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今、目の前にいる女が、なにか恐ろしい化け物のように見える。
少なくとも、自分と同じただの中学生には見えなかった。
しかし、本能的な部分は、確かにこいつの言葉一つ一つを、安らぎとして受け取ってしまう。
「ふふ、気が済んだというような顔をしているね。
…さて、それじゃ私は録画していたアニメを消化しなきゃいけないんでね」
最後に、残りの問題は君一人で解決できると思うよ、と付け加え、袋井は裏道へと抜けていった。
「お前自身も、大問題なんだけどな」
それでもいいか。
そう思えてしまう。
それが一番の問題だ。
「残りの問題、か」
アレクサンダーは、結局何をしたかったのだろうか?
一つ心当たりが無くもない。
俺が思うに、あいつは…
「あれあれあれ?
とものん、すっげー悩ましそうな顔してるね。
あれかな、初恋かな!?
ついに来たかー。
お姉ちゃん、ロリ顏ロングストレートで身長155cm以下ニーソ着用じゃないと許さないからねっ」
取り敢えず今は、現実的且つ深刻な問題として姉がウザい。
アレクサンダーは後回しだ。
「違ぇよ。
つか、条件厳し過ぎだろそれ。
……もしかして、お前の趣味か?」
「うん!」
また、自分の姉の残念な汚点を見つけ出してしまった。
「あ、ニーソは黒か白で。
レース付きだと尚良し」
姉が何事かをほざいているが、聞こえなかったことにして、俺は二階にある自室に…
「初恋、ですって!?」
戻ろうとしたのだが、母親に回りこまれた。
「違うって。
姉貴がまたホラ吹いてるだけだよ」
「誰!いつ!どこまでしたの!?
何時何分何秒!?地球が何回回った時!!?」
「ひゅうー。
とものんったら、お・ま・せ・さん♡」
ああ、もう、ウゼェ。
そんな具合のリビングに、一石が投じられるかのように、ガチャリと玄関が開く。
「ただいま……」
親父だ。
親父が帰ってきた。
親父ならきっと、この異様な興奮に包まれたリビングを、なんとかしてくれる……筈だ。
「ああっ、明典さん!
友則が、私達の友則が悪い女に攫われてしまうんです!!」
おい、話が飛躍しすぎだろ。
お前の頭の中には、一年中真昼のテレビでも埋め込まれてんのか?
「ニーソっ、ニーソっ、絶対領域!!」
こっちはこっちで訳がわからん。
「親父、こいつらいつも通り悪ノリと勘違いで騒いでるだけなんだ。
うるさいからどうにかしてくれよ」
もう、藁でもおっさんでもなんでもいいので、何かに縋るしかこの局面を突破できそうになかった。
が、しかし。
「友則………土産だ」
予想外の行動だった。
ぽん、とテーブルに箱が置かれる。
「えー?
とものんだけズルい…って、ん!?」
「あら、なにこれは………!!?」
箱の包装紙には、『紫芋をドーム状に広げ、牛乳を練りこんだ生地を注入しました。
ぜひお土産に、『紺どうむ』を』という宣伝文句がでかでかと書かれていた。
「おい、親父。
何考えてんだ?」
「…やっぱり、そういう事だったのね……。
私というものがありながら…」
母親が何かを悟った、というか受信した。
「…どうかな?」
親父が無表情だが、やたら目だけを輝かせて、クルリとこちらを振り向く。
…どうかな、じゃねえよ。
割と洒落になってねぇよこれ。
かくして俺は、いつも通り階段を駆け上り自室に逃げ込んだのであった。