空を抱いて
登場人物
カル
アニマ
「すみません、そこの貴女、ちょっといいですか?」
「はい?」
「この辺に有名なお菓子屋さんがあると聞いてるんですが、知ってます?」
「あー、知ってますよ」
「よろしければ道を教えていただけませんか?」
「あ、はい。いいですよ」
「ありがとう。よろしければその店に一緒に行きませんか? 教えて下さったお礼に御馳走させて下さい」
「え!? あの、その……」
「すみません、驚かせてしまって。そのお詫びもさせて下さい、綺麗なお嬢さん?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「ありがとうございます。では道案内をお願いします」
うそつき。
大好きなお菓子屋さんの場所なんて忘れるわけないのに。
そうやっていつも人間の雌とまぐわう為ならなんでもする貴方に、呆れを通り越して関心してしまう。
私は人間界が一望できそうなくらい高い空から彼を、色欲のアスモデウス、カルを見ている。
人間界の空を漂うのは悪くない。
適度な冷気、心地よい強風が私の鱗を摩る。
私の目は特製なのでどんな高度からでもカルを見つけられる。
下を見れば雲と街とカル。
何だか私の気分を表しているようだった。
今日は天気がいいから夜空を見に行こうよ。
そう言ったのは貴方。
なのに人間界に行ったらちょっと待ってて、なんて言ってこの始末。
色欲を司るカル。
だからこそ文句なんて言えない。
むしろ仲間としては、もっと沢山の女を口説き落とせ、色欲に溺れさせろ、と言うべきなのかもしれない。
きっと朝帰りパターンなんですね。
はいはい、分かりました。
どうぞ悪魔としての使命を果たして下さいね、馬鹿カル。
「友として失格だなぁ」
つい愚痴を零してしまう。
自分の思考に嫌気がさしてしまう。
ごめんね、カル。
私は翼を大きく羽ばたかせる。
朝まで何周人間界を回れるかやってみよう。
そう思った瞬間だった。
『誰が友として失格だって?』
頭に響く声。
この声は、間違うわけない。
それに頭に届くという現象。
契約を交わした者同士でしか行えない念話。
私の契約者は勿論、彼。
『おやつ買ったから迎え来てよー』
『え? 貴方、さっきの子は?』
『ああ、見てたの? 道案内してもらっただけだよ?』
『……彼女とまぐわうのではないの?』
『まさか。ボク、この辺のお菓子屋さんの位置知らなくてさ。だから道を聞いただけさ』
『……いいの?』
『いいのもなにも。ボクは今日、アニマ、君と夜空を見に来たんだから。だから迎えに来てよ』
私は獄炎竜。
気高き魔物。
なのになんでこうも単純なのだろう。
魔物はもっと気難しくて、しかめっ面なはずなのに。
きっと私は今、牙が丸見えだろう。
人間界を回るのを止め、私は急下降する。
契約者であるカルの『星回りの指輪』の効果は私にも有効である。
なので下等なる人間に私の姿は見えない。
私は人間界の町のすぐ上を飛ぶ。
しかし誰も気づくことはない。
悠々と空を支配する。
そして目的地であるお菓子屋でカルを背に乗せ、再び急上昇した。
「今日も星空は綺麗だなぁ」
満天。
雲を下に、全ての穢れを地上に残し、私とカルは星空を漂う。
さっきまで下を見ていたから気が付かなかった。
人間界にもこんな美しいものがあるんなんて。
何度見てもそう思ってしまう。
「はい、アニマ。君もプリンでいいよね?」
「あら、嬉しい。私の分もあるのね」
「当然。こうしてアニマとプリンを食べながら星を見るのが一番の楽しみなんだから」
「色欲のアスモデウスが泣くわよ?」
「いいのいいの。ボクはボクなんだから」
星達が祝福するように輝く。
きらめく光は眩しく、私たちを優しく包み込む。
「いつか、本当に好きな人とこうしたいなぁ」
「頑張りなさい? 貴方ならできるわ」
「出来るといいなぁー。応援してね、アニマ?」
「分かってる。私は貴方の友なんですから」
いつまでこうしていられるか分からない。
いつまた戦火の中に行かなきゃ行けなくなるかもしれない。
カルに恋人が出来てたら。未来には色々な可能性がある。
でも今だけは。もう少し先の未来までは。こうして星と彼と共にありたい。
「カル」
「んー?」
「星、綺麗ね」
「そうだねー」
「プリン、美味しいわね」
「美味しいね」
「また来ましょう」
「絶対だぞ、アニマ?」
「私のセリフよ」