ◇



 そうして今日だ。

 何やらでき上がったばかりという勇者の英雄譚が題材の演劇が終わるまで、この寒い中屋根の上でヤクザ座りしている羽目となったわけである。


 そうして……


「……ちょっと多いねー。これわかんねぇよ」

「問題ありません。すぐに見付けます」


 ペイトはそう言うが、俺は不安でいっぱいだった。

 演劇が終わり、客が出てくる。しかし多い。無駄に多い。金持ってそうな御仁がぞろぞろと蜘蛛の子散らすように馬車に乗ったり小走りで去って行ったり。


 一人一人の区別なんぞ俺にはつけられるわけもない。完全にペイト頼みになってしまう。邪魔したら悪いので口も開けない。


 ……と、十秒ほど悶々としていると、ペイトが言った。


「いました。あそこです」

「え? どこ?」

「こちらへ。ついて来てください」


 結局指されたのがどこかわからないまま、先導するペイトに盲目的についていく。情けないったらありゃしない。


 が、しばらく屋根を走っていると、俺にも追っているのが誰かはわかってきた。

 千々になっていく観客達の中で、ずっと俺達の前方にいる人間。荷物持ち一人と護衛らしき体格のいい男達五人に囲まれた男。


 こいつがツノゼミか何かか。そう思って、フードをさらに深く被り直す。そろそろ気を引き締めなければ。


「人気のなくなったところで行きます。合わせてください」

「了解」


 自分で動くより指示される方が楽なので、黙って従う。俺に好意的でない所以外は受け答えが丁寧で話しやすいのがこのペイトである。

 問題は実力がどうかということだが、ここに来るまでの身のこなしは見たし、俺を拘束しようとしたところから多少なり自信は窺える。結局見なきゃわからないが。


 まあ、俺だけでもどうにかならないわけでもなかろう。さすがに相手が七人もいると面倒臭そうだが、手加減しなきゃやりようはある。

 やってることがほぼ通り魔の犯罪というのが、少しアレな気分になるが。


「……ところでさ」

「何でしょうか?」

「標的以外はどうするんだ。殺さないといけないのか?」

「それがお好みなら、そのようにしていただいて結構です」

「……いや、止めとく」


 事ここに及んでこんなことを考えるのもアレだが、俺は殺し屋ではない。頼まれて人殺しをするのは勘弁だ。


 まあ、結局成り行きで人死には出るんだろうが。細かいことは考えないようにしよう。何にもならない。


 そう思っている間に、ペイトの足が止まった。

 屋根の端でしゃがみ、左手で合図してくる。見下ろすと、連中の動きが止まっていた。ここで仕掛ける気だろう。俺も剣を抜き、横目に合図した。


 とにかく、これがまず最初の一歩だ。最初からしくじるわけにはいかない。

 仕事はこなすさ。きっちりとな。



 ◇



 合図とともに飛び下りる。地上三階からの高さなのに、俺はとにかくペイトまで躊躇いがなかった。それが驚きだった。

 驚いている間に、俺の足下にまず一人転がっていた。護衛の一人だ。飛び掛かり様に顔面を地面に叩き付けてやったから、嫌な音を立てて血が噴き出していた。死んでいるかいないか半々といったところか。


「何だ!?」


 別の護衛が叫んだ。と、次の瞬間そいつが呻き声を上げた。

 見れば、後ろからペイトがそいつの背に何かを突き刺している。どこから出したのかわからない、奇妙な得物だった。柄は剣に似ているが、刃ではなく針が付いている。推定三十センチ程度のそれが、護衛の背から胸にかけて貫いていた。


 一瞬気を取られたが、すぐに動き出す。まだ相手は反応し切れていない。奇襲のアドバンテージは充分に活かさなければ。

 次の敵に飛び掛かり、転がりながら掴んで壁に放り投げる。蛙の潰れたような声が上がる。間髪入れず次へ。剣を抜こうとしていた奴の膝を踏み折り、崩れ落ちたところで顔面を蹴り上げてやる。


「貴様ぁ!!」


 剣をとうとう抜いた、というか抜けた護衛が走り寄ってくる。振り被った上段をこちらも剣で受け流し、横に飛ぶ。


「手をお貸ししましょうか?」

「いや」


 ペイトからの提案も受け流し、次の攻撃に備える。袈裟の一撃だ。後ろに跳んでかわす。もう一撃が続く。剣で無造作に横に弾く。

 そのまま籠手で殴りかかる。顔面が陥没したが感触はあまり伝わってこない。もう一発殴ろうとしたが既に意識はなく崩れ落ちた。空振りだ。


 見れば、ペイトが最後の、逃げ出そうとしていた荷物持ちの首を刺していた。倒れた荷物持ちが痙攣している。しかし先の男も合わせて出血はほとんどないように見える。奇妙だ。何か毒でも盛ったような反応である。


「殺したのか?」

「いいえ。少し痺れてもらっただけです。傷も残りません」


 俺の問いに答えるペイトの手に、魔力の残滓が見えた。はっきりとはわからないが、多分『治癒』の魔法だと思う。こいつも魔法が使えるのか。


 何となくだがわかった。こいつは多分、相手に毒を盛るための小さな傷を付けて、それを『治癒』で塞いでいるらしい。

 随分回りくどいようにも思えるが、戦うことが主目的ではないのだろう。無力化と証拠隠滅を考えれば合理的な気もする。傷が小さければそれだけ『治癒』にかける魔力も少なく済むし、それでも非致死性の毒は身体に残る。後はどうとでもなるということか。


 俺よりも優男っぽく見えるが、何だかんだドゥナス伯爵の部下ということか。もしかしたらあの毒針のようなもりを俺にも向ける気だったのかもしれない。


 と、それはさておき。


「これで誰にも邪魔されないな」

「ええ」


 取り巻きを排除されて、腰を抜かし何かを喚いているセミ何とかって貴族に目を向ける。小太りにカールした銀髪、というか白髪が全部雨やら泥で汚れている。酷い有り様である。


「貴様ら! 何をしているのかわかっ……」

「うるさいんで!」

「アゥッ!」


 近所迷惑なのでブン殴って黙らせる。それでも逃げようとしたので背中を踏み付けて止めた。ペイトに目を向けたが一切顔色を変えず冷めた視線を返された。頼むから何か反応してくれ。


「拍子抜けだな。これでいいの?」

「はい。後はこちらでお連れしますので」


 近くに馬車と人員を用意しているらしい。手が込んでいる。誘拐に力を入れるというのは空怖ろしく聞こえるものだが。

 それに加担しているという時点で、俺も大概だ。今さらだな。


 死屍累々めいて倒れる男達を背に、気絶した獲物の肩を担ぐペイトを見送りつつ、フードを被り直して俺もその場を離れた。



 ◇



「お帰りなさい」

「お帰り」

「ああ」


 宿に戻る。部屋は別になったが、一応シオン、キリカ、エーリス、ユリアさんと顔を合わせることにした。なおデューラー子爵はドゥナス伯爵の元で何かを手伝わされることになったため、今はここにはいない。

 これは僥倖である。野郎は少ない方がいい。二割ほど冗談だが。


「危なくなかったですか?」

「特に問題はなかった。簡単な仕事だったよ」


 心配してくれるシオンの頭をわしゃわしゃ撫でようとして、雨でびっしょりだったことに気が付く。籠手を外してその辺にポイし、キリカから受け取ったタオル用の布で手を拭く。


「こっちはどうだった? 何もなかったか?」

「何も。あの無愛想な人がいてちょっと空気が重かったくらい」


 キリカが答える。先程俺と入れ替わりで帰っていったジュネアのことだろう。ペイトは俺と実働班、ジュネアはこちらで女性陣の護衛というのが彼女らの本日昼過ぎからの仕事だった。


 しかし、女三人集まれば姦しいというが、六人集まっても一向に騒がしくならなそうなメンバーなのが凄い。俺もペイトと気まずい空気だったが、こっちはこっちで胃が痛そうだ。本当に大丈夫だったのだろうか。


「本当に……ご迷惑をおかけします」

「あ、いや。もうそういうのいいですって」


 謝ってくるエーリスに手を振って答える。やっていることは確かにアレで、彼女のためにしているという名目だが、俺が好きでやってることだ。そういつまでも気に病まれても困るし、互いのためにならない。


「お嬢様はどっしり構えていてください。こっちの旗頭みたいなものなんですから。面倒なことは全部伯爵がやってくれるし、俺も大したことやってないし」

「貴族の拉致は大した犯罪行為だと思うけど……」

「おいやめろ思い出させるな」


 絶妙なタイミングで酷いツッコミを入れてくるキリカにじっとりした視線を向ける。当の本人はシオンに寄り掛かってどこ吹く風だ。まったく。


 とにもかくにもまず一歩だ。限りなくアウトローに近い手段だが、エーリスも反撃に出られた。

 後は伯爵の言う通り、相手が反攻に出る前に丸裸にして衆目の前に叩き出すだけである。そうしなければならない。あまり長引かせられても面倒である。

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