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…
「私はいつだって、あなたの側に」
殺人鬼は僕に告げた。
視界が、黒く染められていく。
僕は、恋をしていた。
誰にと聞かれると、返答に困る。
それは、非常に曖昧なものだ。
わかりやすく、単純に言えば、
そう、異常に恋をしていた。
その日も僕は、異常を求め、午前二時に自分以外誰もいない家を飛び出した。
さあ、異常探しの始まりだ。
光が消え、物と物の境界が曖昧になるこの時間。
僕はこの時間が好きだ。
ただどうにも、空に浮かぶ星や月が邪魔で邪魔で仕方がなくて、ただただそこだけは、この時間に対して不満を持っていた。
取り敢えずいつも通り、いつも通らない道を探して歩く。
この時点ではいつも通りだった。
自分がどこにいるのかわからなくなるような、そんな夜の中を歩く。
闇の中に僕が溶けていってしまいそうで、少し背筋がゾクリという。
しばらく歩くと、何時の間にか見慣れた場所に居た。
学校だ。
ほぼ毎日見ている見慣れた造形にあくびが出そうになるが、途中でそれを殺さざるを得なかった。
いつもと違う。
何かがいつもと違う。
居る。
少女が居るのだ。
血が滴る男の首を大切そうに抱きしめている少女が。
…
〜光陽中学校 2年3組 教室 〜
「んで、そこで冒頭に戻るっ!」
「はぁ、さいで」
「んむぅ、なんだよその薄っすい反応は!?
…なんかさぁ、ワクワクしてこない?ビクビクしてこない!?」
「ただの悪夢にワクワクする要素を見出せるのは、お前程の中二病患者くらいだ。
つか、ビクビクってなんだ?」
「むきゅう。中二病って、僕達現在進行形で中学二年生じゃないか。大目にみてよぉ」
「よ。またやってんのかい。あんたらも好きだね〜」
「好きでやってるんじゃない。ただ、このまま放っておくと、こいつが残念な奴のままで人生を終えてしまいそうでな」
僕はアレクサンダー・祐。ヒロシじゃなくて、ユーだ。
父親はアメリカ人、母親は日本人、ごくありふれた家庭でごくありふれた育ち方をしてきた、ごくありふれた少年だ。
今は、授業と授業の間の休み時間。
友人達と、ただ意味も無く会話を繰り返す。
そんな、ごくありふれた生産性のない行為に僕たちは時間を捧げていた。
「残念かなぁ?僕そんなに残念かなぁ?
ねぇ、お袋さんどう思うよ。
僕はごくありふれた家庭でごく普通に教育を施されてきた、ごく普通の少年のつもりだったんだけどなあ」
「んー。アレクはなあ、なんだ、ウザい」
笑顔で僕をウザいと呼ばわったこの女の子は、みんなのお袋さんこと、袋井朝霞さん。
性格のほうも、お袋さんの一言で説明しきれると思う。
「でも、間違いなく悪い奴じゃないな」
ほら、大体こんな感じの人である。
「そうか?」
この男は、見た目は不良っぽいけど、意外と常識人な秋葉友則。
なんだかんだ言いつつも、僕の側に居てくれるツンデレさんでもある。
「兎も角、お前は先ず見た目から変えてみたらどうだ?
金髪ロングストレートの男なんざ怪しすぎるだろ…」
「にゃはは、まだアレを根に持っていたのかい!?
君は大した漢だ!」
アレというのは、入学して間も無い頃、僕が男子トイレに入ろうとした所を、友則が必死に引き止めたという事件を指す。
この学校には、制服というものが無いので、後ろ姿だけ見ると、女の子のように見えたんだろう。
「あの時の友則君はか~あいかったなぁ。
特に、僕が振り向いた時の焦りようったら、あっは」
「う、うるせぇ。そういうわけじゃなくてだな。だいたい、あの時は…」
友則が、何かを言いかけた時だった。
「あ、とものんだ!やふ〜」
おや?誰だろう。知らない声だ。
「なっ!?」
聞き覚えの無い声に、友則がオーバーなリアクションをとる。
なんかもう、手がわっちゃわっちゃしている。
これ程まで友則が焦るとは、どうやら只者ではないようだが、どうにも声の主が見つからない。
廊下の方から聞こえた気がしたんだけど、
「なにキョロキョロ探してんのさアレクサンダー君。
ここだよ、こ こ」
つい、とシャツの裾を引っ張られてようやく気づいた。
そこにいたのは、
「やあやあ始めまして、永遠の十歳児呉羽兎ちゃんです」
僕の腰くらいまでの身長しかないロリっこだった。
成る程、気がつかないわけだ。
「ええと、誰?でも、僕の名前を知っていたから、完全に他人ってわけでもないか。
友則の妹さん…でもないか、苗字違うし……。
…あ、わかった!友則の義理の妹だな!!
爆発しろ!!!友則ィ!!!!」
「ぶぶ〜。
ハズレ。
現実はラノベのようにはいかないものです。
はぁい、次の方、どぞ」
「ん〜、いとことかかい?」
「ざんね〜ん。それもハズレ。
ささ、とものんさん、お答えをどぞ、って、あれ?」
友則の姿が見当たらない。
さっきから、妙に口数が少ないと思っていたが、何時の間にか雲隠れしていたとは。
流石、逃げ足だけは速い。
「ちょっ、とものん!?
おおおぉおいぃ!!?」
十歳児の方も、どこかへ走っていってしまった。
『廊下は走るな』と書かれた紙を貼られた掲示板が切なく揺れる。
「行っちゃったね」
「行ってしまったな」
「何だったんだろうね」
「さあ?」
キーンコーンカーンコーン。
録音された鐘の音が、スピーカーから聞こえてくる。
友則は授業開始迄に帰ってこれるのだろうか?