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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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九十八話 頼りの綱

 しばらくしても、エーリスはまともに話せない状態のままだった。今はどうにもならないので、ユリアさんに支えられて寝室の一つに連れていかれ、休んでもらうことにする。

 俺は子爵の寝室に留まって脅しかけようとしたが、これはキリカに止められた。『治癒』したものの、子爵は大量出血の影響が色濃い。意識が朦朧とし始め、これ以上の尋問は今は不可能ということになったのだ。仕方ない。


 そうして俺達は、エーリス達のいる部屋に近い部屋で、ぼんやりと身を寄せ合ってソファに座っていた。何となく、近くないと落ち着かなかった。血を見たせいかもしれない。まだ知らず、臨戦態勢が解けていないのだ。


 俺が寝ずの番をするからと言っても、二人とも寝ない。かといって話すこともない。窓の外が暗くなり、雨音が聞こえ始め、それでも誰も何も言わなかった。互いの息音と鼓動の音だけを聞いていた。


「……あの子、どうするのかしら」


 長い長い沈黙の後、ようやく口を開いたのは、キリカだった。俺の左側からちらりと目を向けてくる。触れていた肩がほんの少し、もぞ、と動いた。


「それとも、セイタがどうにかする?」

「どうにかって何だ。そりゃ、引き受けた以上見捨てはしないけど」

「いざとなったら、あたし達みたいに仲間にする?」

「はっ、馬鹿言うな。相手は大貴族のご令嬢だぞ」

「でも、今はただのお尋ね者よ」


 それもそうだ。犯罪者でないのがなお悪い。

 しかし、それでも元々住む世界が違う人間である。たとえもうどこにも行くあてがなくても、馬の骨の仲間にだけはならないだろう。


「あの子は、そうだな……元々公爵領からこっち来てんだろ? だったら王都から逃がして、そこに帰す。それくらいなら簡単だ」

「それじゃ済まないわよ。あの子は狙われ続ける。生きているだけで邪魔なんだから。王都を離れたくらいじゃどうにもならない」

「わかってる。だから、子爵に何か策を出させる」

「それでもどうにもならなかったら? セイタがずっとあの子を守るの?」


 ……わからない。わからないが、そうなる、のか? 

 うっかり首を突っ込んで、放り出せないまま、流されるままそうするのか? 

 それとも見捨てるのか? もう充分やったと、お互いに言い聞かせて? 


 確かに充分助けたように見えるだろう。俺がいなけりゃあの二人はとっくに捕まってた。眠らされて攫われてた。運がよくても衰弱死だ。

 そして俺が本気で手を引こうとすれば、あの二人は引き留められない。できるわけがない。どこかに逃げて、後は知らん振りだ。


 できるならば楽だろうな。後で絶対に死にたくなるだろうけど。


 と、キリカが俺の膝を軽く叩いてくる。何だ。


「……あたしは、別にいいよ」

「何が」

「あんたがそうするっていうなら、あの子の所までついていく。あの子に仕えるっていうなら反対しない」

「おい、何でそんな話になるんだ」

「じゃあ、どういう話になるの?」

「う……」


 ……確かに、それが一番綺麗で、後腐れがない。

 見捨てられないなら守ればいい。ずっと。一生。それで全て上手く纏まる。

 肩を寄せるキリカ。手を握ってくるシオン。二人も一緒に連れて行って、エーリスの下で暮らす。それでもいいのかもしれない。


 ただ、それは最後の最後にようやく取る手段だ。

 まだできることがあるかもしれない。エーリスに危害を及ぼしたい奴らの鼻面に一発くれてやれるかもしれない。もうふざけた真似をするなと脅しつけられるかもしれない。

 できればそうしたい。彼女が無念を晴らしたいと言うなら、それを叶えてやるのが雇われの仕事だ。


 絶望してはいても、彼女は戦いたがっていた。

 このまま逃げては、きっと彼女の心は死ぬだけだ。それではいけない。そんなのは見たくもない。


「……まだ、何かしてやれると思う。それを試してからだ」

「できることがあればいいけど」

「あるよ多分」


 そう願うしかない。突破口さえあれば、俺がどうにかしてやれる。

 云十万の敵を焼き尽くせる魔王の力があって、女の子一人救えないはずがない。そう信じたかった。



 ◇



 夜が明けても雨は止まなかった。灰色の空を窓の外に眺めつつ、膝の上に乗ったシオンの頭を撫でる。左肩にはキリカの頭が乗っている。軽くかかる体重が心地よくて、気が緩みかけるが……寝るわけにはいかない。


 敵は襲ってこなかった。『探知』の効かないあの黒コートはかなり厄介なので警戒していたが、屋敷に張った『結界』に外から触れる者はいなかった。

 頭を張っていた奴は相当用心深いのだろう。下手に攻めたら今度こそ生け捕りにされ、尋問されるとか考えていたのかもしれない。確かに俺はそのつもりだった。最初の襲撃で手下どもを全部死体にしたのを少し後悔していたくらいだ。


 ついでに、使用人達も変な動きはしていない。何かあればすぐにエーリス達の元に駆けつけ、連中を縊り殺してやろうと気を張っていたが、子爵の心配と世話で一杯一杯のようだ。むしろ動きから類推するに、俺の方が襲ってくると思っていたらしい。失敬な。ほぼ言い掛かりだが。


 そんなこんなで、二人が自然に起きるのを待った。俺は優しいのだ。無理に起こしたりはしない。決して寝顔を堪能していたわけではない。寝ているのをいいことに二人の感触を楽しんでいたわけでもないのだ。


 ……いいじゃないか。この後は血生臭くなるかもしれない尋問タイムが待っているのだ。少しくらいは気を晴らしたくもなるものだ……



 ◇



「じゃあ子爵、話し合おうか」


 早朝。大分顔色もよくなった子爵とお目見えする。

 寝室にいるのは俺、シオン、キリカ。ユリアさんはまだ伏せっているエーリスにかかりっきりだった。


 一方、向こうの使用人は三人。警護役らしき男一人にメイド二人だ。多少少なくなったが、それでも多い。主人が心配なのか、俺に警戒の目を向けている。たださすがに命の恩人でもあるので、あからさまな敵意は向けてこなかったが。

 よかったな。向けられてたらキレてた。


「話……か。エーリス様を救う方法、か?」

「そうだ。何でもいい。彼女がもう襲われないで済むにはどうすればいい?」

「そんな方法……私の方が知りたいくらいだ」

「真面目に考えないと痛い目見るぞ。あんたは俺にとっちゃ雇い主を裏切った戦犯なんだからな」


 いささか無礼が過ぎた物言いの自覚はあった。しかし使用人は顔を顰めるだけで何も言い返してこない。エーリスを陥れる企てに加担した自分達にも非があるのを認めているからか。


 子爵の方はというと、達観した表情だった。俺の脅しにも一切怯んでいない。どうにも一度死にかけて、タガが外れたらしい。尻尾切りされたことに驚いてもいなければ、俺に殺されるかもしれないという恐れもない。むしろ殺されればそれで終わり、家族に被害は及ばないと思っているらしい。


 かといって非協力的かと思えば、そうでもない。俺の問いには答えるし、嘘を吐いている様子もない。昨晩の裏切りがバレた直後とは態度がまるで違う。扱いやすいからいいのだが。


「あの子はあんたを信じてここに来たんだぞ。誰も頼れなくて、最後の望みと思って……それを裏切っといて、何とも思ってないのか?」

「何も思っていないわけではない。私とて……しかし、貴族は義では動けない。私にはそうするだけの力もなかった……」

「だったら、力がある人間を教えろ。味方でなくても、敵じゃない人間。彼女を助けられる人間。このままじゃあんたも死ぬんだぞ」


 これは俺の脅し、というわけではない。

 改めて考えると、子爵は用済みとされて昨日殺されかけた。それを俺が情報源として助けたわけだが、彼が生きていることを知られたら、きっと昨日の連中はまたやってくるだろう。きっちりと処分するために。


 かといって、昨晩の連中がどこと繋がっているのかという有益な情報は得られていない。子爵は協力させられていただけだ。過度な期待はできないだろう。


 となると、強硬的な攻める手段は取れない。守って、隙を窺って、裏を突く。そういう方法しかない。

 残念ながら俺にその心得はないのだ。できる人間を探すしかない。

 そして、協力してもらう。あるいはさせる。手段は選べない。


「何でもいい。政界の裏に通じてる人間とか、誰かいないのか」

「それは沢山いるだろう……だが穏健派、最悪でも中立的な人間となると……」


 知らないか。そう思って溜め息が出そうになった、その矢先だった。

 子爵が目元に皺を寄せ、口元に手を置いた。視線は移ろい、恐怖とも困惑とも取れない表情を浮かべ、そして言う。


「……一人いる」

「え?」

「政界での影響力を持ちながら、表舞台に出ることを好まず……討伐軍に関しても、これといった意見を持たず……主戦派の手が回っていない貴族……」


 と、そこで子爵が首を振り、「いや」と言い直した。


「違う。主戦派ですら引き入れようとしなかった貴族だ。一人だけ……いる」

「本当に? その貴族の名前は?」


 暗闇に垂れ下がる蜘蛛の糸のような手掛かりに、俺は我が希望のように飛び付いた。気休め程度にしかならないかもしれないが、ここにエーリスがいないことを悔やんだくらいだ。


 が、どうにも冴えない表情の子爵の顔を見続けるうち、俺は何か嫌な予感が全身に満ちていくのを感じていた。


 そして、次の子爵の端的な説明によって、俺の予感ははっきりと肯定されるのだった。


「……彼の名は、ドゥナス伯爵。この王国で、最も危険な貴族の一人だ」

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