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「…ハァ、ハァ。
はふう…。
…もう、さいっっっっこうっっ!!!」
「そう?なの。
…喜んで頂けてなにより…?」
なんだか呼吸が荒い。
「この私を気絶させちゃうだなんて、あなた最高にイッてるわ」
「…どう考えても、君ほどじゃないよ」
どうも、この子は生粋のマゾヒストのようだった、又は、さっきのアレで目覚めてしまった、又は、頭がおかしいらしく、結果アレをとてもお気に召されたようだ。
「あっ、だめ。
…思い出すだけで……」
まずい。
このままだと、十八歳以下の人がこれを読めなくなってしまう。
急いで皿に盛り付けをして、さっさとテーブルに運ぶことにした。
「はい、どうぞ。
粗末なものですが」
「あ、………ふう。
あら?
くれるの?私に?」
ちょっと遅かったようだが、いや、間に合ったことにしておこう。
とにかく、料理に気を逸らしてくれたようだ。
肯定の意味で、こくりと頷く。
「変なの。
私は変態殺人鬼よ。
あなたがそうやって頭を下げているうちに、殺してしまうかもしれないのよ?」
ふふ、と殺人鬼らしからぬ優雅な微笑みを浮かべて、ガントレットを振り上げる仕草をする。
なんだかちぐはぐな言動だな。
「殺されない自信があるからね」
「……それ、ゾクゾクくる」
「お気に召して頂けたようでなにより」
自分の分もテーブルの上に置き、椅子に腰をかける。
正直に言うと、まだこの現状がよく飲み込めていない。
自分の夢の中の登場人物が現実にあらわれるだなんて、想定外の外だ。
「さて、それより色々と質問したい事があるんだけど、食べながらでいいかな?」
「私も聞きたい事だらけだわ。
でも、いいよ、あなたから聞いて」
フォークを肉に突き立てながら、口を開いた。
「そうだね、先ずは君が一体どういう人間なのか聞こうか」
「それは……今夜寝れば多分わかるはず」
「…つまり、また僕はあの夢を見ると?」
「いつも通りならね」
「いつも?」
「気づいてないの?
あなた、ここ最近毎晩同じ夢を見てるのよ?」
手が止まった。
止まった、が、取り乱す程のことでは無い。
毎晩同じ夢を、か。
まあ、それが本当なのかどうかも、今夜寝ればわかるだろう。
どうも、大抵の質問はこの一言で片付けられてしまいそうだな。
「…へえ。
気がつかなかったな」
それっぽく、合わせたつもりだったのだが、なんだか微妙そうな顔をされた。
なにか、まずかったのだろうか?
これはこれで、可愛いけど。
「……ね、私も一つ聞いていい?」
眉根を寄せたまま、彼女は肉を口に運んだ。
「どうぞ。僕が答えられることなら」
彼女にならって、僕も肉を食べる。
うん、なかなかの味だ。
売れ残りの安物だけど。
「なんで、あなたはそんなに落ち着いているの?
普通、悪夢の中から殺人鬼が出て来て、何時の間にか自分の家でくつろいでました、なんて状況になったら、ショック死したっておかしくはないと思うけど」
なんだ、そんなことか。
「いや、凄くビックリしてるよ。
ただ、表に出てないんだろうけど」
「…そう?まあ、これはいいけど。
もっと、聞きたい事があるわ。
なんで、私の攻撃をあんなに軽々と避けられるの?
これでも私は人を殺すことには自信があるのだけれど」
軽くなかったよ。
かなりギリギリでしたよ。
「うん、それは、まぁ、……
格ゲープレイヤーだからかな?」
正直、僕にもよくわからないので、適当に誤魔化した。
「かくげえ?何それ?」
「格闘ゲーム。略して格ゲー。
その名の通り、一対一で格闘をするゲーム。
あ、ゲームっていうのはどういうものかわかる?」
一旦米を口に入れることで聞きに回った。
やはり日本食はいい。
「そのくらい知ってるわよ。
…やったことは無いけど」
ほう。
ゲーム脳は犯罪を犯す説に異議が申し立てられたようだ。
「食べ終わったら、一緒にやってみる?」
「…え、遠慮するわ。
よくわからないし」
「そう」
少し残念だ。
実は、彼女が着ている鎧は、そのゲームに出てくるあるキャラクターの物に凄く似ているのだが、彼女にそのキャラを使わせてみたかったりする。
まあ、いいか。
しばし沈黙が続く。
なにか、気分が悪くなりそうな間だ。
どう会話を切り出そうかと考えているうちに、向こうが質問を再開してくれた。
「あの、本当になんとも思わないの?
私、なんかもうこの家に馴染んじゃってるけど、大丈夫なの?
私、ふとした時にあなたを殺しちゃうかもしれないし、それに……ん………そうだ、あなたの家族は?」
「いないよ」
「!……あ、ごめん。
そうだよね。
…気づくべきだったわ」
「そうだね。
あまり他人の家庭の事情に踏み込むのは良くないよ。
君も変なことに巻き込まれたくないでしょ?」
「え、あ、うん」
僕は何を言っている。
ポカンとした顔をした彼女を眺めながら、どうしてこうも会話が下手なのだと自己嫌悪に陥る。
「ごめん。忘れて。
人とこんなに長くいるのは久しぶりだから、たまに僕は変な事を言ってしまうかもしれない。
君が不快だと感じた言葉は全部忘れてくれていいよ」
僕の言葉を聞いて、彼女はピクリと体を揺らし、そしてニヤリと口先を曲げた。
「その言葉が不快!
忘れて、ですって!ハハ…。
ふふふ、それじゃただの逃げじゃない」
「そうだね、ごめん。
でも、僕は逃げたいんだ。
出来れば誰の迷惑にもならないところまで逃げて、みんなに僕を忘れてほしい」
僕の言葉の半分以上は嘘かもしれないが、こればかりは本心だ。
心の底の方で、僕はいつだってこう思っている。
「…やだ。
逃げさせてあげない!
忘れたくない!!」
何時の間にか、硬くて冷たい鎧に抱き締められていた。
痛い。
「だって……。
そんなの悲しいよ。
忘れられるのは悲しい。
忘れるのはもっと、悲しい」
忘れるのは、悲しいのか。
そうか。
そんなこと、考えたことすらなかった。
僕はつくづく自己中心的な生き物だ。
「ねえ」
金属に塞がれた口をなんとか動かし、くぐもった声を出す。
「…なに」
少し間をおいた返事。
それでも、返ってくる事が少し嬉しい。
「僕達、今日始めて会ったんだよね?」
「違う!」
いっそう、締められる力が強くなる。
苦しい。
「あなたはいっつもそう言うの。
何度も繰り返す同じ夢の中で、会う度に何度も何度も。
何度も会ってるのに、その度に忘れちゃってさあ!
…私から忘れてやろうと思うこともあった。
けど、忘れられなかった。
所詮夢だからね。
筋書き通りなんだ、全部!」
「そう、なら、もう大丈夫」
「え?」
「だって、ここは夢なんかじゃないもの。
それなら、君が僕を捕まえててくれるでしょう?」
「………ばか」
更に更に強く抱き締められる。
この苦しみは、間違いなく現実のものだろう。
幻覚でも夢でもなく、現実の…
「…そういえば私、ごめんなさいのごの字すら聞いてないわね。
…って、あら?」
けど、暫くお別れだ、現実さん。
僕は意識を放り投げた。
「えっ、ちょっと!?
祐!!?」
…