宇佐八幡宮神託事件~西へ~
あれから三ヶ月。あっという間に宇佐神宮への出発の日がやってきた。
平城宮には大勢の役人がわんさと詰め掛け、みかどと道鏡も珍しく外へ私を見送りにやってきた。
一般の野次馬も遠巻きにこちらを伺っている。そんなに気になるのだろうか。
一番に駆け付けてくれたのはやはり前田様だった。小声で私に忠告をしてくれる。近くで見るとなかなかに迫力のある髭。
「磐梨殿、何やら大変なことに巻き込まれたようですな。道中くれぐれもお気をつけて。むこうはかなり熱いですぞ」
もう葉の月なので一番暑くなる時期といっても過言ではない。
「はい。留守を宜しくお願いします」
続いて来たのは藤原百川様。藤原式家の偉い偉いお方だ。これまでは仲麻呂の陰になっていたが、彼の没落後から出世を重ねたそうだ。
「磐梨。今回の件は国の行く末が懸かっている。くれぐれもよろしく頼むぞ」
「あっ、あの……」
誰にも話していない私の腹の内を察しているのだろうか。というか私はこれまで百川様とはろくに話したことはない。
「こちらからも頼む。正しい神託を持ち帰ってくれ」
言葉に詰まっているうちに百川様の後ろからひょっこりと現れたのは北家の藤原永手様。百川様と同じく早く思い通りの立太子をしたいのだろう。それには道鏡は邪魔だ。
「はい」
高位貴族というのも大変だなとつくづく思う。今回は利害が一致しているので別にいいのだが。
それにしても藤原不比等の四子のうちまさか式家と北家だけが生き残るとは思いもよらなかった。今残っている二つの系統も近いうちにどちらかが廃れてしまうのだろう。
物思いに耽っていると最後に姉上の侍女が来た。僧職にある分私より身分が高い扱いなのがやや悔しい。そしてわざわざ使いを寄越したのは仮病だからだ。
「磐梨様。法均様よりの伝言です」
そこで彼女はおほんと咳払いをして、
「清、しくじるんじゃないわよ!」
姉上の声色を模写し完璧な物真似を披露した。
「あ、ああ……姉上によろしく伝えてくれ」
私のことは気にしなくていい、信じることを信じるままにやってきなさいということだろう。そう解釈させてもらう。ここは姉弟。死なばもろともだ。
さて、今回の宇佐神宮への旅だがもちろん私一人で行くわけではない。朝廷の正式な使いということで供の者達が私を案内することになっている。一応私は勅使という扱いになるわけだ。これまで任されたことのない大役。まさかそこで私が予想外の行動をとるとは思うまい。ざまあみろ道鏡。
その他諸々への挨拶を済ませた私に歩み寄るみかど。
「では清麻呂。頼んだぞ」
「はっ」
ここで役人をしているとなかなか平城京の外へ出る機会がないので実は少々浮かれていたりするのだ。
続いて道鏡。はりついたにやにや笑いが鼻につく。
「磐梨殿。今回の件、次第によっては貴方の高位昇進も視野に入れていますよ」
言外にさっさと私に有利な神託を持ってこいという。
「ありがたき幸せ」
ここは素直に従うのが吉。好むと好まざるとに関わらず俗物のふりをするしかない。
「それでは行って参ります」
見送り一同にもう一度頭を下げ、私達は平城宮をあとにした。
進路は山陽道。平城京のある大和を抜けたあとは河内、摂津と進んでいく。私の故郷である備前もおそらく通ることになるだろう。
とにかく宇佐神宮のある豊前へはかなりの長旅になる。歩を進めながら私は今回の計画を改めて練ることにした。
みかどと道鏡の息のかかった連中をどう出し抜くか、それが肝だ。




