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…
「私はいつだって、あなたの側に」
そう、彼女は僕に告げた。
視界が、黒く染められていく。
ここは、あの夢の中か。
取り敢えず、見慣れたソファに腰を降ろして考える。
まだ、自宅の中に居るということは、夢が開始して間もないということか。
夢を夢だと認識した途端、おかしな話だが、夢の中に現実味が出てくる。
「あなた、明晰夢って知ってる?」
さっき迄誰もいなかったはずの対面のソファに、銀髪の古めかしい鎧を着込んだ少女が座っていた。
なんというか、説明しにくいが、片膝を立てた独特な姿勢で座っている。
僕ですら、少し痛痛しいと思える程度に独創的なポーズだった。
「いや、聞いたことはあるけど、詳しくは知らない。
教えてくれるの?」
「んん、タダじゃ出せないわね」
「何をご所望で?」
「そこでごちゃごちゃ言わないのが、あなたらしいと言えばあなたらしいけど……。
まあ、いいわ。
一つ約束してほしいの。
…今から起こる出来事、全部忘れないこと。いいね?」
「いいよ」
元よりそのつもりだ。
忘れるのはつらいから、ね。
「交渉成立ね。
…明晰夢っていうのはね、例えばaさんが眠って夢を見ている時、その夢の中で「これは夢だ」と自覚を持った時に起こるものなの。
明晰夢の中では、aさんは自由に行動することができる。
ただし、aさん以外は夢の中のシナリオしたがって動かなきゃいけない。
つまり、aさんは自由に夢に干渉できるの。
夢のストーリー通りに役を演じてもいいし、例えばストーリーを無視して登場人物を全員殺したりすることもできる」
「なるほど、今がその状態なんだね」
はあ、と彼女が小さくため息を吐く。
「そうね。理解が早くて助かるわ。
なんかその分つまんないけど」
「悪いね」
わざわざ弄られてあげるつもりは無いけどね。
「ところでさ」
ふと疑問に思うことがあった。
「なぁに?」
「この夢における君って、一体何?
君は見た目も仕草も声も、この夢の導入部分と後半に出てくる銀髪殺人鬼さんだけど、まだその殺人鬼さんの出番じゃないよね。
君は何なの?」
彼女がううんと唸る。
少し間が空いて、回答が返ってきた。
「随分漠然とした問いね。
結論からいっちゃうと、わっかんない。
ただ、あなたが現実と呼ぶべき場所で、あなたと食事をした記憶があるわ」
ということは、さっき迄僕の首を締めていたあの人で間違いないだろう。
何で僕の夢の中にいるのかは謎だが。
というか、そもそもなんでこの人は現実に来れたんだろう?
そもそも、本当に夢の中から来たのだろうか?
この夢の中に出てくる殺人鬼と、この人は同一人物なのか、それとも別人なのか。
例えば、現実世界で平凡な暮らしをしているbさんが、aの夢の中で殺人鬼として再現されてもおかしくは無い。
いや、ないか。
現実でこんな人に面識があるわけじゃないし、あったら大問題だ。それにそれだと、「私はいつだって、あなたの側に」という夢の中でのセリフを彼女が知っていたことに矛盾が生じる。
…ミステリー小説なんかのキャッチコピーで、よく謎が謎を呼ぶなんて言葉が使われるけど、まさにその状態だ。
考えてはいけないのだ。
余計に謎が増える。
「ねえ、そんなことより、こんなところでずっと喋ってていいのかしら?
あなたは、この夢の主人公よ。
ふふ、素敵な響きだと思わない!」
aさんは自由に夢に干渉できる。
「それもそうだね」
「ぬ……つまんないやつだ」
でも、そう簡単には踊りだしませんよ。
…ともかく、謎は考えるより確かめた方が早いだろう。
あの夢の再現だ。
先ずは外に出ることにしよう。