ブラコン妹の朝は早い
息を殺し、音もなくドアを開けた。
忍び足で部屋に侵入し、たっぷりと時間をかけ、ゆっくりドアを閉める。
……カチャ。
微小な音が耳に届き、柚奈は思わずベッドを見る。
ゆっくりと規則的に上下する掛け布団。
起きた様子はない。
柚奈はホッと胸を撫で下ろすと同時に、前もって暗闇に目を慣らしておいて正解だったと思う。
時刻は午前五時半を回った辺り。
徐々に東の空が白んできているが、部屋の中は薄暗い。
一歩、二歩と、足元に気をつけながら、慎重に歩を進め――
兄が寝ているベッドのすぐ真横まで来て、柚奈は足を止めた。
手を伸ばせば届く距離。
春先とはいえ、早朝はまだ肌寒いためか、柚奈の兄――雄哉は頭まで布団を被っていた。
顔が見えない。
なので、柚奈は雄哉が寝たふりをしている可能性を考える。
変わらず規則的に上下する掛け布団。
耳を澄ませば、これまた規則的な寝息がわずかに聞こえてくる。
……寝ている。
そう確信した柚奈は、そっと枕元に近づき、雄哉の顔を覆っている布団を掴む。
そして一気に布団を捲り上げ、雄哉の口元付近に勢いよく自分の唇を押し付ける。
行動はともあれ、花も恥らう十五歳の乙女。
柚奈は当然のように目を瞑った。
だから、目を開けるまでは気づかなかった。
唇から伝わる温もりが兄のものではなく、自分のお気に入りのクマのぬいぐるみ(ベア次郎)のそれだということに。
ゆっくりと目を開けた柚奈は、ベア次郎と目が合う。
「…………」
沈黙。
圧倒的沈黙。
三秒ほど経ち、柚奈は無言のまま顔を離す。
それにより、ベア次郎のお腹に貼ってあったメモが目に入る。
『愛しの愚妹へ。枕がある方が頭だと思うなよ』
まさに兄の言う通りで、よく見ると、ベア次郎のすぐ隣に雄哉の足があった。
「……うっ~」
恥ずかしさと悔しさで、柚奈は顔を真っ赤にし、もういっそのこと足をくすぐって一矢報いようと、兄の足を引っかくような勢いでくすぐる。
そんな妹の様子を、身体を起こした雄哉はシラケた表情で眺めていた。
「……柚奈。いつまでマネキンの足をくすぐってるつもりだ」
こちょこちょ。
柚奈の手は止まらない。
「……おい、聞こえてないのか?」
こちょこちょ。
「おい、ゆず……」
と妹の名を言い掛け、雄哉は口を噤む。
必死になってマネキンの足をくすぐっている妹があまりにも滑稽で、そればかり目が行っていたが、もう少し視野を広げることで、雄哉は遅まきながら気づいた。
雄哉から見て横向きで四つん這い気味になっている妹が、上はYシャツ、下は何も穿いていないことに。
いや、もしかしたら、下着は穿いているのかもしれない。偶然見えないというだけで。
……偶然?
下着が見えるか見えないかの絶妙な状況が、今ここで偶然にも出来上がるなんてことが本当にありえるのだろうか。
ふと雄哉はそう考えてしまった。
だから、反応が遅れた。
ニヤリと口元を歪め、雄哉の方に迫ってくる柚奈。
妹の瞳は、雄哉の口元に向けられている。
避けられない。
直感的にそう思った雄哉は、回避行動なんて無駄な動きはせず――
妹を受け入れた。
ゴン!
ただし唇と唇ではなく、額と額が当たるように。
「うっ……」
小さな呻き声を上げ、柚奈は気絶。
――ふっ、勝った。
微妙に虚しさも感じつつ、さらに雄哉こう思う。
いい加減、毎日既成事実を作ろうとするのやめてくれないかな。
義妹相手に変なことしたら、オヤジに殺されるから、マジで。