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「ここで待ってて」
「うん」
「その、何度も聞くけど、とっても汚い物を見ることになるわ。
それでもいいの?」
「それを見たくて、僕はここにいる」
逃げるわけでも、忘れるわけでも無く、ただ少し離れた所で彼女達を見ていようと思う。
見たからといって、何がどうなるということは無いだろうが。
「…変な人。
いい、絶対にここを離れちゃ駄目だからね。
どっか行っちゃったりしないでね」
彼女は学校の中に入った。
なかなか事が起こらない。
彼女は僕から見える位置で、ずっと俯いたままだ。
彼女すら溜め息を吐き始めた頃だった。
ザシュウ、という何かが切れるような音が僕の背後で鳴った。
反射的に、前に体を傾ける。
「!?祐、後ろ!」
彼女の絶叫に、体が勝手に反応して後ろを振り向く。
そこには一人の男が立っていた。
僕はこの男に見覚えがある。
一度、生首になった状態で会ったことがある。
そう、彼女が抱いて、というより抱えていた生首の男だ。
立っているのだから、当然男は生きている。
僕は何をされた?
背中が熱い。
男は手に、変わった形のナイフを持っている。
ナイフの刃の部分には、装飾にしては趣味の悪い模様が入っている。
僕は背中が熱い。
つまり…………
「うああああぁぁっ!」
僕と男の間に、人間的では無い叫びをあげながら彼女が突っ込む。
少女はその勢いを乗せて男に殴りかかったが、するりとかわされてしまう。
そのまま流れるように、男はナイフを鎧の隙間に差し込もうとするが、辛うじてガントレットに弾かれた。
何が起こったのか理解するのに、数秒。ここが夢だと思い出すまで数十秒。
その間に男が立ち止まって喋る。
「なんだ……だれかと思えば。
…随分……綺麗に…なっ…ちまっ…たなぁ」
「………」
彼女からの返答は無い。
「あんだぁ?……俺を…忘れ……ちまっ…たのかぁ?」
「…………」
彼女からの返答は無い。
「おめぇは、自分の親に……返事……も…出来ねぇんですかあ!?」
男がナイフを投げる。
が、銀のガントレットが正確にそれを弾く。
「あなたは、パパじゃない」
再び攻防が始まる。
殴り、かわし、刺し、弾く。
ひたすらそれを、まるで馬鹿のように繰り返す。
なんだか、単調でつまらないな。
投げとか、飛び込みとか、昇竜とか、そういうのは無いのだろうか?
そこまで考えて、これがゲームではない事に気づく。
現実でも無いけど。
「殺す、取り敢えず殺す。
そんで、食う!!」
男が何かを叫んで突然こちらに飛びかかって来たのは、その時だった。
がっ、と首を掴まれて、ナイフを当てられる。
少し切れてしまったらしい。
不思議と痛くはなかったが、流れる血が鬱陶しかった。
「祐!?」
そんな、心配そうな声をあげなくてもいいのに。
「これ、食う。
いいな!!」
狂人が無駄にナイフを振り上げる。
彼女ならこの隙にどうにか出来ただろうけど、僕にはこいつに抵抗する手段が無い。
やたらスローな景色の中、僕の思考だけが元の速度を保つ。
僕、食われるのか。
人の肉というのは、どんな味なんだろうか?
まあどうでもいいか、どうせ死ぬし。
ここで死んだら、現実でも死ぬのだろうか?
彼女だって現実にやって来たんだ。
ありえる。
僕が死んだら、どうなるだろう。
誰かが悲しんだりするのだろうか?
僕?いや、特に心残りは。
強いて挙げるなら、彼女と格ゲーできなかったことくらいだな。
彼女か。
まだ、名前すら知らないんだよな。
……格ゲー。
………彼女。
…ここは、夢の中だ。
夢というものは、必ずその夢を見ている本体がいなくちゃいけない。
夢というものは、その本体の影響を受けることが多い。
僕は本体だ。
僕は、とある格闘ゲームが好きだ。
彼女はその、格闘ゲームのとあるキャラクターと良く似ている。
特に鎧が良く似ている。
その格闘ゲームには、こういうシステムがある。
…目の前に刃が迫っている。
驚きに隠された恐怖を無理矢理呼び起こし、その静かな恐怖を固体にする。
「あ?」
サイコデプスアームズ。
pdaと略す。
深層心理の防衛本能を、武器という形で実体化する……という設定の武器だ。
僕の首からは、男の物ではない鋭い刃が生え、その刃は男の手首に深々と突き刺さっていた。
そのまま体を前に軽く倒すと、いとも簡単に、男の手首が跳ね飛んだ。
ぶじゅあとグロテスクな音をたてて、男の血が飛び散る。
成功だ。
成功してしまった。
「あぁあああぃっ!?」
男が突然の痛みに驚き後ろに飛び退く。
しかし、足がもつれてしまったようで、ほんの少しの間男はよろめいた。
それがまずかった。
銀の拳が躊躇い無く、男の頭を殴る。
ぐじゃあぁぁという嫌な音が鳴り響き、首のところで男の体は二つに別れた。