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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.5 Siege
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百三話 あるいは復讐

 まだ会って一週間も経っていないが、そんな短い時間でも、エーリスのことをずっと見ていればわかることは色々とある。

 歳の割に成熟した──恐らくは俺よりよっぽど完成した──精神を持っているということ、優しく身分を笠に着ない気持ちのいい性格だということ。

 そして、彼女にとって彼女の父親が、残酷なまでに大きな存在だったということだ。


 エーリスは気丈だ。父親が死んだ時のことはわからないが、少なくとも俺達が会った頃には落ち着き払って、泣き喚いたりなどは一切しなかった。夜、うなされることくらいはあったが、その程度だ。


 多分、ユリアさんが支えてくれていたのも大きかったのだろう。そうであるからこそ、鼠のように追い回される中、細い頼みの綱を辿って、デューラー子爵の所に辿り着くまで耐えられたのだ。


 しかしそれは裏切られた。

 既に味方はいなかった。自身を守る術も最早ない。償わせるべき相手もわからず、償わせるべき方法もわからない。


 だから、正気でいられなくなったんだと思う。

 だから、自分を投げ出すような真似をしたんだと思う。


 伯爵は「復讐」と言った。今のエーリスは、多分それに囚われている。

 執着している。

 希望が一度絶えたから、それに縋るしかなくなっている。


 今のエーリスの思考が後ろ向きなのは否めない。陰謀に陰謀で意趣返ししようとしている。汚い戦いでもやってのける構えだ。

 現にその覚悟を見せてしまった。俺達は見てしまった。いかがわしいドゥナス伯爵の力を借りるところを。代償に全てを差し出そうとするところを。


 伯爵は見返りは要求しないと言った。だが全面的に信じることはできない。何かとかこつけて後々に請求することだって考えられる。

 それでも構わず、エーリスはこの道を選んだ。


 きっと、今の彼女には「これ」しか考えられないのだろう。あるいはひょっとして、この先もずっと……


 俺にどうにかしてやれるとは思えない。俺は所詮赤の他人で、エーリスの父親でも何でもない。冷たいことを言えば、そこまでする義理もない。

 けど、今この時のエーリスに力を貸すことはできる。

 救うなんておこがましいこと言えないし、できない。ただ望むように力を貸して、向かってくる敵を叩きのめすことはできる。


 それしかできないのは虚しいが、そうしたい。そうする他にない。

 陳腐な言い方をすれば、情にほだされたという奴だろう。我ながら単純で、浅っぽい人間だ。わかっている。自覚している。


 それでも、結果だけ見ればきっと立派に見えるはずだ。

 エーリスはいい子だ。生きるべき人間だ。憎まれたり殺されていい人間じゃない。守る価値は絶対にある。


 だったら、伯爵の話にも乗ってやる。手伝えと言うのならそうしよう。

 言い訳がましくてもいい。人間、動くには理由だの言い訳だのが必要なものだ。



 ◇



「さて、役者は揃った」


 伯爵がそう言い、執務室をかつかつと歩き回る。

 部屋の中には俺、ユリアさん、エーリス、伯爵の四人。俺が明らかに場違いで、身分も考えれば話し合うのは貴族二人だけというのが妥当な気がするが、伯爵にそうしろと言われたので従うしかない。

 執務室の机の裏に回り、右手を意味深にふらふらとさせながら、伯爵が言う。


「初めに言っておくとだね、私はこの件について前々から耳を傾けていた」

「え?」

「趣味、というか落ち着かないのでね。事態の詳細を知らないのは」


 伯爵が言うには、どうもこの三日で一連の事件を調べ上げた、というわけではないらしい。

 それより前、ラングハルト公爵が不審死した時から、それとなく裏事情を探っていた。当然他の貴族でも考えるような「謀殺」の可能性にはアタリをつけ、そしてその確信に至った。

 この三日で調べたことは、逃げ遂せているエーリスに対し主戦派がどう動いているか、ということだ。それについて語る伯爵は妙に嬉しそうだった。


「焦っているみたいだねぇ。中々公女を押さえられないから、段々雑になってきている。実に調べやすかったよ」

「そう……ですか」

「それでわかったことなんだけどね」


 と、伯爵は棚にもたれ、相変わらず不気味な薄い笑みはそのままに、目を細めた。


「案の定、主戦派も一枚岩ではない」

「はい……?」

「考えてみれば、いくら外様扱いされているとはいえ、『公爵を殺そう』なんて大それたことは下手な人間ができることじゃない。主戦派の中にもより苛烈で余裕がない一派ないし個人がいて、それが思い余って決行したと考えるのが妥当だろう」


 要するに主戦派でさらに過激派だ。実に救いがない話である。


「聞くところによると、相手は随分と物騒な手駒をいくつも動かせるらしいじゃないか。それでデューラー卿も襲ったとか、他のお歴々も脅されたとか」

「そんなことまで……」

「覗いたり盗み聞きするのは趣味でね、褒められたことではないと自覚しているが」


 そうは言うが、妙に誇らしげなのは俺の気のせいだろうか? つくづく他人の嫌悪感の振り切れる境界線でふらふらするのが好きな男である。


「しかし所詮貴族だ。汚い手段にも限界がある。見えないことも沢山ある。そういうところでは私の方が勝るかな」

「それで、その……誰が?」


 自慢げな伯爵を遮り、エーリスが尋ねる。

 指しているのは間違いなく黒幕のことだろう。伯爵は「ああ、すまない」と実に申し訳なさを感じさせない調子で答えた。


「確定ではないが、候補はそう多くはない。権力、性格、諸々のことを考えると、まあ……ベルプール卿かルザイン卿辺りか」

「お二方とも、王国軍の中枢に関わり深い名家です」


 ここで、今まで黙っていたユリアさんが補足した。伯爵はにたりと笑って「ご名答」と言い、エーリスは黒幕──候補だが──の名を聞き、動揺しつつも頷いた。


「……存じております。父から聞かされました。主戦派の中でも特に急進的に、討伐軍の整備に手を回しておられるとか」

「そう。代々王国軍と関わり深かったり、将軍を輩出したりしているガチガチの軍系伯爵家だ。おまけに少し曰くつきでもある」


 何でもベルプール伯爵家は古く名のある家柄が悪く作用し過ぎて、代々外様や新興の貴族に高圧的な性格をしており、ルザイン伯爵家もまた軍に力を持ち過ぎ軍閥化を懸念され、そう遠くない昔に栄転という形で王都に縛り付けられた過去を持つという。


 すねに傷ではないが、確かに怪しいと言えば怪しい。俺としては目の前でいかにも怪しい姿を晒しているドゥナス伯爵の方が怪しい気はするが。


「しかしまあ、綻びはあるとはいえよく隠している。まだ絶対とは言えない。晒し出して糾弾するとなると証拠も足らないねぇ。手っ取り早く王都から逃げれば、彼らも忙しい身だ。さすがに追っては来れないだろうけど、禍根も不安も残る。そんなのは望まないだろう?」

「……はい。このまま逃げることなんて、できません」

「フッフフ、そうだろう」


 伯爵の嬉しそうな顔。実によくないことを考えている顔だ。一体何を食ったらこんな趣味の悪い人間ができあがるのだろうか。

 楽しそうで何より、とは全然思えない。当然のことだがまったく可愛げがない。今さら俺が考えるのも何だが、協力を求めたことを後悔したくなる。


 敵に回したくはないが、味方にしてもこんな気分になる人間とは。まったくもって難儀なことだ。


「ちゃんと確定して、脅威は根から断たないと。それを仕損じて身を持ち崩した人間は何人も見てきた。そういうわけで、これから取る手段なのだが──」



 ◇



「相手は焦れてきている。隙はある。見えていないことも。私が公女殿下についたことを知らないのも武器になるだろう。しかし反撃するなら手早くやる必要がある。相手も愚かではないし、分が悪くなれば手を引っ込めて貝のようになることだって考えられる。糾弾するならそれは都合が悪いだろう?」


 伯爵の問いにエーリスが頷く。強張ってはいるが、力と決意に満ちた表情だ。その裏の悲壮さを考えると心が痛いが。


「それで、どうすれば?」

「大まかに説明すると、まずは相手の気付かない末端部に穴を開けるか、引き込むか。それから彼らの情報を引っ掻き回して、陽の当たる場所に引き摺り出す。考える暇もないくらい迅速に。そうすれば勝手にボロを出してくれると思うがね」


 伯爵は楽しそうにエーリスに語り、それから、俺を見た。


「そのために……彼の力を借りたい」

「え?」

「君だよ、君。知っているんだよ? 公女殿下のために色々と大立ち回りをしたそうじゃないか」


 俺を指し、意味深に言う伯爵。一体どこから、どの程度のことを知っているのかまったくわかったものではないが、いい気分ではない。

 そんなことはお構いなしに、伯爵はまたエーリスに視線を向ける。


「私にもこういうことが得意な友人はいるが、いかんせん手が足りない。力もね。なので貸してほしいのだよ、君の懐刀を」

「セイタ様は、その……」

「それとも、直接頼んだ方がいいかな?」


 と、二人、いや三人の視線が俺に向く。

 不安げな視線が二つ、楽しげな視線が一つ。実に居心地が悪い。一秒たりとこんな気分を長く感じていたくはない。

 そんな俺の気分はお構いなしに、伯爵が数歩俺に歩み寄って、嫌な笑い声を上げる。


「計画はあるが、迅速な対応が必要だ。さらに無理を通すのに少し荒っぽい手段も必要になる。是非とも力を借りたいものだが」

「どうして、俺が……」

「そういうことが得意そうに見えたからね。苦手かね? 嫌いかな? 血と暴力は」


 そんなものが好きな奴は狂っていると思う、と口にはしないがやっぱり思う。

 しかし、得意と言わずとも必要に駆られ、慣れているのは確かだ。そんなところを見透かされたのだろうか。どちらにしろやはり嫌な気分だ。


 それはさておきエーリスを見る。彼女は「お願いします」とは言わないまでも、不安げな、頼る視線を向けてきている。

 復讐に狂っているというわけではないのだろう。まだ俺の意志を聞く余裕はあるということだ。しかし同時に、必要であるというなら俺にそうしてほしいと思っているのも事実だ。そういう目をしている。


 だとしたら、断る理由はない。というか、できない。

 手段を選ぶな、と言ったのは俺だ。エーリスは使えるものは何でも使うべきだ。そうして伯爵に頼ったのだ。

 だったら、俺だって道具になるべきだ。

 そうするって決めたんだ。それが必要なら、そうするしかない。


「……何をすれば?」

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