応天門の変~新たな手がかり~
源信がいなくなることで得をする貴族というだけでは下手人を絞り混むことはできない。何しろ政敵が多いのだ。
「こうなったら聞き込みだな」
「え?」
何を不思議に思うことがある。やるべきことは明白だ。
「ここは貴族たちに話を聞いてみるのがいいと思うんだ。僕らの立ち位置では入ってくる情報に限界があるし。それに今回の事件について不安を感じている者も多いから協力を得られる可能性にも期待できる」
前田の反応はなんとなく分かっていた。
「いい考えだと思うけどさ、そもそもお偉方と接触することすら難しいぞ」
そう言うと思ったとも。しかしだ。
「そこは源信様の力を借りて場を設けてもらうんだ。彼の指示とあれば逆らえる者のほうが少ないからきっとうまくいく。普段なら相手にさえしてくれないだろうけど、自分が疑われたことで源信様も自分を陥れようとした相手を見つけたがっているはずだ」
ぽむと手を打つ前田。
「ならまた屋敷まで行って源信様まで取り次いでもらうか?」
「まあ慌てるな」
残念ながら一つ理解が遅れている。
そうしてもらえるとありがたいがさすがに現時点でそれは無理だろう。まずは自分たちでできることをしてからだ。それくらいはしないといけない。
「たしかあの時間帯に応天門付近で怪しい人物を目撃したという報告があっただろ。話を聞きに行こう」
「そっちを先にってことか」
一躍有名人になった件の目撃者。貴族ではないので遠慮する必要は全くない。いきなり行ってもなんとかなるだろう。
とはいえ今から行くにはもう遅い。いったん解散して日を改めることにした。
そして翌日。話を聞くためにある人物を訪ねた。何故か僕らの来訪にぎょっとしたようだ。
事情を話すと快く協力してくれた。
「はいはい。何度も聞かれましたし、この際何度だって話しますよ」
目撃者は都に米を運んできた男。夜中に応天門の近くを通りかかったところ、立ち去ろうとする人物を見かけたらしい。ちなみに目撃者は自分だと吹聴しているという。
「あっしが見たのは男です。背丈はちょうどあんた方くらいでしょうな。その男は妙にまわりを気にしていたんで逆によく覚えとるんですわ。変な人だなぁと思ってたらその人が来たほうから炎があがってるのに気がついたというわけです」
「顔は見たのか?」
「隠すように走っていったのであまり。体つきから少なくとも女じゃないことは間違いないです」
残念ながら男などこの平安京だけでも数えきれないほど。
「他に覚えていることは? おそらくその男はどこかの貴族の指示で動いていたはずなんだ」
男は指と指を擦り合わせた。
「着物です。あっしじゃ手が出ないような新品のとてもいいものを着てました。貴族の関係者なら合点がいきます」
やはり貴族の配下の者なのだろう。
「ここまでの根拠で疑われたら源信様もたまらないだろうな」
前田に同意見だ。
「もっとなにか覚えていることはないのか?」
これだけでは朝廷と同じような結論しか出せない。このままでは駄目だ。
「お役人様より突っ込んでくるんですなぁ……他、他……? そうだ、その男はおそらく子持ちです」
男に子持ちという表現はどうなのか。
「根拠は?」
「男が小脇に衣を抱えていたのですが、大人の着るような大きさではありませんでした。あっしも縫ったことがありますがあれは半尻(この時代の衣類)でしょうな。さすがにこれは信じてもらえないと思ってお役人様にはお話してないんです」
男はどこかおどおどしながら答えた。
なぜ子どもの衣類を持って放火をするのか。たしかに役人が聞いても信じないだろう。それどころか変な勘繰りをされそうだ。
残念ながら妻との間に子を持つ者という手がかりがあったとしても膨大な数であることには変わりない。
その後も男を問いに問い詰め、男について出来る限りの情報を集めた。しかし下手人について直接の情報は得られず、その日も足取り重く帰ることとなった。