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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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百話 主

 今後の方針が決まったところで、まずは事後処理から始めた。


 ひとまず、昨日俺がやらかした食堂の死体。これを俺が子爵の庭に魔法で作った穴に埋めた。やっていることが犯罪者のアレだが、隠蔽工作である。今さら言い繕ったところで意味はない。ついでに魔導具の黒コートはパクッておいた。洗えば使えるだろうか。


 次に子爵の屋敷の使用人達。こいつらは事がバレたら素直に全部ゲロッて、子爵の共犯であることが判明した。恩がある子爵から離反することなどできなかったようだ。俺達としては迷惑千万だが、口を封じる意味もない。

 そもそもそんなことをしたらもっと面倒なことになるし、エーリスの立場が変なことになる可能性がある。彼らは放置することにした。どうせ何もできないからこれでも問題はないはずだ。


 さて、問題はデューラー子爵である。

 こいつは見紛うことなく戦犯の裏切り者である。ついでに本来だったら昨晩死んでいるべき人間だ。非常に扱いに困る。

 かといって殺すぞ、となると使用人達がうるさい。そこでまた変な恨みを持たれてさらに裏切られでもしたら困る。ひとまず生かしておくことにする。

 問題は、子爵が生きていることを知られたら、昨日の殺し屋どもが再び送られてくる可能性があるということだ。何より不審に思われて、相手の行動が早く、予想できないものになる可能性がある。


 そこで、子爵も使用人も姿を眩ませてもらうことにした。子爵自身は大病を患ったという体にして、執事を除き、使用人のほとんどに暇を出す。そうしてしばらく消えていてもらうのだ。


 子爵によると、最近不審死した──恐らくは主戦派に粛清された──穏健派貴族も同じように誤魔化しているらしい。エーリスも公的には「父の死で心を病んで葬列にも出られないほど憔悴し、半封鎖された別荘で伏せっている」とされているみたいだ。

 まあ少し調べれば明らかになってしまうくらいの裏事情なのだが。実際キリカがこれを突き止めてしまっている。


 とにかく、子爵はしばらく身を隠していてもらう。ついでにこの際なので協力してもらうことにした。そのために隠れる場所が必要だ。

 すぐに情報が聞き出せ、俺達が監視でき、使い勝手のいい場所……となると、俺達には一ヶ所しか思い当たらない。


「というわけで、あんたは今日から俺と相部屋だ」

「あ、ああ……」


 新しく借りた部屋で向き合いながら、俺は子爵を威嚇するように言った。

 ここは、俺とシオンとキリカが部屋を取った宿である。ただし部屋は違う。元々いた部屋の右隣りに位置する部屋だ。


 この宿、微妙に高級志向なのでそうそう満杯にならず、お陰で部屋を追加で借りるのはわけなかった。補足すると新しく借りたのは二部屋で、一部屋は俺と子爵、もう一部屋はエーリスとユリアさんが泊まる。元の部屋はシオンとキリカ用だ。


 さすがに六人で一部屋というのは正気の沙汰ではないし、男女偶数になったので丁度いいと思って分かれたのだ。余計な金が──と言ってもこれが適正なのだが──かかるが、この分の出費は子爵に請求することにする。それくらい安かろう。


「問題は警備上の心配か。まあ見付からないことを祈ろう」


 それしかない。後はさっさとこの件を片付けるだけだ。子爵がいないことを連中が知ればいくらか撹乱できるかもしれない。その間に奴らを追い詰めるなり逃げるなりする必要がある。


 ひとまずは、例の変態伯爵のことだ。


「で、ドゥナス伯爵ってのはどこにいる?」



 ◇



 いかがわしい所のない町なんてない。それはこの王都でも同じだった。

 王都というピザを四つに等分したとすれば、北西にあたる地区。そのさらに端の、細かく言うなら西北西に位置するピザの切れ端みたいな区域。

 そこの細い通りは、見るからに怪しく、不穏な雰囲気が漂っていた。


 不思議なことだが、汚いというわけではない。かといって綺麗かというと疑問符が浮かぶ。雑然としていて、所々が妙に明るく、狭い。そして人がちょくちょく立っている。

 女である。見てくださいと言わんばかりに肩や胸元を挑発的に晒している女が、そこかしこに立って、顔を隠した俺と子爵に蠱惑的な笑みと視線を送ってくる。


 要するに、色街だ。

 そこら辺の建物は大体が娼館、ないしは彼女らが寄り合って住む家なのだろう。男もいるのだが、この辺りは明らかに比率が女に偏っている。

 まだ夕方前という時間帯だからだろうか。多分、客が来るのはもっと陽が沈んでからなのだろう。


 さて、どうして俺がこんな所に来たかというと、当然遊びに来たわけではない。


「……本当にここに? 伯爵が?」

「ああ……有名な話だ」


 振り返ると、みすぼらしく偽装した服装のデューラー子爵が気まずそうに目を逸らして答えた。

 確かに落ち着かないのはわかるのだが……あんたが案内した場所だろうに。


「伯爵は、色々な事業に手を出している。主に出資という形で……ここの娼館もその一つだ。王都でも随一の高級娼館だとか、何とか……どうも伯爵は、自分でそこに入り浸っているらしい」

「どうやって知った?」

「伯爵が呼び込んでいるのだ。他の貴族を客として、な」

「マジかよ」


 冷静に考えて、それはかなりマズい。

 貴族が風俗業っていうのもマズいし、自慢してるのもマズいが、そんな誘いにホイホイ乗る方もマズい。

 何となれば、知られたくないし知られないでいい性的嗜好だの何だのがバレるわけである。世間体を気にする貴族ならこれは耐え難い。


「そんなのに乗る馬鹿はいないだろ」

「……わからない。何と言っても『高級』だからな。ものの弾みで立ち寄った貴族もいるかもしれない……」

「まさかあんた……」

「私は違う!」


 力強く否定された。そんなに怒らなくてもよかろうに。

 というか、昨日死にかけたくせに割とすぐ元気になるもんだな。顔はまだ血の気がないし、全然陽気じゃないけど。


「……ここだろう、恐らく」


 不機嫌なまま、子爵は俺の前に出て、建物の一つを指差した。

 見てみると、なるほど確かに、周りとは一段格の違う趣の宿、いや館だった。どこがとは言い辛いのだが、普通に手入れされているのがわかる。「一時間五千円」とか、そういう露骨な看板はないのだが、代わりに美人のお姉さんが立ってこちらに微笑みかけている。二階のテラスからもこちらを見下ろして手を振る、半裸のお姉さんが。


 いかん。目の毒だ。これは駄目な場所だ。

 首を振って、額を押さえながら言った。


「……女性陣を連れてこなかったのは正解だったな」

「まったくだ」


 子爵の同意が、妙に心強かった。



 ◇



 娼館の中は怖ろしいことに、絨毯やら妙に高そうな家具が普通に設置してあった。薄暗いことを除き、見てくれだけは下級貴族の邸宅の風景と言えなくもないが、少し目を離すとお姉さん、お姉さん、お姉さんという凄絶な光景である。


 さらに壁を隔てた向こうからは何やら……というか正体の明らかな音がギッコギッコとリズムを刻んで楽しそうだ。いやまあ実際楽しんでるんだろうけど。ってそんなことはどうでもいい。


「あらそこのお二人さん、遊んでいってくれるの?」

「いや違います、違います、違うから離して」


 おもむろに忍び寄ってきたグラマラスなお姉さんに腕を絡め取られてしまう。思いっきり谷間に腕を突っ込まれ、慌てて飛び退いたが、そっちにもクールなお姉さんが立っていて背後から首に手を回された。


「あら、私の方が好み?」

「違う! 違うの俺は!」

「素直じゃないのね。ね、そのフード取って……?」


 耳に甘い息と声を吹きかけられ、気が抜けそうになったが、何とか完全に抱きつかれる前に離脱する。いかんぞこれは。気が付いたら金を払わされてるパターンだ。金を払わされるようなことを意図せずしてしまっているパターンだ。


 このままではマズい。同じように誘われてしどろもどろになっている子爵の襟を掴み、お姉さん方から引き戻す。そのまま頭突き気味に顔を寄せて言った。


「どこだ! 伯爵んとこにさっさと案内しろ……!!」

「わ、わからない! 私はただ、いるならここが可能性が高いとだけ……」

「伯爵?」


 俺達の言い争いを聞いていたお姉さんの一人が、組んだ腕で胸を寄せながら首を傾げた。なお目が行ってしまうのは性であり、俺には何の非もない。多分。


 いやそんなことより。


「伯爵って、もしかしてドゥナス様のこと?」

「そ、そう!」

「そうだ!」


 思いがけないタイミングで出てきた名前に、つい応える声が大きくなる。焦っていたのだ。このままでは客にされてしまうと思って。


 慌てて、二人で伯爵の名を出したお姉さんに突っかかった。


「ここは伯爵の娼館で間違いないんすよね?」

「伯爵は? 伯爵は今ここに?」

「ちょっ、ちっょと」


 接客モードから素に戻ったお姉さんが、俺達をどうどうと押し留める。動物かよ、俺達は。まあいいんだけど。


「あなた達、ドゥナス様に会いに来たの?」

「そう、そう。どうしても話したいことがあって」

「何だ、客じゃないの」

「だからそう言ってるじゃん」


 客じゃないと知るとあからさまに落胆を見せるお姉さん方。サービス業としてそれはどうなんだ。いや確かに客じゃないって自分から言ったけどさ。


「あーあ。せっかく楽しめると思ったのに」

「通りで早過ぎると思ったぁ」

「ねえ、やっぱり気が変わったってことはない?」

「いやないです。それより伯爵はここに?」


 俺が尋ねると、最初に俺の腕を抱いてきたお姉さんが、つまらなそうに扉を指差した。入ってくる時に中々激しい音が聞こえてきた部屋の扉である。


「今、味見中。もうすぐ終わるんじゃない?」

「味見、って……」


 いかがわしい響きに、子爵と顔を合わせる。苦い顔された。やめろよ、こっちが困るじゃねえか。


 と思っていると、扉が開き、中からバスローブのようなものを着た男が出てきた。

 プラチナブロンドを、オールバックにまとめた、四十代ほどの男だ。しかし見立てが合っているのかはわからない。纏う雰囲気の胡散臭さが、年齢を精確に判別するのを難しくさせている。若々しいようにも、年齢以上に老獪そうにも見える。

 目付きはいやに鋭く、それでいて敵意はない。俺達の姿を見付けるなり、狐のような目に喜色を浮かべたのが不気味だった。


 確かに聞きしに勝る胡散臭さだが、こいつが、伯爵か? 


「おやぁ? これはこれは、こんな時間から来ていただけるとは……」

「ドゥナス様、その人達客じゃないって」

「何と? ほぅ」


 つまらなそうに報告するお姉さんとは対照的に、ドゥナス伯爵はにたりとした笑みを強める。そうして、固まる子爵の顔をちら、と見て眉を上げた。


「何とまぁ……卿が来てくれるとは思っていなかったよ、デューラー子爵」

「な、わ……」

「わからないとでも? 私と卿の仲だろう。その格好はお忍びで楽しみに来たためかな?」


 どういう仲なのだろう、と考える俺をよそに、フードで顔を隠したはずが簡単に正体を看破された子爵が伯爵に詰め寄られる。被捕食者と捕食者の構図そのままだった。


「いやはや、最後に卿の顔を拝見したのは、半年か……いや五ヶ月前か? 王室の夕食会だったと思うが」

「そ、そうでしたかな……」

「あれからよい相手は見付かったかな? 卿もそろそろ独り身が寂しくなる頃ではないか?」

「いや、それは、その……」


 地味にダメージの大きい一言だったらしい。子爵はただでさえ血の気の薄い顔色をさらに悪くして、目を逸らしてしまった。

 こっちに。

 おいやめろ俺を巻き込むな。いい歳こいて独身なのはあんたの問題だろ。俺までこんな変態中年の目に晒す気か。


「ところで……そちらの御仁は? 新しい友人かね?」


 ほら目を付けられた。勘弁してくれ。

 とは言ってられないんだけど。そもそもこの変態に会いに来たのだから。でもどう話せばいいんだ。こういうのは貴族の仕事だろう。

 というわけでそれとなく子爵を前に押しやる。声にならない悲鳴を上げられたが、知ったことではない。裏切り者は盾になれ。


「セイタと申します、ドゥナス伯爵。この度は貴殿にお頼みしたいことが……」

「ああ、ああ。そういう堅苦しくてむず痒いのはやめてくれたまえ。せっかく我が娼館に来てくれたのだ、友人として扱いたい」

「は?」

「それに、そんな場所でも……ないだろう? ここはさ」

「あっ、はい、そうっすか、はい」


 何だろう。随分フランクだ。口調だけで声の調子とか雰囲気は相変わらず嫌ってほど不気味なんだが。

 しかし、俺も慣れない言葉遣いは勘弁だ。それにこの男には、どうも生理的に礼を尽くせる気がしない。


 ゴキブリを見るほど嫌悪感が湧くわけではないが、少なくとも天上人には見えない。そんな卑近さと低俗さを、何故だか尊大さの中に上手いこと組み込んで、距離感を自在に操っている。そういう感じを持たせる、奇妙な貴族だった。


 ……あまりにも胡散臭さが勝ち過ぎていて、一抹の不安を覚えるのも、紛れもない事実だったが……


「それで……頼みとは? 何かな?」

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