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メイドさんと放課後の勉強

放課後の教室は、どこかいつもと違う空気に包まれていた。テスト前ということもあって、部活は休み。そのせいか、教室には残って勉強するやつもいれば、さっさと帰るやつもいる。ざわつきはあるのに、どこか落ち着かない、妙な静けさ。そんな中、俺たちは席に残っていた。


「……やるか」

「やるしかねえよな……」


亮太が重たそうに問題集を開く。

ふと視線を向けると、紗良も席に座って準備をしていた。普段なら先に帰っている時間だ。テスト前だけは例外で家の仕事をやらなくていいことになっているため、今日は学校に残ることになっているらしい。向田さんと工藤さんもすぐ近くの席にいて、自然と三人で集まる形になっていた。


「……無理だ」


亮太が、前触れもなく机に突っ伏した。開いたままの問題集に顔を押しつけるような体勢のまま、微動だにしない。


「まだ始めたばっかだろ」


呆れ半分で声をかけると、


「無理なもんは無理なんだよ……!」


くぐもった声が返ってきた。そのまま顔だけこちらに向けてくるあたり、まだ余裕はありそうだが。


「なあ、蒼井さんたちって勉強できるよな?」

「二人は知らないけど紗良はできるだろ」


即答すると、亮太はゆっくりと体を起こした。


「だよな。よし」


何かを決めたように、小さく頷く。嫌な予感しかしない。


「ちょ、お前まさか…」


止める間もなく、亮太は椅子を鳴らして立ち上がると、そのまま一直線に紗良たちの方へ向かっていった。


「なあ! ちょっと教えてくれ!」


遠慮という言葉をどこかに置き忘れてきたような声量だった。


(行ったよあいつ……)


思わず額に手を当てる。

突然声をかけられた向田が、ぱっと顔を上げた。


「え、いいよー。どこ?」


予想外にあっさりとした返事に、亮太の顔が一気に明るくなる。


「神か!?」

「うるさいよ亮太」


すかさず工藤が軽くたしなめる。そのやり取りに、どこか慣れた空気があった。


「ここなんだけどさ——」


すでに会話は始まっていて、完全に輪ができている。その流れのまま、亮太がこちらを振り返った。


「ほら、お前らも来いって!」

「いや、俺は……」


反射的に断ろうとするが、


「いいから!」


食い気味に言われて、言葉を遮られる。仕方なく椅子を引き、立ち上がった。


(……強引すぎるだろ)


そう思いながらも、結局足はそちらへ向かっている。紗良の隣に近づいた瞬間、ほんのわずかに視線が重なった。けれど、それも一瞬だけ。すぐに、何事もなかったかのように逸らされる。小さく息をつきながら、そのまま席に着いた。


「で、どこ分かんないの?」


向田が身を乗り出してくる。明るい声のまま、ノートを覗き込む。


「あー、ここ。全然意味分かんねえ」


亮太が指で問題を示すと、


「……あー、うん。これね」


一瞬だけ間が空いた。


(……あれ?)


「これさ、えっと……なんか、こう……いい感じに……?」

「雑すぎるだろ」


思わず亮太がツッコむと、向田は「えへへ」と誤魔化すように笑った。


「いやだって難しくない? これ」

「お前も分かってねえじゃねえか!」

「そこまで言わなくない!?」


わちゃわちゃと騒ぎ出す二人を横目に、工藤が小さくため息をつく。


「ちょっと貸して」


ノートを軽く引き寄せると、さらさらとペンを走らせる。


「ここはこの式を使うの。で、こう変形して……」


説明は簡潔で、無駄がない。


「あー……なるほど」


亮太が感心したように頷く。


「さすがだな……」

「普通だよ」


淡々と返す工藤の横で、


「いや私もだいたいそんな感じで考えてたし!」


向田が負けじと主張する。


「絶対違うだろ」

「違くないし!」


そのやり取りに、思わず小さく笑いがこぼれた。ふと隣を見ると、紗良もノートに視線を落としたまま、わずかに口元を緩めているように見えた。学校でこんな様子になるなんて滅多に無い。そんなことを思いながら問題に目を戻す。


「……ここ、こうで合ってる?」


不意に、紗良が小さく声をかけてきた。ノートが、こちらへ少しだけ寄せられてくる。紗良との距離が椅子一個分くらいあったはずなのに、気がついたらほとんど無くなっていた。


「ああ、それで合ってると思う」


(紗良の方から聞くなんて珍しいな……)


「……良かった。ありがとうございます」


小さく頷く声。それだけのやり取りで、特別な何かがあったわけではない。向こうでは、亮太と向田が相変わらず騒いでいて、それを工藤が軽くいなしている。賑やかな空気は、さっきまでと何も変わらない。その中でいつも世話になっている紗良の役に立てるということもあって少し嬉しかった。テスト期間は、六人で集まって勉強する日が続いた。


騒がしい時間もあれば、妙に静かな時間もあって——

気づけば、それが当たり前みたいになっていた。

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