宇佐八幡宮神託事件~ひとつの結末~
辛嶋勝与曽女様。突然のお手紙に驚いていらっしゃるかもしらませんね。私は和気広虫。先日あなたのもとへ参上した清麻呂の姉にございます。
あれから清麻呂のこともあり、式家や北家など位の高い御家の方々がみかどの説得に動いてくださり、やっとみかども目を覚ましてくださいました。
ただ、それからほどなくしてみかどは御隠れになり白壁王様が次の帝に内定いたしました。
この時道鏡は未だ皇位を狙っていたようではあったのですが、混乱を避けるため下野国の薬師寺に配流となりました。これにて朝廷は一応の平穏を取り戻したわけです。
本題はここからです。清麻呂と私は神託を偽造することで道鏡の失脚を狙いました。結局それは狙い通りの結果とはなりませんでしたが、清麻呂が気になることを申しているのです。
『私は本当に大神に会った』と。
姉だから、そして何より本人の目を見れば分かります。これは事実なのでしょう。
そこでこれを事実と仮定したうえでの私の考えを書き列ねます。答え合わせをしていただこうとまでは思っておりませんので軽い気持ちで読み流してください。
まず大前提として清はその『大神』を物理的には見ていないと私は考えています。先程と矛盾しておりますが彼はそこまで信心深くありませんゆえ。
それではなぜ見えたと言ったのか。嘘ではないとすれば答えはひとつです。清は見たつもりになっているのです。
彼から神託を承ったときの状況について詳しく聞きました。そして私なりの答えにたどり着きました。
つまり、清は幻覚を見ていたのです。そしてそれを仕組んだのはおそらくあなた。作為的なものを感じました。
まず清が話していたお香です。多分それは幻覚を見せる植物を焚いていたのでしょう。そもそもの原因はそこにあると考えます。
また、あなたの舞と独特の節の歌謡にも意味があったではないでしょうか? 唐の書物によれば人の耳というのは感覚に作用するようですね。つまり音によって一種の錯乱状態に陥ることがあるということです。
その2つが重なり清は大神と幻覚を見たのでしょう。大神というのは悪い言い方をするならば都合のいい神託を与えてくれる存在で、彼がその時強く望んだであろうもの。今思えば別の何かでなくて本当によかったです。
しかしこれはたまたまうまくいっただけの運任せの謀です。人間に確実に狙いの幻覚を見せることができたら国をとることも容易いでしょう。
ではなぜ? おそらくあなたも道鏡を退けようとしていたのではないでしょうか。宇佐八幡宮も朝廷より圧力を受けていたそうですね。それを主導する道鏡を失脚させたいと考えるのは何らおかしくはありません。
しかし立場上それはできない。よって神託を授かりにきた清に賭けることにした。表立って動けない以上そうするしかありませんものね。
本気で国を憂う者なら幻覚であれ道鏡を止める神託を得てくれる。清とのやりとりであなたはそれが清であると確信したはずです。弟を謀の駒として利用されたとあっては複雑なところもありますが今回ばかりはそんなことも言っていられないでしょう。
他にも今回の件には気になることが多々あるのですがそれはこれから時間をかけて明らかにしていこうと思います。
あなたにお手紙を差し上げることはもうないと思います。この手紙もお読みになられたならばすぐに燃やしてしまってください。
お目汚し失礼いたしました。
別部広虫売改め和気広虫