8
「で、結局お前はなんなんだ」
うつ伏せの体制のまま、当然の疑問を投げかける。
「兎は兎だよ」
「はあ」
「でも強いて言うなら魔法少女かな」
「はあ」
なんか、もうめんどくさい。
「あー、なんだ、助けてくれてありがとうな。
それじゃ」
俺は腕を支えにして起き上がり、横転した自転車を起こし、それに跨る。
と、そこでふと疑問を覚えた。
俺、どこに行こうとしてたんだっけ?
「それはだね、とものん君」
ぴょこんと小動物のような少女が、俺の視界に割り込んだ。
うわ、もろ姉貴の好みじゃねぇか。
ニーソックスの着用も確認。
そこまで再現するなよ俺、ないし俺の夢。
「実を言うと、君の自由なんだな」
「ん?何が?」
「もうっ、兎の話しちゃんと聞いてよ。
とものんが、これは夢だって気付いたから、夢の尺が余っちゃったんだ。
だから、自由!
どこに行こうが自由なんだよ」
自由か、それなら
「なんだそりゃ、良くわからん。
…ところで、夢から覚めるって選択肢は無いのか?」
「無いよ。
だから、尺が余ったって言ったじゃないか。
ちゃんとその尺の分時間を潰さないと、夢から覚められません」
駄目か。
現実でまであそこに行きたくは無いんだが。
「そういうもんなのか」
「そうなのです」
「そうなのか」
「そうなのなのです」
「そうなのなのなのか、って、これ延々と続くから止めようぜ」
こんな具合に、延々と時間を潰していたいんだが…
「なんならこうして、ずうっと兎とお喋りしててもいいんだよ」
「それほどに無意義な時間の使い方は無ぇ」
こんな具合に、延々と時間を潰していたいんだが……。
………
反応ナシか。
「……ってもなあ、突然自由って言われてもどうすりゃいいのか」
「それなら、取り敢えず夢の本筋に従ってみるのがオススメだよ」
「へえ、で、本筋って何だっけ?」
本当に忘れてしまったな。
今なら嘘をつかれても信じてしまうかもしれない。
「とものんは学校行くために自転車乗ってたんでしょ?
もうっ、大丈夫?」
……気味が悪い。
このガキ、何処か気味が悪い。
どこだ?その気味の悪さはどこにある。
「兎、そんなに気持ち悪い?」
「ああ、気持ち悪い。
そうやって、何事も無いかのように、俺の頭の中のセリフと会話をしてのける所も、矢鱈に子供ぶってる所も、俺を何故か学校に誘導しようとしている所も、全部気持ち悪い」
でも、こいつだけじゃない。
「お前だけじゃない。
あの意味不明なゲームも気持ち悪いし、それを渡してきた姉貴も気持ち悪いし、どこか思わせぶりなアレクサンダーも気持ち悪いし、袋井朝霞も気持ち悪いし、あいつと居ると居心地の良さを感じる俺も気持ち悪いし、何よりそれらを気持ち悪いと感じる俺が一番気持ち悪い」
どうして気持ち悪い?
こいつらの共有点はなんだ?
………こいつらを辿った先にいるのは、今の俺なんだ。
何か一つズレていたら、俺はこのガキに会うことも、ひょっとしたら今生きていられることも無かったかもしれない。
でも、ズレるなんてことがあるのだろうか?
あるわけがない。
なぜならそれはもう過ぎてしまったことだからだ。
それがたまらなく気持ち悪い。
まるで最初から、誰かが書いた筋書きであるかのように、俺の時間は何処かへ進んでいく。
それがたまらなく気持ち悪い。