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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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百一話 虎口

「ここですか」


 その建物を見て、ぽつりとエーリスが呟いた。

 俺達の目の前には、デューラー子爵の屋敷と同程度の規模の屋敷が建っている。が、周りの雰囲気と併せて、子爵邸とは似ても似つかない。


 全体的に暗いのだ。あまり治安のよさそうな地区ではないし、石畳も整備されす荒れている。建物自体も外側にまともな装飾はなく、庭もただそこに空間があるだけという感じでしかなかった。

 さらに、門の前で待つ初老の執事。これが危うい雰囲気に止めを刺していた。


「呪いの館……」

「キリカ、思ったこと全部口に出すな」


 突っ込んではみたが、何か薄く笑っている執事と目を合わせてしまうと、キリカに同意したくなってしまった。こんなん、必要がなければ絶対に近寄りたくもない類いの場所だって。


「変人って聞くけど、伯爵って裕福なんでしょ? もっと大きくて立派な屋敷を持ってそうなものだけど、どうしてこんな……」

「俺が知るかよ」


 ここは本宅ではないか、あるいは大きな屋敷で他人を圧倒するとか、財力を見せ付けるとか、そういうことに興味がないのかもしれない。

 子爵の話によると、伯爵は無為な浪費よりは方々へ投資するのを好む性質らしい。俺からすれば堅実かつ先進的に見えるが、この世界の貴族的には、見栄よりそのようなことに金をかける彼の姿はよく思われていないようだ。だから爪弾き者にされているというか、誰も近付けないというか……


 しかし、これからそんな人物とお近付きにならなければならない。俺が直接というわけではないが、どうにも気が重くなる。

 が、そうも言ってられない。


「……では、参りましょう」


 意を決し、エーリスが「いかにも待ち構えてます」という感じの執事へと歩み寄っていく。

 俺達もまた、それに追従するのだった。



 ◇



「それは何とも……興味深い話だ。いいだろう。明日にでも我が屋敷に来てもらいたい、そこで詳しく拝聴したい……と、公女殿下に伝えてほしい」


 エーリスの名前を出し、力を借りたいという旨を話すと、意外なほどあっさりと伯爵は受け入れてくれた。

 精確には、日を改めて話を聞きたいということだったが。それでも、直ちに断るという雰囲気ではないのが僥倖だった。

 どうにも、エーリスの現状を知っているような、そんな感じだったのが気になったが。


「あっさりといき過ぎる……用心した方がいいかもしれない」


 完全にビビッてるデューラー子爵はそんなことまで言い出す始末だった。まるで何日か前のキリカだ。不安だからやめてほしいと思ったのだが、確かに俺も思ったことだ。


 本当に主戦派は伯爵を取り込んでいないのか? これもまた罠なのでは? 一度騙されたからつい疑ってしまう。胡散臭さで言えば、子爵より伯爵の方が十倍も二十倍も上だからなおさらだった。


「あんたが言ったんだろ。向こうにはつかない人間だって」

「それはそうだが、協力の代わりに何を要求されるかわかったものではない。相手が相手だからな……」

「それは……」


 言われてみると、善意で協力するような人間とは思えない。エーリスが交渉すると言ったが、果たしてどうなることか。


 しかし、とにかく会ってみなければ何にもならない。

 後のことはその時考える。そもそも協力を断られたらおしまいなのだ。


「そういうわけで、お嬢様の矢除けになってもらうからな」

「う……」

「拾ってやった命だろ。俺の言う通りに使いやがれ」


 腹の内では納得しているようだが、子爵は凄く嫌そうだった。

 それだけ、ドゥナス伯爵が苦手なのだろうが。



 ◇



「これは、公女殿下。よく来てくださった」

「お久しぶりです、ドゥナス伯爵」

「一年ほど経つかな? 以前より美しくなられた」


 子爵の屋敷に通される時よりもすんなりと顔合わせが叶った。執事は貴族を訪ねるに相応しくない俺達の格好を咎めることもなく、また伯爵は待ち侘びていたかのように玄関に立っていた。


 挨拶から、エーリスとは初めて顔を合わせたわけではないことがわかる。危険な人間とは言っても、交流がないわけではないということか。いや交流と呼べるほどのものでもないかもしれないが。


「お父上は残念だった。貴女も大変だな、ご冥福を祈るよ」

「いえ……こちらも、突然訪ねる無礼をお許しください」

「構わんよ。客人を迎えるのも久し振りだ。いつも誰を誘ってもなしの礫でね、こんな時で何だが、今日は気分よく眠れそうだ」

「そう……ですか」

「フッフフ。立ち話も何だ、こちらに」


 そう言った伯爵に、早々に客間に通された。

 屋敷の中は、外ほど不気味な印象は抱かせなかった。さして広くはなく、装飾も家具も質素ですらあるが、落ち着いた趣だ。主人が主人だけに意外というか、違和感を覚えるくらいに普通だった。


 そんな風に安心しているうちに、総勢七人でさして広くない客間に通される。当然座る場所など足りない。交渉する伯爵とエーリスだけが向かい合って座り、ユリアさんはエーリスの後ろに控える。それ以外の俺達は部屋の脇だ。


 全員が定位置に収まったと見るや、伯爵は尋ねた。


「さて、それでは、何やら力を借りたいことがあると聞いたのだが」


 問われ、茶も待たず、エーリスは話し始めた。

 父、ラングハルト公爵の謀殺。さらに自身をも狙う追手からの逃亡生活。主戦派の手回しの早さと、穏健派の息の根がほぼ止められてしまったこと。

 それを踏まえた上で、黒幕の追及と糾弾に協力してほしいということを。


「伯爵はどちらの派閥にも与しない立場だとお聞きしました。ですが、どうかそれを曲げていただきたいのです。王国のゆく道を己が手でねじ曲げようとする者達を、このまま放ってはおけません。どうかお力添えを……」


 朗々と、しかしどこか冷たく説明し、頼み込むエーリス。握り締められた拳の震えだけが本心を表しているようで、こちらまで苦しい気分になる。


 ……が、そんなことはお構いなしとばかりに、伯爵はにたりとした笑みを浮かべたまま言った。


「なるほど、実に筋道の立った正論だ。だが、本心かね?」


 その言葉に、エーリスの眉がぴくりと上がる。


「……どういう意味でしょうか」

「そのままだよ、公女殿下。貴女は本当に、ただ王国のためだけに私に協力をしてほしいと、そう言ってるのかい? 他意はないと?」

「他意なんて……」

「誤魔化さなくてもいいじゃあないか」


 伯爵は両肘を椅子にかけ、組んだ手を腹の前で捏ね繰り回しながら言う。


「正直に言ってくれて構わない。『復讐だ』と」

「は、伯爵!」


 声を挟んだのは、貴族であるにも関わらず俺達と一緒に立ちんぼな子爵だった。しかし威勢がいいのは最初だけで、じろりと伯爵に目を向けられてすぐ身体を強張らせ、黙ってしまう。

 何となれば、ここで一番爵位の低いのが彼だ。これも当然と言えなくもないが、やはり少し情けなくも見える。


 まだ、エーリスの方がどっしり構えて……構えているのか? 

 伯爵の身も蓋もない言い方に、動揺した様子はないが……


「……復讐、ですか」

「違うのかな? 私に助力を求めるということが、どういうことか理解してここに来ている。と、そう思ったのだが」


 伯爵はおもむろに椅子から立ち上がると、やや大袈裟な手振りを交えて続ける。


「誰も私を頼ろうとはしない。公的にはともかく、私的にはね。私と懇ろになって、どういう目で見られ、どんな見返りを要求されるか。諸侯はそういうことが酷く気になる。面子を大切にする生き物だからねぇ。私を頼るなんていうのは、それこそ最後の最後に取る手段、悪足掻きのようなものだ」

「私がそうだと?」

「私にはそう見える」


 伯爵はそう言って、今度は子爵に目を向けた。


「君も酷なことをするねぇ、デューラー卿」

「え!? な、何が……」

「とぼけちゃって……公女殿下に私を頼るよう勧めたのは君だろう? 穏健派は軒並み首を押さえられ、君も主戦派に切り捨てられた手前、取れる手段はそれしかなかったってわけだ。違うかな?」


 思わず、エーリスと子爵と俺で目を合わせる。

 子爵の裏切りについて、エーリスは伯爵に説明していない。なのにそれを知っているということは、それだけ地獄耳なのか、あるいはそれを知る立場──つまりは主戦派の人間であるか、ということだ。


 後者の可能性を危惧し、俺はわずかに全身に力を込める。

 が、そのわずかな機微を察知したかのように、伯爵が俺に目を向け、にやりと笑った。


「心配しないでもいい。公女殿下が言った通り、私は主戦派でも穏健派でもない。ただ……そういう話が耳に入ってくるだけだ。噂が好きでね」


 そうは言うが、やはり信用できない。いや、信用できないというならそもそも最初からそうだったのだが。


 訝しむ俺をよそに、伯爵は続けた。


「話を戻そう。それで、公女殿下? 私を頼るということがどういうことかは、おわかりかな?」

「……当然、ただで助けていただこうとは思っていません。このご恩は必ず、お返しいたします」

「命を助けて、相応の危険を背負い込むんだ。高くつくぞ。たとえば……」


 伯爵が、手でエーリスを指し示す。


「貴女が欲しい、と言ったら?」

「ドゥナス伯爵!!」


 瞬間、今日は一言二言しか喋ってないユリアさんが叫んだ。

 そのまま貴族同士の会話に割り込む非礼も構わず、エーリスの前に立ち塞がる。止める暇もなかった。止める気にもならなかったが。


 俺も、知らずユリアさんの背中を追っていた。そうして彼女とは逆側から、エーリスの前に出る。

 そうせざるを得ない。伯爵は危険だ。とんだロリコン野郎だ。変態変態と聞いてはいたが、ここまでマジモンだとは思っていなかった。

 これでは、エーリスは望みを叶えても滅茶苦茶になる。それでは主戦派と戦う意味がない。この交渉は無駄だ。たとえ変態伯爵が本当に主戦派と繋がりがないとしても。


 ユリアさんが一度わずかに驚いたように俺を見てから、表情を改め叫ぶ。


「一体どういうおつもりですか!? そ、それが……ご自分が何を仰っているのか、おわかりですか!? こんな、無礼を……!!」

「おや、君とも会うのは一年振りだねぇ。挨拶を忘れて済まない。いやはや、君も美しくなって……」

「おふざけも大概にしてください!!」


 ユリアさんの身分も歯牙にかけない一喝。対して伯爵は相も変わらずへらへらと人を食ったような笑みを浮かべたまま、一切動じていない。

 余裕のまま、ユリアさんと平然と受け答えする始末だ。


「ふざける、とは言うが。これはそういう大事だろう? 聞けば、穏健派の諸侯は揃って大病を患ったり、屋敷を閉じたりと大変そうじゃないか。不思議なことにね。公女殿下を手助けするということは穏健派に与するも同じ、私もそうなる危険がないとは限らない。となれば、相応のものを要求する権利があるとは言えないかね?」

「ですが、それはあまりにも……あまりにも……!!」

「……ユリア」


 と、そこでエーリスが立ち上がり、震えるユリアさんの拳に触れた。

 はっ、と伏せていた顔を上げるユリアさんの視線に応じることもなく、エーリスは俺とユリアさんの間を割って前に出る。


 ……何か、嫌な予感がした。何を言う気だ。


「……それで我が父の名誉を守り、ラングハルトの名誉を守り、逆賊の罪を裁けるというのなら、ドゥナス卿。喜んで私を差し出しましょう」


 多分、その場の誰もが、声を失っていた。

 そうだ。嫌な予感はしていたのだ。

 やっぱりエーリスは、とっくのとうに捨て鉢になっていたのだ。

 ストックが切れました……(報告)

 キリの悪いところで申し訳ないのですが、数日ほど間を置かせていただきます。

 さらに自分でも想定外なほど長くなってしまったので、その後で一回この章を区切りにすると思います。失礼いたしました。

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